バービー : 映画評論・批評
2023年8月8日更新
2023年8月11日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
今日的なテーマが全力投入された人形の世界のリアル
発売から70年以上の歴史があり、「トイ・ストーリー2」と「3」にも登場した着せ替え人形、バービーとその世界を今、実写映画化するとしたら? そんなミッションから始まったグレタ・ガーウィグの最新作には、確かに、今が強烈に反映されている。
毎日がお天気でパーティ三昧のバービーランドに住む主人公のバービー(マーゴット・ロビー)は、ある日突然、ヒールを脱いでも爪先立ちをキープしているカカト(バービーは形状的にそう)に息苦しさを感じ、“バービーの友達”という以外何の役目も与えられていないケン(ライアン・ゴズリング)を渋々サイドシートに乗せて、現実世界へと旅立つことに。そこでは何と、重要な役職は全て女性で占められているバービーランドとは真逆の男性優位社会が当たり前のように存在していて、バービーはそんな社会に服従させられ、ケンは一気にマッチョ化。現実の洗礼を受けてバービーランドに戻ったふたりが、どうやって真の男女共存社会を目指すのか、というのがシンプルにまとめた本作のプロットだ。
そのプロセスで、ガーウィグの脚本はフェミニズム、ジェンダー、ルッキズム、アイデンティティという今日的なテーマを、様々な角度から“これでもか”とばかりに盛り込んで、そこが若干くどいと感じるかも知れない。しかし、それらはガーウィグがこの映画に込めた強く、且つ熱い想いの表れとして許容可能だ。恐らく性差や立場、世代に関係なく。
何よりも、ピンクのバリエーションで埋め尽くされたセットデザインとコスチュームには目がクラクラする。ガーウィグが「ピーウィーの大冒険」(1985)や「巴里のアメリカ人」(51)に登場するジーン・ケリーのアパートにインスパイアされたというバービー・ドリームハウスのセットはほぼCGなし。ピンクの絵の具を発注されたペイント工房、Roscoによると、世界中にちらばる同社の倉庫ではピンクの絵の具が全て空になったとか。背景に比べて人形のボディを大きめに設定した、バービーファンの視覚に忠実なバランス感覚にも作り手のこだわりを感じる。
そして、1960年代初頭のフレンチ・リビエラを闊歩する伝説的アイコン、ブリジット・バルドーをイメージしたという、ジャクリーン・デュラン(同じガーウィグの「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」(2020)でアカデミー衣装デザイン賞受賞)が、過去のバービー・ファッションを忠実に再現。その中には、ハイブランド、シャネルのアーカイブから取り寄せたというピンクのツイードスーツもある。
人形の世界を舞台に描く現代的なテーマと氾濫するピンク、それに、ロビーとゴズリングが果敢にトライした、作り物を介した本物の感情表現、映画通をくすぐる隠しネタの数々が、本作を2023年のサマーシーズンを代表するスマッシュヒット作に押し上げた。特に、楽観主義から現実に目覚めていく過程を微妙な演技のグラデーションで表現するロビーと、本物の男はどうあるべきか葛藤するゴズリングの自虐的な名演は、どちらもキャリアを代表する仕上がり。実はそこが、想定外で最大の収穫だった。
(清藤秀人)