お
笑い
芸人「パンサー」のメンバーで、ラジオパーソナリティとしても
大活躍中の
向井慧さん。
学生時代から
愛してやまない「ラジオ」をめぐって、さまざまな
思いを
綴ったエッセイ「チューニング。」(
「群像」2024年5月号掲載)を
特別にお
届けします。(※ウェブ
転載にあたり、
再編集しています。)
ラジオは「噓をつけないメディア」
僕は現在、ラジオのレギュラーを4本やっている。その内の1本は月曜から木曜までの帯番組なので合計すると週に13時間半喋っている。冷静になるとなかなか異常なことをしているなと思う。なんでこんなことになったのだろう。
学生時代にラジオを聴き始め、吉本興業に入って1年目の時に作ったプロフィールの趣味の欄には「ラジオを聴くこと」と書いた。
何気ない先輩との会話の中で、ラジオを聴くことが好きだと話すと、「ラジオ好きって言うことで陰の部分持ってますアピールするんだ」と言われて驚いた。ラジオ好きっていうのはそういうアピールに取られるんだ。
芸人の世界は特に「媚びる」ということに敏感な人が多い気がする。僕は"パンサー"というトリオを組んでいるが、2013年頃、劇場で若い女の子から人気が出始めて、出待ちと言われる劇場の外で待ってくれているファンの方が多いということで話題になった。
その時、先輩から何度か「お前は女の子に媚びてる」と言われた。それを言った人を今でもしっかりと覚えているのが自分でも恐ろしいと思うが、その芸人さんは「自分達は男を笑わすことができる」と胸を張っていた。それって男に媚びてるんじゃないのかと不思議に思った。
そんなこともあり、あまりラジオを好きだと言わない時期があった。だけど結局好きな気持ちは滲み出てしまうもので、ラジオの仕事がちょくちょく入ってくるようになった。
東京でいくつかのラジオ番組をやるチャンスを頂いたが、正直どれもしっくりこなかった。勿論、全て全力でやったし、その時喋れることを全部喋ったつもりだったが、今、振り返ってみると自分が学生時代から好きだったラジオに近付けようとすればするほど喋っていることが自分の言葉から離れていってしまっていた気がする。
自分にとってラジオは、やるものじゃなく聴くものだと思い始めた時、地元名古屋のラジオ局から期間限定番組のオファーを頂いた。ローカル局ということもあって、今まで表に出すことがなかった、悔しかったことや腹が立ったことを何年も書き殴ってきたノートをもとに喋ったら、初めて自分と言葉が一致した感覚があった。
ラジオは噓をつけないメディアと言う人がいるが、その通りだと思う。悔しかったこと、腹が立ったこと、人間関係が難しかったことを喋っていたら、同じような体験を持つ人達が少しずつリスナーとして増えていった。
日常でどれだけ嫌なことがあってもラジオで消化できるという無敵状態に入った。そこからラジオの仕事が増えていき、気付けばレギュラーが4本になっていた。リスナーが増えていくと「リスナーが共感することを喋らなければ」という気持ちが生まれ、無理矢理怒ってみたこともあったが、その時にはまた自分の言葉と気持ちが離れているのがはっきり分かった。やっぱり自分の気持ちを偽わって喋ることはできない。
そんな偽われないメディアだからこそ、年齢を重ねてポジションが変わるにつれ、喋れることも変わっていく。
38歳、今の自分に喋れること
昔、僕らが女の子の人気が高いと言われている時に、ある番組のスタッフさんから「向井さんはナルシストキャラでやって下さい」とお願いされ、「いや、そんなキャラじゃないんで」と言うと、「でもそれをやらなかったら多分出どころないですよ」と言われた。
何故そちらがデザインしたキャラクターで出ないといけないのか。そのままのあなたじゃ何もできないと言われているようで腹が立った。当時、その話をラジオで喋ったところ、リスナーの反応は良かった。
じゃあ38歳の今の自分がこの話を同じ熱量でできるのかと言うとそうはいかない。それは少なからずテレビの世界を知り、番組を作る人の気持ちが想像できるようになったからだ。
あのスタッフさんには「まだ使い方が分からないテレビに出たての芸人に目立つ所を作ってあげたい」という気持ちが根底にあったのだろうと思うと、もうあの頃のように怒ることはできない。あの頃、冷たいなと感じていたMCも、ロケバスが一緒の時にツンとしていた女性タレントにも、恐らくあんな理由があったんだろうなぁという想像ができてしまう。
想像ができるようになったのは決して悪いことではないのだが、もうあの頃の熱量で喋ることができない。
社会で起きている問題についてもそうだ。ある政治家が失言をしているニュースを観た。テレビに出ているコメンテーターは熱量を持って怒っていた。SNSを覗くと多くの人がそのコメンテーターの意見に同じ熱量を持って賛同していた。
勿論、その政治家の失言は許されるものではなかったが、自分も生放送のラジオで喋っている中で思ってもいない言葉の使い方をしてしまい、焦れば焦る程どんどん違うニュアンスで伝わってしまった経験があるので、もしかしたらそこまで悪気はなかったんじゃないだろうかと想像してしまった。その結果、その件に関してラジオで喋った時に、何も言っていないのと同じようなどちらにも振り切れていないコメントをしてしまった。
できることならまだ無責任に怒っていたかったし、無責任に嫉妬していたかった。
僕が今、熱量を持って喋れることは何なのだろう。まだ明確に見つかっていないが、糸口があるとするならまさにこの葛藤を喋ることなんじゃないかと思っている。怒りや嫉妬のエネルギーを何か別のエネルギーで補塡しなければいけないという葛藤こそが今、自分の中に渦巻いているエネルギーだ。
あの頃の一瞬で燃え上がるような熱量のラジオではないが、今のジリジリと己の身が焼かれていくような熱量のラジオも面白いのかもしれない。
向井慧(むかい・さとし)
1985年、愛知県生まれ。お笑いトリオ「パンサー」のツッコミ担当。「パンサー向井の#ふらっと」「#むかいの喋り方」など、ラジオパーソナリティとしても活躍。