(Translated by https://www.hiragana.jp/)
教育方法学 - Wikipedia コンテンツにスキップ

教育きょういく方法ほうほうがく

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
教育きょういく方法ほうほうから転送てんそう

教育きょういく方法ほうほうがく(きょういくほうほうがく)とは、教育きょういくがく教育きょういく実践じっせんを、方法ほうほうろんてき視点してんから研究けんきゅうする学問がくもんである。

概要がいよう

[編集へんしゅう]

教育きょういく方法ほうほうがく研究けんきゅう分野ぶんやには、教授きょうじゅがくDidactic_method)をはじめ、カリキュラム教育きょういく評価ひょうかかんすること、授業じゅぎょう教室きょうしつたいする研究けんきゅう教師きょうし教育きょういくかんすることなどがある。また、コンピューターなどの機器きき応用おうようした教育きょういく工学こうがくふくむ。

また、教育きょういく方法ほうほうがくは、おおきくけて、つぎの2つの方向ほうこう研究けんきゅうすすんでいる。

特定とくてい学問がくもん分野ぶんや基礎きそとして探求たんきゅうする研究けんきゅう
教育きょういく教育きょういく哲学てつがく教育きょういく心理しんりがく教育きょういく社会しゃかいがく教育きょういく行政ぎょうせいがくなどをもとに研究けんきゅうすすめられている。
教室きょうしつ具体ぐたいてき問題もんだい解決かいけつ追求ついきゅうする実践じっせんてき研究けんきゅう
実際じっさい授業じゅぎょう実践じっせん分析ぶんせきし、反省はんせい批評ひひょうしていくかたち研究けんきゅうである。

なお、かく教科きょうか指導しどうにあたって、教育きょういく方法ほうほうがく教科きょうか教育きょういくがく応用おうようされる。

歴史れきし

[編集へんしゅう]

西洋せいよう教育きょういく方法ほうほうがく

[編集へんしゅう]

古典こてんてき教育きょういく方法ほうほう

[編集へんしゅう]

原始げんしてきには、伝聞でんぶん口述こうじゅつによる伝承でんしょうふるくからおこなわれていた。文書ぶんしょ暗唱あんしょう輪読りんどくなどはそのいちれいである。そこからいちすすんだ方法ほうほうが、古代こだいギリシア哲学てつがくしゃによって探求たんきゅうされはじめた。これには、ソクラテスもちいた対話たいわによる問答もんどうほうなどがある。佐藤さとうまなぶは、この2つについて、「その成立せいりつ出発しゅっぱつてんから「探求たんきゅうのレトリック」をおしえる市民しみん教育きょういくと、権威けんいづけられた正解せいかいへの手続てつづきとしての「服従ふくじゅうのレトリック」をおしえる奴隷どれい教育きょういくとの分裂ぶんれつ」をした[1]べている。

中世ちゅうせいでは、自由じゆうなな修辞しゅうじがくとして教育きょういく方法ほうほうあつかわれた。たとえば、アウグスティヌスの『教師きょうしろん』で、教師きょうしかたりの修辞しゅうじがく提示ていじされている。また、問答もんどうほう宗教しゅうきょう改革かいかくともなどもへの宗教しゅうきょう教育きょういくおこなわれた。このときには、教理きょうり問答もんどうしょ想定そうてい問答もんどうしゅうのようなもの)を使用しようしていた。

一斉いっせい授業じゅぎょう成立せいりつ

[編集へんしゅう]

このように、教育きょういく方法ほうほう自体じたいは、すでに古代こだいギリシャより探求たんきゅうされはじめていたが、教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ自覚じかくてき体系たいけいてき研究けんきゅうされはじめたのは、学校がっこう構想こうそう組織そしきされはじめた近代きんだいはいってからである。コメニウスによって近代きんだい学校がっこう構想こうそうされ、その2世紀せいきちか年月としつきて、ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチルソーひとし教育きょういく思想しそう実践じっせんして、教育きょういく方法ほうほう探求たんきゅうへと結合けつごうさせた。

その一斉いっせい授業じゅぎょう普及ふきゅう制度せいど基礎きそづけたのはヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトであり、そのヘルバルト学派がくは人々ひとびとによって各国かっこく浸透しんとうした。そのなかで、トゥイスコン・ツィラーヴィルヘルム・ライン教育きょういくがくは、日本にっぽんなどで学校がっこう教育きょういく制度せいど授業じゅぎょう定型ていけいすすめたさいの、中心ちゅうしんてき理論りろんとなった。

しん教育きょういく運動うんどう教育きょういく方法ほうほう

[編集へんしゅう]

20世紀せいきはいると、おおやけ教育きょういく制度せいど画一かくいつせい硬直こうちょくせい批判ひはんされるようになり[2]しん教育きょういく運動うんどうばれる世界せかいてき学校がっこう改革かいかく運動うんどう展開てんかいされた。

まず、ジョン・デューイなどのによって、「ども中心ちゅうしん主義しゅぎ」の教育きょういく推進すいしんされたことである。

その一方いっぽうで、フランクリン・ボビット教育きょういく課程かてい最初さいしょ体系たいけいし、カリキュラムの科学かがくてき研究けんきゅうはじめてった[3]かれは、教育きょういく文献ぶんけんなかで、「教育きょういく目標もくひょう」という言葉ことば最初さいしょ使つかった[4]ほか、「活動かつどう分析ぶんせき」もすすめた。そして、これは、チャーターズの「仕事しごと分析ぶんせき」にがれた。チャーターズは、95,000にん女性じょせいいち週間しゅうかん仕事しごと記録きろく分析ぶんせきし、総計そうけい7300の目標もくひょうのカテゴリーを設定せっていしたうえで、この目標もくひょう教科きょうか単元たんげん分配ぶんぱいしたカリキュラムの構成こうせい提案ていあんした[5]

また、単元たんげん学習がくしゅうとしては、ウィリアム・ヒアド・キルパトリックの「プロジェクト・メソッド」と、ヘレン・パーカーストの「ドルトン・プラン」などがある。アメリカ国内こくないよりも、日本にっぽんなどのアジア諸国しょこくへの影響えいきょうおおきかった。

その西洋せいよう教育きょういく方法ほうほうがく

[編集へんしゅう]

行動こうどう科学かがくもとづき教育きょういく方法ほうほうがく研究けんきゅうしたひとには、ラルフ・タイラー英語えいごばんベンジャミン・ブルームがあげられる。とくに、ベンジャミン・ブルームは、教育きょういく評価ひょうかかんがかたしめしている。

認知にんち心理しんりがく基礎きそとした教授きょうじゅ理論りろん出発しゅっぱつてんは、ジェローム・ブルーナーレフ・ヴィゴツキーなどの研究けんきゅう成果せいかることができる。

日本にっぽん教育きょういく方法ほうほうがく

[編集へんしゅう]

明治めいじいたるまでの寺子屋てらこや藩校はんこうなどでは自学自習じがくじしゅう手習てならい・暗唱あんしょうなど、模倣もほう習熟しゅうじゅく伝統でんとうとしていた。

日本にっぽんでの授業じゅぎょう授業じゅぎょう研究けんきゅう出発しゅっぱつてんは「学事がくじ奨励しょうれいかんするおおおおせしょ」(1872ねん)による近代きんだい学校がっこう成立せいりつとその制度せいどにある。

その大正たいしょう自由じゆう教育きょういく運動うんどうなどのしん教育きょういく運動うんどうこり、ドルトン・プランなどがげられた。しかし、昭和しょうわにおいては戦時せんじしょくつよくなり、ファシズム教育きょういくへと収斂しゅうれんしていった。

だい世界せかい大戦たいせんのち国家こっか中心ちゅうしん教育きょういくからども中心ちゅうしん教育きょういくへの転換てんかんこころみられた。しかし、「まわ経験けいけん主義しゅぎ」という批判ひはんもあったほか、基礎きそ学力がくりょく充実じゅうじつたいする要望ようぼう修身しゅうしん復活ふっかつ要望ようぼう[6]ひとしもあった。そして、1958年版ねんばんおこなわれた学習がくしゅう指導しどう要領ようりょうは「官報かんぽうによる告示こくじ」がなされ、法的ほうてき拘束こうそくりょくカリキュラムとなった。この学習がくしゅう指導しどう要領ようりょうは、系統けいとう学習がくしゅう色合いろあいがつよいものであった。

その授業じゅぎょう科学かがくてき研究けんきゅうすすはじめた。1963ねん雑誌ざっし授業じゅぎょう研究けんきゅう』が創刊そうかんされ、1964ねんには日本にっぽん教育きょういく方法ほうほう学会がっかい結成けっせいされた。また、現職げんしょく教諭きょうゆ研修けんしゅう制度せいどととのえられ、そこで教育きょういく方法ほうほうがくあつかわれるようになった。しょ外国がいこく教育きょういく方法ほうほう授業じゅぎょう分析ぶんせき理論りろん導入どうにゅうされ、心理しんりがく授業じゅぎょうへの応用おうよう模索もさくされた。

また、1960年代ねんだい以降いこう、「教育きょういく方法ほうほう現代げんだい」のみが各所かくしょおこなわれ、各種かくしゅ教材きょうざいプログラムの開発かいはつさかんになった。おもなものには、遠山とおやまあきらの「水道すいどう方式ほうしき」(数学すうがく)、板倉いたくらきよしせんらの「仮説かせつ実験じっけん授業じゅぎょう」(理科りか)、細谷ほそやじゅん高橋たかはし金三郎きんざぶろうらが開発かいはつした「極地きょくち形式けいしき」(理科りか)、明星みょうじょう学園がくえんをベースに開発かいはつされた「にっぽんご」(国語こくご)などがある。

1980ねんごろ以降いこうは、校内こうない暴力ぼうりょくいじめ学級がっきゅう崩壊ほうかいなど「教育きょういく方法ほうほう現代げんだい以降いこう課題かだい解決かいけつ方向ほうこういてきているほか、コンピュータマルチメディア応用おうようした教育きょういく工学こうがくてきなアプローチも研究けんきゅう実践じっせんされている。

理論りろん実践じっせん

[編集へんしゅう]

授業じゅぎょう方法ほうほう

[編集へんしゅう]

現在げんざいでは、下記かきのような様々さまざまなアプローチが開発かいはつされている[7]

  • プログラム学習がくしゅう
  • 発見はっけん学習がくしゅう
  • はんれい方式ほうしき
  • ゆう意味いみ受容じゅよう学習がくしゅう
  • 完全かんぜん習得しゅうとく学習がくしゅう
  • まなかた学習がくしゅう

カリキュラム

[編集へんしゅう]

カリキュラムとは、狭義きょうぎには、具体ぐたいてき指導しどう計画けいかく教育きょういく課程かてい時間割じかんわりなどをす。欧米おうべいでは、それ以上いじょうに「学習がくしゅう経験けいけん総体そうたい」として、その教育きょういく課程かていもとづく「教師きょうしはたらきかけ」と「どもへの活動かつどう」すべてを包括ほうかつする概念がいねんとして、ひろくとらえられている。

なお、明示めいじてきなカリキュラムのほかに、学校がっこう制度せいど政治せいじがくてき存在そんざいする暗黙あんもくてきなものを、カリキュラムのひとつとしてとらえることもある。これは、かくれたカリキュラムばれている。

教育きょういく評価ひょうか

[編集へんしゅう]

授業じゅぎょう分析ぶんせき

[編集へんしゅう]

授業じゅぎょうをよりよいものにするために、授業じゅぎょう自体じたい分析ぶんせきし、未来みらいかすこころみがおこなわれた。

たとえば、授業じゅぎょうコミュニケーション科学かがくてき分析ぶんせきすることがこころみられた。1970年代ねんだい世界せかい各国かっこく普及ふきゅうしたのは、相互そうご作用さよう分析ぶんせきという方法ほうほうであった。たとえば、相互そうご作用さよう分析ぶんせき代表だいひょうするN.A.フランダースの方法ほうほうは、3びょうごとに教室きょうしつ発言はつげん行動こうどうを10のカテゴリーに分析ぶんせきして、授業じゅぎょう特徴とくちょう数量すうりょうてき客観きゃっかんてき分析ぶんせきする方法ほうほうである[8]

しかし、このような分析ぶんせきだけで教育きょういくのすべてを分析ぶんせきすることには無理むりがあるという指摘してきがイギリスのハミルトンとデラモント、エイデルマンとウォーカーなどからあがった。その指摘してき内容ないようは、「表面ひょうめんてき観察かんさつ可能かのう行動こうどうだけに関心かんしんけ、その背後はいごにある意図いと考慮こうりょしていない」などである[9]

より複雑ふくざつかたち会話かいわ分析ぶんせきおこなった研究けんきゅうしゃには、アーノ・ベラック、メーハンなどがあげられる。とくにメーハンは、著書ちょしょ授業じゅぎょうまなぶ』においてエスノメソドロジー会話かいわ分析ぶんせき手法しゅほう使つかい、教室きょうしつのコミュニケーションの本質ほんしつてき特徴とくちょうりにしている。たとえば、下記かきのやり[10]比較ひかくすると、わかりやすい。

普通ふつう会話かいわ)Aいまなんですか?」 B「2時半じはんです。」 A「ありがとう。」
授業じゅぎょう会話かいわ先生せんせいいまなんですか?」 生徒せいと「2時半じはんです。」 先生せんせい「よろしい。」

カートニィ・キャスデンは、社会しゃかい言語げんごがく立場たちばから教室きょうしつのコミュニケーション分析ぶんせきおこなった。その成果せいかには、どものあやまこたえからただしいこたえをみちびいた過程かていも、じつ教師きょうし会話かいわ構造こうぞう判断はんだん正解せいかいにたどりいた可能かのうせいがありうること、などがあげられる。

どの分析ぶんせき方法ほうほう授業じゅぎょうかすために有用ゆうようではあるが、それぞれの分析ぶんせき方法ほうほう一定いってい視点してん調しらべているにしかぎず、目的もくてきおうじて適切てきせつ分析ぶんせき方法ほうほうえら必要ひつようがある。

教師きょうし役割やくわり専門せんもんせい

[編集へんしゅう]

現代げんだいでは、きこもり・登校とうこう・いじめ、学力がくりょく不振ふしん、そして教員きょういん志望しぼうしゃ激減げきげん教師きょうし自身じしん症候群しょうこうぐんなど、様々さまざま学校がっこう危機ききが、教師きょうしいている[11][12]。このようななかで、教師きょうし役割やくわり責任せきにん専門せんもんせいについてわれており、教育きょういく方法ほうほうがくでもこの問題もんだいあつかう。

たとえば、「教師きょうしの「役割やくわり責任せきにん指導しどう技術ぎじゅつ議論ぎろん具体ぐたいてき内容ないよう方向ほうこうせいは、基本きほんてき教育きょういく目的もくてき目標もくひょうをどのように設定せっていするかによって左右さゆうされる[13]」と指摘してきしている。

また、教師きょうし専門せんもんせいについて、教師きょうしとは「公僕こうぼく」なのか、「労働ろうどうしゃ」なのか、あるいは、「技術ぎじゅつてき熟達じゅくたつしゃ」なのか、「反省はんせいてき実践じっせん」なのか、議論ぎろんかさねられている[14]

教育きょういく工学こうがくとコンピュータ

[編集へんしゅう]

コンピュータ発達はったつともない、それを応用おうようした教育きょういく活動かつどう実践じっせんされている。これらは、教育きょういく工学こうがくという分野ぶんや研究けんきゅうがなされている。

佐藤さとうまなぶは、コンピュータによる教育きょういく問題もんだいがおこる理由りゆうとして、「コンピュータは道具どうぐぎないのであり、しゅたるエージェントは、教師きょうし生徒せいとほうだからである。コンピュータ教育きょういく機械きかいてきであったり現実げんじつから遊離ゆうりしてしまうのは、教師きょうし生徒せいと機械きかいてききているからであり、授業じゅぎょうまなびが虚構きょこう世界せかいにしか基盤きばんいていないからである。」[15]べている。

課題かだい

[編集へんしゅう]

教員きょういん免許めんきょかんする課題かだい

[編集へんしゅう]

日本にっぽん教育きょういく職員しょくいん免許めんきょほう施行しこう規則きそくでは、「教職きょうしょくかんする科目かもく」のなかで「教育きょういく方法ほうほうおよ技術ぎじゅつ情報じょうほう機器ききおよ教材きょうざい活用かつようふくむ。)」の科目かもく履修りしゅうすることとなっている。この科目かもく教育きょういく方法ほうほうがく授業じゅぎょう該当がいとうし、教育きょういく職員しょくいん免許めんきょじょう取得しゅとくじょう必修ひっしゅう科目かもくとなっている。「教育きょういく方法ほうほう」「教育きょういく方法ほうほうがく」「教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ」などの科目かもくおしえられることがおお[16][17]

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]
  1. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p7
  2. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p18
  3. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p20
  4. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p21
  5. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p21~22
  6. ^ 佐藤さとうまなぶは「一般いっぱん世論せろん」での「要望ようぼう」であったとべている。佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p39
  7. ^ 大西おおにし信行のぶゆき教育きょういく方法ほうほう理論りろん歴史れきし」『教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ平沢ひらさわしげる へん,図書としょ文化ぶんかしゃ,pp.41~47
  8. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,pp81~84。
  9. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,pp84~85。
  10. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p93から翻訳ほんやく
  11. ^ 平沢ひらさわしげる久保田くぼたつとむ授業じゅぎょうにおける教師きょうし役割やくわり指導しどう技術ぎじゅつ」『教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ平沢ひらさわしげる へん,図書としょ文化ぶんかしゃ,p80
  12. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p135
  13. ^ 平沢ひらさわしげる久保田くぼたつとむ授業じゅぎょうにおける教師きょうし役割やくわり指導しどう技術ぎじゅつ」『教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ平沢ひらさわしげる へん,図書としょ文化ぶんかしゃ,pp81
  14. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,pp141~146
  15. ^ 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん,p164
  16. ^ 平沢ひらさわしげる へん教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ』,図書としょ文化ぶんかしゃ,p3(まえがき)
  17. ^ 平沢ひらさわしげる教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつかかわるしょ概念がいねん」『教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ平沢ひらさわしげる へん,図書としょ文化ぶんかしゃ,p15

参考さんこう文献ぶんけん

[編集へんしゅう]
  • 平沢ひらさわしげる編著へんちょ教育きょういく方法ほうほう技術ぎじゅつ図書としょ文化ぶんかしゃ教職きょうしょく課程かていシリーズ〉、2006ねんISBN 4-8100-6464-6OCLC 70234688全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:21078611 
  • 佐藤さとうまなぶ教育きょういく方法ほうほうがく岩波書店いわなみしょてん岩波いわなみテキストブックス〉、1996ねんISBN 4-00-026005-7OCLC 47319829全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:97040249 

関連かんれん項目こうもく

[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク

[編集へんしゅう]

日本にっぽん教育きょういく方法ほうほう学会がっかい