藤原基経ふじわらのもとつね

凡例はんれい 藤原ふじわら 基はじめ経けい
菊池きくち容斎ようさい『前賢ぜんけん故実こじつ』より
時代じだい	平安へいあん時代じだい前期ぜんき
生誕せいたん	承うけたまわ和わ3年ねん（836年ねん）
死没しぼつ	寛平かんぺい3年ねん1月がつ13日にち（891年ねん2月がつ24日にち）
改名かいめい	手て古いにしえ（幼名ようみょう）→基もと経けい
別名べつめい	堀川ほりかわ大臣だいじん、堀河ほりかわ大臣だいじん
諡号しごう	昭あきら宣せん公こう（漢かん風ふう諡おくりな号ごう）、越前えちぜん公こう（国くに公こう）
官位かんい	従したがえ一いち位い、摂政せっしょう、関白かんぱく、太政大臣だじょうだいじん 贈おく正せい一いち位い
主君しゅくん	文徳ふみのり天皇てんのう→清和せいわ天皇てんのう→陽成ようぜい天皇てんのう→光孝みつたか天皇てんのう→宇多天皇うだてんのう
氏族しぞく	藤原ふじわら北きた家か
父母ちちはは	父ちち：藤原ふじわら長良ながら、母はは：藤原ふじわら乙おつ春はる 養父ようふ：藤原ふじわら良りょう房ぼう
兄弟きょうだい	国くに経けい、遠とお経けい、基もと経けい、高経たかつね、有子ゆうこ、弘ひろ経けい、淑子としこ、高子たかこ、清きよし経けい、栄子えいこ
妻つま	人ひと康やすし親王しんのうの娘むすめ 操子みさこ女王じょおう（忠良ただよし親王しんのうの娘むすめ）
子こ	佳よ珠子たまこ、時とき平ひらた、温子あつこ、仲平なかひら、兼平かねひら、忠平ちゅうへい、良平りょうへい、穏子、頼子よりこ、佳美よしみ子こ、貞元さだもと親王しんのう妃ひ、源みなもと能のう有ゆう室しつ
特記とっき 事項じこう	朱雀すじゃく、村上むらかみ天皇てんのうの外祖父がいそふ

藤原ふじわら 基はじめ経けい（ふじわら の もとつね）は、平安へいあん時代じだい前期ぜんきの公卿くぎょう。藤原ふじわら北きた家か、中納言ちゅうなごん・藤原ふじわら長良ながらの三男さんなん。

摂政せっしょうであった叔父おじ・藤原ふじわら良りょう房ぼうの養子ようしとなり、良りょう房ぼうの死後しご、清和せいわ天皇てんのう・陽成ようぜい天皇てんのう・光孝みつたか天皇てんのう・宇多天皇うだてんのうの四よん代だいにわたり朝廷ちょうていの実権じっけんを握にぎった。陽成ようぜい天皇てんのうを暴虐ぼうぎゃくであるとして廃はいし、光孝みつたか天皇てんのうを立たて、政務せいむを委任いにんされた。光孝みつたか天皇てんのう・宇多天皇うだてんのう期きの執政しっせいは、日本にっぽん史上しじょう初はつの関白かんぱくであったとされる。

生涯しょうがい

中納言ちゅうなごん・藤原ふじわら長良ながらの三男さんなんとして生うまれたが、時ときの権力けんりょく者しゃで男子だんしがいなかった叔父おじ・良りょう房ぼうに見込みこまれて、その養嗣子ようししとなった。

仁じん寿ことぶき元年がんねん（852年ねん）東宮とうぐうで元服げんぷくした際さいに、文徳ふみのり天皇てんのうが自みずから加冠かかんする程ほどの厚遇こうぐうを受うけ、正せい六ろく位い上じょうに叙じょされる。斉ひとし衡年間ねんかん（854年ねん - 857年ねん）から天てん安やす年間ねんかん（857年ねん - 859年ねん）に左ひだり兵衛ひょうえ尉じょう、少納言しょうなごん、左ひだり近衛このえ少将しょうしょうを経へて蔵人くろうど頭あたまに補ほせられる。貞さだ観かん年間ねんかん（859年ねん - 877年ねん）に左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうを兼任けんにんし、参議さんぎに任にんぜられて公卿くぎょうに列れっする。

応おう天てん門もんの変へん

貞さだ観かん8年ねん（866年ねん）、応おう天てん門もんの炎上えんじょうに際さいし大納言だいなごん・伴ばん善男よしおが左大臣さだいじん源信みなもとのまことを誣告ぶこくし、右大臣うだいじん・藤原ふじわら良相りょうしょうが左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうであった基もと経けいに逮捕たいほを命めいじるも、基もと経けいはこれを怪あやしみ養父ようふ・良りょう房ぼうに告つげ、良りょう房ぼうの尽力じんりょくによって信しんは無実むじつとなった。その後ご、密告みっこくがあり、伴ばん善男よしおが真犯人しんはんにんとされ、流罪るざいとなり、連座れんざした大伴おおとも氏し、紀きの氏しが大量たいりょうに処罰しょばつされ、これら上古じょうこからの名な族ぞくへ大だい打撃だげきを与あたえた（応おう天てん門もんの変へん）。同年どうねん、従したがえ三さん位いに叙じょし、中納言ちゅうなごんを拝はいす。

実権じっけんの獲得かくとく

その後ご、左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうを兼かね、更さらに左ひだり近衛このえ大将たいしょうへ進すすみ、陸奥むつ出羽でわ按察使しを兼かねる。貞さだ観かん12年ねん（870年ねん）大納言だいなごんに転てんじる。貞さだ観かん14年ねん（872年ねん）右大臣うだいじんを拝はいする。同年どうねん、摂政せっしょうだった養父やぶ良りょう房ぼうが薨去こうきょ、代かわって朝廷ちょうていにおいて実権じっけんを握にぎった。基もと経けいの実妹じつまい・高子たかこは清和せいわ天皇てんのうの女御にょうごで、第だい一いち皇子おうじの貞明ていめい親王しんのうを生うんでいた。翌年よくねん、従したがえ二に位いに叙じょされる。

貞さだ観かん18年ねん（876年ねん）清和せいわ天皇てんのうは貞明ていめい親王しんのうに譲位じょうい（陽成ようぜい天皇てんのう）。まだ9歳さいと幼少ようしょうであったため、良りょう房ぼうの先例せんれいに従したがい新帝しんていの伯父おじである基もと経けいは摂政せっしょうに任にんじられた。基もと経けいは幼君ようくんを補佐ほさするのは太上天皇だじょうてんのうの役割やくわりであるとこれを辞退じたいしたが清和せいわ上皇じょうこうは許ゆるさず、摂政せっしょうの任にんを受うけることとなった。一方いっぽうで太政大臣だじょうだいじんへの就任しゅうにんも求もとめられているが、これは辞退じたいしている。元もと慶けい2年ねん（878年ねん）、出羽でわ国こくで蝦夷えぞの俘囚ふしゅうが反乱はんらんを起おこしたため、能吏のうりで知しられた藤原ふじわら保則やすのり、武人ぶじんの小野おの春風はるからを起用きようし、翌年よくねんまでにこれを鎮撫ちんぶせしめた（元もと慶けいの乱らん）。また、元もと慶けい3年ねん（879年ねん）以降いこう数すう年ねんをかけて、約やく50年ねんぶりに班はん田でん収おさむ授を実施じっししている。

元もと慶けい3年ねん（879年ねん）、菅原すがわら是ただし善ぜんらと編纂へんさんした日本にっぽん文徳ふみのり天皇てんのう実録じつろく全ぜん10巻かんを完成かんせいさせた。

元もと慶けい4年ねん（880年ねん）12月4日にち、清和せいわ上皇じょうこうが没ぼっした当日とうじつに太政大臣だじょうだいじんに任にんぜられ、陽成ようぜい天皇てんのうは引ひき続つづき摂政せっしょうの任にんに当あたることを求もとめた。しかし基もと経けいは就任しゅうにんを強つよく拒絶きょぜつし、儀礼ぎれい的てきな拝辞はいじ数すうを超こえた4度どに渡わたってこれを拝辞はいじした。更さらにこの間あいだ自宅じたくに引ひき籠こもったため、政務せいむが滞とどこおることとなった。翌年よくねん、従したがえ一いち位いに昇叙しょうじょしている。

陽成ようぜい天皇てんのうとの関係かんけい

元もと慶けい6年ねん（882年ねん）、陽成ようぜい天皇てんのうが元服げんぷくしたことを受うけ、基もと経けいは摂政せっしょうの辞職じしょくを申もうし出でるが、許ゆるされなかった。これはこの時代じだいの記録きろくによく見みられる儀礼ぎれい的てきな辞退じたいではなく、政治せいじ的てきな意味いみがあったと考かんがえられている。その後ご、基もと経けいは辞職じしょくが認みとめられないとみるや、朝廷ちょうていへの出仕しゅっしを停止ていしし、一いち年ねん半はんに渡わたって自邸じていの堀河ほりかわ院いんに引ひき籠こもってしまった。ただし、清和せいわ天皇てんのうの譲位じょういの詔みことのりに「少しょう主おもノ未み親おや万まん機き之の間あいだ」摂政せっしょうに任にんずると書かかれている以上いじょう、元服げんぷくを機きに親政しんせい（天皇てんのうが万まん機きを親おやらす）への準備じゅんびを進すすめた後のちに辞表じひょうを提出ていしゅつし、その後ごに自宅じたくに退しりぞいて天皇てんのうの判断はんだんを待まつのは当然とうぜんの行為こういで、しかも儀礼ぎれい的てきな辞退じたいの範囲はんいとされる3度目どめの辞表じひょう提出ていしゅつ中ちゅうに天皇てんのうの退位たいい騒動そうどうが起おきたものであるとして、これをもって基もと経けいと天皇てんのうとの関係かんけいの判断はんだんは出来できないとする反論はんろんもある。

基もと経けいは妹いもうとである皇太后こうたいごう・藤原ふじわら高子たかことは大変たいへん仲なかが悪わるかった。在原ありわら文子ふみこ（清和せいわの更衣ころもがえ）の重用じゅうようを含ふくめた高子たかこの基もと経けいを軽視けいしする諸しょ行動こうどうが、基もと経けいが後のちに外戚がいせき関係かんけいを放棄ほうきをしてまでも高子たかことその子こである陽成ようぜい天皇てんのうを排除はいじょさせるに至いたったとの見方みかたもある。ただし、在原ありわら文子ふみこを更衣ころもがえとしてその間あいだに皇子おうじ女おんなを儲もうけたのは清和せいわ天皇てんのう自身じしんである。高子たかこが清和せいわ天皇てんのうとの間あいだに貞明ていめい親王しんのう（陽成ようぜい天皇てんのう）・貞さだ保ほ親王しんのう・敦子あつこ内親王ないしんのうを儲もうけたにもかかわらず、清和せいわは氏姓しせいを問とわず、数多すうたの女性じょせいを入内じゅだいさせ、多おおくの皇子おうじを儲もうけていた。このことから基もと経けいも母方ははかたの出自しゅつじが高たかくない娘むすめ・頼子よりこを入内じゅだいさせ、さらに同おなじく出自しゅつじの低ひくい・佳よ珠子たまこを入内じゅだいさせ、外孫そとまごの誕生たんじょうを望のぞんだために、高子たかこの反発はんぱつを招まねいたと見みることもできる。また、当時とうじは摂関せっかん政治せいじの成立せいりつ期きであり、母后ぼこうである高子たかこと摂政せっしょうである基もと経けいの力ちから関係かんけいは不安定ふあんていなものであった。基もと経けいを摂政せっしょうに任にんじた清和せいわ上皇じょうこうが健在けんざいだった時期じきには基もと経けいと高子たかこや天皇てんのうの不仲ふなかを伝つたえる話はなしはなく、上皇じょうこうが崩御ほうぎょして母后ぼこうである高子たかこが天皇てんのうを後見こうけんして独自どくじの行動こうどうを取とり始はじめた頃ころから急速きゅうそくに関係かんけいが悪化あっかしており、高子たかこの権力けんりょく行使こうしが基もと経けいの政治せいじ権力けんりょくを脅おどかしたとする見方みかたもある。

元もと慶けい7年ねん（883年ねん）11月、宮中きゅうちゅうで天皇てんのうの乳母うば（紀きの全子まさこ）の子こ・源みなもと益えきが殺ころされる事件じけんが起おきた。それが本当ほんとうに殺人さつじんなのか、あるいは過失かしつなのかは不明ふめいであり、また犯人はんにんも不明ふめいとされた。しかし、宮中きゅうちゅうでは陽成ようぜい天皇てんのうに殴なぐり殺ころされたと噂うわさされた。この事件じけんの直後ちょくご、馬うま好すきの陽成ようぜい天皇てんのうが厩うまやを禁中きんちゅうに作つくり、卑位の者ものに世話せわをさせ、飼かっていた事実じじつが明あきらかになる。基もと経けいは宮中きゅうちゅうに入はいり、天皇てんのうの取とり巻まきと馬うまを放逐ほうちくさせた。後ごの記録きろくには陽成ようぜい天皇てんのうは暴君ぼうくんとして描えがかれており、それによると天皇てんのうは蛙かえる、蛇へびを捕とらえ、または犬いぬと猿さるを闘たたかわせて喜よろこび、人ひとを木きに登のぼらせて墜落ついらく死しさせたという。

元もと慶けい8年ねん（884年ねん）、基もと経けいは天皇てんのうの廃立はいりつを考かんがえ、仁明天皇にんみょうてんのうの時ときに廃はい太子たいしされた恒貞親王つねさだしんのうに打診だしんしたが、既すでに出家しゅっけしていた親王しんのうから拒否きょひされた。そこで仁明天皇にんみょうてんのうの第だい三さん皇子おうじの時とき康かん親王しんのうが謙虚けんきょ寛大かんだいな性格せいかくであったので、これを新帝しんていと決きめた。時とき康かん親王しんのうの母ははは藤原ふじわら総そう継つぎの娘むすめ・沢子さわこで、基もと経けいの母はは・乙おつ春はるとは姉妹しまいであり、基もと経けいは時とき康かん親王しんのうの従兄弟いとこにあたる。公卿くぎょうを集あつめて天皇てんのうの廃位はいいと時とき康かん親王しんのうの推戴すいたいを議ぎしたところ、左大臣さだいじん源みなもと融とおる（嵯峨天皇さがてんのうの第だい12皇子おうじ）は自分じぶんもその資格しかくがあるはずだと言いいだした。基もと経けいは姓せいを賜たまわった者ものが帝位ていいについた例れいはないと退しりぞけ、次ついで参議さんぎ・藤原ふじわら諸しょ葛かずらが基もと経けいに従したがわぬ者ものは斬きると恫喝どうかつに及および、廷議は決けっした。基もと経けいには娘むすめである藤原ふじわら佳けい珠子たまこと清和せいわ天皇てんのうの子こ貞さだ辰たつ親王しんのうや、高子たかこと清和せいわ天皇てんのうの子こ貞さだ保ほ親王しんのうといった外戚がいせきとなる皇子おうじがいたが、基もと経けいは幼君ようくんを忌避きひし、老齢ろうれいの親王しんのうの擁立ようりつに至いたった。瀧浪たきなみ貞子さだこは幼君ようくんを擁立ようりつすることで陽成ようぜいが太上天皇だじょうてんのうとして実権じっけんを握にぎることを警戒けいかいしたためとしている。

公卿くぎょう会議かいぎの決定けっていを持もって、陽成ようぜい天皇てんのうに退位たいいを迫せまった。孤立こりつした年少ねんしょうの天皇てんのうに、抗こうする術じゅつはなかった。

事実じじつ上じょうの関白かんぱく

元もと慶けい8年ねん2月がつ4日にち、時とき康かん親王しんのうは天皇てんのうの位くらいに就ついた（光孝みつたか天皇てんのう）。天皇てんのうは既すでに55歳さいだったが、皇嗣こうしの決定けっていも基もと経けいに委ゆだねるつもりで、あえて定さだめなかった。天皇てんのうとしては、天皇てんのう位いを血縁けつえん者しゃに継つがせたいと基もと経けいは希望きぼうするであろうはずである、と考かんがえていたらしく、即位そくい式しき後ごの4月がつ13日にちに自身じしんの皇子おうじ皇女おうじょ26人にんを全員ぜんいん臣籍しんせき降下こうかさせて源みなもと氏しとすることで、自みずからの系統けいとうには皇位こういは継つがせない事ことを基もと経けいにアピールした。さらに6月がつ5日にちには太政大臣だじょうだいじんである基もと経けいに機き務つとむ奏そう宣せん（太政官だじょうかんから上のぼってきた事項じこうを天皇てんのうに奏上そうじょうする）の権限けんげんを認みとめた詔みことのりを発はっした。機き務つとむ奏そう宣せんは後ごの関白かんぱくの職務しょくむであり、これは事実じじつ上じょうの関白かんぱく就任しゅうにんとみられている。

仁和にわ3年ねん（887年ねん）、光孝みつたか天皇てんのうは重じゅう篤あつしに陥おちいった。陽成ようぜい上皇じょうこうと皇太后こうたいごう高だか子こは存命ぞんめいであり、基もと経けいは貞さだ辰たつ親王しんのうではなく天皇てんのうの第だい7皇子おうじの源みなもと定じょう省しょうを皇嗣こうしに推挙すいきょした。定じょう省しょうは天皇てんのうの意中いちゅうの子こであり、天皇てんのうは基もと経けいの手てを取とって喜よろこんだ。定じょう省しょうは光孝みつたか天皇てんのう即位そくい以前いぜんより尚侍しょうじを務つとめた基もと経けいの妹いもうと淑子としこに養育よういくされており、藤原ふじわら氏しとも無関係むかんけいではなかった。臣籍しんせき降下こうかした者ものが即位そくいした先例せんれいが無なかっため、臨終りんじゅうの床ゆかにあった天皇てんのうは定じょう省しょうを先まず親王しんのうに復ふくし、さらに東宮とうぐうと成なした同日どうじつに崩御ほうぎょした。定じょう省しょうは直ただちに宇多天皇うだてんのうとして即位そくいした。

阿おもね衡事件じけん

詳細しょうさいは「阿おもね衡事件じけん」を参照さんしょう

光孝みつたか天皇てんのうは生前せいぜんに基もと経けいと宇多天皇うだてんのうの手てを取とり、宇多うたを基もと経けいの子このように輔弼ほひつするようにと遺命いめいしていた。11月21日にち、宇多天皇うだてんのうは先帝せんていの例れいに倣ならい大政たいせいを基もと経けいに委ゆだねる事こととし、左ひだり大だい弁べん・橘たちばな広ひろ相しょうに起草きそうさせ「万まん機きはすべて太政大臣だじょうだいじんに関白かんぱくし、しかるのにち奏そう下くだすべし」との詔みことのりを行おこなった。関白かんぱくの号ごうがここで初はじめて登場とうじょうする。また基もと経けいの妹いもうと淑子としこを従したがえ一いち位いに昇叙しょうじょしている。基もと経けいは儀礼ぎれい的てきにいったん辞意じいを乞こうが、天皇てんのうは重かさねて広こう相そうに起草きそうさせ「宜よろしく阿おもね衡の任にんを以もって、卿きょうの任にんとなすべし」との詔みことのりをした。阿おもね衡とは中国ちゅうごくの故事こじによるものだが、これを文章ぶんしょう博士はかせ・藤原ふじわら佐たすく世よが「阿おもね衡には位くらい貴とうとしも、職掌しょくしょうなし」と基もと経けいに告つげたため、基もと経けいはならばと政務せいむを放棄ほうきしてしまった。

宇多天皇うだてんのうは困こまり果はてて、真意しんいを伝つたえて慰撫いぶするが、基もと経けいは納得なっとくしない。阿おもね衡の職掌しょくしょうについて学者がくしゃに検討けんとうさせ、広ひろ相しょうは言いいがかりであるとして抗弁こうべんしたが、宇多うたは辞退じたいを収拾しゅうしゅうするために「阿おもね衡」の語かたりがあった詔書しょうしょは自みずからの意いに沿そわない誤あやまりであったとして訂正ていせいの詔書しょうしょを出だすこととなった。しかしこれにより広こう相そうの責任せきにん問題もんだいが噴出ふんしゅつし、公卿くぎょうらが広こう相そうをボイコットする事態じたいとなった。宇多うたは基もと経けいの娘むすめ温子あつこを女御にょうごにすることで融和ゆうわを図はかり、基もと経けいに広こう相そうの処分しょぶんを行おこなわないよう働はたらきかけることで、仁和にわ4年ねん（888年ねん）10月がつに和解わかいが成立せいりつした。この事件じけんは基もと経けいの天皇てんのうに対たいする示威じい行為こういであるとか、娘むすめが宇多うたの二人ふたりの皇子おうじを儲もうけていた広こう相そうの失脚しっきゃくを狙ねらったものという見解けんかいが有力ゆうりょくであったが、近年きんねんでは基もと経けいが自みずからの地位ちいと権限けんげんの確認かくにんを求もとめたものであるという説せつが有力ゆうりょくとなっている。

寛平かんぺい2年ねん（890年ねん）冬ふゆごろに病床びょうしょうにつき、平癒へいゆを願ねがって10月がつ30日にちには大赦たいしゃが行おこなわれ、天皇てんのうから度ど者しゃ30人にんを賜たまわった。基もと経けいはこれを拝辞はいじしようとしたが、天皇てんのうは重かさねてこれを受うけるよう勅みことのりしている。寛平かんぺい3年ねん（891年ねん）薨去こうきょ。享年きょうねん56。正せい一いち位いが贈おくられ、越前えちぜん国こくに封ふうじられた上うえで昭あきら宣せん公こうと諡おくりなされた。

官かん歴れき

※日付ひづけ＝旧暦きゅうれき

• 仁じん寿ことぶき2年ねん（852年ねん）1月がつ、蔵人くろうどに補任ほにん（この頃ころに良りょう房ぼうの養子ようしになったとみられる）
• 仁じん寿ことぶき4年ねん（854年ねん）
  • 1月がつ、左ひだり兵衛ひょうえ少尉しょういに遷任。
  • 10月11日にち、従したがえ五ご位い下かに叙じょし、侍従じじゅうに任官にんかん。（侍従じじゅうは11月2日にち任官にんかんの説せつあり）
• 斉ひとし衡2年ねん（855年ねん）
  • 1月がつ15日にち、左ひだり兵衛ひょうえ佐さを兼任けんにん。
  • 4月がつ20日はつか、蔵人くろうどに補任ほにん。
• 天てん安やす元年がんねん（857年ねん）3月がつ、少納言しょうなごんを兼任けんにん。
• 天てん安やす2年ねん（858年ねん）
  • 1月がつ15日にち、左ひだり兵衛ひょうえ佐さを兼任けんにん。・蔵人くろうど・少納言しょうなごん・侍従じじゅう如元。
  • 9月14日にち、左ひだり近衛このえ少将しょうしょうに転任てんにん。少納言しょうなごん如元。
  • 10月、蔵人くろうど頭あたまに補任ほにん。
  • 11月25日にち、播磨はりま介かいを兼任けんにん。
• 貞さだ観かん2年ねん（860年ねん）11月16日にち、正せい五ご位い下かに昇叙しょうじょし、蔵人くろうど頭あたま・左ひだり近衛このえ少将しょうしょう如元。
• 貞さだ観かん3年ねん（861年ねん）1月がつ8日にち、従したがえ四よん位い下かに昇叙しょうじょし、蔵人くろうど頭あたま・左ひだり近衛このえ少将しょうしょう如元。
• 貞さだ観かん5年ねん（863年ねん）2月がつ10日とおか、左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうに転任てんにんし、蔵人くろうど頭あたま如元。
• 貞さだ観かん6年ねん（864年ねん）1月がつ16日にち、参議さんぎに補任ほにんし、左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょう如元。
• 貞さだ観かん7年ねん（865年ねん）
  • 1月がつ27日にち、阿波あわ権守ごんもりを兼任けんにん。
  • 3月28日にち、伊予いよ守もりを兼任けんにんし、阿波あわ権守ごんもりを辞任じにん。
• 貞さだ観かん8年ねん（866年ねん）
  • 1月がつ7日にち、従したがえ四よん位い上じょうに昇叙しょうじょし、参議さんぎ・左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょう・伊予いよ守もり如元。
  • 3月23日にち、正せい四よん位い下かに昇叙しょうじょし、参議さんぎ・左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょう・伊予いよ守もり如元。
  • 12月8日にち、中納言ちゅうなごんに転任てんにんし、従したがえ三さん位いに昇叙しょうじょ。
• 貞さだ観かん9年ねん（867年ねん）1月がつ14日にち、左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうを兼任けんにん。
• 貞さだ観かん10年ねん（868年ねん）5月がつ26日にち、左ひだり近衛このえ中将ちゅうじょうを去さり、左ひだり近衛このえ大将たいしょうを兼任けんにん。
• 貞さだ観かん11年ねん（869年ねん）1月がつ13日にち、陸奥むつ出羽でわ按察使しを兼任けんにん。
• 貞さだ観かん12年ねん（870年ねん）
  • 1月がつ13日にち、大納言だいなごんに転任てんにん。
  • 1月がつ28日にち、左ひだり近衛このえ大将たいしょう如元。
  • 2月がつ、陸奥むつ出羽でわ按察使し如元。
• 貞さだ観かん14年ねん（872年ねん）
  • 8月がつ25日にち、正せい三さん位いに叙じょし、右大臣うだいじんに転任てんにん。
  • 8月がつ29日にち、左ひだり近衛このえ大将たいしょう如元。
  • 11月29日にち、摂政せっしょう宣下せんげ。右大臣うだいじん・左ひだり近衛このえ大将たいしょう如元。
• 貞さだ観かん15年ねん（873年ねん）1月がつ7日にち、従したがえ二に位いに昇叙しょうじょし、摂政せっしょう・右大臣うだいじん・左ひだり近衛このえ大将たいしょう如元。
• 貞さだ観かん19年ねん（877年ねん）2月がつ、左ひだり近衛このえ大将たいしょうを辞任じにん。
• 元もと慶けい2年ねん（878年ねん）7月がつ17日にち、正せい二に位いに昇叙しょうじょ。
• 元もと慶けい4年ねん（880年ねん）
  • 11月8日にち、関白かんぱくに補任ほにん。右大臣うだいじん如元。
  • 12月4日にち、太政大臣だじょうだいじん宣下せんげ。関白かんぱく如元。
• 元もと慶けい5年ねん（881年ねん）1月がつ15日にち、従したがえ一いち位いに昇叙しょうじょし、関白かんぱく・太政大臣だじょうだいじん如元。
• 仁和にわ3年ねん（887年ねん）
  • 11月21日にち、関白かんぱく宣下せんげ（正式せいしきな詔みことのりが降ふる）。
  • 11月26日にち、関白かんぱく辞じすも、阿おもね衡に補任ほにんの旨むね。
• 仁和にわ4年ねん（888年ねん）6月がつ2日にち、阿おもね衡を止とめ、関白かんぱくに復ふくす。
• 寛平かんぺい2年ねん（890年ねん）
  • 2月がつ19日にち、准じゅん三さん宮みや宣下せんげ。
  • 12月14日にち、関白かんぱくを辞じす。
• 寛平かんぺい3年ねん（891年ねん）1月がつ13日にち、薨去こうきょ。享年きょうねん56。贈おく正せい一いち位い。諡号しごう：昭あきら宣せん公こう。越前えちぜん国こくに封ふうじず。

系譜けいふ

• 父ちち：藤原ふじわら長良ながら
• 母はは：藤原ふじわら乙おつ春はる（藤原ふじわら総そう継つぎの娘むすめ）
• 義父ぎふ：藤原ふじわら良りょう房ぼう
• 妻つま：人ひと康やすし親王しんのうの娘むすめ
  • 長男ちょうなん：藤原ふじわら時じ平ひらた（871-909）
  • 二男じなん：藤原ふじわら仲平なかひら（875-945）
  • 四男よつお：藤原ふじわら忠平ちゅうへい（880-949）
  • 五男いつお：藤原ふじわら良平りょうへい
  • 女子じょし：藤原ふじわら穏子（885-954） - 醍醐天皇だいごてんのう中宮なかみや、朱雀すざく天皇てんのう・村上むらかみ天皇てんのうの生母せいぼ
• 妻つま：操子みさこ女王じょおう（式部しきぶ卿きょう忠良ただよし親王しんのうの娘むすめ）
  • 三男さんなん：藤原ふじわら兼平かねひら（875-935）
  • 女子じょし：藤原ふじわら温子あつこ（872-907） - 宇多天皇うだてんのう中宮なかみや
• 妻つま：不明ふめい
  • 女子じょし：藤原ふじわら頼子よりこ（?-936） - 清和せいわ天皇てんのう女御にょうご
  • 女子じょし：藤原ふじわら佳けい珠子たまこ（856-?） - 清和せいわ天皇てんのう女御にょうご
  • 女子じょし：藤原ふじわら佳美よしみ子こ（?-898） - 光孝みつたか天皇てんのう女御にょうご
  • 女子じょし：貞元さだもと親王しんのう妃ひ - 源みなもと兼けん忠ただし母はは
  • 女子じょし：源みなもと能のう有ゆう室しつ

後世こうせい

基もと経けいを中祖なかそとする藤原ふじわら北きた家か及および藤原ふじわら北きた家かと近ちかしい関係かんけいにある村上むらかみ源はじめ氏しが朝廷ちょうていの主流しゅりゅうを占しめ続つづけた事こともあり、近代きんだい以前いぜんには暴君ぼうくん・陽成ようぜい天皇てんのうを廃はいした「功臣こうしん」として昌あきら邑王劉りゅう賀がを廃はいした前漢ぜんかんの霍光に擬なずらえる説せつが儒学じゅがく者しゃを中心ちゅうしんに唱となえられた。村上むらかみ源はじめ氏しの北畠きたばたけ親房ちかふさは『神かみ皇すめらぎ正統せいとう記き』において廃位はいいを称賛しょうさんし、その「積善せきぜんの余慶よけい」によって基もと経けいの子孫しそんが摂関せっかん位いを独占どくせんしたと記述きじゅつしている。

芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの短編たんぺん『地獄変じごくへん』の冒頭ぼうとうに登場とうじょうする「堀川ほりかわの大だい殿様とのさま」は基もと経けいと推測すいそくされている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 滝川たきがわ幸司こうじ『菅原すがわら道真みちざね 学者がくしゃ政治せいじ家かの栄光えいこうと没落ぼつらく』中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ〈中公新書ちゅうこうしんしょ〉、2019年ねん。ISBN 978-4-12-102559-3。 
• 瀧浪たきなみ貞子さだこ「阿おもね衡の紛議ふんぎ : 上皇じょうこうと摂政せっしょう・関白かんぱく」『史ふみ窓まど』第だい58巻かん、京都女子大学きょうとじょしだいがく史学しがく研究けんきゅう室しつ、2001年ねん。 
• 古藤ことう真平まっぴら「<共同きょうどう研究けんきゅう報告ほうこく>『政事せいじ要略ようりゃく』阿おもね衡事所しょ引の『宇多天皇うだてんのう御ご記き』 : その基礎きそ的てき考察こうさつ」『日本にっぽん研究けんきゅう』第だい44巻かん、国際こくさい日本にっぽん文化ぶんか研究けんきゅうセンター、2011年ねん、doi:10.15055/00000478、ISSN 09150900、NAID 120005681433。 

登場とうじょう作品さくひん

映画えいが

• 歌舞伎かぶき十じゅう八はち番ばん 鳴神なるかみ 美女びじょと怪かい龍りゅう（1955年ねん 演えんじ：嵐あらし徳三郎とくさぶろう）
• 地獄変じごくへん（1969年ねん 演えんじ：中村なかむら錦之助きんのすけ） - 登場とうじょうする「堀川ほりかわの大だい殿様とのさま」は基もと経けいと推測すいそくされている。

テレビドラマ

• 舞踊ぶようホール 地獄変じごくへん（1962年ねん 演えんじ：柳やなぎ永二郎えいじろう） - 登場とうじょうする「堀川ほりかわの大だい殿様とのさま」は基もと経けいと推測すいそくされている。

テレビアニメ

• まんが日本にっぽん史し（1983年ねん 演えんじ：野島のじま昭生あきお）
• 超ちょう訳わけ百ひゃく人にん一いち首しゅ うた恋こい。（2012年ねん 演えんじ：栗原くりはら功いさお平たいら）

ラジオドラマ

• お茶ちゃの間あいだ劇場げきじょう 地獄変じごくへん（1959年ねん 演えんじ：三島みしま雅夫まさお） - 登場とうじょうする「堀川ほりかわの大だい殿様とのさま」は基もと経けいと推測すいそくされている。

漫画まんが

• 超ちょう訳わけ・伊勢物語いせものがたり 月がつやあらぬ（2012～2013年ねん）
• 応おう天てんの門もん（2014年ねん）