エマ、愛あいの罠わな : 映画えいが評論ひょうろん・批評ひひょう

2020年ねん9月がつ29日にち更新こうしん

2020年ねん10月がつ2日にちより新宿しんじゅくシネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷しぶや、ヒューマントラスト有楽町ゆうらくちょうほかにてロードショー

悪魔あくまか？女神めがみか？　凝こり固かたまった常識じょうしきに火炎かえん放射ほうしゃ器きをぶっ放はなす新あたらしいヒロインに注目ちゅうもく

昨今さっこん、既婚きこん男女だんじょの色恋いろこい沙汰ざたに厳きびしい社会しゃかい的てき制裁せいさいが与あたえられるようになった日本にっぽんの裏側うらがわ、南米なんべいチリで驚おどろくべき映画えいがが誕生たんじょうした。アンドロギュノスのようにジェンダーレスな魅力みりょくを持もつヒロインが、新あらたな愛あいの形かたちを提示ていじする衝撃しょうげき作さくだ。

ピノチェト独裁どくさい政権せいけん反対はんたい派はのキャンペーン活動かつどうを描えがいた「NO」、共産きょうさん主義しゅぎの政治せいじ家かで詩人しじんのパブロ・ネルーダを描えがいた「ネルーダ　大おおいなる愛あいの逃亡とうぼう者しゃ」など、政治せいじ的てき視点してんを交まじえたドラマを得意とくいとし、ナタリー・ポートマン主演しゅえん「ジャッキー　ファーストレディ最後さいごの使命しめい」で世界せかい的てきな注目ちゅうもくを集あつめたチリの鬼才きさい、パブロ・ラライン監督かんとくが、新進しんしん女優じょゆうマリアーナ・ディ・ジローラモを抜擢ばってきし、初はじめて現代げんだいのチリを舞台ぶたいにした物語ものがたり。

コンテンポラリーダンス集団しゅうだんを率ひきいる演出えんしゅつ家かのガストンを夫おっとに持もつ、ダンサーのエマ。夫婦ふうふは年としの差さカップルで、養子ようしの男児だんじポロを育そだてていたが、ある事件じけんがきっかけでポロは別べつの夫婦ふうふに引ひき取とられることに。エマ達たちの夫婦ふうふ関係かんけいは悪化あっかし、ふたりはダンス活動かつどうを続つづけながらも別居べっきょする。

夫おっとが演出えんしゅつする観念かんねん的てきかつ前衛ぜんえいな舞台ぶたいも難なんなくこなす一方いっぽうで、ストリートで仲間なかまたちと踊おどる“レゲトン”というダンスを愛あいし、すらりと引ひき締しまった身体しんたいに、ギリシア時代じだいの彫刻ちょうこくのような中性ちゅうせい的てきな美びを備そなえたエマ。金髪きんぱつにジャージという、日本にっぽんだったら激げき安やすの殿堂でんどうにたむろっていそうな若者わかものが好このみそうなコーディネートをスタイリッシュに着きこなしている。そんなエマが奪うばわれた息子むすこを取とり戻もどそうと、悪魔あくまのような？企たくらみを着々ちゃくちゃくと実行じっこうしていくのだ。

夫おっと、ガストン役やくのラテン系けい美び男子だんしガエル・ガルシア・ベルナルが、今いま作さくでは性的せいてき不能ふのうという設定せってい。普段ふだんはだだ洩もれの色気いろけを角刈かくがりで封印ふういんし、ストイックに芸術げいじゅつ的てきな仕事しごとに打うち込こむが、野性やせい的てきな魅力みりょく溢あふれる若妻わかづまに対たいして、自信じしんのなさからくる若干じゃっかんの卑屈ひくつさを併あわせ持もつ“ちょっと面倒めんどうくさいインテリおじさん”を好演こうえん。エマはガストンを軽蔑けいべつするような言動げんどうをとりながらも、実じつは夫おっとのそんなところも愛あいしているのだと終盤しゅうばんにわかる。

つかの間まの我わが子こだったポロと引ひき離はなされてから、エマの行動こうどうが過激かげきに、性的せいてきに奔放ほんぽうになっていく描写びょうしゃが続つづく。ダンス仲間なかまたちとともに、火炎かえん放射ほうしゃ器きで車くるまを焼やく事件じけんを自作じさく自演じえんし、アナーキストの仕業しわざにしたりという悪行あくぎょうも。そして、エマはリベラルで良心りょうしん的てきな市民しみん代表だいひょうのような夫婦ふうふ、ラケルとアニバルに、それぞれ異ことなるセクシャルな方法ほうほうを使つかって接近せっきんし、ふたりの心しんと体からだを捉とらえていく。チリは、伝統でんとう的てきに一夫一妻いっぷいっさいの結婚けっこんが重おもんじられるカトリックの国くにだが、パートナーからは得えられなかった幸福こうふくを与あたえてくれるエマのワルい魅力みりょくに、互たがいを尊敬そんけいし、愛あいし合あっている夫婦ふうふがあっさり陥落かんらくしていく姿すがたに、深ふかい意味いみを感かんじる。

しかし、エマはポロとガストンとともに“作つくられるはずだった家族かぞく”を失うしなった反動はんどうでジェンダーを超こえたフリーセックスを楽たのしんでいるわけではなく、自分じぶんが好このましく思おもい、愛あいする人間にんげんたちが満みたされていないものを与あたえながら、自みずからの欲望よくぼうもかなえるという彼女かのじょなりのロジックで行動こうどうしていたことが、想像そうぞうを超こえた結末けつまつで明あきらかになる。

赤あかは止やまれ、青あおは進すすめ。この映画えいがのファーストシーンは、交通こうつうルールの象徴しょうちょうである信号しんごう機きが燃もえている。人間にんげんの頭あたまで作つくられた規則きそくや既成きせい概念がいねんを壊こわして、自みずからの身体しんたいを用もちいて新あらたな価値かち観かんや生いき方かたを創造そうぞうしたエマ。我々われわれの凝こり固かたまった常識じょうしきに火炎かえん放射ほうしゃ器きをぶっ放はなされる一いち作さくだ。