1943年にスクーバダイビングの技術が発明されて以降、水中考古学の本格的な開始と同時に、トレジャーハンターの活動が世界大で活発となった。トレジャーハンターは、学術的な海洋考古学調査や研究を実施することなしに、経済的に価値がある水中文化遺産、とりわけ沈没船からの積載物、だけを無秩序に引き揚げ、それらを商業目的で売却した。20世紀も後半になると、高度な水中探査技術の発達とともに、トレジャーハンターの活動もより大規模かつ組織的となり、オークションなどを悪用した水中文化遺産の売買などが国際的な非難を浴びるようになっていった。しかし、こうしたトレジャーハンターの活動を規制する国際条約は存在していなかった[1]。
1982年に国連海洋法条約が採択、同国際条約は1994年に発効した。同条約は、水中文化遺産に関連して、その第149条:考古学上の物及び歴史的な物で「深海底において発見された考古学上の又は歴史的な特質を有するすべての物については、当該物の原産地である国、文化上の起源を有する国又は歴史上及び考古学上の起源を有する国の優先的な権利に特別の考慮を払い、人類全体の利益のために保存し又は用いる」と定め、第303条:海洋において発見された考古学上の物及び歴史的な物の第1項で「いずれの国も、海洋において発見された考古学上の又は歴史的な特質を有する物を保護する義務を有し、このために協力する」と定めている[2]。しかし、その内容が不十分であったために、トレジャーハンターの活動は継続した。
これに対応するために、2001年11月2日の第31回国際連合教育科学文化機関総会で水中文化遺産保護条約が採択された[3]。2008年10月に批准国がその発効に必要な20か国に達したため、2009年1月2日に同条約は発効した。2023年の段階で、世界の約76か国が同条約の批准の手続きを終了している。イタリア、スペイン、ポルトガル、エジプト、メキシコ、キューバ、ミクロネシア連邦などが批准国である。一方、国連の常任理事国では、フランスのみが批准国であり、東アジアと東南アジアからは、カンボジアのみが同条約を批准している。フランス以外の国連の常任理事国に加え、ドイツ、カナダ、オーストラリア、インド、日本などの主要国も未批准である。海洋資源開発に関して高い技術力をもつ海洋利用国は、同条約が定める沿岸国管轄権の内容を危惧しており、とくに国家管轄権外の海域における生物多様性の保全に関する問題などをめぐる国際ルールに対して、同条約が一定の道標を示すのではないかという可能性を憂慮している。また、その原位置保存の原則や、同条約が敢えて触れることがなかった水中文化遺産の所有権や政府船舶である沈没船の主権免除に関連する諸問題が、同条約の批准に対する大きなハードルともなっている[4]。