ダンスロックという意味ではナユタン星人と同じ分類ができるが、ビートに着目してみると「シャルル」はソカ的だし、「花瓶に触れた」では全体を通して2-3ソン・クラーべが鳴っている。ナユタン星人が(隔世遺伝的な)ディスコ由来のダンスロックであるのに対して、バルーンはさらにラテンミュージックの要素を加えたダンスロックであると言える。これはバルーン本人も示している通り、ルーツだというポルノグラフィティの影響もあるだろう(ちなみに、同時代のソカ的なビートを用いたヒット曲としてはLuis Fonsi「Despacito ft. Daddy Yankee」(2017年)や、[Alexandros]「ワタリドリ」(2015年)などが挙げられる)(参照:音楽ナタリー)。また、バルーンの平均BPMも155.6(最大値195、最小値120)とやはり一時期と比べかなり遅い。これらの比較的低BPMのVOCAROCKのヒットはn-bunaがもたらした感覚の延長にあると言えるだろう。その一方で、「メーベル」や「嘯く終日」などに顕著なスケール外の音を用いたり、コーラスなどのモジュレーション系のエフェクトをかけたリードギター/シンセはハチ~初期米津玄師を思わせもする。
メーベル/flower
この時期のダンスロックの流行は『ドンツーミュージック』というコンピレーションアルバムシリーズのリリースが象徴している。また、このアルバムに参加しているナユタン星人、はるふり、和田たけあき(くらげP)は、「単色背景+少女」のイラストという動画スタイルも共通しており、このスタイルのヒット曲を持つボカロPが集まった『モノカラーガールスーパーノヴァ』というコンピレーションアルバムもリリースされている(先の3人も参加)。音楽と直接的には関係ないが、これもこの時期の流行の1つと言えるだろう。『モノカラーガールスーパーノヴァ』に参加しているボカロPの中では石風呂が一番古くからこのスタイルを採用しているし、参加していない著名ボカロPでも、ただのCoやshrや椎名もたなどが用いているが、この時期の流行の発端となったのは、ダンスロックであり、後述する「Just the Two of Us進行」でもある2015年1月4日投稿のはるふり「右に曲ガール」なのではないだろうか。
ハヌマーンや東京事変などに影響を受け、主にロックを手掛けてきたぬゆりだが、この楽曲はハウスなどのクラブミュージックとスウィングジャズを融合させた「エレクトロスウィング」というジャンルに分類されるという見方が一般的だ。「フラジール」以前にもbaker「夏に去りし君を想フ」(2011年)、蜂屋ななし「ONE OFF MIND」(2016年2月)といったエレクトロスウィングのヒット曲は存在したが、2016年以降のボカロシーンにおける「流行」はこの楽曲によるものが大きいだろう。元来のエレクトロスウィングはブラスが用いられる点も特徴なジャンルであるが、ぬゆりの楽曲には主役級と言えるほど目立ったブラスは見られない。これはこの後のボカロシーンにおけるエレクトロスウィング楽曲の多くにも共通する点だ。「フラジール」が与えた影響はこれだけに留まらない。残響音の無い(あるいは少ない)スパッと切れる音が特徴の「リリースカットピアノ」の流行にも寄与したことは間違いないだろう。また、「ロンリーダンス」ではUKガラージ/2ステップ的なビートも取り入れている。これらのクラブミュージックへの傾倒は、音楽ゲームのコンポーザーとしても活動していることと無関係ではないだろう。