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アハブ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

アハブは、ユダヤじん男性だんせいめいヘブライで「ちち兄弟きょうだい」という意味いみである。聖書せいしょには以下いかの2めいがっている。

  1. イスラエル王国おうこく7代目だいめおうほんこう詳述しょうじゅつする。
  2. コラヤアハブ。エレミヤにせ預言よげんしゃ非難ひなんされた。

アハブ
אַחְאָב
きたイスラエルおう
在位ざいい 紀元前きげんぜん869ねん - 紀元前きげんぜん850ねん

死去しきょ 紀元前きげんぜん850ねん
配偶はいぐうしゃ イゼベル
子女しじょ アハズヤ
ヨラム
アタルヤ
王朝おうちょう オムリあさ
父親ちちおや オムリ
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アハブは、きたイスラエル王国おうこくおう在位ざいい紀元前きげんぜん869ねん - 紀元前きげんぜん850ねん)。つまイゼベル息子むすこだい8だいのイスラエルおうアハズヤだい9だいおうヨラムむすめユダ王国おうこくおうヨラムつまとなるアタルヤがいる。

旧約きゅうやく聖書せいしょもとづく事績じせき

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だい6だいのイスラエルおうオムリまれ、その死後しごあといだ。そして22年間ねんかん王位おういにあった。

旧約きゅうやく聖書せいしょには、預言よげんしゃエリヤ代表だいひょうてき反対はんたいしゃとしてえがかれ、終始しゅうしエリヤとアハブ王家おうけ敵対てきたい関係かんけい言及げんきゅうされる。また、アハブはシリア王女おうじょイゼベルつまむかえた。イゼベルはシリアのバアル崇拝すうはいをイスラエルに導入どうにゅうした。結果けっか、それ以前いぜんからそんしたヤハウェ信仰しんこうかねうし信仰しんこうくわえた混合こんごう宗教しゅうきょうがイスラエルに展開てんかいされたほか、のちにはアハブと婚姻こんいん関係かんけいむすんだユダ王国おうこくにも導入どうにゅうされた。これを旧約きゅうやく聖書せいしょ偶像ぐうぞう崇拝すうはいとして非難ひなんし、さらにはヤハウェ信仰しんこうへの弾圧だんあつひょうした。このため、旧約きゅうやく聖書せいしょでは「きた王国おうこく歴代れきだいおうなかでもるいないほどの暴君ぼうくん」としてあつかわれた。

聖書せいしょがい資料しりょうもとづく事績じせき

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旧約きゅうやく聖書せいしょでは暴君ぼうくん暗君あんくん相次あいついであらわれたかのように描写びょうしゃされているきた王国おうこく(イスラエル王国おうこく)であるが、その典型てんけいれいとされるアハブの、聖書せいしょがい資料しりょう[よう出典しゅってん]における事績じせき以下いかとおりである。

オムリのだいからつづいていた首都しゅとサマリヤ建設けんせつなど、アハブはいくつかのまちてた。

のちに、アハブはシリアの王女おうじょイゼベルつまむか同盟どうめい強化きょうかした。イゼベルはシリアのバアル崇拝すうはいをイスラエルに導入どうにゅうした。これは近隣きんりん諸国しょこく文化ぶんか移入いにゅうであり、またイスラエルの宗教しゅうきょう状況じょうきょう国際こくさいともいえる。そして、シリアじんカナンひとフェニキアひととの交流こうりゅう同盟どうめいつうじて経済けいざいりょく軍事ぐんじりょく増大ぞうだいさせ、婚姻こんいんによりユダに影響えいきょうりょく行使こうしし、ダマスコならきたパレスチナの地域ちいき大国たいこくとしてイスラエルの地位ちい飛躍ひやくてきたかめた。そのため、かれ治世ちせいいて、イスラエルはシリアと同盟どうめい関係かんけいにある国々くにぐになか重要じゅうよう地位ちいった。

アハブは、治世ちせい終盤しゅうばんにダマスコなどの国々くにぐに同盟どうめいむすび、そのうえアッシリアシャルマネセル3せいたたかい、攻撃こうげきしのいだ(カルカルのたたか)。カルカルのたたかいでは当時とうじイスラエルのライバルであったダマスコもふくめ、きたパレスチナのしょ王国おうこく同盟どうめいむすび、当時とうじちょう大国たいこくアッシリア帝国ていこく侵攻しんこうふせぐためにたたかったが、このたたかいでアハブは同盟どうめい主催しゅさいしゃダマスコに規模きぼの10000の兵士へいしと、同盟どうめいぐんちゅう最大さいだいとなる2000の戦車せんしゃたい参加さんかさせ、連合れんごうぐん勝利しょうり貢献こうけんした。カルカルのたたかいがわってあいだもない紀元前きげんぜん852ねん、ダマスコとイスラエルのあいだあらそいがしょうじる。アハブはそのたたかいでいのちとすこととなった。

このように聖書せいしょがい資料しりょうなかでは、アハブはちちオムリの政策せいさくぎ、イゼベルのたすけもりながら周辺しゅうへん諸国しょこくとの交流こうりゅう同盟どうめいつうじて国力こくりょく増大ぞうだいさせ、ユダに影響えいきょうりょくおよぼし、ダマスコに匹敵ひってきするほどの大国たいこくにまでイスラエルの地位ちい向上こうじょうさせた有能ゆうのうおうとしての記載きさいられる。

子孫しそん

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イゼベルとのあいだアハズヤヨラムアタルヤがおり、息子むすこであるアハズヤとヨラムはイスラエル王国おうこくおうとなったが、2人ふたりともかった。むすめのアタルヤはユダ王国おうこくおうヨラムのつまとなり、アハズヤ(アハブから外孫そとまご、ヨラムの死後しごおうとなる)のははとなり、アハズヤの死後しご、ユダ王族おうぞくほとんどを粛清しゅくせいし、7年間ねんかん女王じょおうとして君臨くんりんしたが、殺害さつがいされた。

備考びこう

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小説しょうせつ白鯨はくげい』のエイハブ船長せんちょうのエイハブはアハブの英語えいごみである。アハブおうをモチーフにして、聖書せいしょのエピソードをもちいている。