早大 闘争
概要
[第 1次 早大 闘争
[第 2次 早大 闘争
[第 3次 早大 闘争
[早大 闘争 の年表
[1961年
[早大 が80周年 事業 の一環 として第 2学生 会館 建設 計画 を発表 。
1963年
[- 5月
全学 共闘 会議 が結成 される。
1965年
[- 2
月 第 2学生 会館 が着工 。 - 10月
管理 運営 権 をめぐり大学 と共闘 会議 が2度 の団交 を行 う。 - 11月30
日 共闘 会議 が本部 前 集会 を開催 。公開 質問 状 に対 する大学 側 の回答 を拒否 し団交 を要求 するが、大学 側 は団交 を拒否 。 - 12月
- 1
日 学生 が本部 前 で座 り込 みを開始 (10日 頃 まで)。 - 8
日 大隈 小 講堂 で学 館 問題 説明 会 (全共闘 は団交 と規定 )が開催 。説明 会 後 の18:00すぎ、本部 前 抗議 集会 (200人 )が行 われ、本部 2階 の理事 室 前 廊下 に座 り込 み。 - 9
日 本部 前 集会 (500人 )。学生 3人 がハンストに入 る。 10日 12:00本部 前 集会 (1000人 )。- 11
日 00:30大学 理事 3人 と学生 代表 15人 の交渉 が決裂 →学生 300人 が大衆 団交 を要求 して本部 に突入 し封鎖 する→4:50大浜 信 泉 総長 の要請 で機動 隊 導入 。大口 昭彦 共闘 会議 議長 が逮捕 される。 20日 大学 当局 は臨時 評議 会 で授業 料 値上 げを決定 (公表 は冬休 みに発行 された入試 要項 による)。
- 1
1966年
[- 1
月 5日 共闘 会議 が、1月 20日 からの全学 ストをめざすをことを決定 。- 11
日 本部 前 広場 でストライキ突入 総 決起 集会 が開催 。大口 昭彦 全学 共闘 会議 議長 が2000人 の学生 を前 にして、ストライキ突入 宣言 を発表 。(突破 者 )。 - 13
日 ストの動 きに対 して早大 当局 が「告示 」を発表 、『学費 改訂 について』という説明 書 を配布 。 - 14
日 一法 クラス委員 総会 が開 かれ、執行 部 からのスト方針 を巡 り紛糾 する。 - 17
日 共闘 会議 の団交 申 し入 れを当局 が正式 に拒否 する。 - 18
日 第 一 法学部 、教育 学部 がスト突入 。 - 19
日 教員 組合 が値上 げ反対 の声明 を出 し、同時 に学生 のストには「遺憾 の意 」を表明 。 20日 第 一 政経学部 、第 一 商学部 、第 一 文学部 がストに突入 。第 二 商学部 学生 会 はスト反対 を発表 。本部 前 で集会 (2000人 )。- 21
日 理工学部 、第 二 文学部 、第 二 政経学部 がストに突入 。早大 史上 初 の全学 ストに入 った。商学部 前 で全学 集会 (学生 4000人 )。文化 連盟 が第 一 学 館 自主 管理 宣言 。第 一 商学部 有志 がスト反対 著名 を行 う。 - 22
日 本部 前 集会 (3500人 )。 - 24
日 本来 なら期末 試験 開始 日 であるが、全学 で試験 ボイコット。5000名 が集会 とデモに参加 。 - 29
日 延期 されていた期末 試験 を当局 は、早稲田実業学校 で分離 試験 として行 おうとするが、9000人 のデモにより阻止 された。 - 31
日 早 実 での試験 が5000人 のデモにより阻止 される。
- 11
- 2
月 - 3
日 12時 、本部 前 で集会 (3000人 )。滝口 理事 と大衆 団交 が行 われる。当局 は明日 4日 「説明 会 」を行 うことを発表 。 - 4
日 記念 講堂 で当局 による「説明 会 」開催 。学生 1万 5000人 が参加 。総長 が「既定 方針 は全 学生 の反対 があっても貫 く」と発言 する。1500人 の学生 が本部 前 で抗議 集会 。本部 封鎖 の方針 打 ち出 す。 - 8
日 理事 4名 と共闘 会議 代表 者 12名 による第 1回 団交 が行 われる。 10日 当局 が白紙 撤回 を拒否 して団交 は決裂 。共闘 会議 は本部 の封鎖 に突入 した。- 11
日 国会 稲 門 会 が初 会合 。 - 12
日 体育 局 学生 が本部 に殴 り込 み、一時 占拠 。午後 、共闘 会議 が再 封鎖 を行 う。 - 15
日 機動 隊 導入 の報 に深夜 3000人 が集合 。 - 18
日 共闘 会議 が「値上 げ撤回 のためには入試 阻止 も辞 さず」と言明 。 - 19
日 当局 が「妥協 案 」を提示 。本部 前 で抗議 集会 が行 われ、3000人 が参加 。 20日 全共闘 は稲 門 会 の調停 を拒否 、当局 は受 け入 れ。1500人 が泊 まり込 み。- 21
日 午前 5時 30分 、機動 隊 が導入 されバリケードが撤去 され、学園 は閉鎖 される。午後 3時 45分 、学生 は本部 前 のバリケードを突破 し、本部 を再 占拠 。 - 22
日 午前 7時 、機動 隊 が再度 導入 され、学生 203名 が検挙 される。機動 隊 の入試 終了 までの駐屯 が発表 され、大学 構内 は完全 に学生 の出入 りが排除 された。早大 共闘 会議 は法政大学 で集会 (以降 、共闘 会議 は法大 や明治大学 で連日 集会 を開 く)。 - 23
日 戸山 ハイツで抗議 集会 後 、新大久保 までデモが行 われる。早大 共闘 会議 が明大 と法大 に闘争 本部 を設置 。 - 24
日 箱根山 で集会 。一政 の入試 が機動 隊 の監視 下 に施行 される。 - 27
日 箱根山 で抗議 集会 後 、新大久保 から高田馬場 までデモ。
- 3
- 3
月 - 3
日 箱根山 で全学 抗議 集会 。 - 6
日 入試 が終了 。共闘 会議 は、大隈 講堂 前 で学園 奪還 全学 集会 を開催 。 - 7
日 学園 封鎖 が解除 される(ガードマンは常駐 )。本部 前 で集会 、デモ。早大 当局 は5項目 の禁止 条項 を発表 (①屋外 集会 禁止 ②教室 無断 使用 禁止 ③デモ禁止 ④机 、椅子 の持 ち出 し禁止 ⑤校舎 内 宿泊 禁止 ) - 11
日 本部 前 での抗議 集会 に機動 隊 が介入 し、大口 議長 らが逮捕 される。 - 12
日 全学 4年生 集会 。一 、二 法学部 長 辞任 。 - 16
日 本部 前 で抗議 集会 。教育 学部 説得 会 (ボイコット) - 21
日 大隈 講堂 前 で抗議 集会 。商学部 説明 会 。 - 22
日 全学 共闘 会議 。法 、文 の教授 会 が学部 別 卒業 式 の中止 を決定 。 - 23
日 一政 が学部 別 卒業 式 の中止 を決定 。 - 25
日 統一 総括 卒業 式 が記念 講堂 で学生 のみ2000人 で開 かれる。商学部 は学部 別 卒業 式 を開 く。 - 26
日 各 学部 が期末 試験 の日程 を発表 。 - 29
日 一政 で、再 びバリケードが築 かれる。 - 30
日 夜 、一 商 前 で、教授 ・右翼 学生 による逆 ピケが行 われる。 - 31
日 法 、商 、理工 もバリケードを再 構築 する。
- 3
- 4
月 - 1
日 全学 で再度 、試験 ボイコットが行 われる。 - 2
日 試験 ボイコット - 3
日 体育 局 が試験 を中止 。教育 学部 でバリケードが築 かれる。ストに再 突入 。 - 4
日 試験 ボイコットが続 く。この頃 から「有志 会 」によるスト中止 の運動 が急速 に強 まる。 - 6
日 一文 で学部 当局 との公開 質問 討論 集会 。 - 7
日 一文 シンポジュウムが開催 (一文 自治 会 と統一 スト実 が主催 )。 - 8
日 理工 で学生 大会 (3000人 )開催 。 - 12
日 二 文 で学部 当局 との公開 質問 討論 集会 。 - 13
日 理工 学生 大会 が開催 されスト中止 決定 の方針 が採決 される。一 商 でバリケードで解 かれる。 - 14
日 理工 でバリケードが解 かれる。 - 15
日 理工 で三 年 の試験 が始 まる。 - 16
日 共闘 会議 の代表 者 団交 要求 を当局 は拒否 。 - 17
日 教育 学部 で学部 長 指導 のもと、ガードマン・右翼 学生 ・体育 局 学生 ・OBによるスト破 りが行 われる。 - 18
日 全学 試験 ボイコットが行 われる(一 商 と理工 を除 く)。 - 19
日 一 政 3年 の保 善 高校 での学外 試験 を阻止 。機動 隊 が出動 する(封鎖 解除 後 4度目 )。 - 21
日 教育 3年 が早 実 で分離 試験 。学生 7人 に逮捕 状 が出 される。 - 23
日 大浜 信 泉 総長 と全 理事 が辞意 を表明 。 - 24
日 教育 3年 の分離 試験 が終了 。全 理事 が辞表 を提出 。 - 28
日 全 都 早大 支援 集会 (5000人 )が開 かれる。 - 30
日 商学部 がストに再 突入 する。一文 ・二 文 の両 学部 長 が辞任 する。
- 1
- 5月
- 1
日 入学 式 。共闘 会議 は記念 講堂 前 で抗議 集会 を行 う。 - 2
日 一法 、二 政 3年 が分離 試験 。 - 6
日 学部 長 会議 で「事態 処理 委員 会 」設置 が決定 される。 - 7
日 共闘 会議 が、大衆 団交 要求 本部 前 抗議 集会 を開 く。 10日 阿部 賢一 が総長 代行 に就任 。阿部 総長 代行 は「話 し合 い路線 を打 ち出 すが、団交 は拒否 」。- 12
日 一政 学 部長 が辞任 する。 - 13
日 新 理事 が就任 する。 - 16
日 学部 長 会議 は「事態 処理 委員 会 」の廃止 を決定 する。 - 17
日 商学部 で説明 会 が開 かれ、阿部 総長 代行 が出席 する。 - 18
日 一法 で、自主 高座 が開 かれる。 - 21
日 一文 3年生 集会 が開 かれ、23日 からの試験 ボイコットが決定 する。商学部 では、学部 投票 でスト中止 を決定 。 - 23
日 商学部 で授業 が開始 される。 - 27
日 一法 で総長 が会見 を開 く。
- 1
- 6
月 - 2
日 一政 学生 大会 が開 かれ、学部 投票 でスト継続 か否 かを問 うことが決定 される。 - 3
日 一文 学生 大会 が(4日 まで)開 かれ、有志 会 のスト中止 提案 が否決 され、執行 部 のスト継続 方針 が可決 される。 - 4
日 一政 学部 投票 でスト中止 が決定 。 - 5
日 一 政 で試験 が開始 。二 文 で(7日 まで)学部 投票 。 - 8
日 二 文 で旧 1、2年生 の試験 が開始 される。 10日 二 文 で旧 3年生 の授業 が再開 。- 11
日 一法 委員 総会 。教育 で学生 大会 。 - 13
日 当局 が今後 の日程 を発表 。早稲田 祭 の日程 が組 み込 まれていなかったため波紋 を呼 んだ。 - 14
日 教育 で、学部 投票 によりスト中止 が決定 。 - 15
日 教育 でバリケードが撤去 。 - 18
日 一文 学生 大会 が開 かれ、学部 投票 を決定 。 20日 一 文学部 投票 。一法 がストを解除 。- 21
日 一文 でスト中止 を決定 。 - 22
日 一文 のバリケード撤去 。のち学内 デモに200人 が参加 。 - 17
日 阿部 総長 代行 が正式 に就任 。 - 26
日 学生 会館 の管理 運営 権 をめざして共闘 会議 が再 編成 される。
- 2
- 10月5
日 早大 闘争 での学生 13人 対 する第 1回 公判 が、機動 隊 導入 で流 れる。 - 11月5
日 早大 闘争 第 1回 公判 が開 かれ、検事 側 の起訴 状 が朗読 される。 - 12月7
日 早大 闘争 第 2回 公判 が開 かれ、被告人 陳述 が行 われる。
1967年 以降
[- 1969
年 - 4
月 本部 と第 2学生 会館 を学生 が占拠 - 10月
機動 隊 を導入 して、占拠 を強制 解除 以後 第 2学生 会館 は閉鎖
- 4
- 1972
年 第 3次 早大 闘争 - 1980
年 第 2学生 会館 が部分 的 に利用 再開 。 - 1990
年 第 2学生 会館 の利用 開始 。 - 2002
年 第 1、第 2学生 会館 の解体 開始 。
参考 文献
[- 『
早稲田 をゆるがした150日 』現代 書房 、1966年 12月