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日蝕にっしょく (小説しょうせつ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
日蝕にっしょく
作者さくしゃ 平野ひらの啓一郎けいいちろう
くに 日本の旗 日本にっぽん
言語げんご 日本語にほんご
ジャンル 中編ちゅうへん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい 雑誌ざっし掲載けいさい
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ新潮しんちょう1998ねん8がつごう
出版しゅっぱんもと 新潮社しんちょうしゃ
刊本かんぽん情報じょうほう
出版しゅっぱんもと 新潮社しんちょうしゃ
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ 1998ねん10がつ15にち
そうページすう 189
受賞じゅしょう
だい120かい 芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけしょう
ウィキポータル 文学ぶんがく ポータル 書物しょもつ
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日蝕にっしょく』(にっしょく)は、平野ひらの啓一郎けいいちろうによる中編ちゅうへん小説しょうせつ。『新潮しんちょう』(新潮社しんちょうしゃ1998ねん8がつごう発表はっぴょうされ、同年どうねん10がつ単行本たんこうぼん発行はっこうされた。当時とうじ23さい学生がくせいだった平野へいやのデビューさくであり、翌年よくねん2がつだい120かい芥川賞あくたがわしょう当時とうじ最年少さいねんしょう受賞じゅしょうしている。15世紀せいきフランス舞台ぶたいかみ学僧がくそう神秘しんぴ体験たいけんえが内容ないようで、もり鷗外意識いしきした[1]その擬古ぎこてき文体ぶんたい衒学げんがくせい、「三島みしま由紀夫ゆきお再来さいらい」とわれた評価ひょうかをめぐって賛否さんぴ両論りょうろんこした[2]

平野ひらの自身じしんは、この作品さくひんを『いちがつ物語ものがたり』『葬送そうそう』へとつづく『ロマンティックさんさく』のだい1さく位置いちづけている[3]

掲載けいさい出版しゅっぱん

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新潮しんちょう』への事実じじつじょうみによって[4]同誌どうし1998ねん8がつごう巻頭かんとう一挙いっきょ掲載けいさいされるという、無名むめい新人しんじん作家さっかとしては異例いれいかたち発表はっぴょうされ[4]作者さくしゃ平野へいやは「三島みしま由紀夫ゆきお再来さいらいともうべき神童しんどう[5]というコピーとともにデビューをかざった。平野へいやは『新潮しんちょう』に原稿げんこうさい作品さくひんだけをおくってもんでもらえないというかんがえから、事前じぜん自身じしんかんがえや文学ぶんがくかんしるした手紙てがみ編集へんしゅうおくっている[4]平野へいやは、新人しんじんしょうへの応募おうぼではなくみというかたちをとったことについて、当時とうじ自分じぶん芸術げいじゅつ至上しじょうというかんがえがつよく、しょうとは無関係むかんけい作家さっかというかたへのあこがれがあったためだとしており、のちにそうした当時とうじ自分じぶんかんがえを「青臭あおくさい」ものであったとも述懐じゅっかいしている[4]

同年どうねん10がつ、『日蝕にっしょく』は新潮社しんちょうしゃより刊行かんこうされ、翌年よくねん2がつにほぼすべての選考せんこう委員いいんからの支持しじ芥川賞あくたがわしょう受賞じゅしょうした。23さいでの受賞じゅしょう当時とうじ最年少さいねんしょう受賞じゅしょうしゃなら[4]、23さい6かげつというわかさは歴代れきだい4相当そうとうする。学生がくせい作家さっか受賞じゅしょう村上むらかみりゅう以来いらい23ねんぶりであり、ピアスをつけた当世風とうせいふう風貌ふうぼう注目ちゅうもくされ[2]、『日蝕にっしょく』は40まんるベストセラーとなった[6]。2002ねんには新潮しんちょう文庫ぶんこより文庫ぶんこ、2010ねんにはつぎさくいちがつ物語ものがたり』を併録へいろくしてふたたび文庫ぶんこされた。外国がいこくばんは2012ねん現在げんざいフランス語ふらんすごばん韓国かんこくばん台湾たいわんばんされている[7]

あらすじ

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1482ねんフランス南部なんぶ神学しんがくそうであったニコラはトマス主義しゅぎ傾倒けいとうしてキリストきょう異教いきょう古代こだい哲学てつがく融合ゆうごうこころざし、『ヘルメス選集せんしゅう』の完本かんぽんもとめてパリからリヨンへとおもむく。ニコラはリヨンで目的もくてき達成たっせいすることができず、司教しきょうからフィレンツェくようにすすめられるが、そのさいに、ヴィエンヌ教区きょうくにある村落そんらく研究けんきゅうつづけている錬金術れんきんじゅつ相談そうだんちかけるよう助言じょげんされる。

村落そんらく到着とうちゃくしたニコラはむら司祭しさいユスタスから、錬金術れんきんじゅつピエェル・デュファイの居場所いばしょおしえられる。酒場さかばねた宿屋やどや宿泊しゅくはくすることとなったニコラは、むら全体ぜんたい幾何きかがく模様もようえがくようにつくられていることに興味きょうみしめすが、そのさいにピエェルらしき人物じんぶつ目撃もくげきする。宿やどあるじからはピエェルにわないよう忠告ちゅうこくされつつも、ニコラは錬金術れんきんじゅつ工房こうぼうとなっているピエェルのいえおとずれ、その書棚しょだなにあった目的もくてき書物しょもつ『ヘルメス選集せんしゅう』をにする。ニコラはピエェルから、5にちにここにるようげられ宿やどへとされるが、その帰路きろむら鍛冶たんやでありピエェルの崇拝すうはいしゃであるギョオムと顔見知かおみしりになり、そのよる宿やど酒場さかばではギョオムのつま司祭しさいユスタスが過去かこ姦通かんつうして不義ふぎんだという醜聞しゅうぶんみみにする。後日ごじつ、ニコラは堕落だらくした村人むらびとたちの教化きょうかおこなっている修道しゅうどうそうジャック・ミカエリスの訪問ほうもんける。異端いたん審問しんもんかんでもあるジャックはピエェルについて調査ちょうさすすめていた。

ふたたびピエェルのもとおとずれたニコラは、錬金術れんきんじゅつたちがもとめる物質ぶっしつ賢者けんじゃいし」についての談義だんぎかされ、自分じぶんもとめるかみへの信仰しんこう異端いたん思想しそう融合ゆうごういだすものの、その内容ないよう疑念ぎねんかんじ、異端いたん存在そんざいにくんでいるジャックのことをおもして複雑ふくざつおもいをかべる。やがてニコラは、ピエェルのいえかよって蔵書ぞうしょむことを許可きょかされ思索しさくふかめるが、ピエェルが悪魔あくま出現しゅつげんするとうわさされるもり毎日まいにちかよっていることにたいして不信ふしんかんいだく。ニコラはひそかにピエェルを尾行びこうし、もりなかにある洞窟どうくつへとあしれ、そのなか黄金おうごんしょく発光はっこうする両性りょうせい具有ぐゆうしゃ目撃もくげきする。かみとも悪魔あくまとも、錬金術れんきんじゅつ人造じんぞう人間にんげんホムンクルスともつかない全裸ぜんら両性りょうせい具有ぐゆうしゃたいし、ピエェルがその乳房ちぶさ男性だんせい女性じょせいにうやうやしく接吻せっぷんする姿すがたをのぞきたニコラは、ジャックからかされていた魔女まじょのサバト儀式ぎしき連想れんそうし、そのす。この出来事できごとさかい村人むらびとあいだで、夕方ゆうがた西にしそらくもよりもたかきょじん男女だんじょあらわれ、後背こうはい性交せいこうふけ姿すがたたというものあらわはじめる。さらにむらせいアントニウスのやまいばれる奇病きびょうや、冷害れいがい豪雨ごううといった天災てんさいにもなやまされるようになり、人々ひとびとしんもすさんでいく。ジャックは一連いちれん出来事できごと魔女まじょ妖術ようじゅつによるものであると扇動せんどうし、村人むらびと魔女まじょきつける。ニコラはピエェルをあんじるが、ジャックがらえたのは、洞窟どうくつからむらへとまよてきた両性りょうせい具有ぐゆうしゃであった。

その巨人きょじん目撃もくげきされることはなくなったが、むら災厄さいやくつづき、両性りょうせい具有ぐゆうしゃ魔女まじょ裁判さいばんとおして火刑かけいしょせられることがまる。村人むらびとたちは刑場けいじょうきずりされた両性りょうせい具有ぐゆうしゃいしげつけるが、その左右さゆういろことなるひとみ見開みひらかれ、きずつけられた肉体にくたいから神々こうごうしい芳香ほうこうのぼるのをまえにすると動揺どうようする。処刑しょけいはじまっても両性りょうせい具有ぐゆうしゃきもさけびもしなかったが、かれはじめるとけいれんをはじめ、すると突然とつぜんそらくらくなって皆既かいき日食にっしょくはじまり、同時どうじ男女だんじょ巨人きょじんふたたあらわれ、村人むらびとたちがおそれ慄くまえ性交せいこうはじめる。両性りょうせい具有ぐゆうしゃかれつつも男性だんせい勃起ぼっきさせ、にじえがきながらちつがい射精しゃせいされた精液せいえきみずからの女性じょせいめる。その姿すがたたニコラは両性りょうせい具有ぐゆうしゃ霊的れいてき共感きょうかんし、宇宙うちゅうとの神秘しんぴてき合一ごういつ体験たいけんする。

両性りょうせい具有ぐゆうしゃほねのこさず消滅しょうめつするが、すすたピエェルははいなかからあかみをびた金塊きんかいのような物質ぶっしつひろげ、それをとがめたジャックにらえられる。ニコラはジャックのすすめでげるようにむらり、本来ほんらい目的もくてきであるフィレンツェへとかう。後年こうねんになってニコラは神学しんがくしゃとして成功せいこうおさめるが、同時どうじむなしくもなる。ニコラはのちになって、ピエェルの存在そんざいをジャックに密告みっこくしたのがギョオムであったという真相しんそうらされる。ニコラは読者どくしゃたいして、最近さいきんになって錬金術れんきんじゅつ研究けんきゅうはじめたことや、両性りょうせい具有ぐゆうしゃかれる瞬間しゅんかん垣間見かいまみ金属きんぞくかがやきのこと、かつては両性りょうせい具有ぐゆうしゃ正体しょうたいイエス・キリスト再臨さいりんであった可能かのうせいおもいをめぐらしたことなどをかたり、物語ものがたりめくくる。

登場とうじょう人物じんぶつ

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ニコラ
物語ものがたりかたパリ大学だいがく在籍ざいせきするかみ学僧がくそうすで時代遅じだいおくれのかんがえとなっていたトマス主義しゅぎ傾倒けいとうしている[8]すで断片だんぺんてき写本しゃほんれていた『ヘルメス選集せんしゅう』の完本かんぽんもとめるたび途中とちゅうで、錬金術れんきんじゅつピエェルの村落そんらくおとずれる。後年こうねんになってからの述懐じゅっかいというかたちで、むら体験たいけんした一部始終いちぶしじゅう読者どくしゃたいしてかたる。
ピエェル・デュファイ
村落そんらく錬金術れんきんじゅつ偏屈へんくつ他人たにんおうとせず[9]村人むらびとからは変人へんじんられている[10]賢者けんじゃいし秘密ひみつもとめており、かつて諸国しょこく遍歴へんれきちゅうにリヨン近郊きんこう鉱山こうざん坑道こうどう錬金術れんきんじゅつかんするさとりを[11]両性りょうせい具有ぐゆうしゃたいして、崇拝すうはいとも下劣げれつともれる態度たいどでうやうやしくせっする一方いっぽうかたのニコラには両性りょうせい具有ぐゆうしゃ魔女まじょとしてらわれるよう仕向しむけたのはピエェルではないかという疑念ぎねんいだかせる[12]両性りょうせい具有ぐゆうしゃきたあとからなにかの物質ぶっしつすが[13]、そのジャックにらえられ、後年こうねんになって獄死ごくしする[14]
さとすばる司教しきょう(リヨンのしきょう)
かたのニコラにフィレンツェきをすすめ、途中とちゅう錬金術れんきんじゅつピエェルのもとたずねるよう助言じょげんする。この司教しきょう村落そんらくについてっている情報じょうほうふるく、ニコラが村落そんらく見聞みききするものとはおおくのてんことなっていた[15]
ユスタス
むら司祭しさいまずしいむらにあって淫蕩いんとうふけって贅沢ぜいたく生活せいかつをしていることや、ギョオムのつま姦通かんつうして不義ふぎませたといううわさ村人むらびとあいだでもわたっており、村人むらびとからも侮蔑ぶべつされている[16]
ギョオム
村落そんらく鍛冶たんや小柄こがらで、両足りょうあしまれつきの障害しょうがいっており、かたであるニコラからはみにく卑屈ひくつ人物じんぶつとしてられている[17]。ピエェルにたいして崇拝すうはいちか態度たいどをとり、かれまわりの世話せわをしている一方いっぽう、その村人むらびとたちを侮蔑ぶべつしている。村人むらびとからは、つま司祭しさいのユスタスに寝取ねとられたことを物笑ものわらいのたねにされている[18]
物語ものがたり結末けつまつ後年こうねんになってニコラと再会さいかいしたさいにはピエェルをこきろし、ピエェルを魔女まじょとして告発こくはつしたのが自分じぶん自身じしんであること、そのはジャックにって成功せいこうしたことを嬉々ききとしてかた[19]
ジャン
ギョオムの息子むすこで、まれつき言葉ことばしゃべれないうえ知的ちてき障害しょうがいかかえている[18]無意味むいみ遊戯ゆうぎふけ姿すがたかたのニコラに漠然ばくぜんとした恐怖きょうふいだかせ、かみつくげた秩序ちつじょたいする認識にんしきるがし、学問がくもん探究たんきゅう無意味むいみではないかという疑念ぎねんしょうじさせる[20]村人むらびとからは司祭しさいのユスタスがギョオムのつまませた不義ふぎであるとうわさされている[18]両性りょうせい具有ぐゆうしゃ火刑かけいしょせられ、日食にっしょくはじまり巨人きょじんあらわれる場面ばめんはじめてこえはっして哄笑こうしょうし、その忽然こつぜん姿すがたす。
ジャック・ミカエリス
ドミニコかい修道しゅうどうそう[21]異端いたん審問しんもんかん[22]。ヴィエンヌの修道院しゅうどういんいている[23]司祭しさいのユスタスの堕落だらくぶりや、村人むらびとたちの不信心ふしんじんさを批判ひはんしており[24]村落そんらくおとずれては清貧せいひんいている[25]げきちゅう設定せっていでは、異端いたんにく思想しそうのちに『魔女まじょづち』の著者ちょしゃとなる実在じつざい人物じんぶつ、ハインリヒ・クラアメルからの影響えいきょうであるとかたられている[26]かたのニコラはその思想しそう理性りせい欠如けつじょしていることを指摘してきしているが[27]村人むらびとからは信頼しんらいされており[28]、ジャックがむら災厄さいやく魔女まじょ仕業しわざであると吹聴ふいちょうしたさいにも、おおくの村人むらびとがこれをしんじた[29]
両性りょうせい具有ぐゆうしゃ(アンドロギュノス)
むら背後はいごひろがる悪魔あくまもりにある洞窟どうくつおくで、鍾乳石しょうにゅうせきなか半身はんしんめているなぞめいた存在そんざい男性だんせい女性じょせい乳房ちぶさそなえ、目鼻立めはなだちはととのい、その裸身らしん金色きんいろひかかがやいている[30]せられているひとみ左右さゆういろことなる[31]。また、遠目とおめにはほうきのようにもえる、奇妙きみょう装飾そうしょくほどこしたつえ身体しんたいつらぬかれている[32]
のちむらへとあらわれ、魔女まじょとしてらえられ、拷問ごうもんけたすえ火刑かけいにされるが、その最期さいごはニコラに神秘しんぴてき体験たいけんをもたらす。きたのちあかみをびた金塊きんかいのような物質ぶっしつのこすが、ジャックによって投棄とうきされてしまう。

評価ひょうか

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時評じひょうおよびしょう選考せんこうでの評価ひょうか

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雑誌ざっし掲載けいさい直後ちょくご時評じひょうでは、作者さくしゃ才能さいのう一定いってい評価ひょうかしめしつつも、作品さくひん価値かち自体じたいには一定いってい留保りゅうほをつけているものがおおられる。たとえば『新潮しんちょう』の『日蝕にっしょく』がったつぎごう時評じひょうでは、山口やまぐち昌男まさおが「その才気さいきうたがうところがない」としながら、「前人未到ぜんじんみとう境域きょういきをこの作者さくしゃひらいているかといえばそれはまたべつ」「言葉ことば問題もんだいについていえば(…)とく難解なんかい内容ないようしつけているわけではないようである」[33]いている。どう時期じきの『群像ぐんぞう』の創作そうさく合評がっぴょうでは、「おもしろくんだ」「勉強べんきょう成果せいかはすごくている」(岡松おかまつ和夫かずお)「一気いっきんでしまいまして、そういう意味いみでは大変たいへんとしています」(坂上さかがみひろし)とおおむ好評こうひょうているものの「どうしても観念かんねんせいとか図式ずしきせいのようなものが不満ふまんとしてのこる」(井口いぐち時男ときお)といった意見いけんされた[34]。またとく漢文かんぶん多用たようした文体ぶんたい使用しようかんしては、特定とくてい品詞ひんしをめぐるいくつかのパターンによってそれらしさをしているものの「擬古ぎこぶんてき衣装いしょうにまとったところにとどまっている」[35]小森こもり陽一よういち)との批判ひはんが『朝日新聞あさひしんぶん夕刊ゆうかん文芸ぶんげい時評じひょう掲載けいさいされた。

芥川賞あくたがわしょう選考せんこうかいでは、「近代きんだい小説しょうせつ正統せいとう(オーソドックス)のみち自覚じかくてきとうとする作品さくひん」(日野ひの啓三けいぞう)「文章ぶんしょう様式ようしきに、積極せっきょく果敢かかんこころみをかんじた」(田久保たくぼ英夫ひでお)といった積極せっきょくてき評価ひょうかがある一方いっぽう宮本みやもとあきら三浦みうら哲郎てつろうなどは「みすぎた文章ぶんしょう」(宮本みやもと)や「ペダントリーともおもわれかねない用語ようご」(三浦みうら)の使用しようたいして留保りゅうほ意見いけんをつけている。最終さいしゅうてきに『日蝕にっしょく』は満票まんぴょうちか支持しじたが、石原いしはら慎太郎しんたろうのみ唯一ゆいいつつよ反対はんたいしており、選評せんぴょうでも「たしてこうした手法しゅほうもちいなければ現代げんだい文学ぶんがく蘇生そせいないのだろうか。わたしけっしてそうはおもわない」「浅薄せんばくコマーシャリズムがこの作者さくしゃ三島みしま由紀夫ゆきお再来さいらいなどとばわるのはめておいたほうがいい」ときびしいひょういた[36]

サブカルチャーからた『日蝕にっしょく

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あずまひろしは『小説しょうせつトリッパー』2000ねん春季しゅんきごうにおいて、ほんさく既存きそん純文学じゅんぶんがくよりもむしろファンタジー小説しょうせつ漫画まんが、アニメ、ゲームなどのエンターテインメントにおける想像そうぞうりょくふかいかかわりをっていることを指摘してきした。ひがしによれば、作中さくちゅう登場とうじょうする錬金術れんきんじゅつ、ホムンクルス、巨人きょじんといった要素ようそは、どう時期じきにベストセラーを記録きろくしている三浦みうらたて太郎たろうのファンタジー漫画まんがベルセルク』の世界せかいかん完全かんぜん一致いっちするし、また作中さくちゅう漢字かんじ多用たようも、京極きょうごく夏彦なつひこ推理すいり小説しょうせつラルク・アン・シエルなどのポピュラー音楽おんがく、オタクけい同人どうじんなどのサブカルチャーのながれかられば「むしろ多数たすうぞくしている」という[37]

また大塚おおつか英志えいじは、上記じょうきひがしひょうきつつ、ほんさくただよう「サブ・カルてき想像そうぞうりょく」や「すんでかん」を、ディティールよりもコンピュータRPGてき物語ものがたり構造こうぞうによるものであるとし、たとえば主人公しゅじんこう目的もくてきにたどりくために次々つぎつぎ村人むらびととの対話たいわ探索たんさくなどのイベントをこなしていくプロットは、テレビゲームのRPGを想起そうきさせると指摘してきした[38]。そして大塚おおつかは、ほんさくどう時代じだい作家さっかたちとおなじ「時代じだい空気くうき」のうえつものであるとしつつも[39]、その品質ひんしつ著者ちょしゃ学力がくりょくたかさによって維持いじされており、本来ほんらい知的ちてき題材だいざいであるにもかかわらずサブカルチャーにうばわれていた事物じぶつを、膨大ぼうだい資料しりょう文献ぶんけん収集しゅうしゅうみこなす学力がくりょくによって文学ぶんがくがわあらためて奪還だっかんしたものであるとひょうしている[40]

ぎゃく福田ふくだ和也かずやは『作家さっかうち』(2000ねん)において、上記じょうきのような要素ようそを「ファンタジー小説しょうせつてき記号きごうとどまっている」として、『日蝕にっしょく』に100てん満点まんてんちゅう42てんというひく評価ひょうかあたえている[41]

日蝕にっしょく』と佐藤さとう亜紀あきかがみかげ

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2000ねん3がつ作家さっか佐藤さとう亜紀あき自身じしんのウェブサイトにおいて、『日蝕にっしょく』が1993ねん自著じちょかがみかげ』の「ぱくり」であることを示唆しさする文章ぶんしょう発表はっぴょう[42]月刊げっかんの『うわさ眞相しんそう』2000ねん6がつごうおよび8がつごうがゴシップ記事きじとしてこれをげた。佐藤さとう主張しゅちょうするところによれば、1998ねん芥川賞あくたがわしょう候補こうほさくとなった『日蝕にっしょく』と、中世ちゅうせいヨーロッパを舞台ぶたいにした「異端いたんとされる知識ちしき探求たんきゅうする僧侶そうりょが、こたえを瞬間しゅんかんにその意味いみ見失みうしなうという鮮烈せんれつなプロット」をもった『かがみかげ』がくらべられないように、同年どうねん新潮社しんちょうしゃ後者こうしゃ絶版ぜっぱんにしたというのである。また佐藤さとうブレヒトガリレイの生涯しょうがい』などの作品さくひんをいくつかげ、「異端いたん探求たんきゅうもの」というジャンルがすでにほぼ確立かくりつされたものであり、すうねんまえ国内こくないおな出版しゅっぱんしゃからだされている自身じしん作品さくひん平野へいやが『日蝕にっしょく』をうえんでいないはずがない、という主張しゅちょうもしている。

一方いっぽう平野へいや自身じしんのブログにて「(「かがみかげは)1ぎょうんだことがない」として疑惑ぎわく否定ひていしており、佐藤さとう主張しゅちょう妄想もうそうざしており客観きゃっかんてき根拠こんきょ欠如けつじょしていることを指摘してきし、『かがみかげ』が絶版ぜっぱんになったのもたんれなくなったからであろうと主張しゅちょうしている[43]作家さっか山之口やまのくちひろしはこの疑惑ぎわくをやや否定ひていてきにみるかたち若干じゃっかんの「検証けんしょう」をし、細部さいぶにおいていくつか造形ぞうけいていることを指摘してきしているが、両者りょうしゃ目指めざ方向ほうこうせい自体じたいがかなりちがうとべている[44]

平野へいやは、佐藤さとう主張しゅちょうが『うわさ眞相しんそう』1のぞいておおむねマスコミから無視むしされていたことから、つよ不快ふかいかんおぼえつつも法的ほうてき手段しゅだんもちいて佐藤さとう反論はんろんすることはしなかったと述懐じゅっかいしている[43]。この疑惑ぎわく佐藤さとう自身じしん作品さくひんすべての版権はんけん新潮社しんちょうしゃからげたが[42]新潮社しんちょうしゃによる公式こうしき声明せいめいなどはされていない。

作品さくひんなかでの言及げんきゅう

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2000ねん9がつから2001ねん6がつにかけて朝日新聞あさひしんぶん夕刊ゆうかん連載れんさいされた高橋たかはし源一郎げんいちろう小説しょうせつ官能かんのう小説しょうせつ』には、ほんさく言及げんきゅうする場面ばめんがある[45]作中さくちゅうの『朝日新聞あさひしんぶん』で連載れんさいされている設定せってい作中さくちゅう小説しょうせつじょう登場とうじょうする『朝日新聞あさひしんぶん』で、『官能かんのう小説しょうせつ』というだいげき中小ちゅうしょうせつ連載れんさいがけている設定せってい登場とうじょう人物じんぶつタカハシゲンイチロウは、らずの相手あいてからかかってきた電話でんわで「平野ひらの啓一郎けいいちろうの『日蝕にっしょく』」の感想かんそうもとめられるが、タカハシはこれを作家さっか生命せいめいかかわる人生じんせいわなであるとかんが動揺どうようする。タカハシは読者どくしゃたいして、この作品さくひんめたりけなしたりすることのあやうさやおろかさを競馬けいばたとえてひとしきり力説りきせつしたのち電話でんわ相手あいてたいし、間違まちが電話でんわよそおってそのけようとこころみる。

書誌しょし情報じょうほう

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  • 平野ひらの啓一郎けいいちろう日蝕にっしょく新潮社しんちょうしゃ 1998ねん、ハードカバーばんISBN 4-10-426001-0
  • 芥川賞あくたがわしょう全集ぜんしゅうだい18かん文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう、2002ねんISBN 4-16-507280-X
  • 平野ひらの啓一郎けいいちろう日蝕にっしょく新潮社しんちょうしゃ新潮しんちょう文庫ぶんこ〉、2003ねんISBN 4-10-129031-8
  • 平野ひらの啓一郎けいいちろう日蝕にっしょくいちがつ物語ものがたり新潮社しんちょうしゃ新潮しんちょう文庫ぶんこ〉、2010ねんISBN 978-4-10-129040-9

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 平野へいや 2007, p. 305.
  2. ^ a b 芥川賞あくたがわしょう京大きょうだいせい平野ひらのさん」『読売新聞よみうりしんぶん』 1999ねん1がつ15にち、39めん
  3. ^ 商品しょうひん説明せつめい”. Amazon.co.jp. 2012ねん4がつ15にち閲覧えつらん
  4. ^ a b c d e 平野ひらの啓一郎けいいちろう (2012ねん3がつ30にち). “人生じんせいけていた手紙てがみ”. 朝日新聞あさひしんぶん×マイナビ転職てんしょく Heroes File. マイナビ. 2012ねん4がつ16にち閲覧えつらん
  5. ^ 新潮しんちょう』1998ねん8がつごう目次もくじ
  6. ^ 尾崎おざき真理子まりこ平野ひらの啓一郎けいいちろうしん世紀せいき文学ぶんがく旗手きしゅとなるか】」『読売よみうり年鑑ねんかん2000』 読売よみうりオンライン(2012ねん4がつ15にち閲覧えつらん
  7. ^ 平野ひらの啓一郎けいいちろうオフィシャルウェブサイト(2012ねん4がつ15にち閲覧えつらん
  8. ^ ハードカバーばん, pp. 12–14.
  9. ^ ハードカバーばん, p. 54.
  10. ^ ハードカバーばん, p. 74.
  11. ^ ハードカバーばん, p. 105.
  12. ^ ハードカバーばん, pp. 140–141.
  13. ^ ハードカバーばん, pp. 173–174.
  14. ^ ハードカバーばん, p. 183.
  15. ^ ハードカバーばん, pp. 43, 53.
  16. ^ ハードカバーばん, pp. 76, 96–97.
  17. ^ ハードカバーばん, pp. 69–70.
  18. ^ a b c ハードカバーばん, p. 76.
  19. ^ ハードカバーばん, pp. 182–183.
  20. ^ ハードカバーばん, pp. 81–83.
  21. ^ ハードカバーばん, pp. 27, 29.
  22. ^ ハードカバーばん, p. 83.
  23. ^ ハードカバーばん, p. 79.
  24. ^ ハードカバーばん, p. 80.
  25. ^ ハードカバーばん, pp. 25–37.
  26. ^ ハードカバーばん, pp. 84–85.
  27. ^ ハードカバーばん, pp. 85, 130.
  28. ^ ハードカバーばん, p. 98.
  29. ^ ハードカバーばん, p. 129.
  30. ^ ハードカバーばん, pp. 118–121.
  31. ^ ハードカバーばん, p. 154.
  32. ^ ハードカバーばん, pp. 118–119, 138.
  33. ^ 山口やまぐち昌男まさお文芸ぶんげい時評じひょう」『新潮しんちょう』1998ねん9がつごう、p. 292
  34. ^ 岡松おかまつ和夫かずお坂上さかがみひろし井口いぐち時男ときお創作そうさく合評がっぴょう」『群像ぐんぞう』1998ねん9がつごう、pp. 383-385
  35. ^ 文芸ぶんげい年鑑ねんかん 1999』 p. 60(『朝日新聞あさひしんぶん』1998ねん7がつ28にち夕刊ゆうかん初出しょしゅつ
  36. ^ 文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう』1999ねん3がつ選評せんぴょう掲載けいさいごう
  37. ^ ひがし 2007, pp. 500–501.
  38. ^ 大塚おおつか 2003, pp. 151–154.
  39. ^ 大塚おおつか 2003, pp. 153.
  40. ^ 大塚おおつか 2003, pp. 150–151.
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参考さんこう文献ぶんけん

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外部がいぶリンク

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