ハリエット

ミュージカルスターであるシンシア・エリボが米国べいこく史しの実在じつざいの英雄えいゆうを演えんじたわけだが、これが本当ほんとうに素晴すばらしかった。彼女かのじょの属ぞくした奴隷どれい解放かいほう組織そしき「地下鉄ちかてつ道どう」では、黒人こくじん霊歌れいかが暗号あんごうのような役割やくわりを果はたしたとされている。歌詞かしに避難ひなん経路けいろや約束事やくそくごとを混まぜて、分わかる人ひとにだけわかるようにして秘密裏ひみつりに活動かつどうしたのだそうだ。そんな歌うたの重要じゅうよう性せいを考かんがえると、歌唱かしょう力りょくのあるミュージカル俳優はいゆうの起用きようは必然ひつぜんだったと言いえる。
主人公しゅじんこうのナルコレプシー設定せっていは実際じっさいのハリエットを反映はんえいしたものだが、物語ものがたり上じょうでそれが重要じゅうようなポイントになっているのが面白おもしろい。おそらくあのエピソード自体じたいはフィクションだろうが、多おおくの奴隷どれいを解放かいほうし一いち度ども捕つかまることがなかった彼女かのじょの強つよ運うんに説得せっとく力りょくを与あたえていた。
この映画えいがの主人公しゅじんこうハリエット・タブマンは数すう年ねん前まえにアメリカの新しん20ドル札さつのデザインに決きまったのだが、トランプ政権せいけんでそれがペンディングになっていた。バイデン政権せいけんになって再ふたたび動うごき出だしたようだ。実際じっさいに発行はっこうされたら一いち枚まい欲ほしい。

本ほん作さくは「ハリエット・タブマン」という人物じんぶつに焦点しょうてんを当あて、彼女かのじょの人物じんぶつ像ぞう、そして彼女かのじょを取とり囲かこんでいたアメリカの人種じんしゅ差別さべつの実態じったいなどを照てらし出だしていく。
私わたしは、ハリエットが「奴隷どれい解放かいほう運動うんどう家か、女性じょせい解放かいほう運動うんどう家か」ということのみ薄うっすら知しっていたが、活動かつどうの裏側うらがわなどは全まったく知しらなかったので素直すなおに勉強べんきょうになった。しかも、本ほん作さくが魅力みりょく的てきな作品さくひんであるおかげで、作中さくちゅうでは詳くわしく描えがかれていない部分ぶぶんにまで興味きょうみを持もたせてもくれた。
もちろん予備よび知識ちしきがなくとも彼女かのじょの人物じんぶつ像ぞうや偉業いぎょうはすんなりと伝つたわってくる。特筆とくひつすべきは主人公しゅじんこうハリエットを演えんじた女優じょゆうシンシア・エリボの演技えんぎ、そして歌声うたごえ。ストーリーに親近しんきん感かんと深ふかみ(感情かんじょう)を与あたえた彼女かのじょの演技えんぎがアカデミー主演しゅえん女優じょゆう賞しょうにノミネートされたのは当然とうぜんであろう。しかも、演技えんぎと同様どうように強烈きょうれつなインパクトを与あたえた劇げき中歌なかうた「スタンド・アップ」でもアカデミー歌曲かきょく賞しょうにノミネートされ、彼女かのじょのパワフルな歌声うたごえも本ほん作さくの格式かくしきを大おおきく上あげたほど素晴すばらしい出来栄できばえであった。
本ほん作さくは、見みる者ものを飽あきさせない骨組ほねぐみと肉付にくづけのバランスの良よい優すぐれた脚本きゃくほんが功こうを奏そうし、ハリエットの生涯しょうがいを軸じくに、奴隷どれい解放かいほう運動うんどうがどのような組織そしきとして成なり立たっていたのかも分わかりやすく解説かいせつされている。
キーワードとなるのが「秘密ひみつ組織そしき」。「秘密ひみつ組織そしき」と言いっても怪あやしい感かんじのものではなく、「地下鉄ちかてつ道どう（Underground Railroad）」という素敵すてきなネーミングの組織そしきで、ハリエット自身じしんは、その秘密ひみつ組織そしきの「車掌しゃしょう」として任務にんむを全まっとうする。
彼女かのじょの歴史れきしがエンターテイメント作品さくひんとしても成立せいりつしているのは、「彼女かのじょの志こころざしの強つよさと天性てんせいの行動こうどう力りょくが融合ゆうごうされているドラマティックな人生じんせいの証あかし」なのだと思おもう。
なおハリエットは、2020年ねんに発行はっこうされる予定よていだった20ドル札さつ(紙幣しへい偽造ぎぞう問題もんだいで当面とうめん延期えんきに)で、アフリカ系けいアメリカ人じんで初はつのアメリカドル紙幣しへいにデザインされる事ことが決きまっていたなど、現在げんざいも彼女かのじょのスピリットは生いき続つづけている。