レッド・ロケット
劇場公開日:2023年4月21日
解説
「タンジェリン」「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」で支持を集めた米インディペンデント界の俊英ショーン・ベイカー監督が、口先だけの元ポルノスターの男を主人公に、社会の片隅で生きる人々を鮮やかに描いたヒューマンドラマ。
2016年のアメリカ、テキサス。元ポルノスターでいまは落ちぶれて無一文のマイキーは、故郷である同地に舞い戻ってくる。そこに暮らす別居中の妻レクシーと義母リルに嫌われながらも、なんとか彼女たちの家に転がり込んだが、長らく留守にしていた故郷に仕事はなく、昔のつてでマリファナを売りながら生計を立てている。そんなある日、ドーナツ店で働くひとりの少女との出会いをきっかけに、マイキーは再起を夢みるようになるのだが……。
実際に過去にポルノ出演経験があり、その映像が流出したことで一時表舞台から姿を消していたこともあるサイモン・レックスがマイキー役を演じ、インディペンデント・スピリット・アワードやロサンゼルス批評家協会賞などで主演男優賞を受賞。共演は、主に舞台で活躍してきたブルー・エルロッドと、ベイカー監督が映画館でスカウトした新人スザンナ・サン。2021年・第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
2021年製作/130分/R18+/アメリカ
原題または英題:Red Rocket
配給:トランスフォーマー
劇場公開日:2023年4月21日
スタッフ・キャスト
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受賞歴
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2023年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
テキサスの工場地帯を舞台に、落ちぶれたポルノ男優がドーナツ屋で見つけた少女を使って再帰しようとする物語。南部のホワイト・トラッシュの日常が赤裸々に描かれていて、アメリカの"意識の低い"等身大の現実がこの映画にはある。仕事がなくてLAから別れた妻の元に転がり込んで、昔のつてでマリファナを売って日銭を稼いで、ドーナツ屋でバイトする若い女の子を引っかけてポルノスターにしようと奔走し始める。妻と同居している義母は口うるさく、妻は妻で、まだ主人公のことを想っていたりするし、隣に住んでいる若い奴は、軍歴があるとウソをついてちっぽけな自尊心を満たしている。酷い現実を詩的な美しさを感じる映像で切り取るショーン・ベイカーのセンスが見事。
ときおりテレビのニュースから流れるトランプの演説が、どういう人々の虚しさを埋めていたのか、この映画を見ると実感できると思う。トランプが提示したのはまやかしの救いだが、まやかしの救いしかないなら、それにすがるのも無理ないのではないか。主人公が追い求める栄光も実現しそうにないまやかしだけど、誰だってそんなまやかしの救いにすがって生きていることに変わりないのではないか。ショーン・ベイカーのアメリカを見つめる視点はとても正確だ。
2023年4月29日
PCから投稿
果たしてこの男は不屈のアメリカン・スピリットの体現者なのか、それとも死神か。ショーン・ベイカー監督が主人公に据えるのはいつも、一般的な映画ではあまり大々的に描かれない人々だ。本作も元ポルノスターという肩書の男をメインに、工業地帯のコミュニティ内に波紋が広がっていく様を、雲ひとつない晴天下で刻んでいく。主人公マイキーは口が達者で、彼が手を合わせて必死にお願いすれば、たいていの人はそのポーズに根負けして、渋々ながら承諾してしまう。その結果、道を踏み外したり、思わぬ結果をもたらすことも多いが、しかしベイカー監督は決してこの男に否定的な烙印を押すことはない。これはアメリカの隅っこの話ではあるけれど、主人公は他者をどれだけ巻き添いにしようとも、人生の主軸を自分自身に持ってこないと生きられない人なのだろう。どこかトランプ大統領にも似たお騒がせ男の人物研究に、頭を抱えつつも不思議と見入ってしまう作品だ。
2023年4月28日
PCから投稿
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この映画の主人公がクソ男であることに異論は出ないだろう。確かに愛嬌はある。が、自己愛だけが強くて決して思いやりを持つことのないエゴの塊。しかしやたらと生存能力にだけは長けている。それでもロサンゼルスではやっていけなくなったらしく、地元に戻ってどん底の状態から裸一貫やり直す。と、そんな物語だと捉えることもできる。しかし、主人公のマイキーがやっているのは徹頭徹尾、懐柔と搾取であり、周りもわかっているはずなのに、なかなか切り捨てることができない。
実際にこんな人間が近くにいたら嫌いだろうし、魅力があってもお近づきにはなりたくない。劇中のほとんどキャラと同じように、出会いがしらに眉をしかめて当然だ。それなのに、映画になったらやたらと面白く、非道であれば非道であるほど魅入られてしまうのだから恐ろしい。こいつの無駄に過剰な生きるエネルギーに勝てないのだ。生きるということに貪欲な人間は、正邪に関係なく弱いものを巻き込む力がある。つい笑わされてしまうことも怖い。
2016年のトランプとヒラリーの選挙戦が背景にあることは、あからさまに意図的で、この映画に出てくるような貧困地帯の人々がトランプ支持の基盤になった。トランプも搾取が身上であり、そのくせ弱いものの味方のようにふるまって大統領にまで上り詰め、さらにはQアノンのようなカルトの信仰対象にまでなった。
マイキーにそこまでの器はない。だからこいつのペテンはひと月ほどで破綻する。変種の人情コメディとして最高に面白い映画だと思うが、大きな社会というレイヤーが重なっている。レイヤーという意味では、マイキーのクソっぷりをわかりつつも、つい面白がってしまうストロベリーというキャラクターは、別種の搾取を象徴するような非常に興味深いキャラクターだと思う。にしてもみごとにクソ人間ばっかりで凄いな、この映画。皮肉でなく全力の誉め言葉として。
2023年4月16日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ではディズニーワールドに隣接するモーテルを住まいにしているシングルマザーとその娘の、ホームレス&ホープレスな日常を描いたショーン・ベイカー監督。アメリカ・インデペンデント界の俊英と呼ばれるベイカーは、あの時、夢の国を謳う遊園地のすぐ側で繰り広げられる夢とは程遠いアメリカの現実を浮き彫りにして、世界中に衝撃を与えたものだった。
そして、続く『レッド・ロケット』では、落ち目の元ポルノ俳優が故郷のテキサスに帰って人生を再生しようと試みるものの、結局、ポルノ絡みのビジネスに逆戻りするしかないという、まさにトホホな現実を描いて、前作に勝るとも劣らない苦い後味を残す。
主人公のマイキーが長らく疎遠だった妻のベッドに転がり込み、すぐに安易なドラッグビジネスに着手したり、ドーナツ屋の娘をポルノ業界にスカウトしようとしたりと、『そんなのダメに決まってる』ことを何の迷いもなくやってしまう。やがて訪れる悲しくて痛烈な結末は、『フロリダ~』のエンディングを思い起こさせもする。
ペイントアートのような背景に人物を配置する独特のロングショットや、周囲の雑音で度々セリフがかき消される演出は、居ながらにしてアメリカの田舎町へと観客を誘ってくれる。時代はヒラリーとトランプが大統領の座を奪い合っていた2016年。しかし、テキサスの田舎では選挙の行方とは関係なく生々しくも愛おしい人間の生活が営まれていたという視点が、ポリコレ時代には新鮮に感じる。マイキーを演じるサイモン・レックス自身も元ポルノ俳優だったとか。その憎めないお色気が映画の感触を複雑なものにしている。