ファースト・カウ

ケリー・ライカート監督かんとく作品さくひん。
2021年ねんに特集とくしゅうが組くまれて4作品さくひんとも凄すごい作品さくひんだったから、本ほん作さくもみれてよかった。風景ふうけいとロードは『ウェンディ&ルーシー』『リバー・オブ・グラス』だし、西部せいぶ劇げきの捉とらえ直なおしは『ミークス・カットオフ』、男おとこ同士どうしの絆きずなは『オールド・ジョイ』と通つう底そこするものがある。他ほかにもバディ・ムービーとしてみればなどいくらでも他た作品さくひんとの共通きょうつうする部分ぶぶんは指摘してきできる。けれどルックをみれば瞬時しゅんじに分わかる。これはライカートの画がだと。それにもカメラワークや演出えんしゅつなどと言いうことができるが、もう言語げんご化かに留とまらない作家さっか性せいの発露はつろなのだ。

本ほん作さくは二に人にんの男おとこ・クッキーとルーの絆きずなの物語ものがたりである。
森もりでキノコを採取さいしゅして開拓かいたくに従事じゅうじしていたクッキーが、裸一貫はだかいっかんのルーに出会であう。クッキーは集団しゅうだんで蔑さげすまれいじめられていたから、ルーを助たすけることで絆きずなが生うまれる。そして二に人にんは意気投合いきとうごうして「ビジネス」を始はじめる。それはクッキーの料理人りょうりにんの腕うでとルーのビジネス感かんを合あわせて、ドーナツを販売はんばいすることだ。しかし美味おいしいドーナツのためにはミルクが必要ひつようで、そのミルクは商人しょうにんの所有しょゆう物ぶつで“富とみの象徴しょうちょう”の牛うしから盗ぬすまなければいけなかった。

まずキノコからドーナツへの移行いこうの描写びょうしゃが素晴すばらしい。
「キノコを採取さいしゅすること」は、人間にんげんと自然しぜんの相互そうご循環じゅんかんシステムを端的たんてきに語かたっている。人間にんげんは空腹くうふくをしのぐために必要ひつような分ぶんだけキノコを採取さいしゅする。キノコは採取さいしゅされ、間引まびかれることで移動いどうし、繁殖はんしょくする。過度かどにされれば乱獲らんかくによる絶滅ぜつめつや大量たいりょう繁殖はんしょくで生態せいたい系けいの変容へんようにつながる危あやうさはあるが、本ほん作さくでは循環じゅんかんしたエコシステムとして描写びょうしゃされる。
「ドーナツでビジネスをすること」も似にている部分ぶぶんはある。ドーナツは人間にんげんが食たべるためにあるし、自然しぜんの食材しょくざいが必要ひつようだ。しかしドーナツは木きになっていない。人間にんげんの手てによって、「お菓子かし」として生うみ出だされなければいけないのだ。そしてビジネスにするためには、お腹なかを満みたす以上いじょうに利益りえきを獲得かくとくしなければならないから大量たいりょう生産せいさんが必要ひつようになる。それにより素朴そぼくなエコシステムからはみでる人間にんげんの自然しぜんへの介入かいにゅうがされることになる。しかも必要ひつようなミルクは森もりにいっても採取さいしゅはできないから、さらなる介入かいにゅうとしての「犯罪はんざい」が行おこなわれる。

このようにキノコからドーナツへの移行いこうは人間にんげんと自然しぜんの相互そうごシステムのあり方かたと介入かいにゅうによる変容へんようを鮮あざやかに描えがいている。そしてもはや人間にんげんと自然しぜんは二に項こう対立たいりつ的てきに語かたることは不能ふのうで有機ゆうき的てきなつながりがされていることもラディカルに描えがかれているのだ。
そして「ドーナツでビジネスをする」といった原初げんしょ的てきなビジネスのあり方かたは、西部せいぶ劇げきにおける「未開みかいの地ち」の「男おとこの冒険ぼうけん」による開拓かいたくとリフレインされ、ラディカルに捉とらえ返がえしされることになる。

そのひとつがルーの表象ひょうしょうである。ルーは中華ちゅうか系けいの移民いみんであるのだが、この存在そんざいは端はし的てきな事実じじつを語かたっている。すなわち「西部せいぶ劇げきは白人はくじん男性だんせいだけのものではない」ということである。ジョン・フォードの『駅えき馬車ばしゃ』を引用いんようするまでもなく、古典こてん的てきなハリウッドの西部せいぶ劇げきでは、白人はくじん男性だんせいを主人公しゅじんこうにして、同おなじく仲間なかまの白人はくじん男性だんせいとインディアンなどの「未開みかいの者もの」または敵対てきたい者しゃと闘たたかうことで絆きずなや女性じょせいとの恋愛れんあいをすることが定型ていけいであった。この語かたりはアメリカの「フロンティア精神せいしん」を体現たいげんしているのだが、やはり極きわめてホモ・ソーシャルでナショナルな語かたりであるからジェンダーやコロニアルの観点かんてんから批判ひはん的てきに捉とらえるべきであろう。そしてその視座しざがあるからライカートは現代げんだいにおいて西部せいぶ劇げきを展開てんかいし、『ミークス・カットオフ』では女性じょせいの物語ものがたりを、本ほん作さくでは移民いみんの物語ものがたりが語かたられているのではないだろうか。
さらにルーという存在そんざいが現前げんぜんされることで、クッキーとルーは「移民いみん」として等とう値ねに置おかれる。その時とき、クッキーに表象ひょうしょうされる「白人はくじん男性だんせい」は、アメリカに不動ふどうに存在そんざいし、屈強くっきょうに冒険ぼうけんをする人間にんげんではなく、生いきるために移動いどうせざるを得えない脆弱ぜいじゃくで異質いしつな他者たしゃ性せいを帯おびた「移民いみん」として捉とらえ返がえしが可能かのうなのである。

それでは二に人にんの絆きずなはなぜ破綻はたんするのだろう。クッキーは闘争とうそうではなく逃走とうそうで、全まったくもって非ひドラマな崖がけからの転落てんらくで頭あたまを怪我けがする弱々よわよわしい存在そんざいに終始しゅうしする。二人ふたりの結末けつまつは、二に人にん並ならんだ骨ほねが物語ものがたっている。西部せいぶ劇げきをラディカルに捉とらえ返がえしたのに、ハッピーエンドに終おわらないことはなぜなのか。

「ドーナツでビジネスをすること」はもうひとつのテーマとリフレイン可能かのうである。それは「資本しほん主義しゅぎ経済けいざい」である。この経済けいざい様式ようしきでは生産せいさんのために資本しほんが必要ひつようになる。資本しほんはドーナツでいうところの食材しょくざいである。では資本しほん≒食材しょくざいはどのように集あつめるか。ドーナツを売うり始はじめたら、その利益りえきで食材しょくざいを買かえばいいのだが、原初げんしょにはそうはいかない。だからキノコと同様どうように自然しぜんからの採取さいしゅを行おこなわれなければならない。そしてミルクと同様どうように犯罪はんざいによる収奪しゅうだつがされなければならない。実じつはこの「収奪しゅうだつ」は資本しほん主義しゅぎ経済けいざいを語かたる上じょうで労働ろうどう力りょくの「搾取さくしゅ」と同様どうように資本しほんの本源ほんげん的てき蓄積ちくせきのためにされてきたことだ。そしてこの収奪しゅうだつと搾取さくしゅはジェンダーやコロニアルの観点かんてんからも発見はっけんされた構造こうぞうだ。つまり収奪しゅうだつと搾取さくしゅを根本こんぽん的てきに抱かかえる資本しほん主義しゅぎ経済けいざいでは、絆きずなは死しに向むかわざるを得えないことを言いっているのではないか。私わたしにはそう思おもえるのである。そして現代げんだいもまた資本しほん主義しゅぎ経済けいざいである。そうであれば本ほん作さくは西部せいぶ劇げきでありながら極きわめて現代げんだい的てきなテーマを語かたっているし、現在げんざいにおいて絆きずなを幸福こうふくに帰結きけつさせる困難こんなんさを描えがいているとも言いえよう。

私わたしたちにはハッピーエンドがない…？そうではない。本ほん作さくはそれでも希望きぼうを描えがいているし、絆きずなの物語ものがたりなのだ。

私わたしが本ほん作さくで一番いちばんいいと思おもったショットは、二人ふたりがミルクを収奪しゅうだつしたのがバレて、商人しょうにんの警備けいび員いんがベッドから身支度みじたくをして外そとにでるショットである。警備けいび員いんがもたもたしている。寝間着ねまきからズボンにわざわざ履はき替かえて、その間あいだに二に段だんベッドにいる仲間なかまに先さきを越こされる。二人ふたりを捕つかまえる最もっともスリリングな場面ばめんなのに、このショットをみて笑わらってしまった。けれど、これがライカートの映画えいがなんだと思おもってしまった。精巧せいこうで緊張きんちょう感かんのあるショットに突如とつじょ現あらわれる弛緩しかんの時間じかん。この時間じかんにこそ親密しんみつさが充満じゅうまんし、絆きずなが紡つむがれ育はぐくまれているのではないだろうか。そしてそれを撮とるのがライカートなのだ。

絆きずなは「掘ほり起おこされる」。掘ほり起おこす主体しゅたいが犬いぬと女性じょせいであるのが、まさしく作家さっか性せいの表出ひょうしゅつではあるが、私わたしたちは本ほん作さくをみて、かつて、そしてあり得えべき絆きずなを掘ほり起おこすことが求もとめられているのである。