ゲイリー・オールドマンをウィンストン・チャーチルに変身へんしんさせた特殊とくしゅメイクで初はつのオスカーを受賞じゅしょうして2年ねん。京都きょうと出身しゅっしんのカズ・ヒロが、今度こんどは「スキャンダル」（2月がつ21日にち日本にっぽん公開こうかい）で、またもやこの部門ぶもんにノミネートされた。

　この仕事しごとを彼かれに依頼いらいしたのは、プロデューサーも兼任けんにんする主演しゅえんのシャーリーズ・セロン。FOXニュースチャンネルのトップ、故こロジャー・エイルズによる長年ながねんにわたるセクハラをテーマにした今いま作さくで、カズ・ヒロは、セロンを実在じつざいのキャスター、メーガン・ケリーに、ニコール・キッドマンをやはりキャスターのグレッチェン・カールソンに、またジョン・リスゴーをエイルズに、大だい変身へんしんさせている。今回こんかいも、前回ぜんかい同様どうよう、すでにヘア＆メイクアップ・アーティスト組合くみあい（MUAHS）や放送ほうそう映画えいが批評ひひょう家か協会きょうかい賞しょうを受賞じゅしょう、英国えいこくアカデミー賞しょうにもノミネートされるなど、ほかのアワードをどんどん制覇せいはしており、オスカーでもフロントランナーと見みて間違まちがいない。「ウィンストン・チャーチル／ヒトラーから世界せかいを救すくった男おとこ」で、オールドマンから「ぜひやってほしい」と直々じきじきにお願ねがいされるまで、ファインアートに集中しゅうちゅうすべくハリウッドの仕事しごとは引退いんたいしたつもりでいた彼かれは、皮肉ひにくにも、こんなにもすぐ、またもやスポットライトを浴あびることになったのだ。その心境しんきょうを電話でんわで聞きくと、彼かれは、「そうですね、映画えいがの仕事しごとをまた始はじめて、その1本ほん目めと2本ほん目めでまた評価ひょうかされたのは、非常ひじょうに光栄こうえいなことですね」と、さらりと答こたえる。

　だが、ノミネーションのリストに彼かれの名前なまえを見みて、やや混乱こんらんする人ひとも、おそらくはいるはずだ。前回ぜんかい受賞じゅしょうした時ときの名前なまえは、辻つじ一弘かずひろ。せっかく世間せけんに知しれ渡わたった名前なまえを自みずから捨すてることに迷まよいはなかったのだろうかと尋たずねると、「まあ、なかったと言いったら嘘うそですけど」という。

「でも、（新あたらしい名前なまえは）ファーストネームを半分はんぶんに切きっただけですし。知名度ちめいどどうたらこうたらというのは、あんまり気きにしないんで。結局けっきょく、大事だいじなのは、これまで何なにをしてきたかじゃなくて、これから何なにをするか、これからどう生いきていくのか、何なにを残のこしていくのかということ。そういう考かんがえがあったんで、別べつに大丈夫だいじょうぶかと」。

　改名かいめいのきっかけとなったのは、国籍こくせきを変かえたことだ。昨年さくねん3月がつ、彼かれは米国べいこくに帰化きかし、それにともなって日本にっぽん国籍こくせきを失うしなっているのである。アメリカに長年ながねん住すんだ日本人にっぽんじんの多おおくは、心しんのどこかでいつも考かんがえていることではあるが、前まえからずっと考かんがえていたのかというと、そういうわけでもないらしい。決断けつだんの後押あとおしをしたのは、日本にっぽんの人間にんげん関係かんけいだそうだ。

「ずっと悩なやんでいたことで、もう日本にっぽん国籍こくせきを切きってしまおうと。それで、変かえたんですよ。余計よけいなことを考かんがえなくてすむようになったので、よかったですね。新あらたなスタート、っていうのでもないですけど、大事だいじなことにだけ集中しゅうちゅうできるというか」。

「ウィンストン・チャーチル〜」で受賞じゅしょうをした時ときにも、彼かれは、「日本にっぽんを代表だいひょうして」とか、「日本人にっぽんじんとして初はつの」というような言いわれ方かたをされるのが、あまり心地ここちよくないと語かたっていた。

「日本人にっぽんじんは、日本人にっぽんじんということにこだわりすぎて、個人こじんのアイデンティティが確立かくりつしていないと思おもうんですよ。だからなかなか進歩しんぽしない。そこから抜ぬけ出だせない。一番いちばん大事だいじなのは、個人こじんとしてどんな存在そんざいなのか、何なにをやっているのかということ。その理由りゆうもあって、日本にっぽん国籍こくせきを捨すてるのがいいかなと思おもったんですよね。（自分じぶんが）やりたいことがあるなら、それをやる上じょうで何なにかに拘束こうそくされる理由りゆうはないんですよ。その意味いみでも、切きり離はなすというか。そういう理由りゆうです」。

何なににおいても、レッテルには縛しばられない

　そう語かたるカズ・ヒロは、ほかのことにおいても、グループ分わけをすることを好このまない。男性だんせい上司じょうしによる女性じょせいに対たいするセクハラを語かたる「スキャンダル」を、男性だんせいの監督かんとくと脚本きゃくほん家かが立たち上あげたことを興味深きょうみぶかく思おもい、筆者ひっしゃはこのふたりにその意義いぎについて取材しゅざいをしているのだが（性せい暴力ぼうりょくの被害ひがい者しゃを｢嘘うそつき｣扱あつかいする男おとこの不見識ふけんしき ｢女性じょせい視点してんの映画えいが｣を男性だんせい監督かんとくが撮とる意義いぎ）、彼かれに同おなじことを聞きいてみると、まったく違ちがう答こたえが返かえってきた。

「男性だんせいであれ、女性じょせいであれ、関係かんけいないと思おもうんですよ。この映画えいがの批評ひひょうにも、なぜ男おとこが書かいて男おとこが作つくったのかというのがあったりしましたけど、それは関係かんけいなくて、何なにを語かたるかだと思おもうんですよね。誰だれが語かたるのかじゃなくて。男性だんせいか、女性じょせいかと分わけること自体じたいが間違まちがいだと思おもいます。そもそも、そこから差別さべつが起おこるわけで。それを言いっている時点じてんで、まだ男女だんじょ差別さべつに執着しゅうちゃくしているんですよ。それは無なくすべきだと思おもいます」。

　自分じぶんの仕事しごとに関かんしても、ファインアートが優先ゆうせんなのか、映画えいがの仕事しごとはどの程度ていどにするのかといった基準きじゅんで選えらぶことはしていないという。大事だいじなのは、「残のこりの人生じんせいで何なにを残のこしていくか」だ。

「映画えいがの仕事しごとにまた戻もどってきて、両方りょうほうやってみて、対象たいしょうは何なにであれ、創つくり出だすという活動かつどうであることは一緒いっしょだなと。それが僕ぼくの目的もくてきなんで。どっち（がメイン）かというんじゃなくて、残のこりの人生じんせいで何なにをやっていくかということですよね。『スキャンダル』も、どうでもいい単たんなる仕事しごと、というのではなく、やる意味いみがあると思おもったからやったものです」。

　たしかに、「#MeToo」映画えいがである「スキャンダル」は、多おおくのことを考かんがえさせる意義いぎ深ふかい作品さくひんだ。伊藤いとう詩織しおりさんの件けんで、最近さいきん、少すこしは日本にっぽんでも認識にんしきが高たかまったかもしれないが、日本にっぽんももっと大おおきく変かわるためには、抜本ばっぽん的てきに古ふるい考かんがえを捨すてることが必要ひつようだと、彼かれは考かんがえる。

「日本にっぽんの教育きょういくと社会しゃかいが、古ふるい考かんがえをなくならせないようになっているんですよね。それに、日本人にっぽんじんは集団しゅうだん意識いしきが強つよいじゃないですか。その中なかで当あてはまるように生いきていっているので、古ふるい考かんがえにコントロールされていて、それを取とり外はずせないんですよ。歳としを取とった人ひとの頑固がんこな考かんがえとか、全部ぜんぶ引ひき継ついでいて、そこを完全かんぜんに変かえないと、どんどんダメになってしまう。人ひとに対たいする優やさしさや労いたわりとかは、もちろん、あるんですけど、周囲しゅういの目めを気きにして、その理由りゆうで行動こうどうする人ひとが多おおいことが問題もんだい。自分じぶんが大事だいじだと思おもうことのために、自分じぶんでどんどん進すすんでいく人じんがいないと。そこを変かえないと、100%ころっと変かわるのは、難むずかしいと思おもいます」。

　将来しょうらい成功せいこうしたいと願ねがっている若わかい人ひとへのアドバイスもやはり、周囲しゅういに流ながされず、自分じぶんの考かんがえで動うごくことだ。

「自分じぶんが何なにをやりたいのか、何なにをやるべきなのかを自覚じかくして、誰だれに何なにを言いわれようと突つき進すすむこと。日本にっぽんは、威圧いあつされているじゃないですか。社会しゃかいでどう受うけ入いれられているか、どう見みられているか、全部ぜんぶ周まわりの目めなんですよね。そこから動うごけなくて、葛藤かっとうが起おこって、精神せいしん疾患しっかんになってしまうんです。結局けっきょくのところ、自分じぶんの人生じんせいなのであって、周まわりの人ひとのために生いきているんではないので。当あてはまろう、じゃなくて、どう生いきるかが大事だいじなんですよ」。

　これからも、カズ・ヒロは、自分じぶんの信念しんねんに正直しょうじきに突つき進すすんでいく。

カズ・ヒロ Kazu Hiro 京都きょうと市し生うまれ、L.A.在住ざいじゅう。10代で映画えいがの特殊とくしゅメイクに強つよい興味きょうみを持もち、独学どくがくを開始かいし。1996年ねん、単身たんしん渡米とべい。ディック・スミスの弟子でしであるリック・ベイカーの右腕うわんとして、「グリンチ」「ザ・リング」「もしも昨日きのうが選えらべたら」「ベンジャミン・バトン　数奇すうきな人生じんせい」など、数すう多おおくの作品さくひんにたずさわった。2012年ねん、ファインアートのスカルプチャーに活動かつどうの中心ちゅうしんをシフト。それらの作品さくひんは各地かくちの美術館びじゅつかんや美術びじゅつ展てんなどで展示てんじされてきている。

写真しゃしん提供ていきょう：Lionsgate Entertainment Inc.