硬かた音おん

硬かた音おん（こうおん、英えい: fortis）は、音声おんせい学がくにおいて調音ちょうおん器官きかんの筋肉きんにくの強つよい緊張きんちょうをともなう子音しいんのことをいう。

概要がいよう

1952年ねん、Roman Osipovich Jakobsonらは、母音ぼいんのはり・ゆるみ(tense/lax)と子音しいんの硬かた音おん・軟音の区別くべつをひとつの弁別べんべつ的てき素性すじょうにまとめた。日本語にほんごではこの素性すじょうを緊張きんちょう性せいと呼よび、調音ちょうおん器官きかんの緊張きんちょうの強つよいものを硬かた音おん、弱よわいものを軟音と称しょうする。

硬かた音おん - 軟音という区別くべつが存在そんざいする理由りゆうについては、音声おんせい的てきな前後ぜんご関係かんけいによって、有ゆう声ごえ阻害そがい音おんがしばしば部分ぶぶん的てきに、あるいは完全かんぜんに無声むせい化かするからである。つまり、有ゆう声ごえ阻害そがい音おんであっても声帯せいたい振動しんどうがなくなる可能かのう性せいが生しょうじる為ため、声帯せいたい振動しんどうの有無うむによって区別くべつする無声音むせいおん - 有声音ゆうせいおんの代かわりに硬かた音おん - 軟音という区別くべつを使用しようする。しかしながら、音声おんせい学がく的てきにこの区別くべつの仕方しかたが有効ゆうこうであるかどうか疑問ぎもん視しする学者がくしゃもいる。

英語えいご

英語えいごでは、阻害そがい音おんである破裂はれつ音おん、摩擦音まさつおん、破やぶ擦ず音おとに硬かた音おとと軟音の区別くべつがある。

朝鮮ちょうせん語ご

朝鮮ちょうせん語ごの破裂はれつ音おん（[p, t, k]）及および破やぶ擦ず音おと（[t͡ɕ]）は帯おび気きの有無うむと喉頭こうとうの緊張きんちょうの有無うむによって三さん系統けいとうに、摩擦音まさつおん（[s]）は喉頭こうとう緊張きんちょうの有無うむで二に系統けいとうに分わかれる。弛緩しかんした（喉頭こうとうでの緊張きんちょうを伴ともなわない）子音しいんのうち無む気き音おんは平ひら音おと、帯おび気き音おんは激げき音おん、喉頭こうとうでの緊張きんちょうを伴ともなう子音しいん（無む気き音おん）は日本語にほんごで濃こ音おん、中国ちゅうごく語ごで緊音（jinyin）、朝鮮ちょうせん語ごで硬かた音おん（경음）または된소리（テンソリ）と呼よばれている。「된（テン）」とは「（水分すいぶんが少すくなくて）固かたい、濃こい、窮屈きゅうくつな」という意味いみであり、「소리（ソリ）」とは「音おと、声こえ」という意味いみである。朝鮮ちょうせん語ごにおいて濃こ音おんは音節おんせつの頭あたまにのみ表あらわれ音節おんせつ末まつには現あらわれない。なお、朝鮮ちょうせん語ごの子音しいんに有声音ゆうせいおんと無声音むせいおんの対立たいりつは見みられないが、濃こ音おん・激げき音おんは無声むせい、語かたり中ちゅうで有声音ゆうせいおん間あいだの平ひら音おとは有ゆう声ごえで発音はつおんするのが自然しぜんである。

IPAには濃こ音おんの適切てきせつな表記ひょうき法ほうがないため、朝鮮ちょうせん語ごにおける濃こ音おんの音声おんせい表記ひょうきは研究けんきゅう者しゃによってまちまちである。[k]の濃こ音おん（ハングルではㄲ）を例れいにとると：

• [ʔk] もしくは [ˀk]：[ʔ]は声門せいもん閉鎖へいさ音おんを表あらわす。
• [kʼ]：[ʼ]は放出ほうしゅつ音おんを表あらわす。
• [kˤ]：[ˤ]は咽頭いんとう化か（咽頭いんとうにおける二に次じ的てき調音ちょうおん）を表あらわす。
• [k͈] ：[ ͈]は拡張かくちょうIPAにおいて強つよめの調音ちょうおんを表あらわす
• [k⁼]：[⁼]は拡張かくちょうIPAにおいて無む気き音おんであることを明示めいじする。
• [k*]：アスタリスクは拡張かくちょうIPAにおいて適切てきせつな記号きごうが無ない場合ばあいに用もちいるとされる記号きごうである。

濃こ音おんは単一たんいつの子音しいんであり、声門せいもん閉鎖へいさ音おんと子音しいんの連続れんぞく音おんではない。また、放出ほうしゅつ音おんは濃こ音おんとは全まったく異ことなる音おとである。濃こ音おんは咽頭いんとう化かを伴ともなうことがあり、また無む気き音おんであるが、この二ふたつの特徴とくちょうは濃こ音おとを他たの系統けいとうの子音しいん（すなわち平ひら音おとと激げき音おん）から区別くべつする本質ほんしつ的てきな性質せいしつではない。よって、喉頭こうとうにおける緊張きんちょうを表あらわすIPAが制定せいていされない限かぎり[k*]のような表記ひょうきが唯一ゆいいつIPAに沿そった表記ひょうきとなる。ただし、音声おんせい表記ひょうきは必かならずIPAで書かかれなければならないわけではないため、他たの表記ひょうきは単たんにIPAではないというだけで、音声おんせい表記ひょうきとして間違まちがっているわけではない。

ラテン文字もじ表記ひょうき、キリル文字もじに転写てんしゃする際さいは、例たとえばㄲの場合ばあいラテン文字もじではkk、キリル文字もじではккなどと二に重じゅう子音しいんで書かかれる。ただし、多おおくの方式ほうしきではハングル表記ひょうき上じょうで濃こ音字おんじ母ははが使つかわれている場合ばあいのみ二に重じゅう子音しいんで表記ひょうきし、語かたり中ちゅうの平ひら音おとが濃こ音おと化かした場合ばあいには適用てきようしない。

ドイツ語ご

ドイツ語ごでは、阻害そがい音おんである破裂はれつ音おん、摩擦音まさつおん、破やぶ擦ず音おとに硬かた音おとと軟音の区別くべつがある。硬かた音おんは主おもに無声音むせいおん字じで表あらわされ、破裂はれつ音おん・破やぶ擦ず音おとでは常つねに帯おび気きする。軟音は通常つうじょう有ゆう声ごえだが、語末ごまつになると無声むせい化かする。

発音はつおん変化へんか

• 軟音化か（または子音しいん弱化じゃっか）

硬かた音おんがある環境かんきょう（母音ぼいん間あいだなど）で軟音に変化へんかすることを軟音化か、または子音しいん弱化じゃっかと呼よぶ。弱化じゃっかの程度ていどはさまざまで、無声音むせいおんの有ゆう声こえ化か、破裂はれつ音おんの摩擦音まさつおん化か・接近せっきん音おん化か、あるいは完全かんぜんな脱落だつらくにまで及およぶ。

• 硬かた音おと前ぜん短縮たんしゅく（Pre-fortis clipping)

同おなじ音節おんせつ内ないで先行せんこうする共鳴きょうめい音おんの持続じぞく時間じかんを短縮たんしゅくさせることを硬かた音おと前ぜん短縮たんしゅくと呼よぶ。

英語えいごの例れいを見みると、最小さいしょう対たいを成なすbuild - builtにおいて、builtの/t/は硬かた音おんであるため、先行せんこうする/l/の発音はつおん時間じかんは短みじかくなる。一方いっぽう、buildの/d/は軟音であるため、先行せんこうする/l/の発音はつおん時間じかんは変かわらない。因ちなみに、英語えいご母語ぼご話者わしゃはbuild - builtのき分きわけを語末ごまつの/t/と/d/の音おとではなく、/l/の発音はつおん時間じかんの長ながさで行おこなう。