睡眠に関する疾患のひとつである「睡眠時無呼吸症候群」(Sleep Apnea Syndrome:以下SAS)は、日本人の6人に1人が潜在患者であるといわれています。にもかかわらず症状を自覚することが難しく、ほかの健康リスクや日々のパフォーマンス低下をまねく要因にもなりえます。
今回は先端のセンシング技術により、SASのリスクを一般の方々が自宅で手軽にチェックできる「Sleep Doc」(スリープドック)というサービスを紹介します。
自宅で簡単にSASのリスクをチェック
スリープドックを開発したのは、日本のスタートアップ企業であるサプリム(SapplyM)です。同社のスリープソリューション事業部に所属する事業部長の山本琢也氏、技術責任者の村上豊氏、営業責任者の久司徹治氏にスリープドックの担当チームとしてインタビューしました。
サプリムはエムスリーとソニーグループによる合弁会社として2020年4月に設立しました。同社では「毎日運動」という運動習慣を支援するモバイルアプリや、心臓リハビリテーション指導士の資格を持つ医療従事者が遠隔運動指導を行う、「リカバル」というサービスをスリープドックに先んじて提供してきました。
スリープドックは2023年10月からBtoB市場向けにスタートしたサービスです。
「毎日運動とリカバルはどちらかといえばユーザーの健康を維持・増進することを目的にしています。スリープドックは病気を抱えていながら自覚症状がなかったり、いわゆる“未病”の方々が睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスクを早期に発見できるように、テクノロジーの力を活かしたいという私たちの思いから生まれています」(山本氏)
スリープドックのサービスを構成する基幹技術のひとつが「慣性計測ユニット」(IMU)です。いわゆる「加速度センサー」と「ジャイロセンサー」を内蔵するセンシングデバイスを、ユーザーは二晩にわたり身体に装着して眠ることで生体データを計測します。
「通常は医師による指導のもと、専用の医療用計測機器を装着してSASの兆候を計測する必要があります。スリープドックはユーザーが自宅にいながら、小型のウェアラブルデバイスを装着して簡単にデータを計測できるところに特長があります」(山本氏)
センシングデバイスは睡眠時の呼吸動作によって生じる体の微弱な振動を検知します。取得したRAWデータを、デバイスが内蔵するLTE通信機能により直接クラウドに送り、クラウド上にあるアルゴリズムで解析をかけてSASのリスクを判定します。
7月31日からスタートした個人ユーザー向けサービスでは、Apple Watchも使えるようになりました。Apple Watchで計測したデータはいったんiPhoneに送信され、専用アプリからスリープドックのクラウド解析に送られます。SASのリスクを解析するアルゴリズムはソニーが独自に開発して、サプリムにライセンスを提供しています。
睡眠中の体の微弱な動きをセンシングする
睡眠中の体の動きを検知するために慣性計測ユニット(IMU)を使う理由を、サプリムの村上氏に聞きました。
「IMUはスマートウォッチなど市販のさまざまなデバイスに搭載されている場合が多く、また部品の価格も安価であることから、これからユーザーの皆様に広くスリープドックのサービスを提供するための環境を整えやすいと考えたからです」(村上氏)
スリープドックを利用する際に、レンタルして使うセンシングデバイスは現在2種類あります。ひとつが腹部に専用クリップで装着する小型のセンサー「amue link」。もうひとつがリストバンドタイプの「mSafety」です。ふたつのデバイスはスマホ連携が不要。レンタルキットからデバイスを取り出して、寝る前に充電を済ませて衣服、または手首に装着して二晩眠るだけで計測ができます。サービスの提供価格は7,980円。Apple Watchユーザーであれば自分のデバイスが使えることから、提供価格は2,800円になります。
今後もIMUを搭載するさまざまなデバイスでスリープドックのサービスが利用できる可能性もあるといいますが、内蔵するIMUの品質の違いは生体データの計測に影響を与えないのでしょうか。村上氏が次のように説明しています。
「スリープドックはIMUを使って呼吸と心拍と計測します。信号には余分な動きを検知した“ノイズ”も含まれますが、スリープドックのアルゴリズムはノイズとなる微細な振動よりも大きな波長の信号を計測に用いるため、大きな影響を受けることはありません」(村上氏)
加速度とジャイロ、両方のセンサーを使う理由は、それぞれが得意とするところを活かしながら微弱な振動を計測するためだといいます。身体のバイブレーションを計測に使うアルゴリズムにはさまざまな研究があります。またセンシングデバイスを身体のさまざまな部位に装着して測る手法もほかに存在します。サプリムは現在「手首にIMUを装着して睡眠時無呼吸症候群のリスク計測をする技術」を、同社の独自技術として特許申請しています。
スリープドックをより信頼性の高いサービスにするため、山本氏は先端テクノロジーを活かすことの他にもあることに注力したと振り返ります。
「スリープドックの事業開発に、生体信号処理と睡眠学の識者にそれぞれ加わっていただきました。解析アルゴリズムはハートビートサイエンスラボの代表取締役であり、名古屋市立大学名誉教授の早野順一郎教授と共同開発しています。解析データをユーザーに提供するレポートのフォーマットは、睡眠学の権威である秋田大学の三島和夫教授による監修を仰いでいます」(山本氏)
「スリープドックのサービスは医療行為を目的としていません。一方で開発チームとしては、スリープドックを使ってSASのリスクを発見された方々が、続いて医療機関を受診される際に精度と信頼性の高いデータを医療従事者の方々と共有いただけるように品質を高めています」(同)
サプリムでは対応するすべてのデバイスによる計測データを、医療機器による計測データと付き合わせながら精度を高めてきました。
「100人以上の被験者に睡眠専門のスリープクリニックなどで採用されている終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)の機器と、スリープドック対応のデバイスを両方身に着けて眠ってもらいました。その結果、スリープドックは医療の現場で使われている計測方法と変わらない精度を確保できていることを実証できました」(山本氏)
スリープドックを体験。二晩眠るだけで計測完了
筆者も今回、サプリムがBtoCの個人向けに展開するスリープドックのサービスを体験しました。デバイスは「amue link」を選んでいます。
計測を始める前にUSB-Cケーブルでデバイスの充電を済ませ、夜眠る前にパジャマのズボンに本体を専用クリップで固定します。腹部で呼吸動作を正しく計測する目的と、寝ている間にデバイスが外れにくくなるようにウェストに装着しました。
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USB-C端子を側面に搭載
デバイス側面のボタンをダブルクリックすると、内蔵スピーカーから「計測を開始します」という声が聞こえてくるので、正しく使用できていることがわかりました。計測に必要な時間は4時間以上。朝起きてボタンを1回押すと、計測が終了します。クラウドへのデータアップロードは自動的に行われます。
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スピーカーも内蔵している
計測はなぜ二晩行うのでしょうか。山本氏は「ひと晩でもわかるけれど、その日のコンディションに左右されることもあるので、測定の精度を確保するため二晩行う」のだと説明しています。
もし二晩続けてデータの計測が失敗した場合は、ユーザーに再計測を促す通知メールが届きます。amue linkやmSafetyを使うレンタルプランでは、計測が終了したらサプリムに機材を返却します。
測定結果は、サービスを申し込む際に開設するユーザーのマイページにアップロードされます。レポートはマイページ上で閲覧したり、PDF形式のファイルにダウンロードしたりできます。
リストバンドスタイルのmSafetyの方も、基本的な使い方や計測の正確さはamue linkと変わりません。mSafetyは計測のスタートとストップを操作する必要もありません。
ユーザーが自身で所有するデバイスによる計測を実現しているケースは、今のところApple Watch(watchOS 9以降)に限定されていますが、サービス開始後からの滑り出しは好調のようです。
計測結果を判定。その後は? 電話相談窓口を置く理由
計測が完了した時と、結果レポートが完成した時にユーザーが登録したメールアドレス宛にSleepDocサポートセンターから通知が届きます。
「結果が『中リスク』以上と判定された方には医師による診察を受けることをレポートの中でもおすすめしています。患者からPDFのレポートを渡された医師が、スリープドックが提供しているサービスの内容やデータの信頼性について、受診時に速やかに把握できるように、測定結果に対する病院・クリニック向けの解説資料も付録しています。あらかじめスリープドックのサービスをご説明して、賛同をいただいたクリニックのリストも収録しました」(山本氏)
受診結果を紙に出力して、ファイルにしたものをユーザーに届けるサービスは行っていないのでしょうか。山本氏は、これから高齢な方々のニーズが増えることも想定して「今後の課題」として受けとめているといいます。
スリープドックの専属看護師による相談窓口もあります。
「レポートで中リスク以上という判定が出た方にはクリニックのご案内をしています。必要に応じてサポートセンターによるオンライン面談や電話相談も行っていますが、レポートの内容を解説したり、今後の対処についてご説明するようなサービスです。スリープドックは医療行為ではなく、使うデバイスも医療機器ではありません。そのため電話相談で病気に関する相談にはお答えしていません。お客様がお住まいの地域近隣にある睡眠時無呼吸症候群を扱うクリニックを紹介しています」
筆者は今回体験した検査の結果、SASのリスクレベルは「中リスク」でした……。適切な頃合いをみてサポートセンターによる面談を予約したいと思います。
スリープドックのサービスは、基本的にはユーザーが任意のタイミングで1度行えばよいものですが、あるいは一定の頻度で繰り返し実施した方がよいのでしょうか。
「SASは体重の変化や加齢によってもかかるリスクが高くなる疾患です。そのため、頻度としては1年に1回くらいのペースで定期的に計測することをおすすめします」(山本氏)
SASへの対処が、ほかの疾患リスクの回避にもつながる
2023年10月にBtoB向けにスリープドックのサービスを開始してから、サプリムは数千件以上の検査を実施してきたそうです。これまでには特に運輸運送業界から強い引き合いを得ているそうですが、久司氏は今後も全国の健康経営企業にもスリープドックを勧めたいと意気込みを語っています。
「昨今はますますSASに対する関心が高まっている実感があります。この疾患自体が怖いだけでなく、快適に眠れないことにより疲れが蓄積して、ほかのさまざまな疾患のリスクが高まることも指摘されています。テクノロジーの力を活かして、さまざまな疾患のリスクを早期に発見したいという私たちの思いをこれからも広く展開したいと思っています」(久司氏)
企業がスリープドックのサービスを利用する場合、企業が従業員の計測費を負担して申し込むケースと、サプリムのサービスを企業が従業員に周知した後に、従業員が自分の意志と費用でサービスを申し込むパターンがあるそうです。
企業プランの中では、例えば第10台から20台前後のデバイスをまとめてレンタル契約して、社内の担当者が計画的に全従業員に回せるプランもあります。この場合は費用が安価になるメリットと、反面デバイスとスケジュールを管理する企業側の担当者の負担が大きくなるデメリットを考える必要があります。ただ、契約した企業が検査を効率よく回せるようにサプリムによるサポートも提供されます。
睡眠時無呼吸症候群に対する一般の認知が広がる一方、潜在的に疾患を抱える方々が計測と治療の段階にまで進みにくい現状があります。「スリープドックを活用すれば自宅で簡単に計測ができることを広く知ってもらえると嬉しい」と、サプリムの開発チームのメンバーは口をそろえます
「しっかり寝たのに疲れがとれない」「日中も急に眠くなることがある」というような自覚症状がある人には、一度スリープドックを試してみることをおすすめします。
著者 : 山本敦
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