永ながいい訳いわけ

愛あいする人ひとの死しは悲かなしい。悲かなしいのが当然とうぜんのはずである。
しかし、この映画えいがの主人公しゅじんこうは、その当然とうぜんに該当がいとうしなかった。映画えいがは妻つまの死しを悲かなしめない男おとこのやり場ばのない感情かんじょうをつぶさに描えがく。西川にしかわ美和みわ監督かんとくの人間にんげんの見みつめ方かたは相変あいかわらず、するどい。冒頭ぼうとう、髪かみを妻つまに切きってもらう主人公しゅじんこうの描写びょうしゃがいい。妻つまに何なにもかも任まかせているにもかかわらず、不満ふまんばかり言いう人間にんげんなのだというのが見事みごとに伝つたわってくる。散髪さんぱつというのは、考かんがえてみると奇妙きみょうな場面ばめんだ。刃物はものを持もった人間にんげんの前まえで無防備むぼうびに身動みうごきとれない自分じぶんをさらすわけで、そこには信頼しんらい関係かんけいがないとできない。そして、至いたれり尽ことごとくせりになっている状態じょうたいに、なんだか可笑おかしみを感かんじる。
そして、本木もとぎ雅弘まさひろに疑似ぎじ的てきな主夫しゅふをやらせたのもうまい。自分じぶんと同おなじく妻つまを亡なくした男性だんせいの家庭かていを助たすけるために、主夫しゅふに徹てっすることで、誰だれかに必要ひつようとしもらうことで、主人公しゅじんこうは悲かなしめなかった自分じぶんを見みつめなおすきっかけを得える。妻つまを失うしなった男おとこ同士どうしに絆きずなが生うまれるというのは、BL的てきな想像そうぞう力りょくも働はたらく。西川にしかわ監督かんとくは何なにかBL作品さくひんを参考さんこうにしたのだろうか、気きになっている。

妻つまを亡なくしても悲かなしみを感かんじられない男おとこが、自分じぶんがいかにマトモでないかを認識にんしきしていく物語ものがたりだ。アメリカ映画えいが『雨あめの日ひは会あえない、晴はれた日ひは君きみを想おもう』と似通にかよったプロットだが、同時どうじに是枝これえだ監督かんとくの『そして父ちちになる』も思おもい出だした。

『そして父ちちになる』は、エリート意識いしきにとらわれた男おとこが父親ちちおやとしての愛情あいじょうを見みつけ出だす話はなし。その触媒しょくばいになるのが貧まずしいが愛情あいじょう豊ゆたかな別べつの家庭かていという点てんでも本ほん作さくとよく似にている。

ただし、西川にしかわ監督かんとくは「親おやは、夫おっとは、家族かぞくはこうあるべき」という結論けつろんに向むかおうとはしない。本ほん作さくの主人公しゅじんこうは物語ものがたりの冒頭ぼうとうからして、性格せいかくのねじくれた、相当そうとうに面倒めんどうくさいダメ人間にんげんだ。それが倫理りんり的てきな正ただしさに目覚めざめるのでなく、ろくでもない自分じぶんを認識にんしきした上うえで、ちょっとマシな人間にんげんになる。

しゃっきりしない話はなしではあるが、ある意味いみストレートな成長せいちょう物語ものがたりだった『そして父ちちになる』の反歌はんかのようで、似にた素材そざいでここまで違ちがうものを描えがく西川にしかわ監督かんとくの手腕しゅわんを楽たのしんだ。

突如とつじょの別わかれはどのように受うけ入いれられるものなのか。遺のこされた者ものはそこで何なにを感かんじるのか。

主人公しゅじんこうが即座そくざに感情かんじょう表現ひょうげんできる人ひとであれば本ほん作さくは成立せいりつしえない。その分ぶん“サチオ”はうってつけだ。２時じ間あいだかけてゆっくりと寄よせる喪失そうしつの波なみ。いやむしろ「一向いっこうに泣なけなかった自分じぶん」についての探求たんきゅうの旅たびというべきか。その意味いみで彼かれは、最後さいごまで己おのれにしか関心かんしんのない人間にんげんだったのかもしれない。

しかしそれでも心しんに差さし込こむ光ひかりの角度かくどだけは、徐々じょじょに、確実かくじつに変かわりゆく。妻つまへの思おもいは曖昧あいまいだが、この先さきの生いき方かたとして、「他人たにんとの間あいだ」にこそ自分じぶんの現在地げんざいちを見出みいだしていくような気配けはいが見みて取とれる。そのことが何なによりの尊とうとさを持もって胸むねに響ひびく。

「オンブラマイフ（優やさしい木陰こかげ）」の調しらべに乗のせ靄を進すすむ列車れっしゃは人生じんせいの縮図しゅくずのようだ。共ともにいた人ひとが下車げしゃし、新あらたな旅人たびびとと旅たびを続つづける。そうやって木陰こかげを求もとめ人じんは彷徨ほうこうう。西川にしかわ監督かんとくはまたも、慈愛じあいと切きれ味あじが同居どうきょする演出えんしゅつで人生じんせいの本質ほんしつをすくい取とって見みせてくれた。

テレビに出演しゅつえんするような有名ゆうめい作家さっかだけれど、本業ほんぎょうの執筆しっぴつに生いきがいを感かんじているようには見みえない。無名むめい時代じだいに支ささえてもらった妻つまとの愛あいは冷さめ切きっている。妻つまの留守るす中ちゅう、自宅じたくで浮気うわき相手あいてと一いち夜やを過すごした朝あさ、妻つまの事故死じこしの報ほうを受うけるが、悲かなしむ感情かんじょうすら起おこらない……。

外そとづらはいいが中身なかみはダメダメな中なか年男としおとこを、本木もとぎ雅弘まさひろが説得せっとく力りょく十分じゅうぶんに演えんじている。別べつの遺族いぞく一家いっかに出会であって、子育こそだてを手伝てつだっていくうちに変かわっていく過程かていの表現ひょうげんもうまい。

妻つま役やくの深津ふかづ絵里えりは、諦念ていねんを漂ただよわせるクールな美うつくしさが光ひかる。出番でばんが少すくないのがちょっと残念ざんねん。

西川にしかわ美和みわ監督かんとくが映画えいがに先駆さきがけて描えがいた原作げんさく小説しょうせつにも同おなじ空気くうきが流ながれていて、ちゃんと地続じつづきの世界せかい観かんなんだなと思おもわせる。映画えいがを楽たのしめた方ほう、小説しょうせつもぜひ。