社会課題を解決し、持続可能な未来をつくる。その実現に向けて、行政のデジタル化は喫緊の課題だといえるだろう。こうした課題に対し、独自のアプローチで挑んでいるのがPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)だ。同社ではテーマごとに各分野のプロフェッショナル人材による「デジタルガバメントチーム」を組成し、構想の策定からその実装・実行まで伴走支援しているという。現状、そしてこれからのデジタルガバメントの可能性とその先に見据える未来について、同社のキーパーソンたちに話を聞いた。
行政DXは数十年先を見据えた未来志向の変革
―2021年9月1日にデジタル庁が発足しました。これにより、日本社会のデジタル化が大きく進むと期待されています。公共領域をはじめ、社会にデジタル化が求められる背景をどのように見ていますか。
渡辺これまで行政は縦割り構造である上、規制やしがらみがあって、横断的な取り組みをなかなか実践できませんでした。デジタル庁はこれを抜本的に見直す司令塔の役割を担っています。これはデジタル化の前進に向け、非常に意義深いことだと思います。
![PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 ディレクター 渡辺 将人氏](https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/24/pwc0607/photo_01.jpg)
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部
ディレクター
渡辺 将人氏
鈴木世界的にみると、日本のデジタル化は他国と比べ遅れていると評されることもあります。デジタル化が進まないのは、様々な要因がありますが「過去の成功体験で創られた組織構造や既存プロセスから抜け出せない」ことも大きな原因ではないかとみています。例えば緻密に計画を作って実践する計画駆動型のアプローチ。現在の社会はVUCA※と評されるように、大きく変化し、先を見通すことが難しい状況です。すべてを緻密に計算してから動き出すのではなく、仮説を立て、小さく始めてフィードバックをもとに改善を積み重ねる仮説検証型のアプローチを取り入れていく必要があります。これは一例ですが、デジタル庁はそのような既存の構造や仕組みを変革するための環境づくりも目指していると感じています。
渡辺ただし、その取り組みがなかなか理解されない面もあります。例えば、健康保険証はマイナ保険証へ移行し、2024年12月2日から現行の健康保険証は発行されなくなると報道されています。人によっては、医療を受ける上で、今の健康保険証で何の問題もないと感じる方もいて、「どうしてマイナ保険証に替わるのか」という声もあると思います。しかし、個人的にはこれは未来を見据えた投資であり、改革と理解しています。未来を見据えて、これまでなかなかできなかったことにチャレンジして、動かしていこうとしているわけです。
藤原私も同感ですね。日本では少子高齢化が進み、人手不足がますます深刻化していくでしょう。その中で役所での窓口業務、防災、医療・介護・子育てなどの社会保障サービスなど様々な公共系のサービスを維持していくためには、デジタルを活用した生産性向上が不可欠です。
清水社会的側面に加えて、経済的側面もあると思います。DXを進めることで、ビジネスプロセスの効率化、コスト削減、新しいビジネスモデルへの移行が可能となり、国際市場での競争力を高めることができます。日本はDXの面で他国に比べて遅れをとっている部分があります。このままの状態では、世界における日本の存在感も低下してしまう。AI、ビッグデータ、Web3.0などの先端技術を積極的に取り入れ、経済競争力を強化していくことが大切です。
- ※VUCA:
- Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(あいまい性)という4つの言葉の頭文字をとった造語
ガバメントクラウドへの移行と活用を支援
―社会のデジタル化に向けて、PwCコンサルティングはどのような支援を行っているのですか。
渡辺目指しているのは「未来のためのデジタルガバメントの実現」です。中央省庁や地方自治体のDXを加速させ、行政サービスの在り方そのものを変革していくことです。
その一例としてデジタル庁が進める「ガバメントクラウド」への移行支援が挙げられます。これは、クラウドの最新技術を活用することで、高いセキュリティとガバナンス、可用性とスケーラビリティを確保し、ベストプラクティスに基づく品質の底上げと標準化、運用の省力化・自動化を実現すると考えます。これを基盤に、政府や地方自治体の行政DXを加速していくことになると思います。
特に自治体については、税金関連、保険・年金・福祉関連など同じようなスキームで運用している業務も多い。これらのシステムを標準化してガバメントクラウドに集約すれば、コストや運用負荷を低減できるし、業務の標準化も進みます。標準化されることで、必要な人に必要な行政サービスをプル型ではなく、プッシュ型で提供できる。そんな仕組みも今後可能になるでしょう。
藤原私もそこに期待しています。これまでケアできなかった人をケアできるようになりますからね。インクルーシブな社会づくりに向けた取り組みが既に動き出しています。
鈴木ガバメントクラウドには従来のITの位置付けを変える狙いもあると思います。業務の効率化・省力化を実現するためのITだけでなく、デジタル技術を活用することで、IT起点で新しいサービスを自分たちで作り出すことが可能になります。
ただし、ITリテラシーは自治体間でまだまだバラつきがあると思います。そこで当社ではITベンダーなどとも連携し、ITリテラシー向上の支援も行っています。
![PwCコンサルティング合同会社 エンタープライズトランスフォーメーション本部 ディレクター 鈴木 直氏](https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/24/pwc0607/photo_02.jpg)
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エンタープライズトランスフォーメーション本部
ディレクター
鈴木 直氏
To Be(あるべき姿)のギャップを埋めるCan Be(現実解)を提案
―様々な可能性を秘めたデジタルガバメントですが、推進していく上で、注意すべきポイントはどこにあるのでしょうか。
渡辺行政の先には必ず国民がいます。行政サービスを受ける国民、い換えればエンドユーザーが今よりも便益を実感できるものでなければ、この取り組みの効果は半減すると思います。行政のデジタル化は、そのエンドユーザーとなる国民が起点であることを第一に進めていくことが肝要だと考えています。
藤原創りたい未来から一緒に考え、バックキャストでその実現に向けた伴走支援していくことも重要です。目指すことを実現するために、どういう人・企業・組織を巻き込んでいくか。具体的には、学術機関や地域住民と連携してアイデア出しから一緒に考え、小さくチャレンジして成功と失敗を繰り返しながらハードルを乗り越えていくアプローチが大切だと考えています。
また、事業の継続性といった観点では、それらを支えて行く人たちがビジネスとして利益が上がる仕組みや、やりたいと思える魅力がある仕組みを作っていく必要があると思います。「儲からないことをやって儲ける」というシフトチェンジ支援はその一環です。実は儲からないと思われていた公共サービスも仕組みを変えていくことで利益が上がるようになり、そこに参入する企業が増えることでより良いサービスに変え続けていける可能性があります。短期的には難しくても、そういう活動を地道に続けることで、知見や技術が蓄積され、将来的にブレイクスルーできるかもしれない。そんなチャレンジにも取り組んでいます。
![PwCコンサルティング合同会社 公共事業部
シニアマネージャー 藤原 司氏](https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/24/pwc0607/photo_03.jpg)
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公共事業部
シニアマネージャー
藤原 司氏
渡辺他の国でも多くの課題がありますが、特に日本には多くの社会課題があり、「課題先進国」と言われています。人的リソースや予算が限られる中、すべての課題に同時並行で対応することはできません。優先順位を決め、段階的に進めることが重要です。
そうなると劣後するものも出てきますが、それをステークホルダーにきちんと伝え、一人ひとりの納得感の醸成を図る。耳障りのいいことばかりでなく、時には厳しい意見を述べることもありますが、それが信頼を育み、結果的に仲間を増やすことにつながると考えています。
―将来を見据えつつ、地に足のついた支援が必要ということですね。
渡辺「As Is」から「To Be」を目指すのが変革の常套ですが、これだけ様々な情報が溢れている世の中では、既にお客様もTo Beを分かっていることが多いです。あるべき姿は分かっているけど、そこに行けないから困っているのです。私たちは「To Be」に近づけるための「Can Be(現実解)」をまずは提案し、その実現をサポートします。
清水自治体によってはデジタル化以前に、より手前の段階から見直しが必要なこともあります。その場合は効率化やガバナンスを軸に、現場の業務見直しをサポートします。私たちの活動は、必ずしもデジタル化ありきではありません。
DXの方法論、組織変革や人材育成もサポート
―組織は非常にフラットだそうですね。そこもPwCコンサルティングの特徴の1つといえるのでしょうか。
鈴木組織の垣根が低く、社内で活発にコラボレーションしています。「この件は、あの人が詳しいから聞いてみよう」――。そんな相談がどこかで毎日のように起こり、それをきっかけに一緒にプロジェクトを進めていくこともあります。
私はエンタープライズトランスフォーメーション本部に所属し、クラウドトランスフォーメーションチームを担当しています。本日参加している他のメンバーは公共事業部の所属ですが、部門を超えて「デジタルガバメントチーム」を組み、プロジェクトを進めています。
渡辺このチームは正式な部署があるわけではなく、テーマごとに最適な人材をアサインしてつくる、いわば仮想的なチームです。鈴木はクラウドやアジャイルを活用したDXを推進しており、民間企業の取り組みを含めて、経験が豊富です。
私を含めた他のメンバーは公共系の事業ドメインが強みです。各々で経験や知見は異なりますが、だからこそ互いが連携し、共創することで大きな価値が生まれます。その上で、行政のその先にいる国民を起点としたデジタル化という方向性を常に意識し、集合知によりクライアントの変革を支援しています。
鈴木DXは「What(何をやるか)」を定義することが大前提です。しかしそれを意識するあまり「How(どのようにやるか)」の部分が置き去りになってしまい、従来のやり方で進めてしまうことでなかなか先に進まないケースがあります。ここも変えていく必要があると考えています。
年単位でようやくアウトプットが確認できるようなやり方では、変化の激しい時代に対応できません。私たちはHowの部分を変革するために、内製化も取り入れながら、アジャイルや仮説検証型アプローチの定着を支援しています。
まず取り組みの対象を絞って、小さな単位に分割。そして仮説を立てて、それを検証する作業を短期間で繰り返し、素早く結果をリリースします。さらにそこからフィードバックをもらって、改善サイクルを回していきます。
清水とりあえず小さく始めて、成功も失敗も含めて数多く体験を積んでいく。すなわち、「Small start, quick win」あるいは「quick fail」を実践することを意識しています。
これはリスクのミティゲーション(軽減)という意味合い以上に、まずはデジタルを体感することに意義があるからです。これにより何ができて、何が難しいのかを感じることができる。それが自治体の方々の知見になっていきます。これを一方的に押しつけるのではなく、「なぜこういうやり方が必要なのか」という理解を深めつつ、マインドチェンジも促すようにしています。
渡辺アジャイルや仮説検証型アプローチを組織に根付かせるためには、既存の組織体制やプロセスを再定義し、変革を牽引する人材を育成することも必要です。当社はこれもトータルで伴走支援しています。
自治体DXのモデルケースが各地で進行
―既に政府や自治体のデジタル化を数多く支援しています。いくつか具体例を教えてください。
渡辺先ほどお話したガバメントクラウドへの移行支援をはじめとして、デジタル化において、中央省庁や地方自治体に行政DXの観点で様々な支援をしています。少し変わったところでは、これは大学との共同研究となりますが、デジタル広域連携をテーマに、社会課題の解決方法の研究に取り組んでいます。例えば2023年は教育をテーマに活動しています。デジタル広域連携により教師の負担を軽減し、子どもたちにこれまでに無い学びの機会を提供するような、新しい学校教育の在り方を作れるのではないか。そのような研究をしています。
清水デジタル化を進めていくためには、人を育て、経験や知見を積み上げていくことが大切ですが、省庁や自治体はジョブローテーションがあるため、デジタルといった特定の領域に特化した人材が育ちにくいという課題もあります。こういった課題解決のために、自治体の外部組織としてDX推進組織が設立された例があります。この組織はデジタル人材の採用や育成、ツールやシステムの調達を独自に実施。デジタル基盤の強化・共通化、データ利活用推進、官民共創による新サービスの創出を進めるなどしており、自治体におけるDX戦略の新しい形です。
今後、このような取り組みが広がっていくことも想定されます。
![PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 シニアマネージャー 清水 俊雅氏](https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/24/pwc0607/photo_04.jpg)
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公共事業部
シニアマネージャー
清水 俊雅氏
―社会や政府、自治体のデジタル化推進に向けて、今後の展望を教えてください。
鈴木繰り返しになりますが、デジタル化はやり方を変えていくことも重要です。今後もチーム一丸となって、テクノロジーの効果的な活用に加えて、既存の組織やプロセスの見直しと再定義を支援していきます。
藤原その際、重要になるのが継続性です。組織やプロセスを新しくしても、現場の職員が疲弊するような仕組みでは長続きしませんし、アップデートもできません。職員に極力負担をかけず、テクノロジーや法制度、社会受容性などあらゆる側面を総合的に踏まえ、資源(ヒト・モノ・カネ)のバランスがうまく取れた継続的に前進していける仕組みづくりを強く意識していきます。
清水デジタル化が進めば、広域連携も可能になり、より多くのデータを活用できるようになります。ビッグデータやAIなどの技術を活用して、より精度の高い政策決定を行う「データ主導型政策」、いわゆる「EBPM」への関心がより高まっていくと考えます。データを中心に据えて、住民、職員、行政事務、行政サービス間のデータ連携を促進し、デジタルフィードバックループを実現する社会の実現を支援していきます。
渡辺様々な取り組みのベースにあるのは、ステークホルダーとの信頼関係です。新しい取り組みや変革への一歩を踏み出す際には、できる限りの説明責任を果たす。全員から100%の合意を得ることは難しいですが、理解してもらう努力は必要です。日本社会のデジタル化を推進するためには、こうした活動を一つひとつ積み重ねていくことが大切だと思います。