キネマの神様かみさま

山田やまだ洋次ようじ監督かんとくにとっても、忘わすれられない作品さくひんになったのではないだろうか。
志村しむらけんさんという主演しゅえん俳優はいゆうを新型しんがたコロナウイルスによって奪うばわれてしまい、撮影さつえいも折おり返かえし地点ちてんにして延期えんきになるなど、先さきが見みえないなかで沢田さわだ研二けんじという男気おとこぎの塊かたまりのようなスターが出演しゅつえんを快諾かいだくしたことで、一気いっきに動うごき出だす。
志村しむらさんにあて書がきされたセリフだということを「そんなこと百ひゃくも承知しょうち」とばかりに、沢田さわだは主人公しゅじんこうゴウになりきって作品さくひん世界せかいを漂ただよっていく。スター2人にんの友情ゆうじょうを知しっている世代せだいであれば、心しんが揺ゆれ動うごくこと間違まちがいない。それほどまでに、沢田さわだ研二けんじの芝居しばいは唯一ゆいいつ無二むにのものであった。

「男おとこはつらいよ」シリーズの監督かんとくとして、また「釣つりバカ日誌にっし」シリーズの脚本きゃくほん家かとして、松竹しょうちく映画えいがに多大ただいな貢献こうけんをしてきた山田やまだ洋次ようじ監督かんとくが、同社どうしゃの100周年しゅうねん記念きねん作品さくひんを任まかされたのはごく当然とうぜんな流ながれだっただろう。潤沢じゅんたくな予算よさんに、豪華ごうかなキャストが揃そろい、祝祭しゅくさいムードに溢あふれていたであろうプロジェクトが、主演しゅえん・志村しむらけんのコロナ感染かんせんと死去しきょによって暗転あんてん。かつて志村しむらと同おなじ所属しょぞく事務所じむしょで親交しんこうのあった沢田さわだ研二けんじが主演しゅえんを引ひき継つぎ、コロナ禍かの逆風ぎゃくふうに耐たえて撮影さつえい再開さいかい、完成かんせいへとこぎつけた。

故こ・志村しむらけんの“不在ふざい”は、たとえば70年代ねんだいに「8時じだョ！全員ぜんいん集合しゅうごう」で志村しむらが大当おおあたりさせた「東村山ひがしむらやま音頭おんど」を、劇げき中ちゅうで沢田さわだに歌うたわせるというオマージュにより改あらためて強調きょうちょうされたように感かんじる。あるいは、へべれけに酔よっぱらったゴウを沢田さわだが演えんじる場面ばめんでも、志村しむらならどう表現ひょうげんしただろうかと夢想むそうしてしまう。

原田はらだマハの小説しょうせつ「キネマの神様かみさま」は、映画えいがへの愛情あいじょうと家族かぞくの機微きびが詰つまった内容ないようもタイトルも松竹しょうちく100周年しゅうねんにうってつけだが、物語ものがたりを牽引けんいんするゴウと外国がいこく人じんレビュアーとの“映画えいが評ひょうバトル”は、小説しょうせつでは面白おもしろくても映像えいぞう化かするには地味じみに過すぎる。そこでゴウが若わかい頃ころに映画えいが監督かんとくになる夢ゆめに挫折ざせつしたという設定せっていに変更へんこうして、菅田すげた将すすむ暉あきらがゴウを演えんじるパートを映画えいが作づくりの話はなしにしたのだろう。松竹しょうちく100周年しゅうねん記念きねん作さくに“映画えいが作づくりの映画えいが”という狙ねらいは分わかりやすいが、原作げんさくの設定せっていをある程度ていど継承けいしょうしている現代げんだいパートと、映画えいが用ように創作そうさくされた昭和しょうわパートのつながりが弱よわく、つぎはぎ感かんが否いなめない。

劇場げきじょうのスクリーンから演者えんじゃが飛とび出だしてきたり、逆ぎゃくに観客かんきゃくがスクリーンの向むこう側がわに入はいったりといった仕掛しかけは、バスター・キートン監督かんとく・主演しゅえん作さく「キートンの探偵たんてい学がく入門にゅうもん」（1924）やウディ・アレン監督かんとく作さく「カイロの紫むらさきのバラ」（1985）など古ふるくからあるものだが、どういうわけか邦画ほうが界かいではこの数すう年ねん、綾瀬あやせはるか・坂口さかぐち健太郎けんたろう共演きょうえん作さく「今夜こんや、ロマンス劇場げきじょうで」（2018）、大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとくの遺作いさく「海辺うみべの映画えいが館かん　キネマの玉手箱たまてばこ」（2020）、そして本ほん作さくと立たて続つづけに使つかわれてもいる。このギミックの既すんで視し感かんも、つぎはぎの印象いんしょうを強つよめている気きがする。

幾多いくたの試練しれんを乗のり越こえ、コロナ禍かの現状げんじょうまで現代げんだいパートに盛もり込こんで、キャストも物語ものがたりの内容ないようも豪華ごうかでぜいたくだが、フォーカスが絞しぼり切きれず散漫さんまんになり、一本いっぽんの映画えいがとしては統一とういつ感かんが足たりないように感かんじた。