FLEE フリー

人ひとの記憶きおくは直接ちょくせつカメラで撮影さつえいできない。アニメーション・ドキュメンタリーというジャンルが重要じゅうようなのは、カメラで今いま現在げんざい、撮影さつえい可能かのうなものだけが事実じじつではないということを言いえるところにある。主人公しゅじんこうアミンが蓋ぶたをし続つづけたアフガニスタン時代じだいと難民なんみんとしての過酷かこくな記憶きおくは、カメラで撮影さつえい不可能ふかのうだが、事実じじつだ。その事実じじつを描えがくためにアニメーションが必要ひつようとされる。とりわけタリバン以前いぜんのアフガンの映像えいぞうはあまり残のこっていないから、アミンの記憶きおくにある、平和へいわな時代じだいのアフガニスタンの光景こうけいは非常ひじょうに貴重きちょうだ。当然とうぜん、難民なんみんとして各地かくちを転々てんてんとさせられた時ときもあのような旅たびにカメラは同行どうこうできない。実写じっしゃの再現さいげん映像えいぞうでもなくアニメーションでその記憶きおくを再現さいげんすることで、観客かんきゃくはよりアミンと記憶きおくの共有きょうゆうをしやすい。抽象ちゅうしょう的てきであればあるほど、想像そうぞう力りょくは喚起かんきされる。
この作品さくひんがオスカーの長編ちょうへんドキュメンタリー賞しょうと長編ちょうへんアニメーション賞しょうに同時どうじにノミネートを果はたしたことはとても大おおきな意味いみを持もつ。映像えいぞうの事実じじつ性せいというものについて、多おおくの人ひとが思おもいを巡めぐらすことになっただろうから。

これまで感かんじたことのない手触てざわりを持もった作品さくひんだ。内容ないようとしてはドキュメンタリーに属ぞくするのだろうが、しかしアニメーションを採用さいようすることでその印象いんしょうや浸透しんとうの度合どあいは全まったく異ことなるものとなった。アニメにした理由りゆうが「匿名とくめい性せいを守まもるため」なのは大おおいに納得なっとくするところだが、と同時どうじに、いわゆるフラッシュバック構造こうぞうが本ほん作さくの随所ずいしょに挟はさみ込こまれている点てんもまた、アニメだからこそ。これにより主人公しゅじんこうアミンの逃避行とうひこうは単たんなる「語かたり」でなく、家族かぞくの温ぬくもりや心しんの機微きびが際立きわだって伝つたわってくる「実態じったい」となった。祖国そこくを離はなれ、ソ連それんでは理不尽りふじんな暮くらしを強しいられ、他国たこくへの脱出だっしゅつにも命いのちがけの覚悟かくごが必要ひつようだったアミン。さらに彼かれがずっと胸むねに秘ひめたものを口くちにする場面ばめんが印象いんしょう的てきだ。この瞬間しゅんかん、彼かれが二ふたつの長ながい道みちのりを歩あゆみ続つづけてきた事実じじつが鮮明せんめいとなり、よりいっそう尊とうとさがこみ上あげてくる。並なみ走そうして描えがかれる現代げんだいの恋人こいびととの関係かんけい性せいも含ふくめ、人間にんげんの尊厳そんげんをめぐる旅路たびじがギュッと詰つまった秀作しゅうさくだ。

アフガニスタンから脱出だっしゅつ（flee）した青年せいねんを題材だいざいにしたドキュメンタリー映画えいがと聞きいて、まず昨年さくねん9月がつ公開こうかいの「ミッドナイト・トラベラー」を思おもい出だした。同どう作さくは監督かんとくとその家族かぞくの難民なんみんとしての旅たびと暮くらしを、本人ほんにんと家族かぞくたちが数すう台だいのスマートフォンで撮影さつえいした手法しゅほうがユニークだったが、本ほん作さく「FLEE フリー」も手法しゅほうのユニークさの点てんで引ひけを取とらない。

本ほん作さくの主人公しゅじんこうは、諸しょ事情じじょう（映画えいがの中なかで具体ぐたい的てきに明あかされる）により本名ほんみょうを明あかしていない。映画えいがの中なかではアミンという仮名かめいが与あたえられているが、本人ほんにんの特定とくていにつながる可能かのう性せいのある周辺しゅうへん情報じょうほうもぼかすか、事実じじつから変更へんこうされているようだ。監督かんとくのヨナス・ポヘール・ラスムセンは、15歳さいの時ときに自身じしんが住すむデンマークのある町まちにアミンがやって来きて以来いらいの友人ゆうじんだったが、アミンが過去かこの過酷かこくな体験たいけんをラスムセンに明あかしたのはずっと後ごのことだったという。ラスムセン監督かんとくは友人ゆうじんの半生はんせいをドキュメンタリー映画えいが化かするにあたり、匿名とくめい性せいを担保たんぽするためにアニメーションで語かたることを選択せんたくした。しかも、同おなじタッチのアニメで作品さくひん全体ぜんたいを語かたるのではなく、アミンの記憶きおくに基もとづき客観きゃっかん的てきに再現さいげんするシークエンスは2Dのカラーアニメで、トラウマに結むすびつくような悲惨ひさんなシーンはモノクロ調ちょうの抽象ちゅうしょう的てきなタッチで描えがき分わけられ、さらに時代じだい時代じだいの統治とうち者しゃや街まちの風景ふうけいなどが実写じっしゃのフッテージで挿入そうにゅうされる。

アミンとその家族かぞくが欧州おうしゅうへ逃のがれるために体験たいけんしたことは、なかなか簡潔かんけつに言葉ことばに代かえられるものではないが、本ほん作さくの秀逸しゅういつな表現ひょうげん手法しゅほうによって視覚しかく的てきに“体感たいかん”することはできる。多おおくの人ひとに鑑賞かんしょうしてもらい、難民なんみん問題もんだいに関心かんしんを持もつ人ひと、問題もんだい意識いしきを深ふかめる人ひとが少すこしでも増ふえることを願ねがう。