ペトログリフ

ブライス・キャニオンのペトログリフ。数かず千せん年ねん前まえのものと推測すいそくされている。

ペトログリフ（英語えいご：petroglyph）とは、象徴しょうちょうとなる岩石がんせきや洞窟どうくつ内部ないぶの壁面へきめんに、意匠いしょう、文字もじが刻きざまれた彫刻ちょうこくのこと。ギリシア語ごで石いしを意味いみするペトロとグリフ（彫刻ちょうこく）の造語ぞうごである。日本語にほんごでは線せん刻こく（画が・文字もじ）と呼よばれたり、岩いわ面めん彫刻ちょうこく、岩石がんせき線画せんが、岩いわ面めん陰刻いんこくと訳やくされる。

似にたものとして岩いわに描えがくペトログラフ（岩いわ絵え）があるが、学問がくもん上じょう、ペトログリフとペトログラフは同一どういつではなく、それぞれ定義ていぎがあって区別くべつされている（概要がいようにて後述こうじゅつ）。日本にっぽんでは、しばしば両者りょうしゃが混同こんどうされるため注意ちゅういが必要ひつようである。

概要がいよう[編集へんしゅう]

人類じんるいが後世こうせいに伝つたえたいさまざまな意匠いしょうや文字もじを岩石がんせきに刻きざんだもの。筆記具ひっきぐや紙かみを持もたない古代こだいの人々ひとびとが残のこした記録きろくや文字もじ・文章ぶんしょうシステムの先駆さきがけを示しめすものとして注目ちゅうもくされがちであるが、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくハワイ州しゅうなどには16世紀せいきや17世紀せいきにかけて刻きざまれた比較的ひかくてき新あたらしいものもある^[1]。また、近世きんせいや現代げんだいにおいても、宗教しゅうきょう的てきな儀式ぎしきの目的もくてきやアートとして刻きざまれるものも多数たすう存在そんざいしている。

海外かいがいではペトログリフは勿論もちろん、岩石がんせき芸術げいじゅつ（英語えいごで言いうRock art、ペトログラフにあたる洞窟どうくつの壁画へきが、ドルメン、ストーンサークル等ひとしも含ふくむ）全般ぜんぱんの研究けんきゅうが行おこなわれており、特とくに米べい仏ふつで研究けんきゅうが盛さかんであり、ユネスコに研究けんきゅう機関きかんがあるほか、ハーバード大学だいがくなどでも研究けんきゅうが行おこなわれている。その英語えいご圏けんでは、岩いわに刻きざまれた彫刻ちょうこくのことをペトログリフ (Petroglyph)、岩いわに描えがかれた絵画かいがのことをペトログラフ (Petrograph)、という定義ていぎで両者りょうしゃを区別くべつしている^[2]。

他方たほう、日本にっぽんではこの定義ていぎづけがあいまいで、ペトログリフとペトログラフの両者りょうしゃを混同こんどうしている記述きじゅつがしばしば見みられる。表現ひょうげんのモチーフが類似るいじしており、英単語えいたんごも似にているために恐おそらくは翻訳ほんやく時じの混同こんどうが起おこったと思おもわれるが、彫刻ちょうこくと絵画かいがは美術びじゅつ界さかいでも明確めいかくに区別くべつされる（表現ひょうげんのモチーフが同一どういつの場合ばあいも）。正まさしくは英語えいご圏けんの定義ていぎに沿そって、岩いわに刻きざまれた意匠いしょう・図絵ずえの彫刻ちょうこくについてだけを、学問がくもん上じょうペトログリフと呼よぶ。

内容ないよう[編集へんしゅう]

最もっとも古ふるいものはウクライナの「カメンナヤ・モグリャ」にあるもので、旧石器時代きゅうせっきじだい（約やく10,000から12,000年ねん前まえ）のものといわれている。7,000から9,000年ねん前まえ頃ごろには絵文字えもじや表意ひょうい文字もじのようなものが現あらわれ始はじめた。この頃ころは世界中せかいじゅうで岩いわ面めん彫刻ちょうこくはまだ一般いっぱん的てきであったが、いくつかの文化ぶんかでは20世紀せいきになって西洋せいようの文化ぶんかが入はいってくるまで、使用しようし続つづけていた。

それらの場所ばしょや作つくられた時代じだい、イメージのタイプ等とうから推察すいさつされる目的もくてきについては、多おおくの理論りろんがある。いくつかのペトログリフは、天文学てんもんがくで使つかう印しるし、地図ちずおよび記号きごう的てきなコミュニケーションの他ほかの形式けいしきであると思おもわれる。地形ちけいあるいは周囲しゅういの土地とちを表あらわす岩いわ面めん彫刻ちょうこくはGeocontourglyphとして知しられている。それは道みち、川かわ、時間じかんと距離きょりを表あらわしているとも推察すいさつされる。

さらに、それらは他たの儀式ぎしきの副産物ふくさんぶつとも考かんがえられる。たとえばインドのものは、ロックゴングという楽器がっきであると確認かくにんされた。いくつかのペトログリフは、それを作つくった当時とうじの社会しゃかいにおいて文化ぶんか的てきにあるいは宗教しゅうきょう的てきに重要じゅうようなものだと考かんがえられる。その重要じゅうよう性せいは子孫しそんへと伝つたえられる。スカンジナビアの北欧ほくおう人じんの青銅器せいどうき時代じだい以後いごの記号きごうは、宗教しゅうきょう的てきな意味いみに加くわえて、種族しゅぞく間あいだの領土りょうどの境界きょうかいを表あらわすように見みえる。

さらに、地域ちいきごとに方言ほうげんが存在そんざいするように見みえる。たとえば、「シベリアの銘めい」と呼よばれるものはほとんどルーン文字もじのある初期しょきの形式けいしきのような形かたちをしている。しかし、詳くわしい事ことは分わかっていない。

ヨハネスブルグのヴィトヴァーテルスラント大学だいがくの岩石がんせき芸術げいじゅつ研究所けんきゅうじょ (RARI) が、カラハリ砂漠さばくのサン人じんの中なかのシャーマン教きょうと岩石がんせき芸術げいじゅつとの関係かんけいについて研究けんきゅうした。サン人じんの美術びじゅつ品ひんはおもに絵画かいがであるが、それらの背後はいごにある信条しんじょうは、それらを理解りかいする根拠こんきょになるという。RARIウェブサイトによると、研究けんきゅう者しゃは、サン人じんの信条しんじょうがその画家がかの信仰しんこう生活せいかつに基本きほん的てきな役割やくわりを果はたしたことを示しめした。絵えの背後はいごには別べつの世界せかいがある。踊おどり手しゅが動物どうぶつの形かたちで飛とび立たち、力ちからを引ひくことができ、治療ちりょう、人工じんこう降雨こううおよび狩猟しゅりょうを導みちびくことができたという。

意義いぎ[編集へんしゅう]

おもに考古学こうこがく的てきな面めんと美術びじゅつ的てきな面めんから研究けんきゅうが行おこなわれている。考古学こうこがく的てきには過去かこの人々ひとびとの風俗ふうぞくや生活せいかつ様式ようしき、ときには気候きこうなどを類推るいすいできるほか、文字もじの誕生たんじょうを探さぐる上じょうでも貴重きちょうな手てがかりと考かんがえられている。また美術びじゅつ的てきな価値かちについても研究けんきゅうがなされている。

研究けんきゅうにおける有効ゆうこう性せいの問題もんだいとして、岩石がんせきの風化ふうかにより生しょうじる亀裂きれつやくぼみがペトログリフであると誤認ごにんされる場合ばあいのあることや、遺跡いせきの改竄かいざんや捏造ねつぞうといった問題もんだいが挙あげられる。

一致いっち[編集へんしゅう]

世界中せかいじゅうで調査ちょうさされ、GPSで記録きろくされたペトログリフを分析ぶんせきした結果けっか、紀元前きげんぜん3000年ねんから7000年ねん頃ごろのペトログラフに、大陸たいりくの全域ぜんいきの広ひろい範囲はんいで共通きょうつう性せいがある事ことが分わかっている。よく見みられる模様もようとしては、うずくまる人ひと、キャタピラー、梯子はしご、アイマスク、ココペリ（インディアンの神様かみさま）、輪留わどめをかけられた車輪しゃりん、等ひとしが挙あげられる。

この理由りゆうとしては様々さまざまな説せつが考かんがえられている。

世界せかい的てき移動いどう説せつ: 特定とくていのグループが、ある地域ちいきから世界中せかいじゅうに移うつったという説せつ。1853年ねんに、ジョン・コリングウッド・ブルースとジョージ・テイトが唱となえ、ロナルド・モリスが彼かれらの104の理論りろんを要約ようやくした。; シュメール人じんが世界中せかいじゅうに広ひろまったという説せつはこの説せつの親戚しんせきである。
遺伝いでん説せつ: 他たの、より論争ろんそうの的まとになっている説明せつめいは遺伝いでんによるものである。ユング心理しんり学がくおよびミルチャ・エリアーデの見解けんかいでは、人間にんげんの脳のうに遺伝いでん学がく的てきに相続そうぞくした構造こうぞうがあるからではないかとしている。
薬物やくぶつ説せつ: 幻覚げんかく剤ざいを使用しようして精神せいしんが異常いじょう状態じょうたいになったシャーマンによって作つくられたという説せつ。デービッド・ルイス=ウィリアムズは、これらの模様もようは人間にんげんの脳のうに組くみ込こまれたもので、それらが薬くすりや片かた頭痛ずつうおよび他たの刺激しげきによって起おこる視覚しかく障害しょうがいや幻覚げんかくによって頭あたまに生うまれるのではないかとしている。

日本にっぽんのペトログリフ[編集へんしゅう]

環たまき太平洋たいへいよう地域ちいきにペトログリフの文化ぶんかが点在てんざいし、日本にっぽんにおいてもペトログリフの存在そんざいが確認かくにんされており、幾いくつかの団体だんたいが研究けんきゅうを行おこなっている。

日本にっぽん先史せんし岩がん面めん画が研究けんきゅう会かいは北海道ほっかいどうの手宮てみや洞窟どうくつやフゴッペ遺跡いせきの研究けんきゅうから発展はってんしている組織そしきで、こちらは主おもに美術びじゅつ的てきな観点かんてんからの調査ちょうさを行おこなっている。

両りょう会かいとも世界せかい各地かくちで調査ちょうさを行おこなっており、海外かいがいの学会がっかいで発表はっぴょうする等ひとし、成果せいかを挙あげている。

なお、1994年ねん3月がつ28日にちの読売新聞よみうりしんぶんによると、山口やまぐち県けん下関しものせき市し彦島ひこじまの市し指定してい文化財ぶんかざい「彦島杉田ひこしますぎた岩がん刻こく画が」（平成へいせい3年ねん5月がつ指定してい）に傷きずがつけられているのが発見はっけんされ、ニュースになった（同どう新聞しんぶんによれば、大正たいしょう13年ねんに地元じもとの人ひとが発見はっけん、昭和しょうわ51年ねん頃ごろから研究けんきゅうがあった、とされる）。