ウォンカとチョコレート工場こうじょうのはじまり

「はじまり」を描えがく企画きかくには当あたり外はずれがある。でもこの映画えいがは実じつに良よくできていた。「パディントン」のポール・キング監督かんとくは、原作げんさくの真髄しんずいを掴つかみ、胸むね弾はずむリズムとちょっと枠組わくぐみをはみ出だすくらいの破天荒はてんこうさで彩いろどるのが巧たくみい。そして何なにと言いっても要ようとなるのはティモシー・シャラメだ。彼かれの存在そんざい感かんは寸分すんぶんの狂くるいなく世界せかい観かんに合あっていて、最高さいこうにコミカルでキュート。歌声うたごえも優雅ゆうがで美うつくしい。そんな彼かれが押おし込こめられる宿屋やどややその住人じゅうにんたちの描写びょうしゃには、監督かんとくが愛あいするジュネの「デリカテッセン」の影響えいきょうがあるとか。さらにダンスシーンにはアステアのテイストが見みて取とれる。嬉々ききとしてルンパ役やくを演えんじたヒュー・グラントをはじめ芸げい達者たっしゃの競演きょうえんも楽たのしいが、重要じゅうようなのは全すべてのエッセンスが1971年ねんの映画えいが「チョコレート工場こうじょうの秘密ひみつ」へ通つうじている点てんだろう。あの名曲めいきょくのメロディ、セリフ、色褪いろあせることの無ない精神せいしん。両りょう作さくを並ならべて鑑賞かんしょうすれば最大限さいだいげんの妙味みょうみが堪能たんのうできること請うけ合あいである。

　何なによりも素晴すばらしいこと、それはすべてのキャストとスタッフが自分じぶんが期待きたいされていることは何なにかを理解りかいしていることだ。それは過剰かじょうな演技えんぎを披露ひろうするということではないし、過剰かじょうな装飾そうしょくを施ほどこすことではない。役柄やくがらと役割やくわりをわきまえ、周まわりを意識いしきしてなすべきことをなす。当あたり前まえだけれど最もっとも難むずかしいことだ。

　ティモシー・シャラメはいつも何なにかを伝つたえようとするウォンカになって、歌うたうのではなく想おもいを伝つたえようとする。チョコレートで人々ひとびとを笑顔えがおにする。その願ねがいが叶かなえば、誰だれもが笑顔えがおを浮うかべてくれる。そしてお母かあさんにもう一度いちど会あえる。彼かれの信しんじる心しんは常つねに開ひらかれている。誰だれもが知しっていることだけれど、心しんを開ひらくこともとても難むずかしいことだ。

　 母ははと離はなれて7年ねん、修行しゅぎょうの旅たびを続つづけてきた彼かれはチョコの街まちにやって来くる。でも、持もっていたお金かねは瞬またたく間まになくなってしまう。なぜなら彼かれの心しんは常つねに開ひらかれているからだ。心しんを開あけば人ひとは優やさしくなれる。でも、邪心じゃしんを抱だいたり、相手あいてを敵てきと見みなす猜疑心さいぎしんや支配しはい欲よくを持もった人ひとに対たいしては無防備むぼうびだ。だから騙だまされたり、罠わなに嵌はめられたり、追おい込こまれたり…。

　最初さいしょの一夜いちやを過すごすためにウォンカは宿屋やどやを訪おとずれる。文字もじが読よめない彼かれは、宿屋やどやの女将おかみと使用人しようにんにまんまと騙だまされてしまう。地下ちかの洗濯せんたく場じょうでは同おなじ手口てぐちで嵌はめられた人ひとたちが働はたらかされている。女将おかみに育そだてられたという孤児こじヌードルの手助てだすけで仕事場しごとばを抜ぬけ出だして広場ひろばに向むかった彼かれは、自己じこ紹介しょうかいすると、とっておきのチョコレートを振ふる舞まう。なんと空そらを飛とべる魔法まほうのチョコだ。慌あわてて駆かけつけたチョコレート組合くみあいの三さん人にん衆しゅが宙ちゅうに浮うかぶ。でも、夢見ゆめみることを禁きんじられた街まちで得えた報酬ほうしゅうはすべて取とり上あげられてしまう。

　ウォンカの魔法まほうのチョコを味あじわった3人組にんぐみは気きが気きではない。実じつは警察けいさつ署長しょちょうも敬虔けいけんなはずの神父しんぷもチョコ組合くみあいの三さん人にん衆しゅに懐柔かいじゅうされている。ウォンカのチョコを味あじわった3人にんは強敵きょうてきの出現しゅつげんにあの手てこの手てを使つかって邪魔じゃまをする。こうして、街まちの支配しはい者しゃと何なにもかも奪うばわれた者ものたちの対決たいけつの構図こうずが形成けいせいされていく。

　美味おいしいチョコレートを生うむのはカカオ豆まめだ。貴重きちょうな豆まめを4つも盗ぬすまれてしまったウンパルンパは、警備けいび失格しっかく者しゃとして島しまを追おい出だされて盗人ぬすっとを追おっている。一方いっぽう、大切たいせつなチョコが何者なにものかに盗ぬすまれているウォンカは盗人ぬすっと対策たいさくの罠わなを仕掛しかける。捕とらえられたのは、オレンジ色しょくのウンパルンパだ。ヒュー・グラントが演えんじる極きわめてスマートな紳士しんしが物語ものがたりの鍵かぎを握にぎる。秀逸しゅういつな託たくし方かただ。

　夢見ゆめみることが禁きんじられた街まちで、欺瞞ぎまんに晒さらされた弱者じゃくしゃが追おいつめられていく。貧乏びんぼうだから何なにもできない。貧困ひんこんに追おい込こまれて心しんが俯うつむいたとき人ひとは夢ゆめを諦あきらめてしまう。追おい打うちをかけるかのように、不ふ寛容かんようで支配しはい的てきな強者きょうしゃたちの癒着ゆちゃくや賄賂わいろによって正義せいぎがねじ曲まげられる。卑劣ひれつな行為こういが横行おうこうし、力ちからに任まかせて相手あいてを捻ねじ伏ふせる理不尽りふじんな暴力ぼうりょくが蔓延はびこる。ポール・キング監督かんとくは、今こん世界せかいで起おこっている憂慮ゆうりょすべき事態じたいを、寓話ぐうわというオブラートに包つつみ込こんで物語ものがたりに巧たくみに織おり込こんでいく。

　お母かあさんとの思おもい出で、ヌードル、そしてウンパルンパ。監督かんとくはウォンカを見守みまもる存在そんざいによって行間ぎょうかんに物語ものがたりを紡つむいでいく。 いつも美味おいしいチョコレートを作つくってくれたお母かあさんの笑顔えがお、アルファベットが刻印こくいんされた指輪ゆびわをネックレスにしているヌードル、そしてカカオ豆まめを取とり戻もどすためにウォンカを追おうウンパルンパ。ヌードルとの約束やくそくにき耳きみみを立たてる人ひとたちも忘わすれてはいけない。誰だれもがウォンカを見守みまもっている。だからこそ彼かれらの物語ものがたりには未来みらいが与あたえられている。

　憂慮ゆうりょすべき事態じたいにウォンカはどう立たち向むかうのか。人ひとと人ひとがつながり、知恵ちえを出だし合あい、勇気ゆうきを振ふり絞しぼる。ひとりじゃできないことも、力ちからを合あわせて臨のぞめばなんとかできるかもしれない。このテーマには、『パディントン』でも描えがかれた監督かんとくの真骨頂しんこっちょうがある。ウォンカと仲間なかまたちの大だい冒険ぼうけんは、人々ひとびとの心しんに熱あついエールを贈おくり、どんなことがあっても夢ゆめを諦あきらめない姿すがたに自分じぶんを重かさね、勇気ゆうきが沸わいてくる。

　ウォンカの生おい立たち、ヌードルの願ねがい、労働ろうどう搾取さくしゅの現実げんじつ、好すきな人ひとへの想おもい、そして誰だれもがワンコインで味あじわえる夢ゆめを叶かなえるチョコレート。ウォンカと仲間なかまたちの夢ゆめ、その先さきに出現しゅつげんする「魔法まほうのチョコレート工場こうじょう」は、ジョニー・デップ主演しゅえんで描えがかれたあの工場こうじょうへと見事みごとにつながっていく。

　冒頭ぼうとうからラストまで、歌うたによって省略しょうりゃく効果こうかとメリハリを生うみ、エモーションを静しずかに劇的げきてきに高たかめる。現代げんだい社会しゃかいを生いきる人々ひとびとへの熱あついエールが詰つまった作品さくひんに仕上しあげたポール・キングは、やはり素晴すばらしい語かたり部べだ。
　夢見ゆめみることからすべては始はじまる。だから夢ゆめを諦あきらめないで…。ラストに明あかされる母ははが残のこした人生じんせいを輝かがやかせる秘訣ひけつが、明日あしたに向むかう大おおいなる希望きぼうをもたらす。

ティム・バートン監督かんとく×ジョニー・デップ主演しゅえんで大だいヒットした「チャーリーとチョコレート工場こうじょう」。
本ほん作さくは「主人公しゅじんこうウィリー・ウォンカの始はじまりの物語ものがたり」を描えがいた作品さくひんですが、最大さいだいの特徴とくちょうは何なにといっても「ミュージカル映画えいがとしてのクオリティーの高たかさ」です。
特とくに楽曲がっきょくは、すべてと言いってもい過いすぎではないほど名曲めいきょくぞろいの素敵すてきな楽曲がっきょくで構成こうせいされています。
そして、作品さくひんの雰囲気ふんいきや展開てんかいは、子供こどもから大人おとなまで楽たのしめるコミカルで心地ここちよい上質じょうしつな完成かんせい度どです。
それもそのはず本ほん作さくは、イギリスが舞台ぶたいの名作めいさく「パディントン」シリーズのポール・キング監督かんとくらを筆頭ひっとうに、超ちょう有能ゆうのうな「パディントン」のクリエイターらが手掛てがけているからです。
主演しゅえんのティモシー・シャラメの歌声うたごえは意外いがいにも非常ひじょうに魅力みりょく的てきで、あらためてスター性せいを感かんじます。
また、イギリス出身しゅっしんのヒュー・グラント、サリー・ホーキンス、オリビア・コールマン、ローワン・アトキンソンなどの実力じつりょく派はキャストが脇わきを固かため、演技えんぎの面めんでも楽たのしめるようになっています。
ファンタジー・ミュージカル映画えいがの傑作けっさくの誕生たんじょうです！