砕くだけ散ちるところを見みせてあげる : 特集とくしゅう

衝撃しょうげきのハッピーエンド――　この展開てんかいは是これか、非ひか
青春せいしゅん譚たんと油断ゆだんすれば心しんが粉砕ふんさいされる、優やさしく痛烈つうれつな一いち作さく

高校生こうこうせい・濱田はまだ清澄きよすみの朝あさは遅刻ちこくから始はじまった。玄関げんかんを出でるや靴くつが脱ぬげそうな勢いきおいで全力ぜんりょく疾走しっそうし、校舎こうしゃへ続つづく長ながく急きゅうな坂さかもダッシュで駆かけ上のぼる。寝起ねおきでこれはキツすぎる。すでに全校ぜんこう朝礼ちょうれいが始はじまっている体育館たいいくかんへ滑すべり込こんだときには、息いきは絶たえ絶だえで目めもチカチカしていたくらいだった。

今いまから自分じぶんのクラスの列れつに並ならべば遅刻ちこくがバレてしまうし、そもそも足腰あしこしが限界げんかいでうまく動うごけないので、とりあえず近ちかくの1年生ねんせいの列れつに紛まぎれ込こむことにした。両りょう膝ひざに手てをついて息いきを整ととのえ、この機会きかいに校長こうちょうのくだらない長話ながばなしを聞きいてみるか、と顔かおを上あげたとき、清澄せいちょうは許ゆるしがたい光景こうけいを目めにする。一人ひとりの女子じょし生徒せいとに向むかって、周まわりのクラスメイトが紙かみくずや上履うわばきやらを投なげつけていた――。

4月がつ9日にちから公開こうかいされる「砕くだけ散ちるところを見みせてあげる」は、そんな日常にちじょうのひと幕まくから物語ものがたりが始はじまる。主演しゅえんは「坂道さかみちのアポロン」の中川なかがわ大志ひろしと、「ガールズ・ステップ」の石井いしい杏奈あんな。才能さいのうに満みちた若わかき2人ふたりが紡つむぐ青春せいしゅん譚たんは、時間じかんを追おうごとに色いろを変かえ、やがて衝撃しょうげき的てきな結末けつまつへと、もんどり打うって突つき進すすんでいく。

ただの青春せいしゅん譚たんと油断ゆだんすると、危あぶない。この“優やさしく痛烈つうれつな一いち作さく”は、あなたの心しんを粉々こなごなに粉砕ふんさいしようと迫せまってくる。本ほん記事きじでは、その見みどころを【物語ものがたり・原作げんさく・監督かんとく】【キャスト】【編集へんしゅう部ぶレビュー】の3つの観点かんてんから詳述しょうじゅつする。

【物語ものがたり・原作げんさく・監督かんとく】この展開てんかいにあなたは何なにを感かんじるか
後輩こうはい女子じょしをいじめから助たすけた　それから全すべてが始はじまった

まず読者どくしゃの皆様みなさまにお伝つたえしたいのが、本ほん作さくは長澤ながさわまさみ主演しゅえん「MOTHER マザー」や小栗ささぐり旬しゅん＆星野ほしの源はじめ共演きょうえん「罪つみの声こえ」などに衝撃しょうげきを受うけた観客かんきゃくには、特とくにオススメしたい一いち作さくである、ということだ。

高校こうこう3年生ねんせい・濱田はまだ清澄きよすみ（中川なかがわ大志ひろし）は、高校こうこう1年生ねんせいで学年がくねん一いちの嫌きらわれ者しゃ・蔵本くらもと玻璃はり（石井いしい杏奈あんな）がいじめを受うけている現場げんばを目撃もくげきし、彼女かのじょを助たすける。玻璃はりは学校がっこう中ちゅうから“ヤバいやつ”と認識にんしきされていたが、ともあれ清澄せいちょうはなぜか、彼女かのじょへのいじめを見過みすごすことができなかった。玻璃はりの上履うわばきが下駄箱げたばこから無残むざんに放ひり投なげられたら、拾ひろって元もとに戻もどした。削けずり取とられた名札なふだは、シールできれいに貼はり直なおした。

次第しだいに清澄せいちょうは、玻璃はりはヤバいやつなんかじゃなく、痛いたいときは涙なみだが出でるし、父親ちちおやに心配しんぱいかけまいと気丈きじょうに振ふる舞まう普通ふつうの女おんなの子こだと知しる。清澄せいちょうはこう誓ちかう。この子この力ちからになろう、と。

「どうしたらそんなふうに強つよくなれますか？」と玻璃はりは聞きく。「ヒーローがヒーローでいるのに、理由りゆうなんてあるか？」と清澄せいちょうは答こたえる。2人ふたりの心しんの距離きょりが縮ちぢまり、穏おだやかで満みち足たりた関係かんけい性せいが育はぐくまれるのに、長ながい時間じかんはかからなかった。しかし幸福こうふくは、ある人物じんぶつの登場とうじょうをきっかけに崩壊ほうかいしていく……。

「とらドラ！」「ゴールデンタイム」など、アニメ化かもされた人気にんき作さくを手てがけてきた小説しょうせつ家か・竹たけ宮みやゆゆこの同名どうめい小説しょうせつが原作げんさく。錚々たる表現ひょうげん者しゃが破格はかくの絶賛ぜっさんコメントを寄よせ、「小説しょうせつの新あらたな可能かのう性せいを示しめした傑作けっさく」と称となえられる一いち作さくだ。

軽快けいかいな会話かいわ劇げきを軸じくに、男女だんじょの恋愛れんあい模様もようを瑞々みずみずしく描えがく作風さくふうで知しられているが、本ほん作さくは趣おもむきが少々しょうしょう異ことなる。物語ものがたりはヒューマンドラマとラブストーリーとサスペンスの間あいだを自由自在じゆうじざいに飛とび回まわり、常識じょうしきを覆くつがえすかのような“ハッピーエンド”へと収束しゅうそくする。あなたはこの作品さくひんに、何なにを感かんじるか――。

メガホンをとったのは、「疾走しっそう」「蟹工船かにこうせん」などで知しられるSABU監督かんとく。監督かんとく作さく第だい4弾だん「MONDAY」（2000）がベルリン国際こくさい映画えいが祭さいで国際こくさい批評ひひょう家か連盟れんめい賞しょう、「幸福こうふくの鐘かね」（2002）が同どう映画えいが祭さいのNETPAC（最優秀さいゆうしゅうアジア映画えいが賞しょう）を受賞じゅしょうするなど、世界せかい的てきに高たかく評価ひょうかされる名匠めいしょう。本ほん作さくはワルシャワ国際こくさい映画えいが祭さいのコンペティション部門ぶもんにも出品しゅっぴんされており、その品質ひんしつは折おり紙付がみつきだ。

映画えいが開始かいし直後ちょくごの5分間ふんかんで、観客かんきゃくは一気いっきに物語ものがたりの世界せかいに引ひき込こまれるだろう。「つまりUFOが打うち落おとされたせいで死しんだのは2人ふたり」という謎なぞの会話かいわが繰くり広ひろげられ、次ついで謎なぞの男おとこ（北村きたむら匠たくみ海うみ）が「変身へんしん、ヒーロー見参けんざん」とポーズをとる。俺おれの父とうさんはヒーローだった。そんなモノローグが響ひびくなか、激走げきそうする清澄せいちょう（中川なかがわ）の姿すがたに、「砕くだけ散ちるところを見みせてあげる」とタイトルロゴが重かさなる。

見みればわかる。触ふれた瞬間しゅんかんに“傑作けっさく”の予よ感かんが胸むねいっぱいに広ひろがるだろう。SABU監督かんとくのエッセンスが詰つまりまくった映像えいぞう世界せかいを“肌はだ”で感かんじに、映画えいが館かんへ足あしを運はこんでほしい。

【キャスト】中川なかがわ大志ひろし×石井いしい杏奈あんなが最高さいこう純度じゅんどの熱演ねつえん
堤つつみ真一しんいち、原田はらだ知世ともよら大物おおものキャストも…布陣ふじんに死角しかくなし

この項目こうもくでは、キャストと、彼かれらがどんなキャラクターに扮ふんしたのかを紹介しょうかいしよう。

ドラマ「家政かせい婦ふのミタ」で一躍いちやく注目ちゅうもくを浴あび、NHK連続れんぞくテレビ小説しょうせつ「なつぞら」などでも際立きわだった存在そんざい感かんを見みせた中川なかがわ。本ほん作さくではヒーロー・清澄きよすみ（通称つうしょう：ヒマセン、仲なかのいい母親ははおやと2人ふたり暮くらし）に扮ふんし、魂たましいがこもった熱演ねつえんを見みせている。記事きじ後半こうはんのレビューでは、彼かれに映画えいがの神かみが舞まい降おりた瞬間しゅんかんについて言及げんきゅうしている。

映画えいが「ソロモンの偽証ぎしょう」「心しんが叫さけびたがってるんだ。」「ホムンクルス」など話題わだい作さくに出演しゅつえんしてきた石井いしい。ヒロイン・玻璃はり（父ちちと祖母そぼとの3人にん暮くらし、お餅もちが好すき）のおどおどした口調くちょうや、一転いってんして笑顔えがおが弾はじける輝かがやかしい瞬間しゅんかんなどを多彩たさいに演えんじ分わけた。本ほん作さくをきっかけに、主演しゅえん2人にんへの評価ひょうかは大おおきくジャンプアップするだろう。

日本にっぽんを代表だいひょうする名優めいゆうの一人ひとりである堤つつみ真一しんいちは、本ほん作さくでは玻璃はりの父ちち役やくに。詳述しょうじゅつは避さけるが、この男おとこの絶妙ぜつみょうなタイミングでの登場とうじょうにより、物語ものがたりは一段いちだんと深ふかくなり、ぬかるんでいく。果はたしてあなたはこの展開てんかいに耐たえられるか。

大林おおばやし宣彦のぶひこ監督かんとく作さく「時じをかける少女しょうじょ」（1983）で映画えいが初はつ主演しゅえんを飾かざり、女優じょゆうや歌手かしゅとして活躍かつやく、近年きんねんはドラマ「あなたの番ばんです」も記憶きおくに新あたらしい原田はらだ知世ともよ。そのキャラクターをちょっとでも説明せつめいするとネタバレになるため、紹介しょうかいはせずにこの項目こうもくを締しめくくる。人物じんぶつ相関そうかんでは、清澄せいちょうと「結婚けっこんする」の矢印やじるしで結むすばれているが……？

【編集へんしゅう部ぶレビュー】中川なかがわ大志ひろしに、映画えいがの神かみが降おりてきた

オンライン試写ししゃで鑑賞かんしょうした編集へんしゅう者しゃのレビュー

まず強つよいインパクトを受うけたのは、物語ものがたりのグラデーションだ。序盤じょばんから中盤ちゅうばんはいじめと恋こいにまつわる青春せいしゅん譚たん。しかし終盤しゅうばんはまったくその“体勢たいせい”を変かえる。まるで白石しらいし和彌かずやや園子そのこ温ゆたからの作品さくひんを見みているような感覚かんかくに陥おちいるが、清澄せいちょうと玻璃はりに降おりかかる出来事できごとから、決けっして目めをそらしてはならない。

そして最終さいしゅう盤ばん。「インターステラー」を彷彿ほうふつさせる“愛あいの力ちから”に切きり込こむラストは圧巻あっかんの一言ひとことだ。オンライン試写ししゃで鑑賞かんしょうしたが、深々ふかぶかと胸むねを貫つらぬかれたため、エンドロールが終おわった直後ちょくごに「巻まき戻もどしてラストシーンをもう一度いちど見みる」を3回かい繰くり返かえしたほど感銘かんめいを受うけた。

まるで紅葉こうようのように刻一刻こくいっこくと色いろづきを変かえていく物語ものがたりを、詩的してきで耽美たんびな映像えいぞうと、絶妙ぜつみょうのバランス感覚かんかくで描えがききったSABU監督かんとくの手腕しゅわんにも敬服けいふくさせられる。個人こじん的てきに好すきだったのは、清澄せいちょうがクラスメイトたちと地元じもとのハンバーガーショップでたっぷり大騒おおさわぎしたあと、それぞれの家路いえじへつく場面ばめん。「じゃーな」と別わかれ一いち人にんになったとき、さっきまであんなに笑わらっていたから、静寂しじまと冬ふゆの空気くうきの冷つめたさがより強つよく肌はだを刺さしてくる。

かつての僕ぼくらが経験けいけんしていた、少すこし切せつない“青春せいしゅんの残のこり香が”のようなものが丁寧ていねいに収おさめられているように感かんじた。だから懐なつかしくて、とても満みたされた気分きぶんになれる。主人公しゅじんこうと同年代どうねんだいの人々ひとびとに加くわえ、“大人おとなになった私わたしたち”にも向むけられた作品さくひんなのだと思おもう。

本ほん作さくは全体ぜんたい的てきに、異様いようとも思おもえるほどの熱ねつ波はを帯おびている。出でどころは中川なかがわ大志ひろしであろう。1秒びょうにも満みたないセリフにも思おもいを込こめる、そんな気合きあいを感かんじさせる。平凡へいぼんな高校生こうこうせいという設定せっていの清澄せいちょうが、中川なかがわという役者やくしゃの力ちからを借かり、どこまでも飛とんでいけるような溌剌はつらつとしたパワーを獲得かくとくしたのだ。

中川なかがわの全身全霊ぜんしんぜんれいっぷりを、映画えいがの神かみは見逃みのがさなかった。終盤しゅうばん、清澄せいちょうが「UFOを撃うち落おとす。俺おれたちはヒーローだ、もちろん」とつぶやく場面ばめんがある。キャラの心情しんじょうを通つうじて観客かんきゃくの感情かんじょうも最高潮さいこうちょうに達たっするシーンだが、言葉ことばを紡つむぐ瞬間しゅんかん、中川なかがわの左目ひだりめから涙なみだが一いち粒つぶ、ポロリと落おちる。意図いとせずして流ながれたこの一滴いってきの雫しずくが、作品さくひん全体ぜんたいに淡あわい光ひかりを放はなつオーラを付与ふよしたと言いえる。

中川なかがわも、石井いしい杏奈あんなも、そして清原きよはら果はて耶や松井まつい愛あい莉や井い之の脇わき海うみらも、若わかき才能さいのうの発露はつろが本ほん作さくの最大さいだいの見みどころなのではないだろうか。砕くだけ散ちるところを見みせてもらった。