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パンチカード - Wikipedia

パンチカード

かみ記録きろく媒体ばいたい

パンチカード英語えいご:Punched card)は、穿孔せんこうカードなどともいう、厚手あつでかみあなけて、その位置いち有無うむから情報じょうほう記録きろくする記録きろく媒体ばいたいで、以前いぜんには鑽孔さんこうかみテープとともに多用たようされた。電子でんししきコンピュータ以前いぜんパンチカードシステム時代じだいから多用たようされたものであるが、近年きんねんコンピュータよう主力しゅりょくメディアとしては過去かこのものとなっている。画像がぞうなどといっただい容量ようりょうのデータを負担ふたんなくあつかえるようになる以前いぜんには、四角しかくまどつくってそこに写真しゃしんフィルムる、といった使つかかたや、はしみをれてくし使つかった手作業てさぎょう分類ぶんるいできる edge-notched card(#ハンドソートパンチカードふし参照さんしょう)など、かみテープとはちがったカードならではの使つかかたもある。

オルガンようのパンチカード
20世紀せいきもっとひろ使つかわれた80らんのパンチカード。寸法すんぽうは 187.325 mm × 82.55 mm。このれいは1964ねんEBCDIC文字もじセットにそれ以前いぜんにつかわれていた特殊とくしゅ記号きごうくわえてしめしたものである。

現在げんざい使つかわれほうとしては、くに地方ちほうによっては選挙せんきょ投票とうひょうようであるとか、あなけるのではないものの、マークシートよう同一どういつおおきさ・形状けいじょう材質ざいしつのカードが使つかわれていることがある。

 
ジャカード織機しょっきようのパンチカード

パンチカードの先祖せんぞ織機しょっき由来ゆらいする。いくつかの先行せんこうれいはあるが、ひろられている、「厚紙あつがみでできた」「定形ていけいのカードに」「あなけた」ものを利用りようして、模様もよう自動的じどうてきむようなカラクリが組込くみこまれた完成かんせいたか自動じどう織機しょっきは、19世紀せいき初頭しょとう、フランスのジョゼフ・マリー・ジャカールによりつくられ、そのけられたジャカード織機しょっきは、その末裔まつえい今日きょうでも使つかわれている。

機械きかい制御せいぎょではなく、情報じょうほう格納かくのう手段しゅだんとしてパンチカードじょうのものを最初さいしょ使つかったのはセミヨン・コルサコフ英語えいごばんとされている。コルサコフはかれ考案こうあんした技法ぎほう機械きかいを1832ねん9がつ発表はっぴょうし、特許とっきょ取得しゅとくせずに機械きかい公的こうてき用途ようときょうした[1]

 
セミヨン・コルサコフのパンチカード

19世紀せいきに「数値すうちを)計算けいさんする機械きかい」の制御せいぎょにパンチカードじょうのものを使つかうことが構想こうそうされたものとして、チャールズ・バベッジの「解析かいせき機関きかん」がある[2]。バベッジはジャカード織機しょっきをヒントにしたとされている。なお、解析かいせき機関きかん完成かんせいしなかった。

20世紀せいきにコンピュータようとして多用たようされたパンチカードそのものの直接ちょくせつ祖先そせんは、19世紀せいきまつアメリカで、ハーマン・ホレリスによるものである。だい規模きぼ移民いみんれにより急激きゅうげき人口じんこう膨張ぼうちょうしつつあったアメリカでは、1880ねん国勢調査こくせいちょうさが1889ねんになっても集計しゅうけい完了かんりょうしないという事態じたい発生はっせいしていた(これには、単純たんじゅん人口じんこう増加ぞうかだけではなく、集計しゅうけいする項目こうもくやしたことによる必要ひつよう作業さぎょうりょう増大ぞうだいにもよるとわれる)。次回じかい調査ちょうさ実施じっしする時期じきいたってもまだ前回ぜんかい調査ちょうさ集計しゅうけいわらないというこの困難こんなんを、ホレリスは機械きかい導入どうにゅうにより解決かいけつすることを考察こうさつした。当初とうしょ鑽孔さんこうテープなどをためしたが、最終さいしゅうてきにパンチカードという形態けいたいにたどりいた[3]。ホレリスが考案こうあんした、パンチカードを利用りようするデータ処理しょり機械きかいであるタビュレーティングマシンは、国勢調査こくせいちょうさ手作業てさぎょうによる集計しゅうけいして10ばいのスピードを実現じつげんしたとされる。同時どうじに、1〜9および0の、じゅうしんヒトケタの整数せいすうとアルファベットをパンチカードのあなでエンコードする一種いっしゅ文字もじコード現代げんだい文字もじコードとはことなり、かみせいのカードで利用りようする前提ぜんてい設計せっけいされている(たとえば、全部ぜんぶけたあなけたりはしない))「ホレリスコード」も考案こうあんした。[4]

当時とうじ手書てがきで記録きろくり、それを事務所じむしょかえってパンチカードに転記てんきするという手間てまんでおり、かつホレリスの集計しゅうけい自体じたいも1かい1かい人間にんげん処理しょり仕方しかた設定せっていする必要ひつようがあるなどの欠点けってんがあったが、その圧倒的あっとうてき処理しょり能力のうりょくは「驚異きょういのテクノロジー」と賞賛しょうさんされ、政府せいふ機関きかんだけではなく様々さまざま分野ぶんや使用しようされていくことになる。多数たすう顧客こきゃく情報じょうほう処理しょりしなければならない保険ほけん会社かいしゃなどでも使つかわれた。のち電気でんきしき加算かさん計算けいさん機構きこうんでかなりの計算けいさんができる機械きかい登場とうじょうし、会計かいけい処理しょりだけでなく科学かがく技術ぎじゅつ計算けいさんにも使つかわれるようになった。

ホレリスは1まいのカードに45項目こうもく、1項目こうもくにつき12種類しゅるい選択肢せんたくし情報じょうほう記録きろくできるような仕様しよう策定さくていした。このカードはサイズを身近みぢかな1ドル紙幣しへい同一どういつにし、普及ふきゅうのために低額ていがく販売はんばいしたため、事実じじつじょう標準ひょうじゅんとなった。そして1896ねんにこの事業じぎょうのためにホレリスがおこした「タビュレーティング・マシーンズしゃ」は、幾度いくどかの統合とうごう巨大きょだい企業きぎょうIBM母体ぼたいとなっていく[5]。ホレリスの仕様しようは、のちにIBMによってカードのサイズはおなじままでカードのあな円形えんけいから長方形ちょうほうけいにすることで80項目こうもく拡張かくちょうされた。この仕様しようとくに「1ぎょう 80項目こうもくけた)」は、FORTRAN筆頭ひっとうとしてそのなががれていくことになる(後述こうじゅつ)。

1950年代ねんだいまで、パンチカードはデータ入力にゅうりょくやデータ保管ほかん、データ処理しょりおも手段しゅだんとして使つかわれた(ただし、もっぱら鑽孔さんこうテープを利用りようしたコンピュータ、あるいはテープをこのんだ文化ぶんかのメーカーもある)。IBMの記録きろくによれば、IBMは1937ねんにはニューヨークしゅうエンディコットに32のパンチカード工場こうじょうち、毎日まいにち500まんまいから1000まんまいのパンチカードを生産せいさんしていた[6]。パンチカードはアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく連邦れんぽう政府せいふ小切手こぎって[7]貯蓄ちょちく債券さいけんなど法的ほうてき書類しょるいにも使つかわれていた。

以上いじょうべたようなデータ処理しょり機械きかい歴史れきしつづいて、Harvard Mark I (1940年代ねんだい) のような数値すうち計算けいさん機械きかいもあらわれ、だい世界せかい大戦たいせんわったのち急速きゅうそくに(電子でんししき)コンピュータの発展はってんすすみ、数値すうち計算けいさんとデータ処理しょり統合とうごうといえる、情報処理じょうほうしょり(information processing)やコンピューティングわれるようになった(チューリングやノイマンやシャノンらによる数理すうりてき理論りろん確立かくりつ、という背景はいけいもある)。

1950年代ねんだいUNIVAC I入出力にゅうしゅつりょく装置そうちUNITYPERあらたなデータ入力にゅうりょく手段しゅだんとして磁気じきテープ導入どうにゅうした。1960年代ねんだいには磁気じきテープを採用さいようするコンピュータがえていき、パンチカードから高速こうそくえの磁気じきテープへの移行いこう徐々じょじょ進行しんこうした。IBMはすぐにUNIVACを追撃ついげきし、1960年代ねんだいには世界一せかいいちのコンピュータ企業きぎょうとなった。

1965ねん、Mohawk Data Sciences はキーパンチ代替だいたいとして直接ちょくせつ磁気じきテープにタイピング内容ないよう記録きろくする磁気じきテープエンコーダという機器きき発売はつばいし、ある程度ていど成功せいこうおさめた。それでもパンチカードはデータおよびプログラム入力にゅうりょく手段しゅだんとして1980年代ねんだいちゅうごろまで使つかわれつづけた。1952ねん発売はつばいIBMはつ商用しょうようコンピュータIBM 701や、だいヒットとなったSystem/360のデータ入力にゅうりょく基本きほんは80けた長方形ちょうほうけいあなのパンチカードである。またUNIVACなどのコンピュータではまるあなの90けたのカードが使つかわれた。

元々もともと機械きかいてき装置そうちだった時代じだいにアウトラインがまったものであるため比較的ひかくてきおおきく、トランジスタなどコンピュータの進歩しんぽわせ小型こがたしたものも試作しさくされたりしているが、すでにデファクトスタンダードとして普及ふきゅうしてしまったものをえるにはいたらなかった。

またプログラミングなどのさいには、穿孔せんこうしてしまうので現代げんだいのテキストエディタのような文字もじ単位たんい編集へんしゅうから一切いっさいできないという欠点けってんから、一般いっぱん鉛筆えんぴつなどをもちいてべつかみ[8]、あるいはカードの上辺うわべ間隔かんかく位置いちんでおき、あとでまとめてパンチしていた(なお、コンピュータ時代じだいのパンチ機械きかいには、穿孔せんこう同時どうじ印字いんじされるといったものもおおい)。だい規模きぼ組織そしきなどでは、プログラマとはべつキーパンチャーたんにパンチャーとも)という専門せんもんしょくによってプログラムようのカードもパンチされるなど分業ぶんぎょうされていることもあった。

パンチカードの利点りてんは、くだり単位たんい編集へんしゅう容易よういであるということがある。プログラムの1ぎょうがパンチカードの1まいになるため、内容ないよう修正しゅうせいしたい場合ばあいは、修正しゅうせいぎょう相当そうとうするカードをえるだけでよい。また、ブロック単位たんい移動いどうする場合ばあいもカードをえるだけでむ。これはかみテープでは物理ぶつりてきりをおこな必要ひつようがあることをかんがえると、非常ひじょう効率こうりつてきえる。一方いっぽうくだり単位たんいではない編集へんしゅう極端きょくたん苦手にがてであり、むしろかみテープの物理ぶつりてきりのほうが有利ゆうりえる。プログラマによっては、まったおな内容ないようになるようなくだりあらわれるように工夫くふうし、「ソースコードのさい利用りよう」を実際じっさいのパンチカードのさい利用りようとしてっていたものもいた。

また、当時とうじありがちだった事象じしょうとして、パンチカードのたば(デック)を、とすなどしたはずみでバラバラにらしてしまい、順序じゅんじょがわからなくなってしまうとならなおすのが大変たいへん、というものがあった。とお番号ばんごうたれているなどすればなんとかなるが、さもなくば入力にゅうりょくなおしたほうはやいなどともわれた。当時とうじ写真しゃしんなどで、カードデック上部じょうぶ斜線しゃせんいたりしたものがあるのは、ならなおしを簡単かんたんにするための工夫くふうである。

1970年代ねんだいから1980年代ねんだいにかけて、磁気じきディスク端末たんまつてい価格かかくし、安価あんかミニコンピュータ普及ふきゅうしたため、パンチカードはコンピュータへのデータ入力にゅうりょく手段しゅだんとしての役目やくめをほぼえた[9]。また、そもそもミニコンピュータはメインフレームとはちが文化ぶんかけん形成けいせいし、その文化ぶんかけんではかみテープのほうがこのまれた、といった側面そくめんもある。それでも、おおくの業界ぎょうかい標準ひょうじゅん規格きかくやファイルフォーマットにパンチカードの影響えいきょうのこっている。パンチカードの代替だいたいとなった IBM 3270 などの端末たんまつは、既存きそんのソフトウェアとの互換ごかんせい考慮こうりょしていちぎょう表示ひょうじ文字数もじすうをパンチカードとおなじ80文字もじとした。グラフィカルユーザインタフェース可変かへんはばのフォントも表示ひょうじ可能かのうだが、1ぎょう80文字もじ前提ぜんていとしたプログラムはいまもある。

ごく簡単かんたん読取よみとつくれるかみテープとはちがい、比較ひかくするとかなり大袈裟おおげさ機構きこう必要ひつようなパンチカードは、1970年代ねんだいの「マイコン革命かくめい」(en:Microcomputer revolution)においては完全かんぜんに「きゅう勢力せいりょく遺跡いせき」であり、そのパーソナルコンピュータ誕生たんじょう普及ふきゅうによって、絶対ぜったいすうとしてはおおきくったわけではないのだが相対そうたいてきには圧倒的あっとうてき少数しょうすうとなったメインフレームともに、少数しょうすう存在そんざいとなった。

2000年代ねんだいごろより宿泊しゅくはく施設しせつのカードがたキーとして使つかわれているところもある。あな穿うがったあつめのかみをスリットにれ、そのあなのパターンをりロックを操作そうさする。チェックアウトのさいにそのパターンは無効むこうとなり、つぎのチェックインにあたらしいパターンがてられる。

影響えいきょう

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ホレリス(IBM)の80らんパンチカードが、コンピュータにあたえた影響えいきょうには以下いかがある。

  • メインフレームなどの大半たいはん設定せっていファイルやJCLなどは、いま(2014ねん)も1ぎょう80けた基本きほんである
  • FORTRANなどの言語げんごは、いま(2014ねん)も1ぎょう80けた基本きほんである
    • 桁数けたすう制限せいげんのない言語げんごでもプログラミング作法さほうとして、1ぎょうを80けたとする流儀りゅうぎいま(2014ねん)でも根強ねづよ
  • 32705250などメインフレームよう表示ひょうじ装置そうちやエミュレータは、いまも1ぎょう80けた基本きほんである
  • IBM PC以後いごパーソナルコンピュータ表示ひょうじ解像度かいぞうど(ピクセル)も、1ぎょう80けた基本きほんである
    • MDAはキャラクタ表示ひょうじで1ぎょう80けた
    • グラフィックモードでも、CGAMCGAEGAVGAなど(さらにはPC-9801FM-Rなど、どう時代じだいMS-DOS搭載とうさいPCの大半たいはん)は、すべて1ぎょうのビット(ピクセル)すうが80の倍数ばいすうである(XGAは1024x768だが、もととなった8514/A正確せいかくには1040x768で、やはり80の倍数ばいすうであった)
    • ただし、パーソナルコンピュータの表示ひょうじについては、モニターに家庭かていようテレビを流用りゅうようする設計せっけいとしていた機種きしゅにおける、家庭かていようテレビの性能せいのうにもとづく仕様しよう(40文字もじのものがあった)に由来ゆらいする部分ぶぶんもあるので、パンチカードの80けたからの由来ゆらいすべてではない
  • CMD.EXEやxtermなど端末たんまつエミュレータ起動きどうのデフォルトのウィンドウサイズは80けたわせたサイズである
  • また、モニターディスプレイのデフォルトの状態じょうたいのコンソール(で表示ひょうじされるブルースクリーンなどの画面がめん)なども、1ぎょう80けた基本きほんである(ことがおおい)

投開票とうかいひょうへの使用しよう

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世界せかいてきに、だい規模きぼ選挙せんきょにおいては記号きごうしき投票とうひょう一般いっぱんてきであるため、そのいち手段しゅだんとしてパンチカードが投開票とうかいひょう使用しようされることもある。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく大統領だいとうりょう選挙せんきょでは1964ねんから採用さいようするしゅうぐんがある。1996ねん時点じてんでは、登録とうろく有権者ゆうけんしゃすうにおいて37.3%の地区ちくでパンチカードしき投票とうひょう採用さいようしていた[10]。これは有権者ゆうけんしゃがパンチカードにあな穿うが方式ほうしきだが、穿孔せんこう装置そうちちからよわ場合ばあいなどに「穿孔せんこうくず」がのこるなどして、あやまったりや、それにもとづく問題もんだいんだ。2000ねんのアメリカ大統領だいとうりょう選挙せんきょではさい集計しゅうけいたび集計しゅうけい結果けっかことなり、以前いぜんからあったこのシステムへの疑義ぎぎあらためて提示ていじされることとなった。

(この場合ばあいの)パンチカードは不完全ふかんぜんなデジタル情報じょうほう記録きろくするものであり、「あないている」「いていない」を人間にんげん判断はんだんする必要ひつようしょうじたことなどが、その原因げんいんひとつとしてげられている。また、穿孔せんこうくずによって機械きかいまり、それによって無効むこうひょう多数たすうるなどの問題もんだい発生はっせいした。

ハンドソートパンチカード

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これは、操作そうさにより簡単かんたんあつかえるカードとして、事務じむよう調査ちょうさデータの処理しょりよう以前いぜんさかんにもちいられたものである。英語えいごでは edge-notched card(en:Edge-notched card)という(日本にっぽんでは、日本にっぽんパンチカード工業こうぎょう(かぶ)が、『ハンドソートパンチカード』という名前なまえ製造せいぞう販売はんばいしていた[11])。カードの周囲しゅうい多数たすうあなけたもので、特定とくていあな部分ぶぶん切符きっぷ改札かいさつのようにることで情報じょうほう記録きろくし、あなぼうとおしてげると、そこがられたカードだけがとされる、というものである(ここで使つかわれている「ソート」のかたり広義こうぎ用法ようほうで、数値すうちてき昇順しょうじゅんor降順こうじゅんならべるという意味いみよりひろく、分類ぶんるいする、といったような意味いみである)。自然しぜんすう二進法にしんほう表現ひょうげんし、基数きすうソートによって数値すうちてきにソートすることもできる。

呼称こしょう

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パンチカードは、IBMカードホレリスカードともばれた。IBM自身じしんは、文書ぶんしょ言及げんきゅうするさい最初さいしょに「IBMカード」[12]あるいは「パンチカード」とび、そのたんに「カード」とんでいた[13]あなけるまえのカードを "punched card" とぶのは矛盾むじゅんしているため、「タビュレーティングカード」あるいは「タブカード」という呼称こしょうもちいられていた[14]

フォーマット

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当初とうしょ用途ようとごとにデザインされたカードレイアウトが使つかわれていた。パンチカードとそれをあつか機械きかい標準ひょうじゅんされるのは1928ねんごろのことである。長方形ちょうほうけい円形えんけい楕円だえんがたなどの穿孔せんこうくずはチャド (chad) またはチップ(chip、IBMの用語ようご)とばれる。複数ふくすう文字もじからなるデータやおおきなかずはカードない連続れんぞくするらんをフィールドとして格納かくのうされる。一連いちれんのカードのあつまりをデックまたはデッキ (deck) とぶ。カードの上辺うわべ左右さゆうどちらかのはしななめにるのが一般いっぱんてきで、それによってデックないのカード順序じゅんじょ間違まちがいや反対はんたいがわはしられたべつのデックのカードがじっている場合ばあいなどを容易ようい検出けんしゅつできるようにしていた。カードにはあな位置いち判別はんべつできるような印刷いんさつがされているのが一般いっぱんてきである。特定とくてい用途ようとようたてせん印刷いんさつすることでフィールドを区切くぎったり、フィールドめい印刷いんさつしたカードも存在そんざいした[15]

ホレリスによるもの

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ホレリスカード(出典しゅってん: Railroad Gazette,1895)[16]

ハーマン・ホレリスは、機械きかいしきタビュレーティングマシン一連いちれん特許とっきょ[17]を1889ねん取得しゅとくした。それらの特許とっきょでは、記録きろく媒体ばいたいとしてかみテープ長方形ちょうほうけいのカードの両方りょうほう記述きじゅつしている。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく特許とっきょだい 395,781ごうしめしているカードはテンプレートがあらかじ印刷いんさつされていて、あなあたり沿ってけることになっており、車掌しゃしょう使つかっていた改札かいさつやっとこ穿孔せんこう使つかうことを想定そうていしていた。カードの中央ちゅうおう部分ぶぶん文字もじなどのようとされていた。そもそもホレリスは、車掌しゃしょう切符きっぷはしやっとこれる位置いち乗客じょうきゃくおおまかに分類ぶんるいしていたことから、この方式ほうしきおもいついた。

わたし西部せいぶたびしたとき、たしか punch photograph とばれる切符きっぷっていた。車掌しゃしょう乗客じょうきゃくあかるい頭髪とうはつくろひとみおおきなはなといった特徴とくちょうおうじて切符きっぷ所定しょてい位置いち入鋏にゅうきょうしていた。てのとおり、わたしがやったのは punch photograph を全員ぜんいんぶんつくっただけのことだ [18]

改札かいさつやっとこ使つか方法ほうほう単調たんちょう間違まちがいやすかったので、ホレリスはカード全体ぜんたい穿孔せんこう領域りょういきとし、パンタグラフがたのキーパンチ(穿孔せんこう器具きぐ)を発明はつめいした。また同時どうじにカードにテンプレートを印刷いんさつするのをやめ、パンチがわにマスターテンプレートを装備そうびし、人間にんげんがそれをてパンチ位置いち決定けっていできるようにした。ホレリスはいくつかのカードサイズを検討けんとうした。1890ねん国勢調査こくせいちょうさ集計しゅうけいたいしてホレリスが提案ていあんしたシステムでは、「一般いっぱんてきなあらゆる用途ようと対応たいおうできる」ものとして3インチ×5.5インチのマニラアサ繊維せんいつくったかみ示唆しさしている[19]

1890ねん国勢調査こくせいちょうさ使つかわれたカードはまるあなけるもので、24らん12ぎょう構成こうせいだった。このカードを使用しようする装置そうちなどの情報じょうほうは、コロンビア大学ころんびあだいがくのコンピュータについてのサイトにある[20]。ある時点じてんから3.25×7.375インチ (82.550×187.325mm) が標準ひょうじゅんカードサイズとなった。これは当時とうじの1ドル紙幣しへいより若干じゃっかんおおきく(1ドル紙幣しへいが2014ねん現在げんざいおおきさになったのは1929ねんから)、コロンビア大学ころんびあだいがくのサイトによれば、紙幣しへい運搬うんぱんようはこにぴったりおさまるようにこのおおきさにしたのだという。

ホレリスの当初とうしょのシステムでは、用途ようとによって場当ばあたりてき符号ふごうシステムを採用さいようしていた。つまり、いくつかのあな特定とくてい意味いみたとえば性別せいべつ既婚きこんこんかなどをあらわすようにしていた。当時とうじのタビュレーティングマシンには最大さいだい40のカウンタがあり、それぞれに1しゅうで100までをあらわせるダイヤルが対応たいおうしていて、2つ1くみで、一方いっぽうのダイヤルがカウントアップして一周いっしゅうしたらもう一方いっぽうのダイヤルが1目盛めもりだけカウントアップするようになっていた。それによって10,000までのカウントが可能かのうである。集計しゅうけい作業さぎょうさいしては、個々ここのカウンタが特定とくていあな位置いち対応付たいおうづけられている。ホレリスはまた、リレー回路かいろ使つかったあな組合くみあわせのカウントも可能かのうにしており、たとえば既婚きこん女性じょせいのみをカウントするといったことが可能かのうだった[19]

その符号ふごう標準ひょうじゅんされ、12ぎょうのうちしたの10ぎょう数字すうじの0から9に対応たいおうさせた。これにより連続れんぞくする複数ふくすうらん使つかっておおきな数値すうち表現ひょうげんできるようになり、たんなるカウント以上いじょうのことが可能かのうとなった。Comrieの The application of the Hollerith Tabulating Machine to Brown's Tables of the Moon にはホレリスの45らんカードのイラストがある[21][22]

IBMの80らんカードと文字もじコード

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IBMの80らんカード。FORTRANプログラムの1ぎょう "Z(1) = Y + W(1)" がパンチされている。

1928ねんIBM縦長たてなが長方形ちょうほうけいあな採用さいようし、80らんかくらんに12のパンチ位置いちがあり、1らん(コラム)で1文字もじあらわ形式けいしきのカードを設計せっけいした[23]寸法すんぽうは 187.325 mm × 82.55 mm(7+38×3+14インチ)である。材質ざいしつあつさ178μみゅーm(0.007インチ)のなめらかなかみである。かさねると、143まいで1インチのあつさ(やく56まいで1cm)となる。1964ねん、IBMは四隅よすみまるめたかたち変更へんこうした[24]通常つうじょう、2000まいはこおさめられたかたち[25]連続れんぞく帳票ちょうひょう形式けいしき販売はんばいされた。連続れんぞく帳票ちょうひょうがたのカードは、事前じぜん番号ばんごうとそれに対応たいおうするあなけた状態じょうたい販売はんばいされており、たとえば小切手こぎってなど厳密げんみつ文書ぶんしょ管理かんり必要ひつよう用途ようと使つかわれた[26]

1つのらんには数字すうじの0から9に対応たいおうする部分ぶぶんと、カード上方かみがたのY-X-0ゾーン(12-11-0ゾーンともばれた)がある。数値すうちのみを格納かくのうするだけならかくらんに1つだけあなければよい。数値すうち正負せいふ符号ふごうは、最下位さいかいけたのY-Xゾーンであらわし、せいならY、まけならXをパンチする。Y-Xゾーンはほかにもマスターレコードであることをしめすなど、様々さまざま意味いみ使つかわれた[27]。カードの最上さいじょうはしにパンチ内容ないよう対応たいおうした文字もじ印刷いんさつできる。また、81番目ばんめただれもあり、これはプログラムなどの複雑ふくざつなカードをカード穿孔せんこう・カード読取よみと処理しょりする場合ばあいに、穿孔せんこう読取よみとあやま防止ぼうしようチェックディジットとして使つかわれた。

     ______________________________________________
    /&-0123456789ABCDEFGHIJKLMNOPQR/STUVWXYZ
 Y / x           xxxxxxxxx
 X|   x                   xxxxxxxxx
 0|    x                           xxxxxxxxx
 1|     x        x        x        x
 2|      x        x        x        x
 3|       x        x        x        x
 4|        x        x        x        x
 5|         x        x        x        x
 6|          x        x        x        x
 7|           x        x        x        x
 8|            x        x        x        x
 9|             x        x        x        x
  |________________________________________________

 
IBM以外いがい業者ぎょうしゃ製造せいぞうした5081がたのカード。四隅よすみっている。

その、1らん複数ふくすうあなけることでえい大文字おおもじ特殊とくしゅ記号きごう表現ひょうげんするようになった[28]英字えいじは2カ所かしょあなけ(Y-X-0ゾーンと数字すうじ1-9)、特殊とくしゅ記号きごうは3カ所かしょあなける(Y-X-0ゾーンと数字すうじ2-7と数字すうじ8)。一部いちぶ特殊とくしゅ記号きごうは1あなまたは2あなあらわされる(EBCDICの "&" は12(Y)のみ、"-" は11(X)のみ、"/" は 0 + 1)。これにより、ゾーン [12, 11] と数字すうじ [1-9] の組合くみあわせがなにあらわしているかはそのらん使つかいかたに依存いぞんするようになった。たとえば、"12-1" という組合くみあわせは英字えいじがあるはずのらんでは "A" をあらわし、符号ふごう数値すうちがあるはずのらんではせい符号ふごうつきの数字すうじ "1" をあらわし、符号ふごうがないはずの位置いち数字すうじ "1" なら "12" はべつなんらかの意味いみつ。EBCDICは1964ねん導入どうにゅうされ、最大さいだい6箇所かしょあなけるようになった(ゾーン [12,11,0,8,9] + 数字すうじ [1-7])。IBMや製造せいぞう業者ぎょうしゃは80らんカードに様々さまざま文字もじコード採用さいようした[29][27]。1969ねんANSI規格きかくでは128種類しゅるい文字もじのパンチカードじょうのコードを定義ていぎしており、ホレリスコードHollerith Punched Card Code または Hollerith Card Code)とばれる[30]

 
バイナリコードのパンチカード

用途ようとによってはバイナリ形式けいしき使つかわれ、それぞれのあなが1つのバイナリディジット(ビット)をあらわし、かくらんれつ)がたんなるビットフィールドとしてあつかわれ、任意にんい組合くみあわせであなけられる。たとえば704/709/7090/7094シリーズ科学かがく技術ぎじゅつコンピュータで使つかわれた IBM 711 カード読取よみと装置そうちらんれつ)ではなく1ぎょうを36ビットワードを2つ格納かくのうしたものと解釈かいしゃくした(72らん使用しようし、8らん無視むしする。無視むしする8らんをどこにするかは読取よみと装置そうちプラグボード変更へんこう可能かのうだが、通常つうじょうみぎはしの8らん無視むしする)。この無視むしされる8らん通常つうじょう、73-80)をシーケンス番号ばんごうれるのに使つかうことがあり、カードデックをとしたときなどにソートするのに使つかった。IBM 1130System/360といったコンピュータではすべてのらん使つかった。IBM 1402 カード読取よみと/穿孔せんこう装置そうちでは、たての1らんに2文字もじ格納かくのうするコラムバイナリというモードを使つかい、3らん(3ぎょう)で36ビットワードをあらわした。しかし、おおくのふる穿孔せんこう装置そうちは1らんに3あなまでしか穿孔せんこうできず、バイナリカードをつくることはできなかった。

 
1970年代ねんだいつくられた lace card

バイナリモードの冗談じょうだんとして、全部ぜんぶ位置いちあなけたカードをつくることもでき、それを "lace card" とんだ。そのようなカードはカードとしての強度きょうどりず、機械きかいなかがったりまったりする。

80らんのカード形式けいしき市場いちばをほぼ独占どくせんし、業者ぎょうしゃ生産せいさんしていたがIBMカードばれていた。

もっともよく使つかわれたのは IBM 5081 というフィールド分割ぶんかつされていない汎用はんようのパンチカードである。その品番ひんばん形式けいしきは US Government Standard Form 5081 として採用さいようされ、他社たしゃもその番号ばんごう品名ひんめい採用さいようしていた。そのためユーザーにもその品番ひんばんられていた。

マークセンスカード

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IBMのレナルド・B・ジョンソン英語えいごばん開発かいはつしたマークセンスカードは、マークシート楕円だえんがたのマークが印刷いんさつされたパンチカードで、導電性どうでんせい特殊とくしゅ鉛筆えんぴつでマークを記入きにゅうできるようになっていた(当時とうじ光学こうがくしきマーク認識にんしきではなく、マーク部分ぶぶん導電性どうでんせいがあるかどうかで判別はんべつしていた)。一般いっぱんなんらかの初期しょき情報じょうほうがパンチされた状態じょうたいでマークを記入きにゅうする。たとえば品名ひんめい品番ひんばんをパンチしておき、棚卸たなおろ作業さぎょう在庫ざいこすうをマークする。マークのりも可能かのうなカード穿孔せんこう装置そうちませると、マークした情報じょうほうがそのうえにパンチされる。

アパチュアカード

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アパチュアカード

アパチュアカードは、カードの右側みぎがわ四角しかくおおきめのあないているパンチカードである。そのあなに35mmのマイクロフィルムをはめむ。たとえば各種かくしゅ設計せっけい保管ほかん使用しようされた。パンチカード部分ぶぶんには図面ずめん番号ばんごうなどをパンチしておく。完全かんぜんなデジタル形式けいしき保管ほかんするより便利べんりめんもある[31]

IBM ポータパンチ

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IBMポータパンチ

1958ねん、IBMのサプライひん部門ぶもん発売はつばいしたポータパンチ (Port-A-Punch) は、専用せんよう印刷いんさつがされたIBMせいパンチカードに人手ひとで正確せいかくにパンチできる器具きぐである。ポケットにはいおおきさであり、どこでもパンチカードをつくることができる。棚卸たなおろし、伝票でんぴょう作成さくせい統計とうけい調査ちょうさなどの現場げんば直接ちょくせつパンチカードに記録きろくすることを意図いとしたもので、文書ぶんしょつくって別途べっとキーパンチで入力にゅうりょくするという手間てまはぶくものである[32]。しかし、きちんと貫通かんつうしないことがあり、問題もんだい発生はっせいすることがあった。

IBMの96らんカード

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IBMのSystem/3よう96らんカード

IBMは1970年代ねんだいに、中小ちゅうしょうがたコンピューターシリーズのSystem/3ようあたらしく96らんカード(まるあな)を発表はっぴょうした[33]。IBM 5496 Data Recorder で穿孔せんこう印字いんじ確認かくにんができ、IBM 5486 Card Sorter でソートできる。

カードにけるまるあな直径ちょっけい1mmとかみテープあなよりちいさい。BCD文字もじ(6ビット)とEBCDIC文字もじ(8ビット)のビット構成こうせいをそのままパンチする(バイナリ方式ほうしき)。BCDの場合ばあいは1だん32らんで3だんというかたち使用しようし、1らんで1文字もじあらわす。EBCDICの場合ばあいはBCDでの3だんのうち2ぎょうを1だんの6あなくわえて8ビットをあらわし、べつの2ぎょうを2だんくわえて8ビットとしている。つまり、EBCDICでは64文字もじまでしかあらわせない[34][35]

IBM96らんカードがひろまるのにれて、System/370けいのコンピューターでもIBM 5425機能きのうカード装置そうち読取よみとり・穿孔せんこう印字いんじ・コレート)などによっても処理しょりできるようになった[36]

UNIVACの90らんカード

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UNIVACの90らんカード(MIT博物館はくぶつかん)。まるあなのパンチがされた。

レミントンランド当初とうしょ、ホレリスとおなじ45らんまるあなのパンチカードを採用さいようしていた。1928ねんにIBMが80らんカードを導入どうにゅうしたことをけ、レミントンランドは1930ねんに45らん上下じょうげ2だんけてそれぞれ1文字もじあらわせるようにした[35]。これを一般いっぱんに90らんカードと[37]使用しようしている文字もじコードは6ビットのバイナリコードである[38]

これも日本にっぽんふくめて世界せかいてき使つかわれた。たとえば、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくではニュージャージー・ターンパイク[39]日本にっぽんでは名神めいしん高速こうそく道路どうろで、UNIVACの90らんカードが料金りょうきん支払しはらようかくドライバーにわたされていた時期じきがあった。

IBMによる生産せいさん

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パンチカードの印刷いんさつばん

IBMのフレッド・M・キャロル[40]は、標準ひょうじゅんてきなパンチカードを製造せいぞうする一連いちれん輪転りんてん印刷いんさつ開発かいはつした。1921ねん機種きしゅまいぶん400まいのカードを生産せいさんできた。1936ねんにはまったあらたな方式ほうしきまいぶん800まい生産せいさんできる機種きしゅ開発かいはつした[6][14]。キャロルのカードよう輪転りんてん印刷いんさつは、パンチカード製造せいぞう革命かくめいこした[41]。1930ねんから1950ねんまで、キャロルの印刷いんさつはIBM全体ぜんたい利益りえきの25%をしていた[42]

カード印刷いんさつ使つかわれていた印刷いんさつばんはIBMのカードをまるめて円筒えんとうがたにしたのとおなおおきさで、廃棄はいきされたものはペンてに使つかわれたりしていた。様々さまざまなレイアウトのはんがあるので[43]、コレクションの対象たいしょうにもなっている。

IBMのマシンは顧客こきゃくるのではなくリースするのが一般いっぱんてきだったため、IBMは当初とうしょ純正じゅんせいカードのみを使つかうよう顧客こきゃく要求ようきゅうしていた。IBMは事業じぎょうをサービスぎょう認識にんしきしており、カードもマシンの一部いちぶだった。このけんで1932ねん、アメリカ連邦れんぽう政府せいふがIBMを法的ほうてきうったえた。最高裁さいこうさいまであらそったが、IBMは敗訴はいそ判決はんけつにより、IBMはカードの仕様しよう指定していすることしかできないとされた。1955ねんにも同様どうよう裁判さいばんがあり、1962ねんまでにIBMのパンチカード生産せいさんりょうをアメリカ全体ぜんたい半分はんぶん以下いかにするという和解わかいがなされた。トーマス・J・ワトソンはパンチカード供給きょうきゅうがIBMのさい重要じゅうよう事業じぎょうだとかんがえていたが、この和解わかいトーマス・J・ワトソン・ジュニアがサインすることで、IBMがあらたな時代じだいはいったといえる[42]

文化ぶんかてき影響えいきょう

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1959ねんのアメリカ連邦れんぽう政府せいふ記録きろく保管ほかんしょ様子ようす。それぞれのはこに2000まいのパンチカードがはいっている。

パンチカードがひろ使つかわれた期間きかんヒトいち世代せだいにもたないが、その影響えいきょうおおきく、ポップカルチャーでもしばしば言及げんきゅうされている。つぎのようなれいがある。

  • 芸術げいじゅつ建築けんちくマヤ・リンは2004ねんオハイオ大学だいがくに "Input" と名付なづけたパブリックアートをデザインした。これは上空じょうくうからるとパンチカードのようにえる[44]
  • ウィスコンシン大学だいがくマディソンこうEngineering Research Building は1966ねん建設けんせつされた建物たてもので、まど配置はいちがパンチカードのようにえるようデザインされている。
  • ザ・シンプソンズMuch Apu About Nothing というエピソードで、アプーがバートに博士はかせ論文ろんぶんせるのだが、それは世界せかいはつのコンピュータじょうさんもくならであり、はこいっぱいのパンチカードだった。
  • フューチュラマMother's Day というエピソードで、ロボットたちが 'Hey hey! Hey ho! 100110!' と抗議こうぎこえげ、徴兵ちょうへいカードをやすようにパンチカードをやすシーンがある。Put Your Head on My Shoulders というエピソードではベンダー(ロボット)が恋人こいびと紹介しょうかいサービスをはじめ、登場とうじょう人物じんぶつたちにパンチカードをわたして希望きぼう記入きにゅうさせ、それを自分じぶんむねほうんで「計算けいさん」するというシーンがあるが、計算けいさんしょうしてパンチカードをりたたみ (fold)、げ (bend)、切断せつだん (mutilate) する。
  • 1964ねんから1965ねんにかけて発生はっせいした Free Speech Movement において、パンチカードはシステム(登録とうろくシステムや官僚かんりょうシステム)の象徴しょうちょう疎外そがい象徴しょうちょう情報じょうほう機械きかい象徴しょうちょうとされ、攻撃こうげき象徴しょうちょうてき対象たいしょうとされた[45]
  • 筒井つつい康隆やすたかの『脱走だっそう追跡ついせきのサンバ』には、人間にんげんがコンピュータのなかに、「カードになって、ここに記憶きおくされている」といった表現ひょうげんてくる[46]
  • ANSI INCITS 21-1967 (R2002), Rectangular Holes in Twelve-Row Punched Cards (formerly ANSI X3.21-1967 (R1997)) 1らんに12カ所かしょあなける位置いちのあるパンチカードについて、あなける位置いちあな寸法すんぽう指定していしている。
  • ANSI X3.11 – 1990 American National Standard Specifications for General Purpose Paper Cards for Information Processing
  • ANSI X3.26 – 1980/R1991) Hollerith Punched Card Code
  • ISO 1681:1973 Information processing – Unpunched paper cards – Specification
  • ISO 6586:1980 Data processing – Implementation of the ISO 7- bit and 8- bit coded character sets on punched cards. ISOの7ビットおよび8ビットの文字もじセットをパンチカードじょうでどうあらわすかを定義ていぎしている。ホレリスコードからの派生はせいであり、互換ごかんせいがある。

あつか機器きき

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1960年代ねんだいコンピューターシステム普及ふきゅうするまでは、「パンチカードシステム」(PCS、Punch card system: 和製わせい英語えいごだという主張しゅちょうもあるようだが、英語えいごけんでの使用しようれいもある[47])がひろ使つかわれた。これは

  • カード穿孔せんこう(カードパンチ、キーパンチ
  • カード分類ぶんるい(カードソーター)
  • カード照合しょうごう(カードコレーター)
  • 作表さくひょう(タビュレーター)

などをもちいてデータ処理しょりし、データの保存ほぞんおおくはパンチカードをもちいた。

1960年代ねんだい以降いこうコンピューターシステム普及ふきゅうし、1970年代ねんだい以降いこう表示ひょうじ装置そうちやパソコンが普及ふきゅうしてそれらで代替だいたいされるまでは、コンピューターへのデータ入力にゅうりょく

  • カード穿孔せんこう
  • カード読取よみと(カードリーダー)

もちいてった。カードリーダーの読取よみと速度そくどは、初期しょきのコンピュータにそなけられたもので1分間ふんかん最大さいだい100まい従来じゅうらいがたの「高速こうそく」なもので1分間ふんかんやく1,000まいであった[48]

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ Korsakov's "Intellectual machines"
  2. ^ かい機関きかん」ではない
  3. ^ Columbia University Computing History – Herman Hollerith
  4. ^ 直接ちょくせつ関係かんけいいが、ふるいFORTRANのソースコードちゅうでは、現代げんだいのプログラミング言語げんごでは "ABC"くような文字もじれつ3HABC のように「(文字数もじすう)H……」のようにいたのだが、この H はホレリスにちなんだものだとされており、Hollerith string literal という通称つうしょうがある。
  5. ^ History of the punch card
  6. ^ a b IBM Archive: Endicott card manufacturing
  7. ^ Lubar, Steven (1993). InfoCulture: The Smithsonian Book of Information Age Inventions. Houghton Mifflin. p. 302. ISBN 0-395-57042-5 
  8. ^ いわゆる「コーディング用紙ようし」は、元々もともとはプログラミング言語げんご以前いぜん時代じだい発生はっせいしたものだが、この時代じだいにこの目的もくてきなどで多用たようされたものであった。
  9. ^ Aspray (ed.), W. (1990). Computing before Computers. Iowa State University Press. p. 151. ISBN 0-8138-0047-1 
  10. ^ Punchcards アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく連邦れんぽう選挙せんきょ委員いいんかい 2011ねん10がつ6にち閲覧えつらん
  11. ^ http://www.npc-web.co.jp/ にある「とうサイトからのごあいさつ」を参照さんしょう現在げんざい製造せいぞう終了しゅうりょう
  12. ^ "An important function in IBM Accounting is the automatic preparation of IBM cards." IBM 519 Principles of Operation, Form 22-3292-5, 1946
  13. ^ "The IBM 1402 Card Read-Punch provides the system with simultaneous punched-card input and output. This unit has two card feeds." Reference Manual 1401 Data Processing System, Form A24-1403-4, 1961
  14. ^ a b IBM Archives: Fred M. Carroll
  15. ^ IBM (1956). The Design of IBM Cards. 22-5526-4. オリジナルの2010ねん8がつ9にち時点じてんにおけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100809095427/http://www.bitsavers.org/pdf/ibm/cardProc/22-5526-4_The_Design_of_IBM_Cards_Mar56.pdf 
  16. ^ Railroad Gazette, April 19, 1895
  17. ^ アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく特許とっきょだい 395,781ごう, アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく特許とっきょだい 395,782ごう, アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく特許とっきょだい 395,783ごう
  18. ^ History.rochester.edu Archived 2010ねん6がつ14にち, at the Wayback Machine.
  19. ^ a b [-245-] An Electric Tabulating System, The Quarterly, Columbia University School of Mines, Vol.X No.16 (April 1889)
  20. ^ Columbia University Computing History: Hollerith 1890 Census Tabulator
  21. ^ Plates from: Comrie, L.J. (1932). “The application of the Hollerith Tabulating Machine to Brown's Tables of the Moon”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 92 (7): 694–707. Bibcode1932MNRAS..92..694C. http://www.columbia.edu/cu/computinghistory/mnras.html. 
  22. ^ Comrie, L.J. (1932). “The application of the Hollerith tabulating machine to Brown's tables of the moon”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 92 (7): 694–707. Bibcode1932MNRAS..92..694C. https://articles.adsabs.harvard.edu/full/seri/MNRAS/0092//0000694.000.html 2009ねん4がつ17にち閲覧えつらん. 
  23. ^ IBM Archive: 1928.
  24. ^ IBM Archive: Old/New-Cards.
  25. ^ p. 405, "How Computational Chemistry Became Important in the Pharmaceutical Industry", Donald B. Boyd, chapter 7 in Reviews in Computational Chemistry, Volume 23, edited by Kenny B. Lipkowitz, Thomas R. Cundari and Donald B. Boyd, Wiley, 2007, ISBN 978-0-470-08201-0.
  26. ^ IBM (1953). Principles of IBM Accounting. 224-5527-2 
  27. ^ a b Jones, Douglas W.. “Punched Card Codes”. 2007ねん2がつ20日はつか閲覧えつらん
  28. ^ 特殊とくしゅ記号きごう英数字えいすうじ以外いがい文字もじで、たとえば "&#,$.-/@%*?" など
  29. ^ Winter, Dik T.. “80-column Punched Card Codes”. 2007ねん4がつ8にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2012ねん11月6にち閲覧えつらん
  30. ^ Mackenzie, C.E. (1980). Coded Character Sets, History and Development, Addison-Wesley, page 7
  31. ^ LoTurco, Ed (January 2004) (PDF). The Engineering Aperture Card: Still Active, Still Vital. EDM Consultants. オリジナルの2007ねん11月28にち時点じてんにおけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071128162738/http://www.aiimne.org/library/LoTurcoWhitePaper1.pdf 2007ねん10がつ10日とおか閲覧えつらん. 
  32. ^ IBM Archive: Port-A-Punch
  33. ^ IBM Field Engineering Announcement: IBM System/3
  34. ^ Winter, Dik T. “96-column Punched Card Code”. 2007ねん4がつ15にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2012ねん11月6にち閲覧えつらん
  35. ^ a b The Punched card
  36. ^ IBM System/370 System Summary: GA22-7001-4 (p. 7-51, Dec. 1975)
  37. ^ Aspray (ed.), W. (1990). Computing before Computers. Iowa State University Press. p. 142. ISBN 0-8138-0047-1 
  38. ^ Winter, Dik T.. “90-column Punched Card Code”. 2005ねん2がつ28にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2012ねん11月6にち閲覧えつらん
  39. ^ Punch Card Gallery
  40. ^ IBM Archives/Business Machines: Fred M. Carroll
  41. ^ IBM Archives: (IBM) Carroll Press
  42. ^ a b Belden, Thomas; Belden, Marva (1962). The Lengthening Shadow: The Life of Thomas J. Watson. Little, Brown & Company 
  43. ^ IBM Archives:1939 Layout department
  44. ^ Mayalin.com
  45. ^ Lubar, Steven. “Do Not Fold, Spindle Or Mutilate: A Cultural History Of The Punch Card”. Journal of American Culture 1992 (Winter). http://design.osu.edu/carlson/history/PDFs/lubar-hollerith.pdf 2011ねん6がつ12にち閲覧えつらん. 
  46. ^ 角川かどかわ文庫ぶんこ昭和しょうわ49年版ねんばん p. 99
  47. ^ https://www.google.com/patents/US3045905
  48. ^ J.DONOVAN, JOHN (1972). systems programming. p. 351. ISBN 0-07-085175-1 

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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この記事きじは2008ねん11月1にち以前いぜんFree On-line Dictionary of Computingから取得しゅとくした項目こうもく資料しりょうもとに、GFDL バージョン1.3以降いこうの「RELICENSING」(さいライセンス) 条件じょうけんもとづいてまれている。