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自殺じさつ未遂みすいからの復帰ふっき

ミッチィ 35さい 男性だんせい 会社かいしゃいん 既婚きこん

はじまりは昇進しょうしんだった

 就職しゅうしょくして7ねんち、責任せきにんある立場たちばになりました。そのときからきゅうにいろんなことがくるいだしてしまったのです。

 自分じぶんでもなぜなのかわかりませんが、あさきられず、仕事しごとをしていてもあたま上手うまはたらかなくなりました。頭痛ずつう腹痛はらいたもあって、責任せきにんしゃにもかかわらず、ミスや遅刻ちこく欠勤けっきんおおくなりました。

 もちろんこのままじゃいけないとおもって、自分じぶんなりにおくれをもどそうと残業ざんぎょうして仕事しごと仕上しあげていました。でも、とにかくいろんなことが上手うまくいかなくて、自分じぶんはなんて無能むのう人間にんげんなのだろうと毎日まいにちでした。

 いままで自分じぶんたよってくれていたつまは、仕事しごとやすみがちなことや、かえりがおそくなることをチクチクってくるようになり、いえでもあまりやすまりませんでした。そんな毎日まいにちかさねで、なにのためにきているのかからなかったし、いっそのことすべておしまいにしてしまいたくて、かた毎日まいにちのようにかんがえるようになりました。

 あるかえってからつまはげしい口論こうろんになりました。「やっぱり自分じぶん必要ひつようのない人間にんげんなんだ」とおもい、そとしました。そして、コンビニでロープをって、公園こうえん首吊くびつりを決行けっこうしました。

 気付きづいたら警察けいさつ保護ほごされていました。ロープが途中とちゅうれてしまい、首吊くびつりは失敗しっぱいわったようです。むかえには両親りょうしんました。そのとき父親ちちおやかおることはできませんでした。自分じぶんはなんて親不孝おやふこうなんだとおもいました。自殺じさつ未遂みすいのあとしばらくは、わたしたいしてつまものさわるようなかんじでした。いままでのようにきつい言葉ことばりましたが、会話かいわはほとんどなくなってしまいました。自分じぶんからもこえをかけづらかったです。

自殺じさつ未遂みすい、そして入院にゅういん

 さすがに家族かぞく心配しんぱいしており、精神せいしんかようことになりました。意外いがいにもおやすすめてくれました。わたしくだされた診断しんだんはうつびょう仕事しごとめたほうがいとわれましたが、そう簡単かんたんめられるわけもなく、くすりみながらつづけることにしました。会社かいしゃにはられたくなくて、診断しんだんしょしませんでした。

 最初さいしょのうちはくすりいていて、気分きぶんすこくなりました。でもどうしてもくすりむとあさきられなくて、それがいやむのをやめました。するとだんだんわるかったころもどってしまって。あさきられないどころか1にちやす状態じょうたいに。それでも、ける出勤しゅっきんしていました。

 あの自分じぶんなりにしらげいちはいで、残業ざんぎょうもしてかえったのことです。帰宅きたくすると、また以前いぜんのように、仕事しごとにまともにけていないことをつまにネチネチとわれ、2かい自殺じさつ未遂みすいをしました。たまっていたくすりをいっきにんだのです。でも、んでしまったあと、きゅうこわくなってつまにOD(薬物やくぶつ過剰かじょう摂取せっしゅ、drug overdose)したことをつたえました。意識いしきうすれるなか救急きゅうきゅうしゃ病院びょういんかいました。

 2かい自殺じさつ未遂みすいで、医療いりょう保護ほご入院にゅういんとなりました。ホッとしたとおも一方いっぽう見捨みすてられたようなさびしい気持きもちにもなりました。2かい自殺じさつ未遂みすいをしたので仕方しかたないですけど。

 病院びょういんには毎日まいにちのように両親りょうしんてくれました。つまいちかおせませんでした。退院たいいんするなんにちまえちちから、つま離婚りこんしたいとっていることをきました。意外いがいとそのときいていました。一緒いっしょにいたらきっと彼女かのじょ迷惑めいわくになるとおもったし、正直しょうじき毎日まいにちかえるとネチネチわれる生活せいかつからせるんだとおもって、かたりたような気分きぶんでもありました。

その 離婚りこん再婚さいこん

 入院にゅういんになってしまったので、会社かいしゃ診断しんだんしょ提出ていしゅつしました。結果けっか休職きゅうしょくということになりました。自分じぶんがこんな状態じょうたいになってはじめてりましたが、結構けっこう社内しゃない自分じぶんみたいにうつびょう精神せいしんてき不調ふちょうやすみをとるひとがいるそうです。わたし職場しょくばでは、休職きゅうしょくちゅう給料きゅうりょうはいりませんが、体調たいちょうくなれば問題もんだいなく復職ふくしょくできるとのことでした。もっとはや会社かいしゃ仕組しくみを調しらべておけばよかったと後悔こうかい会社かいしゃでも相談そうだんすることは大切たいせつなんですね。

 退院たいいんしてから実家じっかかえりました。いてからつまとは離婚りこんしました。負担ふたんったようながします。でも、喪失そうしつかんはすごくて、いまでもおもすとつらいです。通院つういんだけでなく、継続けいぞくてきにカウンセリングをうけることになりました。カウンセリングでは親子おやこ関係かんけいのこと、つまのことをたくさんはなしました。おやたいして自慢じまん息子むすこでいられるよう、無理むりをしている自分じぶんがいたことにづきました。

 退院たいいんしてから、もう4ねんちました。医師いし相談そうだんうえ昨年さくねん2がつからくすりまなくてもくなりました。仕事しごと担当たんとう異動いどうがありました。ゆっくりやすめたこと、はたらきすぎだったのをセーブできるようになったこと、おや気持きもちをはなせたことでいてきたとおもいます。

 そして、自分じぶんはもう結婚けっこんすることはないだろうとおもっていましたが、昨年さくねん再婚さいこんし、来年らいねんどももまれます。彼女かのじょ自分じぶんがうつびょうであることも、自殺じさつ未遂みすいのこともっています。実際じっさい首吊くびつりのあとのこっているので、かくしようもありませんでしたが。すべてをっていてもそばにいてくれるひととめぐりうことができ、いま本当ほんとうしあわせです。