2018年、アルバム『ジョアン』を携えて開催された『Joanne World Tour』中、ガガは激しい痛みに襲われ、残る公演を全てキャンセルした。持病である線維筋痛症の悪化や、若い頃から抱えていたうつ病、PTSDなど、当時の彼女は様々な痛みに苦しみ、身動きが取れなくなっていた。2020年に発売されたアルバム『クロマティカ』は、彼女がそれら痛みと正面から向き合い、乗り越えるためのプロセスを描いた、キャリア史上最もパーソナルな作品である。それは、同作を提げて開催されるワールドツアー、つまり今回の来日公演が彼女の復活を示すと共に、作品同様、キャリア史上最もパーソナルなショーになることを意味していた。
スクリーンに投影される映像。そこに映っていたのは、レザーの衣装で手術台に拘束され、機械に全身をケーブルで繋がれたガガの姿。それはあまりにも痛ましくグロテスクな光景だったが、“ACT I”と題して披露されたステージ上でのパフォーマンスはそれ以上に衝撃的なものだった。「Alice」では、浮遊する手術台に磔にされた彼女が、全身から流血していることを示すかのような赤く輝く衣装で、拘束されたまま為す術もなく歌い続け、「私を自由にして(Set me free)」という悲痛な叫びが会場中に響き渡る。やがて、憔悴しきった姿で台座から降りた彼女だったが、その後もPTSDをテーマにした「Replay」、ある男性に身も心も蝕まれる姿を描いた「Monster」と、キャリア屈指のダークな楽曲を披露。自らを苦しめる痛みを、パフォーマンスによって徹底的に表現してみせる。彼女は、名声を手にすることで待ち受けていた痛みとの戦いを、このステージ上に再現してしまったのだ。
だが、『クロマティカ』が痛みを表現しつつも最終的には「音楽による救済」を描いたように、このショーにもやがて救いの瞬間が訪れる。極限状態の中でSOSを発信する「911」で幕を開けた“ACT II”では、「Sour Candy」で相手に合わせ内面を変えるようなことはしないと警告し、自らを邪魔する存在への決別を伝える「Telephone」によって、ありったけの火柱と共に再びドームを狂乱のダンスフロアへと導いていく。スクリーンには、まるで監視カメラを通してガガとダンサーを捉えているかのような映像が映し出されるが、『ボーン・ディス・ウェイ』期を彷彿とさせる攻撃的なレザーの衣装を身に纏った彼女はそれを一切気にすることなく、キレのあるダンスと力強い眼差し、激しい動きの中でも乱れることのない驚異的な歌唱力によって応戦する。その勢いのままステージ前の花道へと足を踏み入れた彼女は、原曲よりも遥かにハードロックな成分を強化した「LoveGame」を披露。「恋の駆け引きをしよう(Let's play a LOVEGAME)」と歌い、唸りを上げる演奏に合わせて激しくヘッドバンギングをする姿は、遂に彼女が主導権を取り戻したことを示していた。