その「ものづくり」はどこから来くるのか

　ファッションデザイナーのワタナベ ジュンヤは自身じしんのクリエーションについて語かたるとき、「ものづくり」という言葉ことばを頻繁ひんぱんに使つかう。ワタナベは、通訳つうやくを務つとめる米国べいこく生うまれのアシスタントにこう言いった。「これは日本にっぽん独特どくとくの文化ぶんかだと思おもう。クラフツマンシップと訳やくせるかもしれないけれど、それ以上いじょうです。もっと奥おくが深ふかい。デザインもものづくりの重要じゅうような要素ようそだし、美学びがくも必要ひつようです。そもそも、人ひとはどうやってものをつくりだすのでしょうか?」。

ワタナベ ジュンヤ、東京とうきょうのオフィスにて。 PHOTOGRAPH BY JAMIE HAWKESWORTH

「クラフツマンシップ」とは技術ぎじゅつをもった「個人こじん」に注目ちゅうもくした言葉ことばだ。それに対たいして「ものづくり」は「もの」と「つくる」からできた言葉ことばで、個人こじんより「つくる」 という行為こういに重おもきがおかれる。ワタナベがこの言葉ことばをよく使つかうことからわかるように、彼かれは自分じぶんが目立めだたないように心こころがけている。年とし4回かい開催かいさいされるパリ・コレの、ランウェイのショーでお決きまりとなっているフィナーレの挨拶あいさつにワタナベが姿すがたを見みせることはない。また、インタビューに応おうじることもめったにない。私生活しせいかつはもちろんのこと、仕事しごとについても語かたりたがらない。ワタナベの仕事しごと部屋へやに入はいったことがないというスタッフも多おおい。私わたしはインタビューの前まえにアシスタントからこう告つげられていた。「ワタナベの作品さくひんやクリエーションに関かんする質問しつもんは構かまいませんが、プライベートな話はなしをするのは、あまり好すきではないので、個人こじん的てきな興味きょうみとか、個人こじん的てきな話はなし 題だいはちょっと......」と、だんだん声こえが小ちいさくなった。つまり、プライベートな話題わだいはすべてタブーということだ。 
　私わたしが外部がいぶから集あつめた情報じょうほうは以下いかのとおり。1961年ねん、福島ふくしま県けん生うまれ。離婚りこん経験けいけんあり。東京とうきょうの文化服装学院ぶんかふくそうがくいんで学まなぶ。1984年ねん、川久保かわくぼ玲れいのコム デ ギャルソンにパタンナーとして入社にゅうしゃ。1992年ねん、コム デ ギャルソンのもとで自身じしんのウィメンズブランドを創設そうせつ。同年どうねん、両国りょうごく駅えきのコンコースでランウェイショーを行おこない、デビューを果はたす。1993年ねん、初はつのパリ・コレ参加さんか。「デザイナーを志こころざしたきっかけは?」と私わたしが尋たずねると、ワタナベはこう答こたえた。「特とくにありません。しいて言いえば、小ちいさな洋装ようそう店てんをやっていた母親ははおやの影響えいきょうかもしれませんね」。ちなみに父親ちちおやに関かんする質問しつもんは丁重ていちょうに断ことわられた。 
　プライバシーにこだわるワタナベだが、自分じぶんの名前なまえでブランドを展開てんかいしているのも事実じじつだ。そして、そのブランドが世界せかいのファッションにこれほど絶大ぜつだいな影響えいきょうを与あたえているのは彼かれの独特どくとくな発想はっそう力りょくによるところが大おおきい。ワタナベがつくりだしたファッションの枠わくを超越ちょうえつした服ふくは、服ふくがもつ概念がいねんを変かえた。ワタナベの実験じっけん的てきなクリエーションは既存きそんのアイテムに限かぎりなく手てを加くわえ、まったく新あたらしいものをつくりだす。異国いこくの文化ぶんかや伝統でんとう的てきスタイルを採とり入いれる風潮ふうちょうのあるファッション界かいにあって、ワタナベの作品さくひんには誰だれもこれまで見みたこともないもののようなレアでユニークな特徴とくちょうがある。ワタナベが扱あつかうのが彼かれの言いう“ベーシック”アイテムたち―トレンチ コート、バイカージャケット、白しろいシャツ―なだけに、かえって驚おどろかされる。ワタナベの手てにかかれば、何なんの変哲へんてつもないアイテムがスペシャルなアイテムに生うまれ変かわるのだ。 

2016-’17年ねん 秋冬あきふゆコレクションの“超ちょう構築こうちく的てきドレス”。 ナイロンのネックピースは幾何きか学がく的てきなフォルムの 精密せいみつなハニカム構造こうぞう。ワンピース¥169,000・ Tてぃーシャツ¥17,000・レギンス ¥18,000・靴くつ¥39,000／コム デ ギャルソン（ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン）Tel:03（3486）7611 PHOTOGRAPH BY JAMIE HAWKESWORTH

　ワタナベは1999年ねんにランウェイの真まん中なかで雨あめを降ふらせて、リバーシブル仕様しようになった服ふくがウォータープルーフになるコレクションを発表はっぴょうした。2001年ねんのコレクションはデニムをオートクチュールのレベルまで高たかめ、ハイファッションへのオマージュであふれていた。2006年ねんにはトレンチを繰くり返かえし登場とうじょうさせ、落おち着ついたクラシックな定番ていばんアイテムに新あらたな表情ひょうじょうを与あたえた。とりわけ、ここ5年間ねんかんのウィメンズ・コレクションでベーシックなアイテムの要素ようそをずっと追求ついきゅうしつづけてきたことは注目ちゅうもくに値あたいする。ミリタリーウェア、パフコート、ボーダーなどのシンプルな定番ていばんアイテムからあれほどの豊ゆたかさや広ひろがりを引ひき出だした彼かれの非凡ひぼんな才能さいのうには驚おどろかされた。今いまでは他たのデザイナーたちにとってワタナベの作品さくひんはクリエーションの“発火はっか点てん”だ。 ワタナベが最初さいしょに成なし遂とげたことにインスパイアされたデザイナーが、このような 定番ていばんアイテムをつくろうとするのも納得なっとくできる。
　ワタナベ ジュンヤは55歳さい。彼かれが自分じぶんのブランドを立たち上あげてから24年ねん。ラコステの黒くろのポロシャツ姿すがたで現あらわれたワタナベはべっ甲こうのメガネがきりっとした知的ちてきな印象いんしょうを与あたえる。「知的ちてき」という語かたりはジャーナリストがワタナベの作品さくひんを語かたるときによく使つかう形容詞けいようしだ。彼かれらが言いいたいのは彼かれの作品さくひんが難解なんかいだということ。複雑ふくざつな工程こうていを経へてつくられ、ときには着き方かたも複雑ふくざつ、そして魅力みりょく的てきで実験じっけん的てき。一いち枚まいのファブリックしか使つかわないコレクションもある。それをさまざまな形かたちにカットして分類ぶんるいしていく手法しゅほうは科学かがく的てきと言いってもよい。2016-’17年ねん秋冬あきふゆコレクションでは車くるまの内装ないそうなどの産業さんぎょう用途ようとで使つかわれるポリウレタンとナイロンのトリコをボンディングして、幾何きか学がく的てきなフォルムを追求ついきゅうした。折おり曲まげ、つまみ、ひだを寄よせたファブリックをモデルの身体しんたいに巻まきつけ、自然しぜんなボディラインを消けして抽象ちゅうしょう的てきなボディをつくりだす。あれこれ形がたをつくったり、組くみ立たてたりしているうちに、たまたま服ふくになったという感かんじだ。
　ワタナベの作品さくひんの中なかには高度こうどに抽象ちゅうしょう化かされているために、狂気きょうきの域いきに達たっしているとさえ思おもえるものもある。図形ずけいを組くみ合あわせて立体りったい感かんを出だした、くすんだ赤あかいケープにはグリュイエール・チーズのようにぼこぼこ穴あながあいている。体からだに着きせられているのでなければ "服ふく" とは呼よべないだろう。おまけにボタンやファスナーなどの留とめ具ぐ、スリーブやカラーなどの余分よぶんなディテールはいっさいない。折おり紙がみのようにファブリックを折おって立体りったい的てきな造形ぞうけいを生うみ出だす工程こうていには妥協だきょうを許ゆるさない "ものづくり" の技術ぎじゅつが活いかされている。まるでボードに書かかれた複雑ふくざつな数式すうしきを見みているようで、構造こうぞうの数学すうがく的てき正確せいかくさに魅了みりょうされずにはいられない。駆かけ出だしのデザイナーだったワタナベに影響えいきょうを与あたえたのはピエール・カルダンだというのは意外いがいだった。だが、妥協だきょうのない造形ぞうけいや幾何きか学がく的てきフォルムへのこだわりという点てんで、確たしかにふたりには共通きょうつう点てんがある。
　イッセイ・ミヤケ（三宅みやけ一生かずお）もワタナベが影響えいきょうを受うけたデザイナーだ。ワタナベはファッション雑誌ざっしに載のっていたイッセイ・ミヤケの作品さくひんの新あたらしさに興味きょうみをもった。ワタナベは言いう。「ミヤケ以前いぜんのデザイナーたち（ディオールなどの有名ゆうめいデザイナー） は身体しんたいにぴったりフィットした服ふくをつくろうとしていました。そして、イッセイ・ ミヤケがそういう考かんがえ方かたを根底こんていから覆くつがえして、斬新ざんしんなアイデアを持もち込こんだことに強つよい衝撃しょうげきを受うけたんです。僕ぼくも何なにかをつくりだしたい。これまでのデザイナーとはまったく違ちがう服ふくをつくりたいと思おもうようになりました」。（続つづきを読よむ）

SOURCE:「JUNYA WATANABE」By T JAPAN New York Times Style Magazine
BY ALEXANDER FURY AND TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO AT PARARUTA