(Translated by https://www.hiragana.jp/)
理研の十倉氏とロームの中原氏が語り合う マルチフェロイックスとSiC/GaNが融合する未来 - 日経クロステック Special

内容ないよう登壇とうだんしゃ肩書かたがきは取材しゅざい当時とうじのものです(2024ねん1がつ)

現在げんざい日本にっぽん研究けんきゅう開発かいはつ弱体じゃくたい傾向けいこうにある。日本にっぽん研究けんきゅう開発かいはつ(2023ねん)は米国べいこく中国ちゅうごくつづだい3維持いじしているものの、そのりつ低迷ていめいしており、さらに論文ろんぶんすうでは中国ちゅうごく米国べいこく、インド、ドイツの後塵こうじん(こうじん)をはいしているからだ。研究けんきゅう成果せいかは、つぎなるビジネスのタネである。タネがなければ、日本にっぽん経済けいざいあたらしいビジネスをせず、ジリ貧じりひんおちい危険きけんせいたかくなる。今後こんご日本にっぽん研究けんきゅう開発かいはつはどのような方向ほうこうすすむべきなのか。理化学研究所りかがくけんきゅうしょ理研りけん創発そうはつ物性ぶっせい科学かがく研究けんきゅうセンターの十倉とくら こうおさむと、ローム 研究けんきゅう開発かいはつセンターの中原なかはら けん議論ぎろんした。

多岐たき研究けんきゅう開発かいはつのテーマをどうえらぶか

——研究けんきゅう開発かいはつのテーマは多種たしゅ多様たよう難易なんいひくいがたか確度かくど成果せいかられるテーマもあれば、難易なんいたか成功せいこうりつひくいが成果せいかられればインパクトがきわめておおきいテーマもある。大学だいがく公的こうてき研究けんきゅう機関きかんはどちらの研究けんきゅうテーマをえらぶべきなのか。

国立こくりつ研究けんきゅう開発かいはつ法人ほうじん 理化学研究所りかがくけんきゅうしょ
創発そうはつ物性ぶっせい科学かがく研究けんきゅうセンター
センターちょう
工学こうがく博士はかせ
十倉とくら こうおさむ

じゅうくら以下いか十倉とくら そもそも最初さいしょから壮大そうだい研究けんきゅうテーマをかんがえて、それにチャレンジしたとしてもほとんどはうまくいきません。研究けんきゅうはじまりは「こういうことを実現じつげんしたい」という研究けんきゅうしゃちいさなおもいです。

国立こくりつ研究けんきゅう開発かいはつ法人ほうじん 理化学研究所りかがくけんきゅうしょ
創発そうはつ物性ぶっせい科学かがく研究けんきゅうセンター
センターちょう
工学こうがく博士はかせ
十倉とくら こうおさむ

わたしは、「マルチフェロイックス」という分野ぶんや研究けんきゅうをしています。一般いっぱんにコイルちゅう磁石じしゃくうごかすと電磁でんじ誘導ゆうどう発生はっせいし、電気でんき磁気じき変化へんかします。このときコイルに電流でんりゅうながさずに電界でんかいだけで磁石じしゃくつくれれば、わずかなエネルギーしかいらない。この現象げんしょう電気でんき磁気じき効果こうかびます。一般いっぱんてき電磁気でんじきがくとはことなるあたらしい現象げんしょうです。これを実現じつげんさせたい。そのおもいから研究けんきゅう着手ちゃくしゅしました。

しかも当初とうしょ効果こうかちいさくても、低温ていおんでもかまわないので、原理げんりてきあたらしいものをつけることを目指めざしました。そうして研究けんきゅうテーマをすこしずつおおきくしていく。たとえば、温度おんどたかくして室温しつおんでもきるようにしたり、効果こうかを1000ばい、1まんばい徐々じょじょおおきくしたりしていくわけです。研究けんきゅうテーマは徐々じょじょおおきくなります。しかし、すべて順調じゅんちょうすすむとはかぎらない。途中とちゅう挫折ざせつすることもすくなくありません。

中原なかはら以下いか中原なかはら 十倉とくら先生せんせいは、おもどお研究けんきゅうすすまなくなった場合ばあいはどうされるんですか。

十倉とくら そのときは、あきらめます(笑)。わたしたちが相手あいてにしているのは自然しぜん挫折ざせつしたのは、努力どりょくらないのではなく、「できること、できないこと」を自然しぜんめているからです。様々さまざまくして解決かいけつできなかったら、それはしょせん無理むりなのです。もちろんちが戦略せんりゃくかんがえたりしますが、ある程度ていど挑戦ちょうせんして打開だかいできなかったらあきらめます。

中原なかはら 研究けんきゅうはじめるきっかけになるタネは、どうやってつけていますか。

十倉とくら やはり、からゆうしょうじません。どこかにタネはあります。たとえば、マルチフェロイックスの分野ぶんやであれば、「電流でんりゅうながさずに電界でんかいだけで磁石じしゃくつくること」がみんなのゆめでした。わたしはもともと物理ぶつりせんもんで、高温こうおん超電導ちょうでんどうたい磁性じせいたいなどを研究けんきゅうしていた経験けいけんがあります。そうした背景はいけいから常々つねづね、「固体こたいなか電気でんき磁気じきがどうからえば、このゆめ実現じつげんできるのか」とかんがえていました。すると、あるとき「この方法ほうほうだったら実現じつげんできるのでは」というアイデアがかびます。この妄想もうそうためすわけです。

ちいさくはじめておおきくそだてる

十倉とくら 一方いっぽうで、エンジニアリングの王道おうどうとして「バックキャスティング」と手法しゅほうがあります。これは、産業さんぎょうかい必要ひつようとされるデバイスを目標もくひょうとして、それを実現じつげんするために未来みらいから現在げんざいにさかのぼって道筋みちすじ記述きじゅつし、現在げんざいからすこしずつたどっていく手法しゅほうです。しかし、研究けんきゅうではこの手法しゅほうれません。研究けんきゅうはとてもあたらしいことを対象たいしょうにするため、未来みらいから現在げんざいへの道筋みちすじえがけないからです。むしろ研究けんきゅうでは、現在げんざい研究けんきゅう成果せいか延長線えんちょうせんじょう未来みらい予測よそくしてつぎ目標もくひょうめる「フォワードキャスティング」の手法しゅほうすすめる必要ひつようがあります。

フォワードキャスティングをった場合ばあいは、まえにあるちいさなバリアーをいかにえるかが課題かだいになります。わたしは、この課題かだい解決かいけつのために「らぎ」を大切たいせつにしています。みちをしたり、ひとはなしをボーッとしていたり、会議かいぎをしたりしたときに解決かいけつさくきゅうあたまかぶことがある。これがらぎの効果こうかです。だから中原なかはらさんが、「こんなことが実現じつげんできたら面白おもしろいよね」とはなしてくれたりすると、それがらぎとなり、あたらしいアイデアをおもいたりします。

ローム株式会社かぶしきがいしゃ
研究けんきゅう開発かいはつセンター
統括とうかつ部長ぶちょう・フェロー
博士はかせ理学りがく
中原なかはら けん

中原なかはら かります。らぎによってアイデアがあたまかぶのは、普段ふだんからどこにかうのか、なに実現じつげんしたいのかという問題もんだい意識いしきつねっているからですよね。

ローム株式会社かぶしきがいしゃ
研究けんきゅう開発かいはつセンター
統括とうかつ部長ぶちょう・フェロー
博士はかせ理学りがく
中原なかはら けん

十倉とくら はい、わたし問題もんだい意識いしきは「ドミノだおしみたいなことを実現じつげんさせたい」ということです。ドミノだおしとは、最初さいしょにわずかなちからくわえただけで、最終さいしゅうてきばくだんが「ボン」と爆発ばくはつするような現象げんしょうです。たとえば、超電導ちょうでんどう当初とうしょ温度おんどが10K(ケルビン)や20Kといったちょう低温ていおんでしか現象げんしょう確認かくにんできなかったのですが、現在げんざいでは室温しつおん(135K程度ていど)で確認かくにんできるようになりました。このように物理ぶつり現象げんしょう応答おうとう巨大きょだいすることを、電気でんき磁気じき相互そうご作用さよう実現じつげんさせたい。これはいつもあたまなかいています。

おそらく、研究けんきゅうしゃであれば、従来じゅうらいくらべて応答おうとう物性ぶっせい桁違けたちがいにおおきいあたらしい原理げんりつけたいとおもっているはずです。しかし、最初さいしょから2けたおおきい応答おうとう物性ぶっせいつけようとしても、なかなかうまくいかない。とにかく、ちいさな応答おうとう物性ぶっせいつけることからはじめないといけません。

——やはり大学だいがく公的こうてき研究けんきゅう機関きかんでは、難易なんいたか研究けんきゅうテーマをえらぶべきなのか。

十倉とくら もちろん大学だいがく研究けんきゅう様々さまざまです。企業きぎょう同様どうように、バックキャスティングの手法しゅほうでデバイスの性能せいのうすこしずつたかめていく研究けんきゅう必要ひつようでしょう。その対極たいきょくにいるのがゆめ追求ついきゅうする研究けんきゅうテーマになります。成果せいかなければおかねにならず、研究けんきゅうがなくなります。そのリスクはおおいにありますが、大学だいがくではゆめいかける研究けんきゅうも「アリ」だとおもいます。

中原なかはら 現在げんざい、そうしたゆめ追求ついきゅうする基礎きそ研究けんきゅうテーマはえているのですか。

十倉とくら いま基礎きそ研究けんきゅう元気げんきがなくなっていて、投資とうしがくっています。このため基礎きそ研究けんきゅうでも2ねんさき、5ねんさき産業さんぎょう応用おうよう目指めざせとわれるようになってきました。ただし現代げんだいは、リニアモデルが成立せいりつしていた50ねんまえとはまったくことなります。基礎きそ研究けんきゅう産業さんぎょう応用おうよう乖離かいり(かいり)がどんどんすすんでいます。基礎きそ研究けんきゅう成果せいかがそのまま社会しゃかい実装じっそうされるケースはすくなくなっています。

選択せんたく集中しゅうちゅう」はただしいとはかぎらない

——企業きぎょうは、大学だいがくたいしてどのような研究けんきゅうテーマにんでほしいのか。

中原なかはら 大学だいがく研究けんきゅうは、多様たようせいがあってほしい。そうねがっています。おや病気びょうきで、それをなおしたいから医者いしゃになるひとがいます。そういうひと病気びょうき原因げんいん原理げんりから追究ついきゅうする研究けんきゅうよりも患者かんじゃなお医者いしゃ目指めざすでしょう。一方いっぽうで、十倉とくら先生せんせいのように物理ぶつり原理げんりからえて、「21世紀せいき物理ぶつり」を構築こうちくしたいという研究けんきゅうしゃもいます。このはばひろさが大学だいがく魅力みりょくです。

十倉とくら 中原なかはらさんは、大学だいがく公的こうてき研究けんきゅう機関きかんにおける基礎きそ研究けんきゅう現状げんじょうについてどうていますか。

中原なかはら すこし「役立やくだつ」を意識いしきぎでは、とおもっています。大学だいがく研究けんきゅうは、「選択せんたく集中しゅうちゅう」をしたらダメだとおもいます。多様たようせいうしなうからです。選択せんたくただしければ集中しゅうちゅうしたほうがいいですが、このやまったらかくじつにもうかるなんて、だれかるのでしょうか。

たとえば、現在げんざい効率こうりつが60%のデバイスを80%にたかめる。こういった具体ぐたいてき目標もくひょうがあれば選択せんたく集中しゅうちゅう可能かのうですが、なんでも具体ぐたいてき目標もくひょう設定せっていすべきかについては疑問ぎもんのこります。たとえば、現在げんざい話題わだい量子りょうしコンピューターですが、「量子りょうしコンピューターはこうあるべき」とさきめてしまうと、ことなる方法ほうほう優勢ゆうせいになったときに対応たいおうできなくなります。あえて具体ぐたいてき目標もくひょうさだめないほうがよいものもあるとおもいます。

十倉とくら わたしたちの研究けんきゅうでは、失敗しっぱいをネタにしてつぎすすめるというケースがおおいですね。もっとひろ立場たちばえば、学術がくじゅつてきには様々さまざま原理げんりがあり、そのなかにはとてもやくちそうにないものもあります。しかし、それらにも価値かちがある。研究けんきゅうテーマをえてつぎやまねらいにくとき、研究けんきゅうコミュニティーに財産ざいさんのこっていれば、それをかすことができるからです。

中原なかはら 個人こじんてき経験けいけんえば、わたしは、失敗しっぱいしたときのほうやくっているがします。成功せいこうすると「あー、かった」でわりますが、失敗しっぱいすると「どうしてああなってしまったんだ」と反省はんせいし、そして「つぎおな失敗しっぱいかえさないように戦略せんりゃくてよう」、というふうに、もっとふかかんがえるからです。だから「失敗しっぱい」という言葉ことばはよくない。想定そうていどおりでなかっただけであり、挑戦ちょうせんしたことはべつ機会きかいかならきてきます。

研究けんきゅうにおいて「失敗しっぱい」はない

——研究けんきゅうにおける成功せいこう失敗しっぱいは、どのように定義ていぎしているのか。

十倉とくら わたし研究けんきゅうしつ修士しゅうしごう取得しゅとくしたのちにデバイスメーカーに就職しゅうしょくした学生がくせいがいます。かれ就職しゅうしょく研究けんきゅうしつ度々たびたび訪問ほうもんしてくれて、当時とうじ開発かいはつたずさわっていた青色あおいろLED(発光はっこうダイオード)をせにました。その青色あおいろLEDは、II-VIぞく半導体はんどうたいのZnSe(セレン亜鉛あえん)を材料ざいりょう使つかったものでしっかりとひかっていました。

一方いっぽうで、中原なかはらさんはおなじII-VIぞく半導体はんどうたいのZnO(酸化さんか亜鉛あえん)を使つかったむらさきがいこうのLEDを開発かいはつされていましたよね。どちらも実用じつようという意味いみでは、III-Vぞく半導体はんどうたいのGaN(窒化ガリウム)材料ざいりょう後塵こうじんはいしてしまった。もちろん、いまだからGaNが正解せいかいだったとえますが、当時とうじはZnSeにもZnOにもチャンスがあるとかんがえられており、どの材料ざいりょう勝者しょうしゃになるかからなかったですよね。

中原なかはら だれ確実かくじつこたえはっていなかったですね。

十倉とくら GaNは窒化ぶつ(ナイトライド)だからあつかいにくそうなのは直感ちょっかんてきかりますが、一方いっぽうでZnOは酸化さんかぶつ(オキサイド)なのでpがた半導体はんどうたいつくるのがむずかしそうです。それでも、どうしてZnOを選択せんたくしたのですか。

中原なかはら 理由りゆうはとても単純たんじゅんで、GaNが特許とっきょ紛争ふんそうかかえていたからです。当社とうしゃはLEDと半導体はんどうたいレーザーを製品せいひんしており、1998ねんごろにBlu-ray Disc(ブルーレイディスク)にけた青色あおいろ半導体はんどうたいレーザーを開発かいはつしようということになりました。その当時とうじ、すでにGaNを使つかった青色あおいろLEDは実用じつようされており、特許とっきょ紛争ふんそう話題わだいになっていました。もちろん当社とうしゃ事業じぎょう部門ぶもんとしてはGaNを追究ついきゅうしたほう技術ぎじゅつてき確実かくじつでしたが、特許とっきょ問題もんだい販売はんばいできなくなるリスクがある。そうしているうちに、当時とうじ社長しゃちょうである佐藤さとう研一郎けんいちろうが、「ひか原理げんりわらないなら、べつ材料ざいりょうでも可能かのうなんじゃないか?」としました。そこで、当時とうじ東京工業大学とうきょうこうぎょうだいがくにおられたかわ﨑雅先生せんせいげん東京大学とうきょうだいがく教授きょうじゅ)が「ZnOは大変たいへん発光はっこう効率こうりつたかい」という論文ろんぶん発表はっぴょうされていたため、チャレンジしようということになりました。

十倉とくら 産業さんぎょうかいでは、II-VIぞく半導体はんどうたい使つかったひかりデバイスはすべて失敗しっぱいわりましたが、その開発かいはつたものは現在げんざいなにかに役立やくだっていますか。

中原なかはら 残念ざんねんながら直接的ちょくせつてきなものはありません(笑)かっこわらい。ただ、かわ教授きょうじゅってくれて研究けんきゅう継続けいぞくされています。わたしつくったなりまく装置そうち太平洋たいへいようわたり、現在げんざい米国べいこく研究けんきゅう機関きかんで2次元じげん電子でんしガスという物性ぶっせい研究けんきゅう使つかわれています。

十倉とくら 2次元じげん電子でんしガスにかんする知見ちけんは、「分数ぶんすう量子りょうしホール効果こうか」の研究けんきゅう役立やくだっています。分数ぶんすう量子りょうしホール効果こうか量子りょうしホール効果こうかの1つであり、その研究けんきゅう成果せいかたいしてはノーベルしょうおくられています。分数ぶんすう量子りょうしホール効果こうかにおける偶数ぐうすう分母ぶんぼ状態じょうたいは、量子りょうしコンピューターで活用かつようできると期待きたいされています。

中原なかはら ZnOの開発かいはつたものはあります。研究けんきゅうにおける成功せいこう失敗しっぱいかは、じくかた問題もんだいだということです。「おかねがもうかる」というじくであればZnOの研究けんきゅう失敗しっぱいです。しかし、「勉強べんきょうになった」というじくであれば、けっして失敗しっぱいではありません。

十倉とくら 価値かちじくが1つだけならば、成功せいこう失敗しっぱいかになってしまいます。しかし、やることをやってダメだったら、それは仕方しかたのないことです。自然しぜんめたことだから。もちろん、見通みとおしがうまかったかもしれないが、失敗しっぱいではない。むしろわたしたちにとっては、つぎすすむきっかけになるし、すくなくともガッカリするようなことではないとおもいます。

Si文明ぶんめい特殊とくしゅだった

——1990年代ねんだい隆盛りゅうせいきわめたエレクトロニクス企業きぎょう中央ちゅうおう研究所けんきゅうじょは、いまかげもない。この中央ちゅうおう研究所けんきゅうじょ栄枯盛衰えいこせいすいからまなべることはなにか。

中原なかはら 企業きぎょう研究けんきゅう開発かいはつは、ユーザーにおかねはらっていただける商品しょうひんをどうやってすのかに集中しゅうちゅうすべきだとかんがえています。したがって、研究けんきゅうしゃ興味きょうみだけでテーマをえらぶべきではない、というのがわたし意見いけんです。べつのいいかたをすれば、企業きぎょう研究けんきゅう開発かいはつはテクノロジードリブンにりすぎず、マーケットドリブン、もしくはデマンドドリブンであるべきです。

十倉とくら 19世紀せいきわりに電磁気でんじきがく完成かんせいしました。19世紀せいきにおける最大さいだい科学かがくてき技術ぎじゅつてき成果せいか電磁気でんじきがくによる発電はつでんだったとえるでしょう。そのだい2世界せかい大戦たいせんにpn接合せつごう完成かんせいし、半導体はんどうたいデバイスが誕生たんじょう半導体はんどうたいデバイスは、はなひらいてからわずか30〜40ねんにあれほどまでおおきな産業さんぎょう発展はってんしました。それは人類じんるい史上しじょう、まれに事態じたいえます。

わたしたちは、完全かんぜんへん時代じだいきていました。Si(ケイ素けいそ文明ぶんめい特殊とくしゅだったのです。とても変化へんかはげしかったため、研究けんきゅう開発かいはつ価値かちかんや、その価値かちふかりする企業きぎょう戦略せんりゃくがそれとともにわるのは仕方しかたないことだったとおもいます。そのため中央ちゅうおう研究所けんきゅうじょ突然とつぜん役割やくわりえた。事実じじつ日本にっぽんだけでなく、米国べいこくでも同様どうよううごきがありました。

企業きぎょうまれていた基礎きそ研究けんきゅうは、現在げんざいそのほとんどが大学だいがくなどにうつっています。しかし、大学だいがくはそれほどコヒーレントではない。つまり目標もくひょうけて、みんなでちからわせてワーッと馬力ばりきもなければ、投資とうしりょくもありません。このため基礎きそ研究所けんきゅうじょ役割やくわり十分じゅうぶんたしているとはがたい。それでは、どうすればいいのか。いま、そのこたえはわせていません。

——中央ちゅうおう研究所けんきゅうじょすたれていくなかで、ロームは研究けんきゅう開発かいはつちかられておりSiC(炭化たんかケイ素けいそ)パワー半導体はんどうたいという成功せいこう事例じれいした。成功せいこうした理由りゆうなにか。

中原なかはら 1つは、基本きほんてきにSiではてないという自覚じかくがあったからだとおもいます。ようは、微細びさいわないということです。微細びさいすすめればすすめるほど、製造せいぞうたいする投資とうしがく桁違けたちがいにえていくので、当社とうしゃ体力たいりょくではついていけません。

そうした自覚じかくがあったため、Si以外いがいおこなったのは自然しぜんながれだったとおもいます。ただ、なぜSiCパワー半導体はんどうたいはうまくいったのか。それを説明せつめいするのはとてもむずかしい。個人こじんてき意見いけんですが、うまくいっているものにはたいてい偶然ぐうぜん幸運こううんがあります。SiCはたまたますじかった。トランジスタの基本きほん構成こうせいはMOSFETであり、ゲート絶縁ぜつえんまく使つかいますが、化合かごうぶつ半導体はんどうたいはこれまでゲート絶縁ぜつえんまくつくることができなかった。ところが、SiCだけはMOSFETを実現じつげんできる程度ていどにゲート絶縁ぜつえんまく形成けいせいできた。十倉とくら先生せんせい言葉ことばりれば、「自然しぜんがそうめていたもの」を京都大きょうとだいがく松波まつなみ弘之ひろゆき先生せんせい長年ながねんかけてこし、そのおかげでロームが——おおくの努力どりょく必要ひつようでしたが——成功せいこう糸口いとぐちをつかめた、ということだとおもいます。 

GaNもおなじです。GaNという材料ざいりょうがすごい。GaNを使つかった青色あおいろLEDを作製さくせいした研究けんきゅうしゃもきっとおどろいたはずです。「なんで、こんなにひかるんだ」と。

十倉とくら なぜGaN研究けんきゅうにもちからはじめたのですか。

中原なかはら 理由りゆうは2つあります。1つは、SiCパワー半導体はんどうたいおなじく、Siではてないという自覚じかくがあったから、もう1つは、電子でんし移動いどう圧倒的あっとうてきたかいこと。スピードが全然ぜんぜんちがう。この特徴とくちょうはパワー用途ようとにとっていことがいくつもあります。

十倉とくら GaNパワー半導体はんどうたいって、そんなにスイッチングがはやいんですか。

中原なかはら 圧倒的あっとうてきはやいですね。ただ、はやすぎるとハンドリングがむずかしくなります。そこでゲートドライバーICなどとのわせが重要じゅうようになってきます。そういう意味いみでは、当社とうしゃはIC事業じぎょう手掛てがけているので、それがきるとかんがえています。

しん物理ぶつりがくひらくパワーエレクトロニクスの革新かくしん

——じゅうくら教授きょうじゅ現在げんざいんでいる研究けんきゅうとはどのようなものか。

十倉とくら 現在げんざいわたしは、ファラデーの電磁でんじ誘導ゆうどう物質ぶっしつちゅう磁化じか電気でんき分極ぶんきょく使つかって実現じつげんしようとしています。つまり、固体こたいちゅう電子でんし使つかって電磁でんじ誘導ゆうどうこそうとしています。

これを実現じつげんできれば、固体こたいだけでインダクターを実現じつげんできるようになります。現状げんじょうのインダクターは、そのインダクタンスがコイルのだん面積めんせき比例ひれいします。したがって、そのたかめようとすると、どうしてもだん面積めんせきおおきくなり小型こがたできない。しかし固体こたいちゅう電磁でんじ誘導ゆうどう利用りようすれば、物質ぶっしつちいさくすだけでインダクターを実現じつげんできるので、大幅おおはば小型こがた可能かのうになります。

原理げんり簡単かんたんです。固体こたいちゅうにコイルはけないので、電子でんしのスピンを使つかってコイルを模擬もぎします。電子でんしのスピンはやく2nm(ナノメートル)間隔かんかく、つまり電子でんしおおきさのすうばい間隔かんかくです。ここに電流でんりゅうながすと電子でんし風車かざぐるまのように回転かいてんする。するとかたむいた電界でんかいができるので、最初さいしょながれていた電流でんりゅう位相いそうくらべておくれた電流でんりゅう発生はっせいします。つまりインダクターとおな現象げんしょうきるわけです。

もちろん実用じつようけては、様々さまざま課題かだいのこっています。しかし、集束しゅうそくイオンビーム(FIB)装置そうち使つかってμみゅーm(マイクロメートル)オーダーの物質ぶっしつして、そこに電流でんりゅうなが実験じっけん電磁でんじ誘導ゆうどう効果こうかあらわれることを確認かくにんみです。

中原なかはら 電源でんげん回路かいろにはインダクターが必要ひつよう不可欠ふかけつです。インダクターは電流でんりゅう変化へんかすることで機能きのうするデバイスですが、電流でんりゅう変化へんかはやすぎる(高周波こうしゅうは)と機能きのうしなくなります。

GaNパワー半導体はんどうたい使つかえば、高周波こうしゅうはスイッチングが可能かのうになりますが、インダクターの高周波こうしゅうは特性とくせい十分じゅうぶんではないため、それが高周波こうしゅうは阻害そがいする要因よういんになっています。たとえるなら、高性能こうせいのうなエンジンをんでいるがタイヤは従来じゅうらいどおりの自動車じどうしゃです。はしらせたらバーストしてしまうので、ゆっくりはしらざるをない。それが現在げんざいのGaNパワー半導体はんどうたい使つかった電源でんげん回路かいろかれた状況じょうきょうです。このインダクターの研究けんきゅう開発かいはつは、材料ざいりょうかんする課題かだいおおいため、十倉とくら先生せんせい相談そうだんしました。

——今後こんご高周波こうしゅうは特性とくせいすぐれたインダクターの研究けんきゅうはどのようにすすめていくのか。すでに共同きょうどう開発かいはつんでいるのか。

十倉とくら まだその段階だんかいではありません。ロームさんに興味きょうみってもらうところまで、わたしたちの研究けんきゅうレベルがたかまっていないからです。インダクターへの応用おうようには、どの物質ぶっしつ最適さいてきなのか。それさえもまだかっておらず、現在げんざい様々さまざま原理げんりさぐっているところです。

中原なかはら 十倉とくら先生せんせいのように、あたらしい学問がくもん分野ぶんや挑戦ちょうせんする。これが大学だいがくにおける研究けんきゅう価値かちだとおもいます。大学だいがく多様たようせいがなかったら、固体こたいちゅう電磁でんじ誘導ゆうどう現象げんしょう発見はっけんできなかったら、磁石じしゃくつよくすることしかかんがえていなかったら…。GaNパワー半導体はんどうたい使つかった電源でんげん回路かいろてきしたインダクターを実現じつげんするきっかけさえもつかめていなかったでしょう。

企業きぎょうがリスクテイクできるはば経済けいざい合理ごうりせいまるので、大学だいがくよりはせまくなります。そのはばひろげるため、大学だいがく公的こうてき研究けんきゅう機関きかんには様々さまざまなテーマにチャレンジしてもらいたいですね。

十倉とくら もちろん大学だいがく公的こうてき研究けんきゅう機関きかんは、様々さまざまなテーマにチャレンジしなければなりません。わたしも、固体こたいちゅう電磁でんじ誘導ゆうどう効果こうかもとづくインダクターの実用じつようにまいしんするかんがえです。その一方いっぽうで、企業きぎょうにおける研究けんきゅう開発かいはつきわめて重要じゅうようです。SiCについてえば、自然しぜんあたえたギフテッドの要素ようそがあったにせよ、ロームが基礎きそ技術ぎじゅつを1つずつかさね、長期間ちょうきかんにわたって研究けんきゅう開発かいはつんだからこそ、現在げんざいのSiCパワーMOSFET市場いちば拡大かくだいがあります。

つぎは、GaNパワー半導体はんどうたいばんです。中原なかはらさんは青色あおいろ半導体はんどうたいレーザーの開発かいはつでは成功せいこうしゃになれなかった。しかし、その研究けんきゅう開発かいはつ過程かていつちかった成果せいかは、いま量子りょうしコンピューターの分野ぶんや花開はなひらこうとしています。ぜひ、その方法ほうほうろんをGaNの分野ぶんやんで、GaNパワー半導体はんどうたい成功せいこうへとみちびいてほしい。わたしは、高周波こうしゅうは動作どうさ対応たいおうしたインダクターの研究けんきゅう開発かいはつ中原なかはらさんをサポートしていきたいとおもいます。

わせ

ローム株式会社かぶしきがいしゃ

くわしくはこちら