慶応大学の岩尾准教授
東京大学史上初の「経営学博士」を取得、独創的な視点を持つ若手研究者として注目される慶応義塾大学の岩尾俊兵准教授(35)。かつての日本企業は人を最重要資源として、品質管理力を磨いて世界市場を席巻したが、デフレ下と「品質競争から価値創造競争へ」の環境変化によって競争力を失ったという。デフレモードを脱しようとする中、今後は価値創造力を学び直せば、日本企業に逆襲の機会はあると語る。新進気鋭の経営学者に聞いた。
今後は品質管理+イノベーション 価値創造のリスキルを
――国は企業側に人的資本経営の推進を求め、リスキリングにより人材育成を促進しようとしています。ただ、戦後の日本企業は、欧米企業に比べて人も大事にして、しっかり人材教育を進めてきたと思いますが。
確かに以前の日本企業は従業員を大事にして教育にも力を入れていました。1990年代以降のデフレ下に陥るまでは、緩やかなインフレと人手不足が続いており、相対的におカネよりも人の方が経営上の希少資源となっていたことも追い風になっていたと思います。日本企業の大きな特長は、理念上すべての従業員が製造業における全社的品質管理などを通じて付加価値向上活動に貢献していたことです。こうした活動の土台として、東大教授だった石川馨先生は品質管理向上のための「QCサークル」活動を通じて「QC七つ道具」といわれる思考ツールを全国の企業に無償で普及させました。
こうした活動の蓄積により、自動車や家電など日本製品の製造品質は世界トップになったわけです。多くの社員がアイデアを出し、カイゼン活動を通じて高品質なモノを世界に売り、給料も上昇していくという好循環が生まれました。さらに、こうして得られた資金を人材教育に投下し、研究開発費も上げ、新幹線や家庭用ゲーム機、胃カメラなど革新的な製品も次々誕生しました。日本でも人に価値を置く時代はイノベーション力も高かったわけです。
――しかし、デフレ下のこの30年で日本は国際的競争力を失いました。今後、どうすれば日本経済は復権すると思いますか。
やや単純化していうと、デフレ下では人よりカネの方が相対的な価値が高くなります。カネを持っているだけでもうかるので、人には投資しようとは思わなくなった。これがバブルとその後の不良債権処理問題へとつながった。こうした状況では、人はただのコストとして扱われ、できる限り削減・搾取されるという負の循環に陥ったのです。しかし、ここに来て、デフレモードは終わり、人に投資しようという機運が起きてきました。
ただ、これからの時代は、品質管理一本での成長は難しい。高度経済成長期には、自動車や家電など、欧米をモデルにして目標を追求すれば良かったわけですが、これからは目標そのものを自分たちでつくって、価値創造してゆく必要があります。品質管理にプラスしてイノベーションを起こす力が大事になるので、価値創造のリスキリングが不可欠になりますね。
誰もが課題解決、価値創造力を磨ける思考ツール
――どのようにすれば、価値創造のリスキリングはできるのでしょうか。
私は今、価値創造のフレームワークの「VC(価値創造)三種の神器」を考案して提唱しています。「世界は経営でできている」という本も執筆しましたが、経営者に限らず、誰もがそれぞれの課題を設定し、解決して主体的に価値を創造する必要があると考えています。日常生活の問題から職場の問題、会社経営までそれぞれの「経営の現場」の問題解決のために各自がこの3つのフレームワークを思考ツールとして使っていくイメージです。QCサークルの生みの親の石川先生のように無償で普及させていくことにしました。
「三種の神器」の図は次ページに。