モーリタニアン　黒くろ塗ぬりの記録きろく

本ほん作さくの原作げんさくは、この映画えいがでグアンタナモに収監しゅうかんされるスラヒさん本人ほんにんの手記しゅきだ。本編ほんぺん中ちゅうに、その手記しゅきを書かくシーンが出でてくる。政府せいふの検閲けんえつによって黒くろぬりにされてしまうという描写びょうしゃがあるが、実際じっさいに出版しゅっぱんされた本ほんも黒くろ塗ぬり状態じょうたいになっている。日本語にほんご版ばんも発売はつばいされているので、是非ぜひ原作げんさくと本ほん作さくを比較ひかくしてみてほしい。
本ほん作さくの主人公しゅじんこうは、ジョディ・フォスター演えんじる弁護士べんごし、ナンシー・ホランダーだ。原作げんさくには彼女かのじょは登場とうじょうしない。グアンタナモでの過酷かこくな日々ひびを綴つづった手記しゅきなのだから、当然とうぜんだが、その手記しゅきをそのままストレートに映画えいが化かしなかったのはなぜなのだろうか。やはり、アメリカの恥部ちぶはアメリカ人じんによって暴あばかれたというストーリーを必要ひつようとしたのだろうか。もちろん、ホランダー氏しがスラヒさんの解放かいほうのために尽力じんりょくしたのは事実じじつなのだが。
今年ことしはタリバン政権せいけんの復活ふっかつもあり、この20年間ねんかんのテロとの戦たたかいの正当せいとう性せいが揺ゆらいだ年としだ。その年としにこの映画えいがが公開こうかいされたことは意義いぎのあることだ。そして、できれば、原作げんさくも一緒いっしょに読よんでほしい。スラヒ氏しの真しんの崇高すうこうさや強靭きょうじんな精神せいしん性せいとフェアさは原作げんさくにこそある。

9.11の後のち、米べい軍ぐんのグアンタナモ収容しゅうよう所しょでひどい拷問ごうもんや虐待ぎゃくたいが行おこなわれていたことは日本にっぽんでもひところ大おおきく報ほうじられたので、名称めいしょうぐらいは覚おぼえている人ひとも多おおいだろう。本ほん作さくの主要しゅよう人物じんぶつの1人ひとり、モーリタニア人じん（＝モーリタニアン）の青年せいねんモハメドゥ（タハール・ラヒム）は、同時どうじ多発たはつテロに関与かんよした容疑ようぎで逮捕たいほされ、同どう収容しゅうよう所しょに送おくられる。これはモハメドゥの手記しゅきと関係かんけい者しゃの取材しゅざいに基もとづく実話じつわベースのドラマだ。

裁判さいばんも受うけられないまま長期間ちょうきかん拘禁こうきんされているモハメドゥをプロボノ（公共こうきょう善ぜんのため無む報酬ほうしゅう）で弁護べんごすることになるのが、人権じんけん派はの弁護士べんごしナンシー（ジョディ・フォスター）。一方いっぽう、軍属ぐんぞくの検察官けんさつかんステュアート中佐ちゅうさ（ベネディクト・カンバーバッチ）は、「モハメドゥをテロ首謀しゅぼう者しゃの死刑しけい第だい1号ごうにすべく起訴きそせよ」と命めいじられる。

カンバーバッチが出でてきたあたりで、有罪ゆうざいにしたい検察けんさつ側がわと無実むじつを訴うったえる弁護べんご側がわが争あらそうありがちな法廷ほうてい劇げきかとも思おもったが、ほどなく早合点はやがてんだと気きづく。ステュアートは、調査ちょうさに着手ちゃくしゅして早々そうそうに供述きょうじゅつ書しょなどの資料しりょうに不審ふしんを抱いだき、軍属ぐんぞくの立場たちばよりも法律ほうりつ家かでありキリスト教きょう信者しんじゃである自身じしんの心しんの声こえに従したがい、真実しんじつを求もとめていくのだ。

ストーリーはこの3人にんの視点してんで語かたられるが、ナンシーとステュアートという、立場たちばは違ちがえど不屈ふくつの信念しんねんで公正こうせいさを貫つらぬこうとする2人ふたりの法律ほうりつ家かの奮闘ふんとうはリアルタイムで描えがかれる。一方いっぽう、モハメドゥのパートは主おもにナンシーが受うけ取とった手記しゅきに基もとづく回想かいそうシーンとして、4:3のスタンダードサイズで区別くべつすると同時どうじに、横よこ幅はばの狭せまい画面がめん比率ひりつで理不尽りふじんにとらわれの身みとなった閉塞へいそく感かんを強調きょうちょうしてもいる。

この劇映画げきえいがは製作せいさく面めんの主おもに2点てんで、公正こうせいさを確保かくほできているように思おもう。第だい1に、弁護べんご側がわのナンシーも検察官けんさつかんのステュアートも実在じつざいの人物じんぶつであり、双方そうほうから脚本きゃくほん作づくりの段階だんかいで話はなしを聞きいていること。つまり、片方かたがたの立場たちばから一方いっぽう的てきな主張しゅちょうをするプロパガンダではないということだ。

第だい2は、本ほん作さくがイギリス映画えいがであること。カンバーバッチが共同きょうどう経営けいえい者しゃを務つとめる英えい製作せいさく会社かいしゃSunnyMarchが映画えいが化か権けん獲得かくとくに動うごき、監督かんとくのケヴィン・マクドナルドも英国えいこく人じんだ。もしハリウッド製作せいさくだったら、米べい軍ぐんの黒くろ歴史れきしに光ひかりを当あてる映画えいがを果はたして客観きゃっかん的てきに作つくれたかどうか。米べい主導しゅどうの対たいテロ戦争せんそうでは、ブッシュとラムズフェルドが「大量たいりょう破壊はかい兵器へいき」の大だい嘘うそで始はじめたイラク戦争せんそうに、当時とうじの英えいブレア政権せいけんが参戦さんせんしたのは不当ふとうだったと、のちに英えい調査ちょうさ委員いいん会かいが結論けつろんづけた。英国えいこく人じんなりの贖罪しょくざいと名誉めいよ挽回ばんかいの意識いしきが、カンバーバッチたち製作せいさく陣じんにあったのではないかと想像そうぞうする。

それにしても、本ほん作さくを観みて痛感つうかんするのは、強大きょうだいな権力けんりょくを持もつ組織そしきが個人こじんの人権じんけんを蹂躙じゅうりんする構図こうずという、悲かなしき普遍ふへん性せいだ。森友もりとも学園がくえんをめぐる公文書こうぶんしょの改竄かいざんを指示しじされた財務局ざいむきょく職員しょくいんの赤木あかぎ俊夫としおさんが自殺じさつした事件じけん。在留ざいりゅう資格しかくを失うしなったスリランカ人じんウィシュマ・サンダマリさんが収容しゅうようされた名古屋なごや入管にゅうかんで死亡しぼうした事件じけん。ブラックな労働ろうどう環境かんきょうで精神せいしんを病やんだり自殺じさつしたりする人ひとも大勢おおぜいいる。人権じんけんを侵害しんがいされ、非ひ人道的じんどうてきな扱あつかいを受うけた人ひとたちや遺族いぞくに対たいし、公正こうせいで誠実せいじつな対応たいおうがなされない社会しゃかいでいいのだろうか。日本にっぽんで生いきる私わたしたちにとっても、他人事たにんごとではない。

本ほん作さくは、今年ことしの第だい78回かいゴールデングローブ賞しょうで主演しゅえん男優だんゆう賞しょうと助演じょえん女優じょゆう賞しょうにノミネートされ、ジョディ・フォスターが見事みごとに受賞じゅしょうしています。監督かんとくはドキュメンタリーに定評ていひょうがありアカデミー賞しょう作品さくひんでも知しられるケヴィン・マクドナルド。「ブラック・セプテンバー　五輪ごりんテロの真実しんじつ」でアカデミー賞しょう長編ちょうへんドキュメンタリー賞しょうを受賞じゅしょうし、「ラストキング・オブ・スコットランド」では、主演しゅえんのフォレスト・ウィテカーが、アカデミー賞しょうを含ふくめ、その年としのアメリカの主要しゅよう映画えいが賞しょうの主演しゅえん男優だんゆう賞しょうをほぼ独占どくせんしました。
それ故ゆえに、徹底的てっていてきにリサーチし、映画えいがの始はじまりには「This is a true story」と、あえて通常つうじょうの「based on a true story」となっていないところが実じつに意味深いみしんです。

さて、本ほん作さくの弱よわさをあえて挙あげると、タイトルの意味いみがピンと来こない、という事ことでしょう。これは、私わたしも同感どうかんで、だからこそ映画えいがを見みて初はじめて驚愕きょうがくの真実しんじつを知しる事ことができるようになっているのです！
まず「モーリタニアン」とはアフリカの地名ちめいで、そのモーリタニアン出身しゅっしんのモハメドゥ・スラヒが2001年ねんの9.11の2か月げつ後ごにアメリカ政府せいふにテロの首謀しゅぼう者しゃの1人ひとりとして拘束こうそくされます。
テロリストを擁護ようごしようとは思おもいませんが、もし彼かれが全まったくの事実じじつ誤認ごにんで拘束こうそくされ、キューバに作つくられたアメリカの収容しゅうよう所しょで自供じきょうの強要きょうようなどを無理矢理むりやりさせられていたとしたらどうでしょうか？

まさに、2015年ねんに【検閲けんえつによって黒くろく塗ぬりつぶされたモハメドゥ・スラヒによる「手記しゅき」】が出版しゅっぱんされ、衝撃しょうげきが起おこり、たちまちアメリカではベストセラーとなるなど大おおいに話題わだいとなり、問題もんだい視しされるようにもなります。しかも、この時点じてんでモハメドゥ・スラヒはまだ収容しゅうよう所しょに拘束こうそくされている状態じょうたいです。一体いったい、何なにが起おこっていたのでしょうか？
「これこそ映画えいがにすべき題材だいざいだ」と本ほん作さくのプロデューサーとしてベネディクト・カンバーバッチが映画えいが化かに向むけ動うごき出だします。
ちなみに、ジョディ・フォスターはアメリカ政府せいふに戦たたかいを挑いどむ弁護士べんごし役やくで、対たいするベネディクト・カンバーバッチはアメリカ政府せいふから「有罪ゆうざいにしろ」と急せかされる軍ぐんの弁護士べんごし役やくを演えんじています。
本ほん作さくは、なぜかアカデミー賞しょうではノミネートすらされませんでしたが、それは何なにかの意味いみがあるのだろうか、とさえ考かんがえてしまいます。
「アメリカの闇やみ」と言いっても過言かごんではない本ほん事件じけんを、まさに、見みて知しるべき【必見ひっけん】と思おもえる作品さくひんとなっています！

【予備よび知識ちしき】
本ほん作さくでは「ＭＦＲ」という言葉ことばがよく出でます。この「ＭＦＲ」とは「Memorandum For Record」の略りゃくで、要ようは、収容しゅうよう所しょでの「尋問じんもんの際さいの記録きろく用よう覚さとし書がき」を指さすことを事前じぜんに知しっておきましょう。
本ほん作さくは実質じっしつ的てきに裁判さいばん案件あんけんの作品さくひんのため、両方りょうほうの弁護士べんごしが証拠しょうこの裏付うらづけで必要ひつよう不可欠ふかけつとなる存在そんざいで生命せいめい線せんとなるものです。