この項目 こうもく では、聖書 せいしょ の語句 ごく やその擬人 ぎじん 化 か としてのマモンについて説明 せつめい しています。その他 た の用法 ようほう については「マモン (曖昧 あいまい さ回避 かいひ ) 」をご覧 らん ください。
マモン (Mammon) は、新約 しんやく 聖書 せいしょ に現 あらわ れる、富 とみ を意味 いみ するとされる言葉 ことば である。また、旧約 きゅうやく 聖書 せいしょ と新約 しんやく 聖書 せいしょ の間 あいだ の中 なか 間 あいだ 時代 じだい の後期 こうき ユダヤ教 きょう のラビ文献 ぶんけん において、不正 ふせい な財 ざい を指 さ して用 もち いられたアラム語 ご の語彙 ごい である[1] 。キリスト教 きりすときょう 文化 ぶんか 圏 けん においては、物質 ぶっしつ 的 てき 「富 とみ 」または「貪欲 どんよく 」(カトリック教会 きょうかい では七 なな つの罪 つみ 源 げん のひとつ)を指 さ し、擬人 ぎじん 化 か されて神格 しんかく として扱 あつか われ、地獄 じごく の七 なな 大 だい 君主 くんしゅ (英語 えいご 版 ばん ) の一人 ひとり とされることもある。時 とき には金貨 きんか をばらまく悪魔 あくま の姿 すがた で表象 ひょうしょう される[2] 。一般 いっぱん にマモンと表記 ひょうき されることが多 おお いが、平井 ひらい 正 ただし 穂 ほ 訳 わけ 『失 しつ 楽園 らくえん 』ではマンモン 、繁野 しげの 天来 てんらい 『失 しつ 樂園 らくえん 物語 ものがたり 』ではマムモンと表記 ひょうき されている。ドイツ語 ご ではマンモンと発音 はつおん されるが[3] 、現代 げんだい 英語 えいご では mammon の mm は単 たん 子音 しいん として発音 はつおん される。
「マモン崇拝 すうはい 」(イーヴリン・ド・モーガン の絵画 かいが 、1909年 ねん )
原義 げんぎ は不明 ふめい であり、諸説 しょせつ あるが、一説 いっせつ には「人 ひと の信頼 しんらい するもの」の意 い ともいう[4] 。通説 つうせつ では、富 とみ や金銭 きんせん の意 い と解 かい され、後期 こうき ラテン語 らてんご の mammon 〔マンモーン〕、ギリシア語 ご の μαμμωνάς 〔マンモーナス〕 または μαμωνάς 〔マモーナス〕 、シリア語 ご の mámóna (富 とみ )[5] 、アラム語 ご の mamon (富 とみ )[4] [6] に由来 ゆらい しており、金銭 きんせん [7] [8] [9] 、富 とみ [10] 、または財産 ざいさん [11] を意味 いみ するミシュナー・ヘブライ語 ご 'ממון (mmôn) からの借用 しゃくよう 語 ご であるとされる。
マモンを指 さ すギリシア語 ご μαμμωνάς は新約 しんやく 聖書 せいしょ の「山上 さんじょう の垂 たれ 訓 くん 」(マタイ )と「不正 ふせい な管理人 かんりにん のたとえ」(ルカ 16:9–13)に出 で てくる語 かたり である。欽定 きんてい 訳 やく では意訳 いやく せずに訳語 やくご を mammon としており、ジョン・ウィクリフ 訳 わけ 聖書 せいしょ では意訳 いやく して〔富 とみ を意味 いみ する中 なか 英語 えいご の〕 richessis という語 かたり を用 もち いている。
キリスト教 きりすときょう では、〈マモン〉という名 な は不正 ふせい な富 とみ を表 あら わす言葉 ことば となり、新約 しんやく 聖書 せいしょ における偽 いつわ りの神 かみ として擬人 ぎじん 化 か された。その名 な は貪欲 どんよく を指 さ す言葉 ことば としても用 もち いられる[12] 。
改訂 かいてい 標準 ひょうじゅん 訳 やく 聖書 せいしょ は、「マモンは金銭 きんせん や富 とみ を指 さ すセム語 ご である」と説明 せつめい している[13] 。国際 こくさい 児童 じどう 聖書 せいしょ は「あなたがたは神 かみ とお金 かね に同時 どうじ に仕 つか えることはできません」というい回 いまわ しを使 つか っている[14] 。
サシャ・シュナイダー 「金銭 きんせん とその奴隷 どれい 」(1896年 ねん 頃 ごろ )
「19 なんぢら己 おのれ ( おの ) がために財寶 ざいほう ( たから ) を地 ち ( ち ) に積 せき ( つ ) むな、ここは蟲 むし ( むし ) と錆 さび ( さび ) とが損 そん ( そこな ) ひ、盗人 ぬすっと ( ぬすびと ) うがちて盗 ぬすめ ( ぬす ) むなり。20 なんぢら己 おのれ ( おの ) がために財寶 ざいほう ( たから ) を天 てん ( てん ) に積 せき ( つ ) め、かしこは蟲 むし ( むし ) と錆 さび ( さび ) とが損 そん ( そこな ) はず、盗人 ぬすっと ( ぬすびと ) うがちて盗 ぬすめ ( ぬす ) まぬなり。21 なんぢの財寶 ざいほう ( たから ) のある所 ところ ( ところ ) には、なんぢの心 しん ( こころ ) もあるべし。……24 人 ひと ( ひと ) は二人 ふたり ( ふたり ) の主 あるじ ( しゆ ) に兼 けん ( か ) ね事 こと ( つか ) ふること能 のう ( あた ) はず、或 ある ( あるい ) はこれを憎 にく ( にく ) み彼 かれ ( かれ ) を愛 あい ( あい ) し、或 ある ( あるい ) はこれに親 おや ( した ) しみ彼 かれ ( かれ ) を輕 かる ( かろ ) しむべければなり。汝 なんじ ( なんぢ ) ら神 かみ ( かみ ) と富 とみ ( とみ ) とに兼 けん ( か ) ね事 こと ( つか ) ふること能 のう ( あた ) はず。」
マモンの語 かたり は新約 しんやく 聖書 せいしょ のルカ16:13とマタイ6:24に共通 きょうつう して現 あらわ れる一文 いちぶん の中 なか で使 つか われており、ルカ16:9とルカ16:11にも出 で てくるが、これらは富 とみ の意 い であると解 ほぐ されるのみならず、富 とみ を主 おも なる神 かみ と対比 たいひ することによって擬人 ぎじん 化 か しているとも捉 とら えられる(解釈 かいしゃく 上 じょう の問題 もんだい であり、福音 ふくいん 書 しょ の作者 さくしゃ らの意図 いと は明 あき らかでない)。
〈マモン〉への早期 そうき の言及 げんきゅう は、福音 ふくいん 書 しょ における擬人 ぎじん 化 か 的 てき 解釈 かいしゃく に端 はし を発 はっ しているようである。例 たと えば、『使徒 しと 戒規(英語 えいご 版 ばん ) 』では "De solo Mammona cogitant, quorum Deus est sacculus" (彼 かれ らはマモンのことだけを考 かんが えている。彼 かれ らの神 かみ は財布 さいふ である)、ヒッポのアウグスティヌス は、『主 おも の山上 さんじょう のことば(英語 えいご 版 ばん ) 』において "Lucrum Punice Mammon dicitur" (フェニキア人 じん たちは富 とみ をマモンと呼 よ ぶ) としている。ニュッサのグレゴリウス も、〈マモン〉はベルゼブブ の別名 べつめい であると断 だん じた。
中世 ちゅうせい において、〈マモン〉は一般 いっぱん に富 とみ の悪霊 あくりょう として擬人 ぎじん 化 か された。ゆえにペトルス・ロンバルドゥス (II, dist. 6) はこう述 の べた。「富 とみ は悪霊 あくりょう の名 な で呼 よ ばれる。すなわち〈マモン〉である。というのも〈マモン〉は悪霊 あくりょう の名 な であり、シリア語 ご に従 したが って富 とみ がその名 な を以 もっ て呼 よ ばれるのである。」 ピアズ・プローマン (英語 えいご 版 ばん ) も〈マモン〉を神格 しんかく とみなしている。リュラのニコラス (英語 えいご 版 ばん ) は(ルカによる福音 ふくいん 書 しょ の一節 いっせつ を解説 かいせつ して) "Mammon est nomen daemonis" (〈マモン〉ハ悪霊 あくりょう ノ名 めい ナリ)と述 の べた。
アルバート・バーンズ (英語 えいご 版 ばん ) は「新約 しんやく 聖書 せいしょ への注解 ちゅうかい 」の中 なか で、〈マモン〉は、ギリシア人 じん の神 かみ プルートス に似 に た、富 とみ の神 かみ として崇拝 すうはい された偶像 ぐうぞう 神 しん を指 さ すシリア語 ご だと述 の べているが、その典拠 てんきょ は示 しめ さなかった[15] 。しかし、そのような名 な のシリアの神 かみ の存在 そんざい を跡付 あとづ けることはできず、マモンの名 な を邪神 じゃしん とするありふれた文学 ぶんがく 的 てき 同定 どうてい は、おそらくはエドマンド・スペンサー の『妖精 ようせい の女王 じょおう 』に端 はし を発 はっ している。同書 どうしょ では〈マモン〉は富 とみ の洞窟 どうくつ の監視 かんし 役 やく として登場 とうじょう するのである。ジョン・ミルトン の『失 しつ 楽園 らくえん 』は、地上 ちじょう 的 てき 富 とみ に至上 しじょう の価値 かち を置 お く一人 ひとり の堕天使 だてんし を描 えが いている[16] [17] 。コラン・ド・プランシー は『地獄 じごく の辞典 じてん 』の「地獄 じごく の宮廷 きゅうてい 」の記事 きじ の中 なか で、〈マモン〉を地獄 じごく の駐 ちゅう 英 えい 大使 たいし とした[18] 。トーマス・カーライル の著書 ちょしょ 『過去 かこ と現在 げんざい 』においては「マモニズム の福音 ふくいん 」は近代 きんだい の物質 ぶっしつ 主義 しゅぎ 精神 せいしん の比喩 ひゆ 的 てき 擬人 ぎじん 化 か にすぎないものとなった。
マモン コラン・ド・プランシー 『地獄 じごく の辞典 じてん 』より
元来 がんらい 、Mammon は「富 とみ ・財 ざい 」を意味 いみ するシリア語 ご にすぎなかった。これが悪魔 あくま 学 がく において金銭 きんせん の悪魔 あくま として定着 ていちゃく したのは、『マタイによる福音 ふくいん 書 しょ 』の「汝 なんじ ら神 かみ と富 とみ とに兼 か ね事 ごと ふること能 のう はず」(6:24)の解釈 かいしゃく に由来 ゆらい する[19] 。
ドイツのイエズス会 かい 士 し 、ペーター・ビンスフェルト (英語 えいご 版 ばん ) は著書 ちょしょ 『魔女 まじょ と悪人 あくにん の告白 こくはく について』(1589年 ねん )において、キリスト教 きりすときょう の「七 なな つの大罪 だいざい 」を司 つかさど る七 なな つの悪霊 あくりょう のリストを示 しめ した。その中 なか でビンスフェルトは、マモンを「強欲 ごうよく 」を司 つかさど る悪霊 あくりょう とした[20] 。ネッテスハイムのコルネリウス・アグリッパ は、1533年 ねん に出版 しゅっぱん された三 さん 部 ぶ 作 さく 『隠 かくれ 秘 ひ 哲学 てつがく 論 ろん 』の巻 まき 3第 だい 18章 しょう 「悪霊 あくりょう の階級 かいきゅう 、その堕落 だらく とさまざまな性質 せいしつ について」の中 なか で、マモンについて次 つぎ のように述 の べた[21] (この箇所 かしょ は1801年 ねん に出版 しゅっぱん されたフランシス・バーレット (英語 えいご 版 ばん ) 『秘術 ひじゅつ 師 し 』にも引用 いんよう されている[22] )。
さらに、〔
人 ひと を〕
誘惑 ゆうわく する
者 もの 、
陥 おとしい れる
者 もの たちは
最下位 さいかい 〔
悪霊 あくりょう の
第 だい 9
位 い 〕にあり、そのひとつはあらゆる
人間 にんげん に
現 げん 臨している。ゆえに
我々 われわれ はそれを
悪 あ しき
ゲニウス 〔
悪霊 あくりょう 〕と
呼 よ び、その
君主 くんしゅ は
貪欲 どんよく と
解釈 かいしゃく されるところのマモンである。
フレッド・ゲティングズの説 せつ [ 編集 へんしゅう ]
イギリスの美術 びじゅつ 史家 しか フレッド・ゲティングズ は、著書 ちょしょ 『悪魔 あくま の事典 じてん 』の中 なか で、グリモワール 等 ひとし にみられる悪魔 あくま の名 な であるマイモン (Maymon) をマモンの転訛 てんか した名 な の一 ひと つに挙 あ げ[23] 、悪魔 あくま アマイモン (Amaimon) の別名 べつめい にもマイモンを挙 あ げている。ただし、アマイモンはシリア語 ご のマモンが変 へん じたものだという説 せつ があることに言及 げんきゅう しながらも、アマイモンという名 な はマモンよりもむしろエジプトの神 かみ アモン に由来 ゆらい するのではないか、とゲティングズは推測 すいそく している(「マモン」の項 こう )。
同書 どうしょ の序文 じょぶん には、16世紀 せいき のグリモワール に描 えが かれたマイモン王 おう (Maymon Rex) の図像 ずぞう が掲載 けいさい されており、その図像 ずぞう ではマイモンは鳥 とり の双頭 そうとう を持 も った黒 くろ い悪魔 あくま として表現 ひょうげん されている。ゲティングズは、マイモンは鳥 とり の頭 あたま をした悪魔 あくま アモン (Amon) の姿 すがた に起源 きげん があるかもしれないと指摘 してき し(「アモン」の項 こう )、また、前述 ぜんじゅつ のようにマイモンをマモンの転訛 てんか としているが、このマイモンがマモンと同一 どういつ の悪魔 あくま であるとは明記 めいき していない。
『失 しつ 楽園 らくえん 』における堕天使 だてんし マモン [ 編集 へんしゅう ]
J・ミルトン の『失 しつ 楽園 らくえん 』では、マモンは「堕天使 だてんし のうち、これほどさもしい根性 こんじょう の持 も ち主 ぬし もなかった」とされ、「天 てん にあったときでさえ、彼 かれ は常 つね に眼 め と心 しん を下 した に……つまり、都大路 みやこおおじ に敷 し き詰 つ められた財宝 ざいほう 、足下 あしもと に踏 ふ みつけられた黄金 おうごん を神 かみ に見 み える際 さい に懇 こん 々と沸 わ き出 で でるいかなる聖 せい なる祝福 しゅくふく よりも遥 はる かに賛美 さんび 」していたという。さらには、地獄 じごく に落 お ちてなお、そこに金鉱 きんこう を発見 はっけん し、万 まん 魔 ま 殿 どの を飾 かざ るためにと他 た の堕天使 だてんし を指揮 しき している。金銀 きんぎん を母 はは なる大地 だいち から抉 えぐ り出 だ す術 じゅつ を人間 にんげん に教 おし えたのもマモンだという。
^ 平凡社 へいぼんしゃ 『世界 せかい 大 だい 百科 ひゃっか 事典 じてん 』「マンモン」の項 こう 。
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