燃もえつきた地図ちず

燃もえつきた地図ちず
訳わけ題だい	The Ruined Map
作者さくしゃ	安部あべ公房こうぼう
国くに	日本にっぽん
言語げんご	日本語にほんご
ジャンル	長編ちょうへん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい	書かき下おろし
刊本かんぽん情報じょうほう
出版しゅっぱん元もと	新潮社しんちょうしゃ
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ	1967年ねん9月30日にち
装幀そうてい	安部あべ真知まち
総そうページ数すう	299
ウィキポータル 文学ぶんがく ポータル 書物しょもつ

『燃もえつきた地図ちず』（もえつきたちず）は、安部あべ公房こうぼうの書かき下おろし長編ちょうへん小説しょうせつ。『砂すなの女おんな』『他人たにんの顔かお』と共ともに、「失踪しっそう」三さん部ぶ作さくとされている。突然とつぜん失踪しっそうした或あるるサラリーマンを捜索そうさくする探偵たんていが、男おとこの足取あしどりを追おって奇妙きみょうな事件じけんに遭遇そうぐうするうち、やがて探偵たんてい自身じしんが記憶きおくを見失みうしなって失踪しっそうする物語ものがたり。都会とかいという砂漠さばくの迷路めいろの中なかで捜査そうさの手てがかりを求もとめてさまよう主人公しゅじんこうの心象しんしょう風景ふうけいを通つうじ、現代げんだいの都市とし社会しゃかいの人間にんげん関係かんけいを描えがいている。探偵たんてい小説しょうせつと純文学じゅんぶんがくを融合ゆうごうさせたスリップストリームと分類ぶんるいされることもある。

1967年ねん（昭和しょうわ42年ねん）9月がつ30日にちに新潮社しんちょうしゃより刊行かんこうされ、安部あべ自身じしんの脚本きゃくほんにより勅使河原てしがわら宏ひろし監督かんとくで1968年ねん（昭和しょうわ43年ねん）6月がつ1日にちに映画えいが化かされた。

なお、物語ものがたりの最終さいしゅう部分ぶぶんは、短編たんぺん『カーブの向むかう』（1966年ねん）を一部いちぶ改稿かいこうしたものとなっている。

作品さくひん成立せいりつ・主題しゅだい

安部あべ公房こうぼうは、『砂すなの女おんな』の主人公しゅじんこうは〈逃にげた男おとこ〉だったが、『燃もえつきた地図ちず』では逆ぎゃくに〈追おう男おとこ〉を主人公しゅじんこうにしたとし、「都市とし……他人たにんだけの[砂漠さばく……その迷路めいろの中なかで、探偵たんていはしだいに自分じぶんを見失みうしなっていく。あえて希望きぼうを語かたりはしなかったが、しかし絶望ぜつぼうを語かたったわけでもない。おのれの地図ちずを焼やき捨すてて、他人たにんの砂漠さばくに歩あるき出だす以外いがいには、もはやどんな出発しゅっぱつも成なり立たち得えない、都市としの時代じだいなのだから……」と説明せつめいしている。

そして、失踪しっそう者しゃと捜索そうさく依頼いらい者しゃとの間あいだにできる「新あらたな関係かんけい」をめぐり、現代げんだい社会しゃかいでの人間にんげん関係かんけいについて触ふれて、「農耕のうこう社会しゃかいでの人間にんげん関係かんけいというのは、どちらかというと宿命しゅくめい論ろん的てきな結むすびつきだ。それが産業さんぎょう社会しゃかいになってくると、もっと可変かへん的てきな、あいまいなものになる。では農耕のうこう社会しゃかいより、結むすびつきが薄うすいかというと、複雑ふくざつになったというだけで、本当ほんとうはむしろ濃こいんだな」と語かたっている。

都市としの本質ほんしつのイメージが何故なぜ〈悪夢あくむ〉として形象けいしょうされるのかについては、「すでに無力むりょくになった共同きょうどう体たいの言葉ことばで、共同きょうどう体たいの対立たいりつ物ぶつである都市としを語かたろうとするのだから、そのイメージが悪夢あくむめいてくるのも、しごく当然とうぜんのことなのだ」と説明せつめいし、孤独こどくに悩なやんでいる群衆ぐんしゅうは都市としの言葉ことばを持もたず、「内部ないぶに他者たしゃを喪失そうしつした状態じょうたい」に堕おちこんでいるとし、そこからの「脱出だっしゅつ」は都市としへの方向ほうこうにしかなく、希望きぼうは容易たやすくなく絶望ぜつぼうは続つづくが、「その絶望ぜつぼうに向むかってとにかく通路つうろを掘ほるということ」が、「人間にんげんの営いとなみというか、仕事しごとなんじゃないかな」と安部あべは述のべている。また、「都市とし化か」の急速きゅうそくな進行しんこうに伴ともなう自殺じさつの増加ぞうかが「時代じだい病びょう」とされていることを指摘してきしながら、「なんとか、都市としの言葉ことばを見みつけだし、都市としの孤独こどくを病気びょうきだと錯覚さっかくしている、その錯覚さっかくに挑戦ちょうせんしてみたい。いま必要ひつようなのは、けっして都市としからの解放かいほうなどではなく、まさに都市としへの解放かいほうであるはずだ」と説明せつめいしている。

〈失踪しっそう〉という主題しゅだいに関かんしては、「失踪しっそうとは、やはり現在げんざいの共同きょうどう体たいの中なかで疎外そがい感かんをもっている者ものが逃亡とうぼうすることだと思おもう」とし、以下いかのように語かたっている。

失踪しっそう不可能ふかのうというか、失踪しっそうが意味いみをなさないほど自由じゆうな共同きょうどう体たいができたとき……まあ、これは実際じっさいにはあり得えないのだけど。失踪しっそうによってより強つよい共同きょうどう体たいに入はいる。つまり失踪しっそうじゃなくて、失踪しっそうから帰かえること。このことを「砂すなの女おんな」で直接ちょくせつにテーマにしたんだけれども、帰かえるということと、逃にげるということは、結局けっきょく意識いしきの中なかで裏返うらがえしになっているだけで、同おなじことになる。 — 安部あべ公房こうぼう「〈インタビュー 安部あべ公房こうぼう氏し〉『波なみ』のインタビューに答こたえて」

そしてそれとは違ちがう、もっと意識いしき的てきな失踪しっそうの例れいとして、或あるるニューヨーク州しゅう知事ちじで将来しょうらい有力ゆうりょくな大統領だいとうりょう候補こうほとまでいわれた男おとこが失踪しっそうし、ニューヨークでタクシー運転うんてん手しゅをしていたというアメリカの記事きじに触ふれて、この男おとこのような失踪しっそうは、かなり「能動のうどう的てきな」失踪しっそうだと述のべている。

あらすじ

昭和しょうわ42年ねん2月がつ、T興信所こうしんじょ員いんの「ぼく」は、半年はんとし前まえに失踪しっそうした夫おっとを捜さがしてほしいという依頼いらいを受うけ、急きゅうなカーブの坂道さかみちを越こえ、依頼人いらいにんの住すむ団地だんちに向むかった。しかし依頼人いらいにんの女おんな（失踪しっそう者しゃの妻つま）は非ひ協力きょうりょく的てきであいまいな様子ようすだった。「ぼく」は失踪しっそう者しゃの足取あしどりを追おい、男おとこが所持しょじしていたマッチ箱ばこから、コーヒー店てん「つばき」を訪おとずれるが手てがかりは見みつからない。依頼いらい者しゃの妻つまの弟おとうとは、「ぼく」の調査ちょうさ場所ばしょに偶然ぐうぜんを装よそおい現あらわれたり、怪あやしい雰囲気ふんいきだった。「ぼく」はこの調査ちょうさ依頼いらい自体じたいが、失踪しっそう者しゃの行方ゆくえをさらに掩蔽えんぺいするための陽動ようどう作戦さくせんかもしれないという疑惑ぎわくを薄々うすうす感かんじはじめる。

「ぼく」は依頼いらい者しゃの弟おとうと（ヤクザ）に、失踪しっそう者しゃの日記にっきを見みせてもらう約束やくそくをするが、日記にっきを見みせてもらう前まえに、弟おとうとはヤクザの抗こう争そうで殺害さつがいされた。ぼくは失踪しっそう者しゃの会社かいしゃの部下ぶか・田代たしろと接触せっしょくした。田代たしろから失踪しっそう者しゃに関かんする手てがかりとして、失踪しっそう者しゃの撮影さつえいした女性じょせいヌード写真しゃしんの情報じょうほうを得えるが、田代たしろはその情報じょうほう自体じたいが実じつは自分じぶんの嘘うそだと言いった。田代たしろは「ぼく」に弁解べんかいし本当ほんとうの事ことを話はなすと言いったが、「ぼく」は耳みみを貸かさずにいた。その後ご、田代たしろは首吊くびつり自殺じさつをし、「ぼく」は興信所こうしんじょに辞表じひょうを出だした。探偵たんていでなくなった「ぼく」は、まだ何なにか怪あやしい匂においのする「つばき」に入いれ店てんしたところで数すう人にんの男おとこ達たちに襲おそわれた。

怪我けがをしながら依頼人いらいにんの女おんなの家いえへ行いったところで、「ぼく」の記憶きおくはあいまいになっていき、いつのまにか道路どうろにいた。カーブの向むこうの町まちの記憶きおくが思おもい出だせないまま、あるコーヒー店てんに入はいると、見覚みおぼえのあるような女おんながいた。店みせを出でた後のち、地図ちずにメモしてある電話でんわ番号ばんごうに電話でんわすると、同どうじ女じょがやって来くるのが見みえた。「ぼく」は電話でんわボックスに身みをひそめた。女おんなが「ぼく」を探さがすのをあきらめたように去さっていくと、「ぼく」は彼女かのじょと反対はんたいの方角ほうがくへ歩あるき出だした。

登場とうじょう人物じんぶつ

ぼく

T興信所こうしんじょの探偵たんてい。失踪しっそう者しゃ「根室ねむろ洋よう」の調査ちょうさをする。ひげが濃こい性質せいしつ。前ぜん職しょくを辞やめ、妻つまと別居べっきょ中ちゅう。

根室ねむろ波は瑠（依頼人いらいにん）

失踪しっそう者しゃ・根室ねむろ洋ようの妻つま。小柄こがらで首くびが長ながく、ひょろりとした感かんじ。昼間ひるまからビールばかり飲のみ、アルコール中毒ちゅうどくぎみ。妊娠にんしん8か月げつ。夫おっとの根室ねむろ洋ようは34歳さい。大だい燃もえ商事しょうじ販売はんばい拡張かくちょう課長かちょう。

依頼人いらいにんの弟おとうと

痩やせて細ほそい首くび。浅黒あさぐろい肌はだ。眼めと眼めの間あいだがよりすぎている。攻撃こうげき的てきな印象いんしょう。微笑びしょうがまったく似合にあわない、敵意てきいの糊のりで固かためたような顔かおと、夢ゆめなど見みたこともないような乾かわききった眼め。ヤクザ「大和やまと奉仕ほうし団だん」の組長くみちょう。売春ばいしゅんや男娼だんしょうのヒモをしている。失踪しっそう者しゃと繋つながりのある町会ちょうかい議員ぎいんMをゆすっている。

コーヒー店てん「つばき」の主人しゅじん

鼻風邪はなかぜをひいたような腫はれぼったい顔かお。この店みせのマッチ箱ばこを失踪しっそう者しゃは持もっていた。「つばき」は裏うらで、臨時りんじタクシー運転うんてん手しゅのための私設しせつ職業しょくぎょう斡旋あっせん所しょの商売しょうばいをしている。

「つばき」のウェイトレス

22歳さい前後ぜんこう。小肥こぶとりで丸まる顔がお。眼めが小ちいさく、額がくにニキビ跡あとが目立めだつ。派手はで好このみだが、見栄みばえのしない仏頂面ぶっちょうづらの小娘こむすめ。関東かんとう訛なまりが多少たしょう残のこっている。

駐車ちゅうしゃ場じょうの守衛しゅえい

片かた眼めが赤あかく充血じゅうけつした老人ろうじん。違法いほうタクシー斡旋あっせん所しょのことを「つばき」の主人しゅじんから口止くちどめされている。

大だい燃もえ商事しょうじの常務じょうむ

失踪しっそう者しゃ・根室ねむろ洋ようの上司じょうし。きれいに禿はげ上あがった頭あたま。ぽってりと肉にくのついた手て。

田代たしろ

失踪しっそう者しゃ・根室ねむろ洋ようの部下ぶか。若手わかて社員しゃいん。顔色かおいろが悪わるく、厚あつい眼鏡めがねの貧相ひんそうな男おとこ。鼻はなにかかった高たかめの声こえ。根室ねむろ洋ようが失踪しっそう前まえにS駅えきで書類しょるいを渡わたすことになっていた社員しゃいん。書類しょるいは町会ちょうかい議員ぎいんM氏しに届とどけるものだったと、田代たしろは言いう。

T興信所こうしんじょの主任しゅにん

「ぼく」の上司じょうし。たるんだ顎あごの肉にくに、糸いとをくいこませたような深ふかい皺しわが幾いく本ほんも刻きざみ込こまれ、化膿かのうした毛穴けあなの跡あとが、苦瓜にがうりのイボのように並ならんでいる。

F町まちの郵便ゆうびん局きょくの局長きょくちょう

町会ちょうかい議員ぎいんM氏し宅たくの隣となりにある郵便ゆうびん局きょくの局長きょくちょう。初老しょろうの男おとこ。

局長きょくちょうの妻つま

夫おっとと郵便ゆうびん局きょくをやっている。

M燃料ねんりょう店てんの従業じゅうぎょう員いんら

M氏しの経営けいえいする燃料ねんりょう店てんでプロパンガスのボンベの運搬うんぱんをしている従業じゅうぎょう員いん。20歳さい前後ぜんこうのひょろりとした男おとこと、風化ふうかした岩肌いわはだを思おもわせる30歳さいくらいの太ふとい首くびの男おとこ。

M燃料ねんりょう店てんの事務じむ員いん。

おかっぱ頭あたまの少女しょうじょ。白しろくて肉付にくづきのいい膝小僧ひざこぞう。気きの強つよそうな娘むすめ。

ラーメン屋台やたいの親父おやじ。

マイクロバスの屋台やたいで商売しょうばいをしている。ひげ面づら。股またの付つけ根ねを掻かきながら、ラーメンを作つくる。糖尿とうにょう病びょうを患わずらっている。

露店ろてんの周辺しゅうへんにたむろする男女だんじょ

与太者よたもの風ふうの者ものたち。依頼人いらいにんの弟おとうとの組員くみいん。1人ひとりは黒くろ眼鏡めがねで、ひどいガニ股またと、ひしゃげたとんがり顎あご。

労務者ろうむしゃたち

屋台やたいの客きゃく。飯場いいば暮くらし。丹前たんぜんを着きた男おとこ、顎あごの張はった大男おおおとこ、毛けの薄うすい人ひとのよさそうな小男こおとこの3人にん。

女子じょし学生がくせい

図書館としょかんにいた女子じょし学生がくせい。鼻はなの短みじかい、ぽってりとした頬ほお。本ほんの写真しゃしんをカミソリで切きり取とっている。

富山とやま

タクシー運転うんてん手しゅ。失踪しっそう者しゃが失踪しっそうの前々まえまえ日びに、車くるまを売却ばいきゃくした相手あいて。妻つま（30歳さい前後ぜんこう）と2人ふたりの子供こども（2歳さいと4歳さいの女児じょじ）がいる。

ぼくの妻つま

ぼく（探偵たんてい）の別居べっきょ中ちゅうの妻つま。洋裁ようさい店てん「ピッコロ」を経営けいえい。小こぢんまりとした体からだつきで、何なにを着きてもよく似合にあうので、なるべく目立めだたない地味じみな服ふくを着きて店みせに出でている。ぼくの反対はんたいを押おし切きって店みせを始はじめた。

「ピッコロ」の店員てんいん

美人びじんというほどではないが、華はなやいだ、あどけない顔立かおだち。モダンな服ふくを着きせられている。

少年しょうねん

弟おとうとの組くみの少年しょうねんグループの当番とうばん。細ほそいうなじで、きめの細こまかい肌はだ。中性ちゅうせい的てきな美少年びしょうねん。目めだけが異様いように暗くらく狂暴きょうぼうな燃もえやすい油あぶらのよう。家出いえで少年しょうねん。少年しょうねんグループは金持かねもち相手あいてに男娼だんしょうをしている。

サエコ

ヌード写真しゃしんを撮とらせる秘密ひみつスタジオのモデル。顔色かおいろの悪わるい顎あごの張はった娘むすめ。鼻はなだけが、やや上向うわむきかげんで整ととのっているほかは、気きの強つよそうな厚あつい唇くちびると、両りょう頬ほおに変色へんしょくしたニキビ跡あとの粗末そまつなモデル。顔かおから想像そうぞうもつかない見事みごとな形かたちのいい脚あし。

バーテン

秘密ひみつスタジオの隣となりのバーのバーテン。バーとスタジオは経営けいえい者しゃが同おなじ。

作品さくひん評価ひょうか・解釈かいしゃく

『燃もえつきた地図ちず』は、従来じゅうらいの小説しょうせつの慣習かんしゅう（プロットや人物じんぶつの自然しぜんな展開てんかい）を破やぶる安部あべの前衛ぜんえい的てきな手法しゅほうが「長編ちょうへん小説しょうせつ」において最初さいしょに活いかされた作品さくひんとされている。また、「他人たにんへの通路つうろの探検たんけん」というテーマへの一ひとつの到達とうたつ点てんをなした作品さくひんだとされ、その後ごの『箱はこ男おとこ』『密会みっかい』へと、そのテーマは展開てんかいして引ひき継つがれている。

三島みしま由紀夫ゆきおは『燃もえつきた地図ちず』を、安部あべが小説しょうせつの中なかに「会話かいわの天才てんさい」を見事みごとに活いかし、『砂すなの女おんな』や『他人たにんの顔かお』よりも、「はるかに迅速じんそくに疾走しっそうしてみせた小説しょうせつ」だと高評こうひょうし、以下いかのように解説かいせつしている。

これは動うごいてゐる小説しょうせつである。動うごいて、動うごいて、時々ときどきおどろくほど鮮明せんめいな映像えいぞうがあらはれながら、却つて現実げんじつの謎なぞは深ふかまつてゆく。たえざるサスペンス、そして卓抜たくばつな会話かいわが社会しゃかいの投影とうえい図法ずほうを描えがき、犯罪はんざいの匂においひと、尾行びこうと襲撃しゅうげきと、……その結果けっか、イリュージョンがつひに現実げんじつに打うち克かち、そこから見みた現実げんじつ自体じたいの構造こうぞうが、突然とつぜんすみずみまで明晰めいせきになる。ラストのモノロオグが、この小説しょうせつの怖こわろしい解決かいけつ篇へんであり、作品さくひん全体ぜんたいの再さい構築こうちくであるところに、一いち篇へんの主題しゅだいがこもつてゐる。失踪しっそう者しゃの前まえにのみ、未来みらいが姿すがたをあらはすのだ。 — 三島みしま由紀夫ゆきお「推薦すいせん文ぶん」

ウィリアム・カリーは、『燃もえつきた地図ちず』の文体ぶんたいの反復はんぷく表現ひょうげんの構造こうぞうを「円えん環たまき的てきパターン」と名なづけ、それを、疎外そがいされた人間にんげんのはてしない苦境くきょうを見出みいだす構造こうぞうであると分析ぶんせきしつつ、「終おわりのない疎外そがい」という問題もんだいの体現たいげんを強調きょうちょうするための構造こうぞうだと述のべている。

徐じょ洪ひろしは、ウィリアム・カリーの指摘してきした『燃もえつきた地図ちず』の構造こうぞう分析ぶんせきを敷衍ふえんしながら、その反復はんぷく表現ひょうげんがもたらす表現ひょうげん効果こうかとして、「時間じかんの線条せんじょう性せいが意味いみをなさない世界せかいの創造そうぞう」という効果こうかについて考察こうさつしながら文体ぶんたいを解析かいせきし、以下いかのように説明せつめいしている。

「輪わ」の反復はんぷく表現ひょうげんは、物語ものがたりの冒頭ぼうとうと終結しゅうけつで現あらわれることにより、冒頭ぼうとうと終結しゅうけつがつながり、始はじめは終おわりとなり、また終おわりは初はじめとなって、時間じかんは循環じゅんかんするものとして提示ていじされることにより、線条せんじょう的てきな時間じかんの流ながれは破棄はきされる。また、「尻取しりとり式しき」反復はんぷく表現ひょうげんは、物理ぶつり的てきに与あたえられたテクスト上じょうの空白くうはくを同おなじ言葉ことばで繋つなげることにより、両りょう出来事できごとの間あいだに存在そんざいしていた時間じかんの断絶だんぜつは埋うめられてしまうのである。 — 徐じょ洪ひろし「『燃もえつきた地図ちず』における反復はんぷく表現ひょうげん」

そして作品さくひんを一ひとつの生地きじに譬たとえ、「この生地きじは平たいらな生地きじではなく、反復はんぷく表現ひょうげんにより、多おおくの襞ひだを持もつ生地きじに作つくり上あげられている」とし、その表現ひょうげん方法ほうほうで物語ものがたりの時間じかんを縮ちぢめたり、元もとに戻もどしたりすることにより、「生起せいき順じゅんの時間じかん」は意味いみを持もたなくなり、「線条せんじょう的てきな時間じかんの概念がいねんの廃棄はいきにより、因果律いんがりつは破やぶられる」と考察こうさつしながら、「原因げんいんはなく結果けっかだけが存在そんざいする〈失踪しっそう〉という本ほん作品さくひんの内容ないようはより浮うき彫ぼりになる」と解説かいせつしている。

映画えいが

燃もえつきた地図ちず
THE MAN WITHOUT A MAP
監督かんとく	勅使河原てしがわら宏ひろし
脚本きゃくほん	安部あべ公房こうぼう
原作げんさく	安部あべ公房こうぼう
製作せいさく	永田ながた雅一まさいち
出演しゅつえん者しゃ	勝かつ新太郎しんたろう、市原いちはら悦子えつこ
音楽おんがく	武満たけみつ徹とおる
撮影さつえい	上原うえはら明あきら
編集へんしゅう	中静なかしずか達治たつじ
製作せいさく会社かいしゃ	勝かちプロダクション=大映だいえい
配給はいきゅう	大映だいえい
公開こうかい	1968年ねん6月1日にち
上映じょうえい時間じかん	118分ふん
製作せいさく国こく	日本にっぽん
言語げんご	日本語にほんご

『燃もえつきた地図ちず』は、1968年ねん（昭和しょうわ43年ねん）6月がつ1日にちに封切ふうきりされた。公開こうかい時じの惹句は、「都会とかいの迷路めいろから女体にょたいのなかまで探さがし続つづける！ 評判ひょうばんの原作げんさく、話題わだいの監督かんとくが男おとこの魅力みりょくで描えがく本年度ほんねんど最大さいだいの問題もんだい作さく！」である。1968年度ねんどキネマ旬報きねまじゅんぽうベストテンで第だい8位いとなった。主演しゅえんの勝かつ新太郎しんたろうが新しん境地きょうちを見みせた作品さくひんである。

『おとし穴あな』『砂すなの女おんな』『他人たにんの顔かお』に続つづく安部あべ公房こうぼう原作げんさく・脚本きゃくほん、勅使河原てしがわら宏ひろし監督かんとく作品さくひんで、同どうコンビとしては最後さいごの作品さくひんになる。勝かちプロダクションと大映だいえいが製作せいさくし、大映だいえいが配給はいきゅうした。DVD『勅使河原てしがわら宏ひろしの世界せかい』に収録しゅうろくされているものや日本にっぽん映画えいが専門せんもんチャンネルで放送ほうそうされたものはタイトルクレジットが英語えいごになっているが、これは原版げんばんが紛失ふんしつしたため外国がいこく版ばんを使用しようしたからである。

安部あべ公房こうぼう自身じしんによる脚本きゃくほんは、1968年ねん（昭和しょうわ43年ねん）、『キネマ旬報きねまじゅんぽう』3月がつ下旬げじゅん号ごうに掲載けいさい。1986年ねん（昭和しょうわ61年ねん）10月がつ5日にちに創そう林りん社しゃより刊行かんこうされた『安部あべ公房こうぼう映画えいがシナリオ選せん』に所収しょしゅう。

スタッフ

• 監督かんとく：勅使河原てしがわら宏ひろし
• 原作げんさく・脚本きゃくほん：安部あべ公房こうぼう
• 製作せいさく：永田ながた雅一まさいち
• 企画きかく：市川いちかわ喜一きいち
• 撮影さつえい：上原うえはら明あきら
• 音楽おんがく：武満たけみつ徹とおる
• 美術びじゅつ：間野まの重雄しげお
• 編集へんしゅう：中静なかしずか達治たつじ
• 録音ろくおん：奥村おくむら幸雄ゆきお
• タイトルデザイン：粟津あわづ潔きよし

キャスト

• 男おとこ（探偵たんてい）：勝かつ新太郎しんたろう
• 女おんな（依頼人いらいにん）：市原いちはら悦子えつこ
• 田代たしろ：渥美あつみ清きよし - 失踪しっそう人じんの部下ぶか
• 男おとこの妻つま：中村なかむら玉緒たまお
• 依頼人いらいにんの実弟じってい：大川おおかわ修おさむ
• 喫茶店きっさてん「つばき」の主人しゅじん：信しんじ欣三きんぞう
• ヌードモデル：長山ながやま藍子あいこ
• 「つばき」の女おんな店員てんいん：吉田よしだ日出子ひでこ
• タクシーの運転うんてん手しゅ：田中たなか春男はるお
• 駐車ちゅうしゃ場じょうの管理人かんりにん：小笠原おがさわら章あきら二郎じろう
• 大だい燃もえ商事しょうじ常務じょうむ：小松こまつ方正ほうせい
• 少女しょうじょ：笠原かさはら玲子れいこ
• ヌードスタジオのバーテン：土方ひじかた弘ひろし
• ラーメン屋やのおやじ：小山内おさない淳あつし
• 丹前たんぜん男だん：守田もりた学まなぶ
• 小男こおとこ：飛田ひだ喜き佐さ夫おっと
• 大男おおおとこ：佐藤さとう京一きょういち
• 黒くろ眼鏡めがねの男おとこ：藤山ふじやま浩二こうじ
• 当番とうばんの少年しょうねん：酒井さかい修おさむ
• 図書館としょかんの女子じょし学生がくせい：工藤くどう明子あきこ
• 前田まえだ燃料ねんりょう店てんの店員てんいん：梅津うめづ栄さかえ、三さん夏なつ伸しん

ラジオドラマ

• 文芸ぶんげい劇場げきじょう『燃もえつきた地図ちず』（NHK第だい一いち）　1972年ねん（昭和しょうわ47年ねん）11月18日にち 土曜日どようび 21:05
  • 脚本きゃくほん：能勢のせ紘ひろし也。演出えんしゅつ：角すみ岡おか正美まさみ。
  • 出演しゅつえん：井川いかわ比佐志ひさし、条文じょうぶん子こ
  • ※ 1987年ねん（昭和しょうわ62年ねん）1月がつ25日にちに再さい放送ほうそう。

関連かんれん小説しょうせつ

カーブの向むかう
作者さくしゃ	安部あべ公房こうぼう
国くに	日本にっぽん
言語げんご	日本語にほんご
ジャンル	短編たんぺん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい	雑誌ざっし掲載けいさい
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ	『中央公論ちゅうおうこうろん』1966年ねん1月がつ号ごう
刊本かんぽん情報じょうほう
刊行かんこう	『カーブの向むかう・ユープケッチャ』
出版しゅっぱん元もと	新潮しんちょう文庫ぶんこ
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ	1988年ねん12月5日にち
ウィキポータル 文学ぶんがく ポータル 書物しょもつ

• 短編たんぺん小説しょうせつ『カーブの向むかう』　
  • 1966年ねん（昭和しょうわ41年ねん）、雑誌ざっし『中央公論ちゅうおうこうろん』1月がつ号ごうに掲載けいさい。1988年ねん（昭和しょうわ63年ねん）12月5日にちに新潮しんちょう文庫ぶんこより刊行かんこうの『カーブの向むかう・ユープケッチャ』に収録しゅうろく。
  • 本ほん作さくを改稿かいこうしたものが、『燃もえつきた地図ちず』の最終さいしゅう部分ぶぶんに挿入そうにゅう。

おもな刊行かんこう本ほん

• 『燃もえつきた地図ちず』（新潮社しんちょうしゃ、1967年ねん9月がつ30日にち）
  • 装画そうが：安部あべ真知まち。函はこ表ひょう文ぶん：安部あべ公房こうぼう。函はこ裏うら文ぶん：三島みしま由紀夫ゆきお、ドナルド・キーン、大江おおえ健三郎けんざぶろう。299頁ぺーじ
• 文庫ぶんこ版ばん『燃もえつきた地図ちず』（新潮しんちょう文庫ぶんこ、1980年ねん1月がつ25日にち、改版かいはん2002年ねん）　
  • カバー装画そうが：安部あべ真知まち。付録ふろく・解説かいせつ：ドナルド・キーン。
  • ※ 2002年ねん改版かいはんより、カバー装画そうが：近藤こんどう一弥かずや（フォト：安部あべ公房こうぼう）。
• 『安部あべ公房こうぼう 映画えいがシナリオ選せん』（創そう林りん社しゃ、1986年ねん10月がつ5日にち）
  • 収録しゅうろく作品さくひん：壁かべあつき部屋へや、不良ふりょう少年しょうねん、砂すなの女おんな、他人たにんの顔かお、燃もえつきた地図ちず
  • ※ 映画えいがシナリオ版ばんが所収しょしゅう。
• 文庫ぶんこ版ばん『カーブの向むかう・ユープケッチャ』（新潮しんちょう文庫ぶんこ、1988年ねん12月5日にち）　
  • カバー装画そうが：安部あべ真知まち。付録ふろく・解説かいせつ：菅野かんの昭あきら正ただし。
  • 収録しゅうろく作品さくひん：ごろつき、手段しゅだん、探偵たんていと彼かれ、月つきに飛とんだノミの話はなし、完全かんぜん映画えいが（トータル・スコープ）、チチンデラ　ヤパナ、カーブの向むこう、子供部屋こどもべや、ユープケッチャ
• 英文えいぶん版ばん『The Ruined Map』（訳わけ：D.E. Saunders）（Tuttle classics、1970年ねん）
• 英文えいぶん版ばん『Beyond the Curve』（訳わけ：Juliet Winters Carpenter）（Kodansha International、1991年ねん）
  • 収録しゅうろく作品さくひん：カーブの向むこう（Beyond the curve）、無関係むかんけいな死し（An irrelevant death）、夢ゆめの兵士へいし（The dream soldier）、デンドロカカリヤ（Dendrocacalia）、使者ししゃ（The special envoy）、S・カルマ氏しの犯罪はんざい（The crime of S. Karma）

参考さんこう文献ぶんけん

• 文庫ぶんこ版ばん『燃もえつきた地図ちず』（付録ふろく・解説かいせつ ドナルド・キーン）（新潮しんちょう文庫ぶんこ、1980年ねん。改版かいはん2002年ねん）
• 『安部あべ公房こうぼう全集ぜんしゅう 20 1966.01‐1967.04』（新潮社しんちょうしゃ、1999年ねん）
• 『安部あべ公房こうぼう全集ぜんしゅう 21 1967.04-1968.02』（新潮社しんちょうしゃ、1999年ねん）
• 『安部あべ公房こうぼう全集ぜんしゅう 22 1968.02-1970.02』（新潮社しんちょうしゃ、1999年ねん）
• 『新潮しんちょう日本にっぽん文学ぶんがくアルバム51 安部あべ公房こうぼう』（新潮社しんちょうしゃ、1994年ねん）
• 『決定けってい版ばん 三島みしま由紀夫ゆきお全集ぜんしゅう第だい34巻かん・評論ひょうろん9』（新潮社しんちょうしゃ、2003年ねん）
• 徐じょ洪ひろし「『燃もえつきた地図ちず』における反復はんぷく表現ひょうげん」（広島大学ひろしまだいがく近代きんだい文学ぶんがく研究けんきゅう会かい、2004年ねん） [1]
• 波なみ潟かた剛つよし「安部あべ公房こうぼう『燃もえつきた地図ちず』論ろん―作品さくひん内ないの読者どくしゃ、小説しょうせつの読者どくしゃ、および同どう時代じだいの読者どくしゃをめぐって―」（筑波大学つくばだいがく文学ぶんがく研究けんきゅう論ろん、1997年ねん） [2]
• 『キネマ旬報きねまじゅんぽうベスト・テン80回かい全ぜん史し 1924-2006』キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ〈キネマ旬報きねまじゅんぽうムック〉、2007年ねん7月がつ。ISBN 978-4873766560。 
• 『キネマ旬報きねまじゅんぽうベスト・テン85回かい全ぜん史し 1924-2011』キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ〈キネマ旬報きねまじゅんぽうムック〉、2012年ねん5月がつ。ISBN 978-4873767550。 
• 日高ひだか靖やすし一いちポスター提供ていきょう『なつかしの日本にっぽん映画えいがポスターコレクション――昭和しょうわ黄金おうごん期き日本にっぽん映画えいがのすべて』近代映画社きんだいえいがしゃ〈デラックス近代きんだい映画えいが〉、1989年ねん5月がつ。ISBN 978-4764870550。 

関連かんれん項目こうもく

• アラン・ロブ＝グリエ『消けしゴム』