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はらい

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伊勢神宮いせじんぐう内宮ないくうとしえつ大祓おおはらい

はらい(はらえ、はらい)は、神道しんとう宗教しゅうきょう行為こういで、天津てんしんざい国津くにつざいなどのつみけが災厄さいやくなどの不浄ふじょう心身しんしんからのぞくための神事しんじ呪術じゅじゅつである。

はらい神事しんじおこなうことを、修祓しゅうばつ(しゅばつ、しゅうほつ)という。

一般いっぱんに、神前しんぜんでの祈祷きとうを、わざわい厄除やくよけの祈祷きとう本来ほんらい意味いみの「はらい」)以外いがいのものもふくめて「はら」という。また、神社じんじゃ頒布はんぷするわざわい厄除やくよけのかみさつも「おはらい」とばれる。

位置いちづけ

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はらいは、神道しんとう神事しんじにおいて、みそぎ斎戒さいかいのちおこなわれる、きわめて重要じゅうよう意義いぎ浄化じょうか儀式ぎしきである[1]はらい意義いぎは、かみむか交流こうりゅうするための準備じゅんびとして、つみけがれのない清浄せいじょう空間くうかんをつくりあげるというてんにある[1]。そして、つみけがれについては、神事しんじのぞ個人こじんのものだけではなく、この世界せかいのあらゆるつみけがれを徹底的てっていてきはらきよしめ、「あきら(あか)ききよし(きよ)きただしきちょくき」境地きょうちもとめる姿勢しせいこそが、神道しんとう根本こんぽん思想しそうとされる[1]以上いじょうのように、神道しんとう根本こんぽん思想しそう直接ちょくせつかかわるがゆえに、はらい意義いぎきわめておおきく、はらいのない神道しんとう祭式さいしき存在そんざいしないとさえいわれる[1]

目的もくてき

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神前しんぜんいのり、はらいそうしたり、財物ざいぶつなどをはらいぶつとして拠出きょしゅつさせることで、そのつみけがれをあがなわせる。なお、出雲いずも大社たいしゃには、はらいについて「不浄ふじょう清浄せいじょうに、不完全ふかんぜん完全かんぜんに、不良ふりょう善良ぜんりょうにすること。さらにはわざわいをのぞ幸福こうふく平和へいわもたらす(もたらす)。」という教義きょうぎがある[2]

はらいしょ(はらえど)

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はらいによる浄化じょうか効果こうか増大ぞうだいさせるために、祭場さいじょうとはべつ場所ばしょちくてて、斎場さいじょう(いつきば)として、はらいしょをつくることもある[1]神職しんしょくは、はらいしょまえはらいとなえ、神事しんじ参列さんれつするものたちの頭上ずじょうや、そなえられた神饌しんせんうえを、それぞれひだりみぎひだりじゅんはらいくし大麻たいま)をってはらきよしめる[1]。また、神事しんじによっては、沸騰ふっとうさせた塩水えんすいをそれぞれにりかけることもある(しお行事ぎょうじ[1]

大祓おおはらい

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だい規模きぼはらいは、としに2かい、6月と12月の末日まつじつ大祓おおはらいしきにておこなわれる[1]大祓おおはらいしき趣旨しゅしは、大祓おおはらいとなえ、あらゆる人々ひとびと心身しんしんけがれや、無意識むいしきのうちにおかしたつみあやまちをはらきよしめて、災厄さいやくけることにある[1]大祓おおはらいしきで、みそぎはらい両方りょうほう内容ないようしるされた大祓おおはらいとなえることで、ありとあらゆるもののつみけがれをはらきよしめられるとされる[1]

はらばこ

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かつて、伊勢神宮いせじんぐう全国ぜんこくまわって神宮じんぐうかみさつくばっていたが、かみさつれるはこのことを「おはらばこ」とんでいた。あたらしいかみさつくばられるとふるかみさつ不要ふようになるため、「おはらい」を「おはらい」にかけて、不要ふようなものをてる(ひと解雇かいこする)ことを「おはらばこ(おはらばこ)」という。

歴史れきし

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はらいの様子ようす姫路ひめじ護国ごこく神社じんじゃ
自動車じどうしゃたいするおはらい(交通こうつう安全あんぜん祈願きがん

本来ほんらい神事しんじにおける浄化じょうか儀式ぎしきとしては、みそぎ(みそぎ)とはらいとがあり、みそぎ身体しんたいけがれを除去じょきょしてきよしめる行為こういすのにたいし、はらいつみわざわいをとりのぞ行為こういしていた[1]。だが、両者りょうしゃ機能きのうちかいこともあり、記紀きき時代じだいにはすでに、「ミツギハライ」とふくあわしたいいかたもされるようになっていた[1]

法制ほうせい世界せかいにおいても、本来ほんらいはらいにはけがれを除去じょきょする要素ようそふくまれておらず、天津てんしんざい国津くにつざいなどをおかしたもの財物ざいぶつ献上けんじょうすることでかみいのりしゃ贖罪しょくざいおこな一種いっしゅ財産ざいさんけいであったとする見方みかたがある。実際じっさい中世ちゅうせい神社じんじゃ関係かんけい文書ぶんしょではけがれの存在そんざい理由りゆうとしてはらい一定いってい期間きかん延期えんき中止ちゅうしされたとする記述きじゅつ確認かくにんされ、はらいけがれ除去じょきょするものではなく、反対はんたいけがれ忌避きひするものと認識にんしきされていたことがられている[3]

はらいは、もっとふる文献ぶんけんにおいては、記紀きき須佐すさおとこいのちえが部分ぶぶん登場とうじょうする[1]須佐すさおとこいのち高天原たかまがはらあばれたことをおそれた天照大御神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとかくれてしまったさい須佐すさおとこいのちは、そのつみ大祓おおはらいにある天津てんしんざい国津くにつざい)について、おおくのあがないをされ、ひげ手足てあしつめられ、高天原たかまがはらから追放ついほうされてしまう[1]。『日本書紀にほんしょき』では、このあがないを「解除かいじょ(はらえ)」としている[1]

これよりまえには、弉諾んだ奘冉再会さいかいしにった黄泉よみからかえってきたのちに、みそぎおこなった。

律令りつりょう国家こっか成立せいりつ以後いごは、大祓おおはらい国家こっか儀式ぎしきとしておこなわれるようになった。『古事記こじき仲哀ちゅうせつ天皇てんのうだんでは、天皇てんのう崩御ほうぎょによりくに大祓おおはらいを、『日本書紀にほんしょき』では天武天皇てんむてんのうのころに諸国しょこく大祓おおはらいを、それぞれおこなった記載きさいがある[1]大祓おおはらい中世ちゅうせいはいってから断絶だんぜつしたが、1871ねん明治めいじ4ねん)に再興さいこうされ、現在げんざいは、全国ぜんこくしょしゃのほか、宮中きゅうちゅう伊勢神宮いせじんぐうでもおこなわれるようになり、非常ひじょう重要じゅうよう神事しんじ認識にんしきされるようになった[1]

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 神道しんとう行法ぎょうほうほん日本にっぽんれいみつるつらぬかみ祇奉さい秘事ひめごと学研がっけん原著げんちょ2005-2-25)。ISBN 9784056037753 
  2. ^ 出雲いずも大社たいしゃきょう布教ふきょう養成ようせい講習こうしゅうかい発行はっこう出雲いずも大社たいしゃきょう教務きょうむ本庁ほんちょう平成へいせい元年がんねん9がつぜん427ぺーじちゅう96ぺーじ
  3. ^ 渡邉わたなべしゅん「『春日かすがきよしはらい』の基礎きそてき考察こうさつ」『中世ちゅうせい社会しゃかい刑罰けいばつほう観念かんねん』(吉川弘文館よしかわこうぶんかん、2011ねんISBN 978-4-642-02899-8はら論文ろんぶんは2010ねん

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 神道しんとう行法ぎょうほうほん日本にっぽんれいみつるつらぬかみ祇奉さい秘事ひめごと学研がっけん原著げんちょ2005-2-25)。ISBN 9784056037753 

関連かんれん項目こうもく

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