新物理学が切り開くパワーエレクトロニクスの革新
——十倉教授が現在取り組んでいる研究とはどのようなものか。
十倉 現在私は、ファラデーの電磁誘導を物質中の磁化と電気分極を使って実現しようとしています。つまり、固体中の電子を使って電磁誘導を起こそうとしています。
これを実現できれば、固体だけでインダクターを実現できるようになります。現状のインダクターは、そのインダクタンス値がコイルの断面積に比例します。従って、その値を高めようとすると、どうしても断面積が大きくなり小型化できない。しかし固体中の電磁誘導を利用すれば、物質を小さく切り出すだけでインダクターを実現できるので、大幅な小型化が可能になります。
原理は簡単です。固体中にコイルは巻けないので、電子のスピンを使ってコイルを模擬します。電子のスピンは約2nm(ナノメートル)間隔、つまり電子の大きさの数倍の間隔です。ここに電流を流すと電子は風車のように回転する。すると傾いた電界ができるので、最初に流れていた電流の位相に比べて遅れた電流が発生します。つまりインダクターと同じ現象が起きるわけです。
もちろん実用化に向けては、様々な課題が残っています。しかし、集束イオンビーム(FIB)装置を使ってμm(マイクロメートル)オーダーの物質を切り出して、そこに電流を流す実験で電磁誘導効果が現れることを確認済みです。
中原 電源回路にはインダクターが必要不可欠です。インダクターは電流が変化することで機能するデバイスですが、電流変化が速すぎる(高周波化)と機能しなくなります。
GaNパワー半導体を使えば、高周波スイッチングが可能になりますが、インダクターの高周波特性が十分ではないため、それが高周波化を阻害する要因になっています。例えるなら、高性能なエンジンを積んでいるがタイヤは従来通りの自動車です。走らせたらバーストしてしまうので、ゆっくり走らざるを得ない。それが現在のGaNパワー半導体を使った電源回路が置かれた状況です。このインダクターの研究開発は、材料に関する課題が多いため、十倉先生に相談しました。
——今後、高周波特性に優れたインダクターの研究はどのように進めていくのか。すでに共同開発に取り組んでいるのか。
十倉 まだその段階ではありません。ロームさんに興味を持ってもらうところまで、私たちの研究レベルが高まっていないからです。インダクターへの応用には、どの物質が最適なのか。それさえもまだ分かっておらず、現在は様々な原理を探っているところです。
中原 十倉先生のように、新しい学問分野に挑戦する。これが大学における研究の価値だと思います。大学に多様性がなかったら、固体中の電磁誘導現象を発見できなかったら、磁石を強くすることしか考えていなかったら…。GaNパワー半導体を使った電源回路に適したインダクターを実現するきっかけさえもつかめていなかったでしょう。
企業がリスクテイクできる幅は経済合理性で決まるので、大学よりは狭くなります。その幅を広げるため、大学や公的研究機関には様々なテーマにチャレンジしてもらいたいですね。
十倉 もちろん大学や公的研究機関は、様々なテーマにチャレンジしなければなりません。私も、固体中の電磁誘導効果に基づくインダクターの実用化にまい進する考えです。その一方で、企業における研究開発も極めて重要です。SiCについて言えば、自然が与えたギフテッドの要素があったにせよ、ロームが基礎技術を1つずつ積み重ね、長期間にわたって研究開発に取り組んだからこそ、現在のSiCパワーMOSFET市場の拡大があります。
次は、GaNパワー半導体の番です。中原さんは青色半導体レーザーの開発では成功者になれなかった。しかし、その研究開発の過程で培った成果は、今や量子コンピューターの分野で花開こうとしています。ぜひ、その方法論をGaNの分野に持ち込んで、GaNパワー半導体を成功へと導いてほしい。私は、高周波動作に対応したインダクターの研究開発で中原さんをサポートしていきたいと思います。