撮影/末吉陽子
ローコストでミニマルな暮らしを叶えてくれる「小屋」。昨今はおしゃれでモダンな小屋の販売も増え、別荘ともテントとも違う非日常体験ができるとあって、小屋暮らしは憧れをもって語られるようになりました。そして今年4月、「無印良品」が小屋の販売をスタート。どのようなデザインなのか、そして、どのような暮らしの実現を目指しているのか、取材しました。
南房総で販売を開始。ミニマルなデザインを追求した「無印良品の小屋」
房総半島最南端に位置する千葉県南房総市の白浜。一年中温暖な気候と豊かな自然環境、オールシーズンでアウトドアスポーツを楽しめることも魅力のエリアです。東京からアクアライン経由で約2時間という利便性もあり、多拠点居住の“二拠点目”としても近年注目度が高まっています。
無印良品はこの場所から、新しい暮らし方の選択肢の一つとして“二拠点居住”を提案するべく、今年4月から“廃校を活用した小屋販売”をスタートしました。同社では2015年に「MUJI HUT」と題し、3名のデザイナーが手掛けた3通りの小屋を東京ミッドタウンで展示しており、今回が初の“商品化”ということになります。開発期間は約1年。「はじまりの小屋。」をコンセプトに、MUJI HUTへの反響を踏まえつつ装飾や機能をミニマルに削ぎ落した、無印良品らしいシンプルな小屋を完成させました。
【画像1】屋内9.1m2、縁側3.1m2の小屋。4人までがちょうど良さそうな広さだ。有効面積を最大限確保しながら、ミニマルなデザインを追求するため、ガラス戸は商店などで使用される引き戸をドアと窓を兼ねて採用している(撮影/末吉陽子)
【画像2】大きな窓は南房総の風景を切り取るピクチャーウィンドウでもある(撮影/末吉陽子)
【画像3】斜め後ろ(左)と真横(右)から見た小屋。“引き算”のデザインにこだわったというが、直線的なデザインがなんともカッコいい(撮影/末吉陽子)
【画像4】すべて国産の木材を使用。外壁は強度を高めるため日本の古い技術「焼杉」を取り入れるなど、昔ながらの手法も活かしている。オイルステインで仕上げることで、防腐性や耐久性を高めている(撮影/末吉陽子)
【画像5】DIYの楽しみを残すため、床もモルタル仕上げにして改装しやすくしている。内壁は無塗装で仕上げているので、好きなようにペイント可能。また、12ミリと十分な厚さがあるため棚も取り付けることができる(撮影/末吉陽子)
【画像6】シラハマ校舎での完成イメージの模型。今年8月から引き渡しを進め、全21棟を販売する予定。売却する場合は、一戸建て住宅と同じような手順で、借地権の更新も可能とのこと(撮影/末吉陽子)
白浜町だからこそ叶う、自然と人がつながる拠点づくり
無印良品の小屋が分譲される千葉県南房総市白浜町の魅力について、「日常と非日常が交錯する特別なところですね」と話すのは、現場担当者である良品計画の高橋哲さん。
「白浜は雄大な海とさまざまな木々に囲まれた自然を間近に感じることができる場所です。また、海産物はたくさんありますし、今回は『菜園付の小屋』として販売をしますので野菜をつくったり果樹を植えたりすることもできます。週末の旅行というと、時間も限られた中ですので、どうしても観光地を巡るという形になりがちです。その一方で小屋での暮らしはその土地を深く知る、いわゆる都市と地域との交流が生まれます。定期的に通うことで、これまで接する機会がなかった人同士の交流が生まれるんです。単なる旅ではなく、二拠点居住や移住に向けた最初の一歩にしてもらいたいです」(良品計画・高橋哲さん)
【画像7】良品計画の高橋哲さん。現在、シラハマ校舎の現場担当者を務めているが、自身も南房総市に隣接する鴨川市に移住しており、“一人事務所”で働いている。「緑に囲まれて鳥のさえずりが聞こえて…仕事がはかどって仕方ありません」と話す(撮影/末吉陽子)
シラハマ校舎では校庭部分を賃貸し、校舎部分の共有施設を使用できます。 ちなみに、気になる費用についても教えていただきました。まず小屋そのものについては、材料費や施工費を含めて税込み300万円。躯体に対して5年間、その他の部分に対して1年間の保証付き。次に、施設整備費(共用施設の整備費用等)として小屋購入時に50万円、管理費(土地の賃借料、電気代、共用施設の使用料等)として別途月額1万5000円 が発生します。1棟の小屋に対して借地分譲地の広さは約70平米で、野菜や果樹を育てるには十分な広さです。この明朗な価格設計について、高橋さんは次のように話します
「マーケティング調査で、価格に施工費が含まれないことを不安に感じる声が多いことが分かりました。材料・施工すべて込みの価格にすることで、購入の心理的ハードルを下げたいと考えています。また、浄化槽などの生活上必要な設備を個人で一から設置すると、費用がかなり高くなってしまいます。それも、小屋の普及が進まない理由なのではないかと。その点においては、トイレやシャワーの設備もある『シラハマ校舎』の存在が大きかったと思います」(良品計画・高橋哲さん)
実は、今回の小屋の分譲にあたっては、旧長尾幼稚園・長尾小学校の跡地を利用した「シラハマ校舎」が活用されています。「シラハマ校舎」は、廃校となった木造校舎を改装したスペースで、「無印良品の小屋」もかつて校庭だった場所に小屋専用の借地を設けています。週末はもちろん、一週間程度の長期滞在でも不便のないよう、トイレやシャワールーム、ランドリーやキッチンなど、生活のインフラを「シラハマ校舎」に集約させることで、小屋の設備費を抑えることができたそうです。
また、「シラハマ校舎」は、地域のハブとしても愛されはじめています。誰でも利用できる、地元の食材を活かしたレストランやコミュニティスペースがあり、地元の同窓生が「シラハマ校舎」のレストランに集まるようになるなど、地域交流の活性化にもつながっている模様。高橋さんによると、「地域住民の方と自然とつながる二地域居住の形を目指したかったため、シラハマ校舎の役割は大きいです」とのこと。
【画像8】常緑広葉樹の森に包まれた「シラハマ校舎」。2012年に閉校した長尾幼稚園・長尾小学校の跡地を活用している(撮影/末吉陽子)
廃校「シラハマ校舎」が「無印良品の小屋」の暮らしを支える
なお、シラハマ校舎をプロデュース・運営するのは合同会社WOULD。2014年に南房総市が旧長尾幼稚園・長尾小学校の活用を公募した際、手を挙げたのが同社代表の多田朋和さんでした。多田さんは7年前に白浜町に移住し、海岸沿いの築40年以上の元社員寮をカフェやシェアハウス、ガラス玉工房などが入居する『シラハマアパートメント』に生まれ変わらせたことで、地元では知られる存在です。
【画像9】「シラハマ校舎」は、多田さんが2部屋ある宿泊施設、レストランとキッチン、シャワー室やお風呂、トイレにいたるまで、ほぼご自身でセルフリノベーションし改装した(撮影/末吉陽子)
【画像10】レストラン・バル「Bar del Mar」では、地元野菜を使ったスペイン料理がベースのメニューが楽しめる(撮影/末吉陽子)
【画像11】木の家具を配したナチュラルテイストなコワーキングスペース「AWASELVES」。これから書籍も充実させていく予定(撮影/末吉陽子)
【画像12】清潔感があるシャワーや洗面台の存在は嬉しい(撮影/末吉陽子)
多田さんは現在、小屋の持ち主と地域との懸け橋になろうと、精力的に活動。最近ではワイン用のぶどうを栽培し、住民同士のコミュニケーションに活用できないかと考えているようです。
「白浜には、何もしない魅力もありますが、地域と何らかのかたちでつながることで、足を運ぶモチベーションも違ってくると思います。そのための仕掛けとして、イベントも考えていきたいです。野菜や収穫物を分け合うような日本古来のコミュニケーションをこの場所で実践できるような空気作りをしていきたいと考えています」(多田さん)
全21区画を先着順で販売中。ちなみに、現在までに7組が成約済み・予約中で、いずれも即決に近いかたちで申込したとか。モデルの小屋の見学者は20代から60代まで幅広く、都心に住む子育て世帯にはとくに好評だと言います。ちなみに、シラハマ校舎以外での設置を希望する人への販売については、2017年秋以降にリリース予定とのこと。
“小屋”というワードには、隠れ家のような秘密基地のような、日常と少し切り離された空間のニュアンスが込められているように感じられます。それゆえ大人になるにつれ、リアルからは遠いモノになってしまうのかもしれません。「無印良品の小屋」は、シラハマ校舎という小屋所有者のハブ、そして分譲というスタイルを取り入れたことで、一般生活者とは別次元の暮らしだった小屋のある生活を、現実的な選択肢として提示しています。また、「シラハマ校舎」をベースにどのようなコミュニティが生まれるのか、目が離せません。