「スローループ」デザイナー / 内うち古閑こが智之としゆき編へん

取材しゅざい・文ぶん / 淵上ふちがみ龍一りゅういち

イメージしたのは「ちょっとオシャレなアウトドアのムック」

──単行本たんこうぼんの奥付おくづけを見みると「スローループ」の装丁そうていは、内うち古閑こがさんと中島なかじま泉いずみ紀おさむさんのお名前なまえが連名れんめいでクレジットされていますね。どのような役割やくわり分担ぶんたんになっているのでしょうか。

まず前提ぜんていとして、うちはCHProduction（チャンネルプロダクション）というデザイン事務所じむしょで、僕ぼくがその代表だいひょうを務つとめています。基本きほん的てきに、クライアントとの打うち合あわせに出席しゅっせきしてイラストの方向ほうこう性せいを決きめるところまでは自分じぶんが。その後ごは、僕ぼくが1人ひとりでデザインすることもあれば適任てきにんのスタッフと一緒いっしょに進すすめることもあります。「スローループ」の装丁そうていに関かんしては、僕ぼくはディレクションの立たち位置いち。実際じっさいのレイアウトなどは中島なかじまが担当たんとうしています。

──「装丁そうていを見みる楽たのしさを知しれば、マンガを読よむ楽たのしさがもっと広ひろがる」というのがこのコラムの趣旨しゅしなのですが、今回こんかいの取材しゅざいに向むけてあらためて「スローループ」のカバーをじっくり見みてみるといろいろな発見はっけんがありました。英語えいごとカタカナで2種類しゅるいのロゴが並ならんでいたり、枠わく線せんが釣つり糸いとになっていたり、スッキリとした見みた目めの中なかにもこだわった仕事しごとが詰つまっていると感かんじます。このカバーデザインは、どのように作つくられたものなのでしょうか？

中島なかじまと一緒いっしょにデザインをする中なかで共有きょうゆうしていたイメージは“ちょっとオシャレなアウトドアのムック”。キャンプをはじめとした、一連いちれんのアウトドアブームを意識いしきしたデザインになっています。ロゴを英語えいごにしたのは、雑誌ざっしやムックっぽく見みえるように何なにかできないだろうかと考かんがえた結果けっかですね。ただ正式せいしき表記ひょうきはカタカナの「スローループ」なので、それはもちろん入いれなくちゃいけない。英語えいごのほうをバシッとさせたぶん、カタカナのほうは作品さくひん自体じたいのイメージに近ちかづけようと、主人公しゅじんこう2人にんのかわいらしさ、作品さくひんの優やさしさ、ゆるさみたいなものを出だそうとしました。硬かたくない文字もじがいいねと話はなし合あい、釣つり糸いと（ライン）で書かいたような形かたちになっています。

──たしかに「プ」の半はん濁点だくてんをよく見みると、糸いとの結むすび目めのような形かたちをしていますね。ただの手書てがきのゆるい文字もじに見みえて、ちゃんと作品さくひんと関係かんけいするモチーフがデザインの中なかに入はいっている。

釣つりのマンガというイメージの補強ほきょうをデザインが担になっています。文字もじの装飾そうしょくだったり、英語えいごロゴを2色しょくで波打なみうたせて水みずや海うみを想起そうきさせるデザインにしてみたり。僕ぼくも中島なかじまも実際じっさいに釣つりをやっているわけではないので、うちの先生せんせいが描えがいた絵えを見みながら何なにを気きにされているのかとか、先生せんせいが釣つりの中なかでキレイと思おもっているものってなんなのかを読よみ取とって、それをデザインに取とり入いれていきました。

──装丁そうていを手てがけるうえで一番いちばんこだわったポイントはどこですか？

本当ほんとうにこだわったのは、今いま言いったような飾かざり付づけの部分ぶぶんよりも「まずキャラクター2人にんをちゃんと可愛かわいく、立たてること」ですかね。デザイン自体じたいの話はなしで言いえば割わりとオーソドックスな造つくりになっているので、「この曲線きょくせんの美うつくしさが」みたいな話はなしはしづらいんですよね……。もちろんデザインに手てをかけていないということではないし、気きに入いっている部分ぶぶんもたくさんあります。それこそ最初さいしょに挙あげてくださった、釣つり糸いとの枠わく線せんとか。カチッとトリミングするのじゃない、ゆるい囲かこみ具合ぐあいは気きに入いっていますね。

イラストのディレクションは、カメラマンに撮影さつえい指示しじをする気持きもちで

──装丁そうていの中なかで重視じゅうししたのは「キャラクター2人にんをちゃんと可愛かわいく立たてること」というお話はなしでしたが、カバーデザインの完成かんせい形がたは最初さいしょから見みえていたんでしょうか？

最初さいしょに描えがいたラフは全然ぜんぜん違ちがうものでした。先生せんせいを交まじえて打うち合あわせをする前まえに、まず僕ぼくのほうでどんな装丁そうていがよいと思おもうか考かんがえてみてほしいと担当たんとう編集へんしゅう者しゃさんからお願ねがいされていたので、マンガを読よみながらアイデアを練ねって。クライアントの意見いけんが入はいっていない状態じょうたいで、僕ぼくから出だした最初さいしょの案あんがこれでした。

女おんなの子こ2人にんに釣つり竿ざおとしゃもじを持もたせることで役割やくわりを明確めいかくにしている。いかにも釣つりマンガというデザインにするよりも、「CATCH＆COOK」つまり“釣つりとごはん”のハイブリッドな売うり方かたをしたほうがいいんじゃないかと提案ていあんをしようしていたんですね。このラフを描えがいているときは、ちょうどマンガ界かいにもアウトドアブームがきていた時期じきということもあり、「道具どうぐ」とか、釣つった魚さかなをその場ばで食たべる「料理りょうり」みたいな要素ようそを打うち出だし、明確めいかくにアウトドア方向ほうこうに舵かじを切きってしまったほうが手てに取とってもらえるのでは？という思惑おもわくがありました。

──ジャンルをわかりやすくすることで、そこに興味きょうみがある人ひとに響ひびくデザインにしようと。

シビアな話はなしですが、1巻かんが売うれないことにはその後ごが続つづかないので。とにかく1巻かんをどうしたら強つよく訴求そきゅうできるかが、連載れんさいマンガの単行たんこう本ほんデザインには求もとめられます。もちろん僕ぼくが提案ていあんしようとした“アウトドアっぽさ”だけで語かたれるほど「スローループ」の物語ものがたりは単純たんじゅんじゃない。とくに1話わ冒頭ぼうとうは、家族かぞくが亡なくなったところからのスタートということもあり、とてもしっとりとした雰囲気ふんいきじゃないですか。編集へんしゅうさんとうちの先生せんせいが、すごく丁寧ていねいに家族かぞくドラマを描えがこうとしているのが読よみながら伝つたわってきました。でもデザイナーとしては、ちょっとドライに作品さくひんの売うりどころを捉とらえなきゃいけない場面ばめんもある。

──なるほど。それでまずは打うち合あわせをせず、内うち古閑こがさんから出でてきた案あんを見みてみたかったのかもしれませんね。

このラフは「一方向いちほうこうに振ふり切きった場合ばあいここまでやれる」という極端きょくたんな例れいなので、僕ぼくも一発いっぱつOKになると思おもって出だしてはいません（笑）。一方いっぽうでうちの先生せんせいが打うち合あわせに持もってきてくださったイラストラフも、家族かぞくものという面めんにフォーカスしすぎて釣つり要素ようそが薄うすかったり、逆ぎゃくにフライフィッシングをしている姿すがたをしっかりと捉とらえようとするあまり、絵えの構図こうずを引ひきすぎてキャラクターが小ちいさくなっていたり、そのまま使つかうには課題かだいの残のこるものでした。そうしてデザイナー、作家さっかさん、編集へんしゅうさんがそれぞれに意見いけんや案あんを出だし合あう中なかで、絵えに必要ひつような要素ようそが見みえてきました。

──カバーデザインというのは、すでに完成かんせいした絵えに装飾そうしょくを施ほどこすお仕事しごとのようなものを想像そうぞうしていました。使用しようするイラスト自体じたいが、デザインとセットで考かんがえられたワンオフのものになっているんですね。

書店しょてんでほかのマンガと並ならんだときのことまでを計算けいさんして絵えを描えがくということが、新人しんじん作家さっかさんだと難むずかしい場合ばあいもある。そうしたときに、作家さっか本人ほんにんでも編集へんしゅう者しゃでもないポジションから意見いけんするのも、デザイナーの役目やくめかなと。マンガ家かさんに「こういうイラストを描えがいてください」と提案ていあんをするのは、1歩ほ間違まちがえると失礼しつれいな話はなしにもなるので注意ちゅういは必要ひつようですが……うちの先生せんせいも「スローループ」を開始かいしした時点じてんでは、その経験けいけん値ちがほとんどなかったとは思おもうので。「スローループ」の場合ばあいは、打うち合あわせを経へてそろそろ清書せいしょに入いれるという段階だんかいに来きたところで、最後さいごにさらにブラッシュアップしてほしいことをまとめた修整しゅうせい指示しじ書しょを僕ぼくらのほうで作つくって渡わたしました。

最終さいしゅう的てきなイラストが全部ぜんぶこの通とおりになっているというわけではもちろんないですが。目線めせんがちゃんと前まえを向むくとか、向むかいくんだけど隣となりのキャラのことをちゃんと意識いしきしているとわかるように視線しせんをどうしてほしいとか。2人ふたりのキャラクター性せいがパッと区別くべつがつくようひよりに帽子ぼうしを被かぶらせてほしいとか。こうしたほうがカバーイラストとしてよくなると思おもう部分ぶぶんは提案ていあんしています。今いま見みると「なんでこんな細こまかいこと言いってんだよ」って思おもわなくもないですが……。

──かなり細こまかくお願ねがいが書かかれていて、内うち古閑こがさんの頭あたまの中なかに絵えの完成かんせい形がたがイメージされていると伝つたわってきます。

僕ぼくはもともと音楽おんがくのCDジャケットからデザインの仕事しごとをスタートさせていて、アートディレクターはカメラマンへの撮影さつえい指示しじを出ださなければいけないんですよね。写真しゃしんのコンセプトはなんなのか、モデルのヘアメイクを誰だれに頼たのむか、ロケなのかスタジオで撮とるのか、画がに関かんすることを全部ぜんぶコントロールするのが自分じぶんの仕事しごとだった。写真しゃしんではなくイラストを使つかうマンガ装丁そうていやアニメでの仕事しごとも、その延長えんちょうにあると考かんがえているところがあります。ほかのデザイナーさんのやり方かたを知しらないので、自分じぶんに限かぎった話はなしになりますが……。

大事だいじにしているのは「その作品さくひんのためのデザイン」

──そもそも「スローループ」の装丁そうていは、どのような経緯けいいで内うち古閑こがさんに依頼いらいが来きたのでしょうか？

「スローループ」の担当たんとう編集へんしゅうさんとは、以前いぜんにも別べつの作品さくひんでお仕事しごとをしたことがあり。そのご縁えんと、あと僕ぼくがキャンプ好すきということを編集へんしゅうさんは知しっていたので、アウトドア作品さくひんとの親和しんわ性せいを感かんじてくれていたのだと思おもいます。最初さいしょに電話でんわがかかってきたとき「釣つりは好すきですか？」って聞きかれたのを覚おぼえています。まあ結論けつろんから言いうと釣つりはしていないので、あまり期待きたいにそえる答こたえではなかったのかもしれませんが（笑）。

──その方ほうの担当たんとう作品さくひんはよく内うち古閑こがさんがデザインをされているんですか？

そんなでもないです。以前いぜん、どう売うったらいいか悩なやんでいる作品さくひんのときに声こえをかけている、とは仰おっしゃっていましたね。過去かこのお仕事しごとも、どのジャンルにカテゴライズしたらいいか難むずかしい作品さくひんの押おし出だし方かたを一緒いっしょに考かんがえて、イラストの段階だんかいからアイデアを出だしていくようなものが多おおかったです。一般いっぱん的てきに考かんがえて、僕ぼくみたいにイラストに対たいして細こまかく修正しゅうせいを求もとめてくるデザイナーと仕事しごとをするのって面倒めんどうくさいと思おもいます。けれど「スローループ」の担当たんとうさんは、作品さくひんを売うるためのそういう努力どりょくを惜おしまない。汗あせをかくことを全然ぜんぜん嫌いやがらないタイプだと思おもっています。

──作品さくひんのよさを引ひき出だすにはどうすればいいかを一緒いっしょに考かんがえられる。チームのような関係かんけいになっているわけですね。

うちの先生せんせいに絵えの修正しゅうせい指示しじ書しょを渡わたしたみたいに、その編集へんしゅうさんに帯おびのキャッチコピーを書かき直なおしてもらったこともありますからね（笑）。

──それはコピーもデザインの一部いちぶだからですか？

それもあるけど、単純たんじゅんに「もっとわかりやすいほうがよくないですか？」みたいなことを思おもったらその担当たんとうさんには言いえるし、作品さくひんのためになる意見いけんなら耳みみを貸かしてくれることも知しっているので。別べつに編集へんしゅうさんの領域りょういきに踏ふみ込こみたいわけではないけれど、少すこしでも作品さくひんが売うれる確かく率りつが上あがるなら、提案ていあんはしようと。

──作品さくひんのためになることは、やれるだけやりたいと。

僕ぼくが仕事しごとをするうえで一番いちばん大切たいせつにしているのは、その作品さくひんのためのデザインになっているかなんです。今日きょうの話はなしを聞きいて、すごく意見いけんしてくるデザイナーみたいに見みえたかもしれないけれど、自分じぶんの個性こせいを出だしたいとかでは全然ぜんぜんなくて。自分じぶんがどうしたいかではなく、その作品さくひんならではの良よさを伝つたえられるデザインを考かんがえたいと思おもってます。僕ぼくに限かぎらず、世よのデザイナー全員ぜんいんが思おもってそうなことなので「何なに当あたり前まえのこと言いってんだよ」って言いわれそうだけど（笑）。仕事しごとのポリシーやデザイナーとしてのこだわりを聞きかれたら、そこだと思おもいますね。

内うち古閑こが智之としゆき（とCHProductionスタッフ）が選えらぶ「装丁そうていが好すきなマンガ本ほん」

伊藤いとう敦志あつし「大人おとなになれば」（装丁そうてい：伊藤いとう敦志あつし）

グラフィックデザイナー伊藤いとう敦志あつしさんがお子こさんへ贈おくるために、仕事しごとの合間あいまに5年ねんをかけて描えがいた自費じひ出版しゅっぱんによるマンガ。もちろん、ご自身じしんによる装丁そうていで「デザイナーならやってみたい」と思おもう加工かこうや仕掛しかけが隅々すみずみまで詰つまった、楽たのしさとこだわりの洒落しゃれた仕様しようとデザイン。表紙ひょうしの主人公しゅじんこうのシールを剥はがすと姿すがたを変かえた主人公しゅじんこうになるギミックも、重版じゅうはん（現在げんざい4刷さつ！）のたびに違ちがう絵えになったり、見返みかえしの紙かみ色しょくも変かわったり、コレクター心しんをくすぐる造つくりなのも伊藤いとうさんらしい素敵すてきな仕事しごと。（選せん：内うち古閑こが智之としゆき）

マキヒロチ「スケッチー」（装丁そうてい：大島おおしま依よ提つつみ亜あ）

「カルチャーとしてのスケートボード」にしっかりアプローチしたデザイン。作家さっか、編集へんしゅう者しゃ、デザイナーの三さん者しゃからの「わかるよね？」というメッセージを感かんじて唸うなりました。また、自戒じかいの念ねんを込こめてですが、この10年ねんくらいの情報じょうほう過多かたの傾向けいこうにあったコミックデザインの流ながれへの気持きもちのいいカウンターでもありました。素晴すばらしい仕事しごと。（選せん：内うち古閑こが智之としゆき）

鳶とんび田でんハジメ「ぼっち旅たび～人見知ひとみしりマンガ家かのときめき絶景ぜっけいスケッチ～」（装丁そうてい：名めい和田わだ耕平こうへいデザイン事務所じむしょ）

こぢんまりとした大おおきさのタイトルや人物じんぶつにより、壮大そうだいな景色けしきが際立きわだち、人物じんぶつのみに鮮あざやかな色いろが入はいることで目めが行いき、まさしくぼっちで旅たびに出でているのがよくわかります。それでいてすっとタイトルが目めに入はいりわかりやすくぼっち感かんも出でているので、イラスト、色いろ、レイアウトすべてでストレスなく内容ないようが伝つたわってきます。

カバー表ひょう4もイラストの配置はいちから旅たびの楽たのしさが伝つたわり、また、ちょっとレトロで楽たのしそうなフォントのくれたけ銘めい石せきがより読よんでみたいという気持きもちにさせてくれます。

帯おび表ひょう4も楽たのしそうでありつつ、実じつは表ひょう3が好すきです。ちょっとした情報じょうほうを細部さいぶまで読よみやすくかつ楽たのしくなるよう気きを配くばってくれているところが好すきです。（選せん：中島なかじま泉いずみ紀おさむ）

CHProduction Inc.（株式会社かぶしきがいしゃチャンネル・プロダクション）

代表だいひょう・内ない古閑こが智之としゆきが学生がくせい時代じだいから「Channel Production」名義めいぎでデザイン活動かつどうを開始かいし。アニメ、コミックス、ゲーム、音楽おんがくなど、さまざまなメディアのアートディレクション、グラフィックデザインを手てがける。代表だいひょう的てきな仕事しごとに「天元てんげん突破とっぱグレンラガン」「海月くらげ姫ひめ」「Angel Beats!」「凪なぎのあすから」「バンドリ！」「アイカツ！」「ぼっち・ざ・ろっく！」など。