ROMA ローマ

気きがついたら四よん回かい観みてしまっていたが、繰くり返かえし観みたことでわかったことと、いまだにわからないことがある。

まるでどこかの家いえの日常にちじょうを覗のぞき見みているような映画えいがだが、実じつはものすごく計算けいさんされて作つくられている。顕著けんちょなのが「子こを失うしなう」という展開てんかいを予見よけんさせる前ぜん振ふりの数々かずかず。例たとえばクレオが妊娠にんしんを雇やとい主ぬしに告つげる時とき、幼おさないペペが泣ないているクレオに気付きづく。雇やとい主ぬし（ペペの母親ははおや）が「クレオはお腹なかが痛いたいの」とその場ばしのぎの嘘うそをつくと、優やさしいペペは「痛いたいの飛とんでけ」とクレオ気遣きづかう。そしてクレオに宿やどった厄介やっかいごと＝子供こどもは、死産しざんという形かたちで飛とんで行いってしまうのだ。

不吉ふきつの予兆よちょうは他ほかにもいくつもある。大晦日おおみそかのパーティーで祝いわいの盃さかずきが割われるのがわかりやすいが、その直前ちょくぜんに家政かせい婦ふ仲間なかまが「子取ことり鬼おにでもくるっていうの？」と冗談じょうだんを言いう。しかし子取ことり鬼おには来くるのだ。クレオの子供こどもを奪うばいに。本ほん作さくの脚本きゃくほんは実じつに隠喩いんゆに満みちている。

わからないままのは、幼おさないペペが何者なにものなのか？という疑問ぎもん。ペペがたまに口くちにする「大おおきかった時ときの自分じぶん」の話はなしは、いちいち予言よげん的てきなのだ。ペペにはどこか異こと界かいと繋つながっているような佇たたずまいがある。一体いったいキュアロンの真意しんいはどこにあるのか？　掘ほれば掘ほるほど迷まよい込こむのも、本ほん作さくの魅力みりょくだと感かんじている。

広ひろい邸宅ていたくのリビングからキッチン、階段かいだんを上のぼった先さきにある個々ここの部屋へや、洗濯せんたく物ぶつを干ほすベランダ。ゆったりと動うごくカメラが映うつし出だすのは、外そとからの光ひかりの案あん配はいや、前後ぜんごの位置いち関係かんけいによって微妙びみょうに変化へんかする"グレーのグラデーション"だ。ただ色彩しきさいを排除はいじょすることで色いろを想像そうぞうさせるのでもなく、モノクロの美うつくしさを単純たんじゅんに探究たんきゅうするのでもなく、これほども豊ゆたかな映像えいぞう表現ひょうげんというものに久ひさしく出会であってない気きすらする、撮影さつえい監督かんとく、アルフォンソ・キュアロンの戦略せんりゃく的てきカメラワークに思おもわず惹ひきつけられる。そして、一人ひとりのメキシカン・ネイティブの家政かせい婦ふの体験たいけんをベースに綴つづられる、廃すたれゆくブルジョワ家族かぞくの儚はかなさと悲かなしみに心しんが震ふるえる。メキシコの近代きんだい史しを描えがきながら、この映画えいがが国籍こくせきや人種じんしゅを越こえて人々ひとびとにアピールするのは、誰だれの胸むねにもある懐なつかしい我わが家やの記憶きおくを呼よび覚さますからだ。時ときは移うつり、記憶きおくは薄うすれ、国家こっかは分断ぶんだんされ、国境こっきょうに壁かべが建設けんせつされても、家族かぞくという最小さいしょうで最強さいきょうのコミュニティは存在そんざいするはず。監督かんとく、キュアロンの祈いのりのメッセージは、今いま、ストリーミングを通とおして世界中せかいじゅうに伝播でんぱ中ちゅうである。映画えいがはあくまで"どう作つくる"であり、"どう見みせる"ではない。筆者ひっしゃはキュアロンの意見いけんに賛同さんどうする。

映像えいぞうの深度しんど。ふとそんな言葉ことばが浮うかんだ。映画えいが館かんのスクリーンに比くらべるとこれっぽっちのサイズでしかないPC画面がめん（NETFLIX）での鑑賞かんしょうではあるものの、計算けいさんされ尽つくした構図こうずとカメラの動うごきが、観みる者ものを深ふかい記憶きおくの潜行せんこうへといざなってやまない。しかもその全すべての演出えんしゅつがいっさいこれ見みよがしではなく、カメラの存在そんざいを忘わすれてしまいそうなほど、ナチュラルに胸むねに沁しみ渡わたっていく。物語ものがたりそのものはとても小ちいさくて個人こじん的てきなものだが、そこに映うつし出だされる延々のびのびと横よこ移動いどうし続つづける街並まちなみや、遠とおく遠とおくまで開あけて見みえる奥行おくゆきなど、このPCの小しょう箱はこが一ひとつの考かんがえ抜ぬかれた視座しざ、あるいは「記憶きおくの覗のぞき穴あな」でもあるかのようだ。

寄よせては返かえす波なみのようなオープニングは、やがて訪おとずれる生命せいめいの鼓動こどう、陣痛じんつう、そして終盤しゅうばんの海辺うみべにもつながる。何気なにげない喜よろこびや悲かなしみ、そして歴史れきしが物語ものがたる惨劇さんげきを乗のり越こえて、日々ひびが大切たいせつに、穏おだやかに育はぐくまれていく様さまがこの一いち作さくに集約しゅうやくされているかのようだ。