邴原

邴原
後こう漢かん 五官ごかん中ちゅう郎ろう将しょう長ちょう史ふみ
出生しゅっしょう	生年せいねん不ふ詳しょう 青あお州しゅう北海ほっかい郡ぐん朱しゅ虚きょ県けん
字じ	根ね矩のり
主君しゅくん	孔あな融とおる→公孫こうそん度ど→曹操そうそう

邴 原ばら（へい げん、生なま没年ぼつねん不明ふめい）は、中国ちゅうごく後こう漢かん末期まっきの学者がくしゃ、政治せいじ家か。字じは根ね矩のり。青あお州しゅう北海ほっかい郡ぐん朱しゅ虚きょ県けん（現在げんざいの山東さんとう省しょう濰坊市し臨朐県けん）の人ひと。

華はな歆・管かん寧やすしと並ならんで、その高潔こうけつな品性ひんせいを讃たたえられた。

経歴けいれき

『邴原別伝べつでん』によると、11歳さいの時ときに父ちちを亡なくし家かが貧まずしかったため、孤児こじとなってしまった。邴原の隣家りんかに寺てら小屋こやがあり、邴原はその横よこを通とおって泣ないた。先生せんせいにどうして泣ないているのか問とわれると「孤児こじであると傷きず付つき易やすく、貧乏びんぼうであると感かんじ易やすいものです。第だい一いちに勉学べんがくができるものは、必かならず父兄ふけいが揃そろっているものです。彼かれらが孤児こじでなく、勉学べんがくができる事ことを羨うらやましく思おもい、涙なみだが流ながれたのです」と言いった。先生せんせいが哀あわれに思おもい、彼かれのために泣ないて「勉強べんきょうする気きがあれば共ともに学まなんでもよい」と言いうと、「月謝げっしゃがありません」と答こたえた。そこで先生せんせいが「意志いしがあるのなら、私わたしは教おしえよう。報酬ほうしゅうを求もとめはしない」と言いったため、こうして勉強べんきょうできる事ことになった。邴原は年少ねんしょう者しゃの間あいだではひと際ぎわ優すぐれ、一いち冬ふゆの間あいだに『孝こう経けい』と『論語ろんご』を暗誦あんしょうしてしまった。

邴原は成長せいちょうすると、立派りっぱな品行ひんこうを保たもった。ある時とき、遠とおくに遊学ゆうがくしたいと考かんがえ、安あん丘たかしの孫まご崧の元もとに赴おもむいたが、孫まご崧は邴原からの師事しじを辞退じたいし「あなたは郷里きょうりの鄭てい君くん（鄭てい玄げん）を知しっているか」と聞きいた。彼かれが「はい」と答こたえたため、孫まご崧は「鄭てい君くんの学問がくもんは真しんに学者がくしゃの師表しひょうだ。君くんは彼かれを差さし置おいて、千里せんりを旅たびして来きたが、それは鄭てい君くんを隣となりの丘おかさん扱あつかいしている事ことが分わからずに、はい、と言いったようなものだ」と諭さとした。すると、邴原はそれを聞きき「先生せんせいのお言葉ことばは、苦にがい薬くすり、良よい鍼とでも言いうべきものです。しかし、私わたしの気持きもちを理解りかいなさっていません。人ひとにはそれぞれ希望きぼうしている事ことがあって、それは同おなじではないのです。山やまに登のぼって玉たまを採とるものがあれば、海うみに入はいって真珠しんじゅを採とるものもいます。しかし、山やまの者ものに海うみの深ふかさは分わからず、海うみの者ものに山やまの高たかさは分わからないと言いってはよいのでしょうか。先生せんせいは私わたしが鄭てい君くんを隣となりの丘おかさん扱あつかいしていると思おもわれていますが、先生せんせいも私わたしを西にし隣となりの愚おろか者ものと思おもわれているのですか」と意見いけんした。これを聞きいた孫まご崧は断ことわりの言葉ことばを述のべて「私わたしの知しっている人ひとの中なかで、君きみ程ほどの人ひとはいなかった。書物しょもつを分わけてあげよう」と言いい評価ひょうかした。邴原は師しを求もとめ学問がくもんを始はじめるのは、気高けだかい思想しそうを持もつ者ものと通つうじ合あうためであり、分わけ合あいという事ことがあってから初はじめて成立せいりつする交際こうさいと同様どうようではないと考かんがえていたので、書物しょもつなどは何なんの役やくにも立たたないと思おもったが、孫まご崧の気持きもちを尊重そんちょうし、書物しょもつを受うけ取とって帰かえった。しかし、家いえに帰かえると書物しょもつを全部ぜんぶ仕舞しまい込こみ、旅たびに出でてしまった。邴原は酒さけ好すきであったが、旅たびに出でてから帰かえるまでの8~9年間ねんかんはほとんど口くちにせず、供ともも連つれずに1人ひとりで歩あるき、行李こうりを背負せおって、刻苦こっく勉励べんれいした。陳ちん留とめでは韓かん卓たく、潁川では陳ちん寔まこと、汝なんじ南みなみでは范滂、涿郡では盧の植しょくと交まじわり、あるいは師事しじした。別わかれに臨のぞんで、彼かれらは邴原が酒さけを飲のまないので、米べいや肉にくを贈おくった。邴原は「昔むかしはよく酒さけを飲のみましたが、酒さけは気持きもちを荒すさませ、学業がくぎょうを駄目だめにしてしまうので、断ことわったのです。今いまは遠とおく離はなれている私わたしに餞はなむけをして下くださるのだから、一いち度どだけ酒宴しゅえんを催もよおしましょう」と言いって、一緒いっしょになって酒さけを飲のんだが、朝あさから晩ばんまで飲のんでも少すこしも酔よう事ことが無なかった。そして、帰郷ききょうしてから孫まご崧に書物しょもつを返却へんきゃくし、自分じぶんの気持きもちを述のべた。

邴原は州しゅうから招まねかれたが、拒こばんで出仕しゅっししようとしなかった。184年ねん、黄き巾はばの乱らんが勃発ぼっぱつすると、一族郎党いちぞくろうとうを率ひきい鬱うつ洲山すやまの山中さんちゅうに難なんを避さけるため逃のがれた。北海ほっかいの相そうであった孔あな融とおるが邴原を有道ありみち（管理かんり推挙すいきょの一いち科目かもく）として推挙すいきょし、『邴原別伝べつでん』によると自みずから書簡しょかんを送おくって説得せっとくしたが、邴原は黄き巾はばが盛さかんであったため、そのまま遼東りゃおとんに赴おもむいた。なお、『邴原別伝べつでん』によると、一度いちど郡ぐんに召めし出だされ、功こう曹主簿ぼに任命にんめいされた後のち、孔あな融とおるから計けい佐さに採とり立だてられた。その後ご、孔あな融とおるが自分じぶんの目めをかけていた男おとこが罪つみを犯おかしたので、殺ころそうとした事ことがあった。邴原はただ一人ひとりだけ命乞いのちごいをしなかった訳わけを問とわれると、孔あな融とおるの行為こういを『詩経しきょう』を引用いんようして批判ひはんした。すると、孔あな融とおるが冗談じょうだんであったと言いったため「人ひとを殺ころそうとしながら、冗談じょうだんを言いっていい世界せかいがどこにあるのか」と言いい、孔あな融とおるを返答へんとうに困こまらせた。後ご、賄賂わいろで乱みだれた政治せいじに嫌気いやけがさして、鬱うつ洲山すやまの山中さんちゅうに逃のがれたとある。

遼東りゃおとんでは、同どう郡ぐんの劉りゅう政まさしと共ともに勇気ゆうき武略ぶりゃくの持もち主ぬしとされた。太守たいしゅの公孫こうそん度どは劉りゅう政まさしを恐おそれ憎にくんだため、家族かぞくを全員ぜんいん逮捕たいほして、劉りゅう政まさしを殺害さつがいしようとした。しかし劉りゅう政まさしだけは辛かろうじて脱出だっしゅつする事ことができた。公孫こうそん度どが劉りゅう政まさしを匿かくまえば同罪どうざいであるとの布告ふこくを出だしたため、窮地きゅうちに陥おちいった劉りゅう政まさしは邴原の元もとを頼たよった。『魏たかし氏し春秋しゅんじゅう』によると、劉りゅう政まさしが邴原に「窮鳥きゅうちょう懐ふところに入はいる」と言いったため、邴原は答こたえて「どうしてこの懐ふところに入いれるとわかったのか」と言いい、彼かれを匿かくまったという。ひと月つき余あまりが過すぎると、東ひがし萊郡の太ふとし史し慈が帰郷ききょうする事ことが分わかったので、劉りゅう政まさしを彼かれに預あづけた。そして、公孫こうそん度どに向むかって「劉りゅう政まさしの智略ちりゃくをあなたは恐おそれていた。しかし劉りゅう政まさしは既すでに逃亡とうぼうし、その智略ちりゃくが使つかわれようとしている。恨うらみを二に倍ばいにさせないよう、劉りゅう政まさしの家族かぞくを許ゆるすことが得策とくさくである」と述のべ、劉りゅう政まさしの家族かぞくを釈放しゃくほうさせ、故郷こきょうまで帰かえれるように旅費りょひを送おくってやった。

邴原はその後ごも遼東りゃおとんに1年ねん滞在たいざいしたが、住居じゅうきょに身みを寄よせる者ものが数すう百ひゃく軒けん、遊学ゆうがくの士しも彼かれの下したに集つどうようになった。剛直ごうちょくで直言ちょくげんする事ことを憚はばからない性格せいかくであったため、公孫こうそん度どに迫害はくがいされる事ことを心配しんぱいした管かん寧やすしの勧すすめを容いれ、帰郷ききょうした（管かん寧やすし伝でんのひく『傅でん子こ』より）。『邴原別伝べつでん』によると最初さいしょに故郷こきょうを離はなれてから10数すう年ねんが経過けいかしていた。

『邴原別伝べつでん』によると、邴原は帰郷ききょうした後のちも多おおくの人ひとに慕したわれ、学問がくもんにおいて鄭てい玄げんと並ならぶ名声めいせいを博はくした。やがて、後こう漢かんの実権じっけんを握にぎる曹操そうそうに召めし出だされ、司つかさ空そら掾じょうとなった。208年ねん、曹操そうそうの子こ曹沖が亡なくなったが、邴原も娘むすめを亡なくした。曹操そうそうは二人ふたりを合ごう葬そうしたいと望のぞんだが、邴原が「合ごう葬そうは礼れいに外はずれる」と言いって断ことわったので、曹操そうそうもそれ以上いじょう言いおうとはしなかった。

210年ねん、はじめて置おかれる事ことになった丞相じょうしょう徴ちょう事ごとの職しょくに、平原ひらはらの王おう烈れつと共ともに転任てんにんした。邴原は曹操そうそうが外征がいせいにあたる時とき、張ちょう範はんと共ともに留守るすに回まわり、曹丕を補佐ほさすることが多おおかった（張ちょう範はん伝でん）。『邴原別伝べつでん』によると、曹丕が魏たかしの太子たいしになり五官ごかん将しょうに任命にんめいされた時ときも、周まわりの者ものと違ちがい邴原だけは平静へいせいであった。曹操そうそうがその理由りゆうを尋たずねると、主君しゅくんが老年ろうねんの時ときは世継よつぎを奉ほうじないと回答かいとうした。またある時ときに曹丕から、主君しゅくんと父ちちのどちらが大事だいじかと質問しつもんされた時ときは、父ちちであると即答そくとうした。

前任ぜんにんの涼すずし茂しげるが転任てんにんすると、後任こうにんとして五官ごかん将しょう長ちょう史しになった。元々もともと邴原は病気びょうきで休やすむ事ことが多おおく、実務じつむをこなさなかったため、曹操そうそうに徳とくが高たかく思おもい通どおりにならない人材じんざいと評価ひょうかされた（『邴原別伝べつでん』より）。この頃ころから家いえに引ひき篭こもり、個人こじん的てきな事ことで外出がいしゅつする事ことはなくなった。曹操そうそうが濡須方面ほうめんで孫まご権けん征伐せいばつを行おこなっていた途中とちゅうに死去しきょした。