渇水かっすい : 特集とくしゅう

【個人こじん的てき・今年ことしのベスト邦画ほうが（暫定ざんてい）】白石しらいし和彌かずやプロデ
ュース×生田いくた斗と真しん×豪華ごうかキャスト＝きっと良作りょうさく・秀作しゅうさくだ
ろう→結果けっか：期待きたいを大幅おおはばに超こえる“傑作けっさく”だった！　心こころ
に刺ささりまくった編集へんしゅう部ぶスタッフが猛もうプッシュレビュー

思考しこうや感覚かんかく、人生じんせい観かんをガラッと変化へんかさせてくれる――映画えいが.com編集へんしゅう部ぶに在籍ざいせきしている筆者ひっしゃは、そんな“唯ただ一いち無二むにの映画えいが”を求もとめていた。しかし、運命うんめいの出合であいなんてものはそうそうない。年間ねんかんを通つうじて数かぞえるほどだ。

ところが、2023年ねん上半期かみはんき、その“瞬間しゅんかん”が訪おとずれた。タイトルは「渇水かっすい」（6月がつ2日にち公開こうかい）。最初さいしょのフックは「白石しらいし和彌かずやが初はつプロデュース」というワード。「凶悪きょうあく」「孤こ狼おおかみの血ち」「死刑しけいにいたる病やまい」……あの白石しらいし監督かんとくが惚ほれ込こみ、企画きかくプロデュースを名乗なのり出でる。それだけで期待きたい値ち急上昇きゅうじょうしょう！　でも、それは「良作りょうさく・秀作しゅうさくだろう」という範疇はんちゅうを抜ぬけ出でることはなかった。

やがて訪おとずれた鑑賞かんしょうの機会きかい。観み終おわった直後ちょくご、芽生めばえていた……誰だれかに語かたりたくてたまらない衝動しょうどうが……！

「生田いくた斗と真しんの芝居しばいが……！　物語ものがたりが……演出えんしゅつが……あの“表情ひょうじょう”についても語かたらせてくれ……!!!!」。

そんな溢あふれんばかりの思おもい＆心しんにグサッと刺ささったワケを、本ほん特集とくしゅうに詰つめ込こみました！この“推おし”への熱意ねついよ、伝つたわり給たまえ……！

【作品さくひん概要がいよう】
停とま水みず執行しっこう――水道局すいどうきょく職員しょくいんが心しんの渇かわきにもがく
芥川賞あくたがわしょう候補こうほとなった小説しょうせつを映画えいが化か

1990年ねんの文學ぶんがく界かい新人しんじん賞しょうを受賞じゅしょうし、第だい103回かい芥川賞あくたがわしょう候補こうほとなった故こ・河かわ林はやし満みつるさんの同名どうめい小説しょうせつを映画えいが化か。根岸ねぎし吉太郎よしたろう、高橋たかはし伴ばん明あきら、相米そうまい慎二しんじ、市川いちかわ準じゅん、森田もりた芳光よしみつ、阪本さかもと順治じゅんじ、宮藤くどう官かん九郎くろう作品さくひんで助監督じょかんとくとしてキャリアを重かさねてきた高橋たかはし正弥まさや（※高だかは、はしごだか）が監督かんとくを務つとめている。

水道すいどう料金りょうきんを滞納たいのうする家庭かていの水みずを停とめる業務ぎょうむ（＝停とま水みず執行しっこう）に就つく市しの水道局すいどうきょく職員しょくいん・岩切いわきり俊作しゅんさく（生田いくた斗と真しん）が、育児いくじ放棄ほうきを受うける幼おさない姉妹しまいと出会であい、ささやかな幸しあわせを求もとめて本当ほんとうの自分じぶんを取とり戻もどしていくさまを描えがく。

【レビュー】編集へんしゅう部員ぶいん「23年ねん、現時点げんじてんの邦画ほうがベスト」
物語ものがたり設定せってい、迫真はくしんの演技えんぎ……“最さい推おし”のワケは？

本ほん作さくは、現時点げんじてんでの“個人こじん的てきベスト邦画ほうが”。そのため“推おしの理由りゆう”は、何なん十じゅう個こでも紡つむぐことは可能かのうだ。しかし、悲かなしきかな、文字数もじすうの制限せいげんというものが……ここはグッと堪こたえて“最さい推おしの理由りゆう”を7つだけ語かたらせていただこう！

ストーリーの建けん付づけは至いたってシンプル。背景はいけいは日照ひでり続つづきの夏なつ。県内けんない全域ぜんいきで給水きゅうすい制限せいげんが発令はつれいされているという状況じょうきょう下かで、岩切いわきりが水道すいどう料金りょうきんを滞納たいのうする家庭かていを訪たずね、水道すいどうを停とめて回まわる……という様子ようすが描えがかれていく。

物語ものがたりに派手はでさはない。だが、繰くり返かえされる「停とま水みず」という行為こういによって“人生じんせい”が浮うき彫ぼりになっていく点てんにグイグイとひきつけられるだろう。「水道すいどうの停止ていし」は、即座そくざに生命せいめいの危機ききに直結ちょっけつするものではない。だが、人間にんげんとしての尊厳そんげんには深ふかく関かかわる。

「停とま水みず」を告つげられた滞納たいのう者しゃたちの反応はんのうは、さまざまだ。諦あきらめ、拒絶きょぜつ、怒いかり、逃避とうひ……。「料金りょうきんを支払しはらえばいいじゃないか？」。もっともな問といかけだ。しかし、彼かれらには“そうしない”もしくは“そうすることができない”理由りゆうがある。

岩切いわきりの業務ぎょうむは「停とま水みず」ではない。あくまで滞納たいのう金きんの徴収ちょうしゅうであり「停とま水みず」は最終さいしゅう手段しゅだんなのだ。だが、その事実じじつとは裏腹うらはらに日々ひび繰くり返かえされてしまう「停とま水みず執行しっこう」によって、彼かれの心しんは渇かわききってしまった。つまり、滞納たいのう者しゃだけでなく、岩切いわきりも自みずからの渇かわきを癒いやす“水みず”のようなものを求もとめている――全編ぜんぺんを通とおして“水みずを渇望かつぼうする”世界せかい観かんによって、タイトルも深ふかみを増ましていることに気きづかされるだろう。

「生田いくた斗と真しんがとにかくすごいんだよ」。本ほん作さくに興味きょうみを抱だいた方ほうに、まずは伝つたえておきたいポイントだ。

「俳優はいゆう・生田いくた斗と真しん」は、作品さくひんによって与あたえられたキャラクターの“色いろ”を、何なん倍ばいも鮮あざやかに表現ひょうげんしてきた…というのが、個人こじん的てきなイメージ。例たとえば「脳のう男おとこ」の鈴木すずき一郎いちろう、「土竜むぐらもちの唄うた」シリーズの菊川きくかわ玲二れいじ、「彼かれらが本気ほんきで編あむときは、」のリンコ等々とうとう、スターのオーラを伴ともなってき上ずきあげてきたキャラたちは、今いまなお頭あたまの中なかに息いきづいている。

だが、本ほん作さくでは「ここまで“色いろ”を消けせるのか…」と度肝どぎもを抜ぬかれた！　このキャスティングは「岩切いわきり＝最強さいきょうの凡人ぼんじん」ととらえた際さい、あえて凡人ぼんじんを演えんじたことがない生田いくたを起用きようしてみるという逆転ぎゃくてんの発想はっそうによって実現じつげんしている。

この方針ほうしん、大だい正解せいかいだ。

全身ぜんしんから発はっせられている諦あきらめの境地きょうち。特とくに“目め”の芝居しばいが素晴すばらしい。幾度いくどとなく水みずを与あたえたとしても、すぐさま干上ひあがってしまうかのような……“あの目め”が作品さくひんに通つう底そこする「渇かわき」の大だい部分ぶぶんを担になっているといっても過言かごんではない。生田いくたはオファーから出演しゅつえん快諾かいだくまで1週間しゅうかんという異例いれいの早はやさで、本ほん作さくへの参加さんかを決きめた。この“色いろのない男おとこ”との出合であいは、生田いくたの“演技えんぎの幅はば”を世よに示しめす結果けっかになっていることは間違まちがいない。

生田いくたの存在そんざい感かんは言いわずもがな。では、脇わきを固かためる俳優はいゆう陣じんは？　これが“隅すみから隅すみまでハマりまくっている”という点てんが、本ほん作さくの凄すさまじいところ。白石しらいし氏しの推薦すいせんを受うけて参加さんかした門脇かどわきは、岩切いわきりが出会であう姉妹しまいの母はは・小出こいで有希ゆき役やく。我わが子こへの愛情あいじょうが徐々じょじょに揺ゆらぐ「人間にんげんの複雑ふくざつさ」を体現たいげんしており、時折ときおり見みせる寂寥せきりょう感かんがこれでもかと胸むねを突ついた。

同僚どうりょう・木田きだ拓次たくじは、岩切いわきりのようには“割わり切きれない”男おとこ。彼かれの心情しんじょうがどう変化へんかしていくのか――。この過程かていを繊細せんさいに表現ひょうげんしていく磯村いそむら勇いさむ斗との好演こうえんも光ひかっている。岩切いわきりの妻つま・和美かずみ役やくは、尾野おの真千子まちこ。短みじかい掛かけ合あい、瞬間しゅんかん的てきな表情ひょうじょうで明示めいじする“夫婦ふうふの溝みぞ”……この技量ぎりょう、流石さすがとしかい様いようがない。

そのほかにも「こんな役やくを“この人ひと”が…！」という“発見はっけん”も楽たのしめる作品さくひんでもあるのだが、なかでも姉妹しまい（恵子けいこ＆久美子くみこ）を演えんじた山崎やまざき七海ななみ、柚ゆず穂ほの佇たたずまいは特筆とくひつすべきものがある。輝かがやきに満みちた無邪気むじゃきさがある一方いっぽうで、大人おとなたちを射いるように見みつめる瞳ひとみ――。彼女かのじょたちの仕草しぐさは、映画えいがの世界せかいを飛とび越こえて、現実げんじつ世界せかいにまでに波及はきゅうしてくる。確実かくじつに心しんがざわつくはずだ。

筆者ひっしゃが考かんがえる“傑作けっさく”の条件じょうけんには「鑑賞かんしょう後ごも、映画えいがの内容ないようについて“考かんがえ続つづけているか”」というものがある。では、本ほん作さくは？　もちろん、今いまでも頭あたまの中なかを考かんがえが巡めぐり続つづけている。例たとえば、そもそも「水みずは誰だれのものなのだろうか」と。これまで何気なにげなく使つかっていた“水みず”への意識いしきががらりと変かわってしまった（ある人物じんぶつの「水みずって“重おもいんだ”」という言葉ことばは、心しんの奥底おくそこに深ふかく突つき刺ささっている）。

物語ものがたりの核かくを成なす姉妹しまいの存在そんざいには、ヘビーな問題もんだいがのしかかっている。母はは・有希ゆうきも好すき好このんで、水道すいどう料金りょうきんを滞納たいのうしているわけではない。しかし、社会しゃかいにおける就労しゅうろう格差かくさによって支払しはらいもままならない状況じょうきょうだ。その焦燥しょうそう感かんが、ある種しゅの育児いくじ放棄ほうきという事態じたいを生うみ出だしている。いわゆる負まけの連鎖れんさ……では、これらに対たいする“ストッパー”の存在そんざいとは？　描出びょうしゅつされる現代げんだい社会しゃかいの“リアル”は、他人事たにんごとでは済すませられないはずだ。

脚本きゃくほん作づくりが始はじまったのは、約やく10年ねん前まえ。東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいが起おきる少すこし前まえだった。震災しんさいを経験けいけんしたことで「さらに、普通ふつうの生活せいかつに重おもくのしかかる災害さいがいや貧困ひんこん、格差かくさや差別さべつも大おおきな要素ようそになった」「大人おとなたちのシステムに取とり込こまれていく子こどもたちの存在そんざいを顕在けんざい化かさせたいと考かんがえた」（高橋たかはし監督かんとく）と変更へんこうが加くわわっている。

こうして生うまれた脚本きゃくほんは、映画えいが業界ぎょうかいを震撼しんかんさせた。白石しらいし氏しも「いい脚本きゃくほんがあるという評判ひょうばんが、業界ぎょうかい中ちゅうに轟とどろいていた」「すごい、こんなの、よく書かけるなと本気ほんきで思おもいました」と“世よに出だすべき映画えいが”だと強つよく感かんじたという。つまりプロデュースという立場たちばは、前まえのめりの参加さんかだったのだ！

自分じぶんと岩切いわきりに似にている部分ぶぶんはあるだろうか――答こたえは「YES」。岩切いわきりと似にた思おもいを抱かかえる人ひとこそ、必見ひっけんの作品さくひんなのだ。

岩切いわきりも、筆者ひっしゃも、ヒーローという立場たちばとは程遠ほどとおい場所ばしょで生いきている。岩切いわきりは“凡人ぼんじん”として描えがかれ、水みずが上うえから下したに流ながれるように、ただその流ながれに身みを任まかせて日々ひびをやり過すごしている。それが彼かれなりの処世しょせい術じゅつなのだろう。良心りょうしんはある。しかし、代償だいしょうを払はらってまで善行ぜんこうに身みを捧ささげるほどの余裕よゆうというものはない。

しかしながら、岩切いわきりは姉妹しまいとの交流こうりゅうを通つうじて、“胸むねが熱あつくなる”ような結論けつろんに辿たどり着つく。そして「“流ながれ”を変かえてみたくなった」という言葉ことばに続つづき、停滞ていたいした状況じょうきょうをぶち壊こわすために、想像そうぞうだにしないアクションを起おこすのだ。

岩切いわきりの行動こうどうは、今いまのネット社会しゃかいを大おおいにざわつかせ、炎上えんじょうを招まねくような代物しろものだ。しかし岩切いわきりは、ただがむしゃらに前まえへ、前まえへと突つき進すすんでいく 。損得そんとく勘定かんじょう？　そんなものを考かんがえている暇ひまはない。身みの破滅はめつ？　そんなものはどうでもいい。あの瞬間しゅんかん「岩切いわきり俊作しゅんさく」はただの凡人ぼんじんではなく、確たしかにヒーローだった――。

観みていて、筆者ひっしゃは拳こぶしを突つき上あげそうになっていた。 叫さけびたくなった。気きづかぬうちに涙なみだも流ながれていたかもしれない。岩切いわきりの行動こうどうは、シンパシーを感かんじていた筆者ひっしゃの“鬱屈うっくつとした心しん”すらも救すくってくれたのだ。　この興奮こうふんだけは、絶対ぜったいにスクリーンで味あじわうべき！

実じつは上述じょうじゅつの“岩切いわきりが流ながれを変かえる”という展開てんかい、原作げんさく小説しょうせつには登場とうじょうしないパートでもある。つまり、脚色きゃくしょくがかなり秀ひいでている証拠しょうこ。この存在そんざいしなかった光景こうけいから辿たどり着つく“ラスト”も小説しょうせつとは異ことなるものになっていく。

原作げんさく小説しょうせつを読よんでいる方ほうであれば、その結末けつまつに衝撃しょうげきを受うけたはず。高橋たかはし監督かんとくは映画えいが化かにあたり、河かわ林りんさんの遺族いぞくに「そこは変かえさせてもらえないか」と願ねがい出でている。

エンドロール直前ちょくぜんに映うつし出だされるのは、岩切いわきりの“顔かお”だ。あるキーパーソンが彼かれに伝つたえたのは、とても短みじかい言葉ことば。このセリフが全身ぜんしんの毛穴けあなが開ひらくほどのインパクト！　全編ぜんぺん貫つらぬき通とおした「水みずを渇望かつぼうする」という題材だいざいを見事みごとに回収かいしゅうし、「生せいへの希望きぼう」を端的たんてきに表あらわしている。原作げんさく読者どくしゃの方ほうにこそ、映画えいが版ばんの“答こたえ”を目まの当あたりにしてほしい。いや、本当ほんとうに“震ふるえます”から……。

ラストの“最さい推おし理由りゆう”はダメ押だめおしの一いち手て……「NUMBER GIRL」「ZAZEN BOYS」で数多すうたの音楽おんがくファンを虜とりこにしてきた“THIS IS 向井むかい秀徳ひでのり”の参加さんかである。本ほん作さくでは劇げき中ちゅう音楽おんがくも担当たんとうしており、岩切いわきりの物語ものがたりが加速かそくしていくタイミングでは、向井むかいの轟音ごうおんギターが鳴なり響ひびく。これがマジで最高さいこうすぎる……！　内うちに秘ひめていた興奮こうふんはあれよあれよと膨張ぼうちょうし、最早もはや抑おさえ込こむことができない。スト―リーの展開てんかいも相あいまって、今いまにもその場ばから“走はしり出だしたくなってしまった”。それほどの凄すさまじい高揚こうよう感かんが得えられるのだ！

さらにさらに、主題歌しゅだいか「渇水かっすい」も痺しびれる仕上しあがり！　この主題歌しゅだいか、当初とうしょはインスト（歌詞かし、歌唱かしょうのない、演奏えんそうオンリーの楽曲がっきょく）を使用しよう予定よていだったが、作品さくひんに刺激しげきを受うけた向井むかいが歌うたを作つくってしまった……という経緯けいいあり（天才てんさいか）。高橋たかはし監督かんとくから「音楽おんがくだけですべてを物語ものがたっていて感動かんどうしました」という言葉ことばを引ひき出だすほどの名曲めいきょくとなっている。

この楽曲がっきょくがあまりにも良よすぎてですね……筆者ひっしゃは“完全かんぜんな終幕しゅうまく”まで身動みうごきひとつとれないまま。代替だいがえ不可能ふかのうなピースとしてハマった“向井むかいの音楽おんがく”。最後さいごの最後さいごまで一いち分ぶんの隙すきもない……！

まだまだ伝つたえていない魅力みりょくは、たんまりとありますが、ひとまずここで本稿ほんこうを終おえましょう。でもやっぱり最後さいごの最後さいごに、これだけは“念ねん押おし”で言いっておきたい。「良作りょうさく・秀作しゅうさくだろう」という予想よそうは軽々かるがると超こえてきます。公開こうかい日びとなる6月がつ2日にち以降いこう、どうにかスケジュールを空あけて劇場げきじょうへ向むかいましょう！