耐震性能や断熱性能が心もとない中古一戸建てがたくさんある
古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)
中古一戸建てをリフォーム/リノベーションすれば、たいていは新築一戸建てを建てるよりも費用を抑えられます。注文住宅同様に自分たちのライフスタイルに合わせた間取りや仕様にできるのが魅力。
そんな中古一戸建てのリフォーム/リノベーションで注意したいのが、「耐震」と「断熱」性能の向上です。
リノベーション前(写真提供/YKK AP)
レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)
窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)
(写真撮影/桑田瑞穂)
特に、耐震性能については令和6年能登半島地震で改めてその重要性を感じていることでしょう。耐震性能について簡単におさらいすると、建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1でも、数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされています(しかし“いちおう”であり、大破も有り得る)。現在の建築基準法ではこの等級1が最低基準です。
これは2000年6月に施行された建築基準法の改正に基づくものです。そのため、これ以前に建てられた一戸建ては現行の耐震性能を満たしていない可能性があります。特に1981年5月以前に建てられた(建築確認を取得した)旧耐震基準時代の一戸建てについては、自治体が補助金制度を設けてまで耐震診断を促すほど、耐震性能に不安があります。
(写真/PIXTA)
また断熱性能については、昨今の光熱費の高騰を受けて、何とかしたいと思っている人もたくさんいるでしょう。脱炭素化社会に向けて新築一戸建ては2025年から省エネ基準への適合が義務化され、断熱等級4以上が求められます。さらに遅くとも2030年までには断熱等級5以上が義務化される予定です。断熱等級4は現在の省エネ基準(平成28年(2016年)基準)、断熱等級5はZEH水準をクリアしていることを示します。
そもそも省エネ基準は昭和55年(1980年)に初めて制定され、この時の基準は現在の断熱等級2に相当します。以降省エネ基準は随時改訂されてきましたが、基準への適合は義務ではなかったため、断熱性能が心もとない一戸建てが非常に多く存在しているのが現状です。現在、断熱等級の最高は7。日本における等級6相当の断熱性能が当たり前になっている中、極めて遅れをとっています。
耐震・断熱性能の向上を明確な数値等で示すプロジェクト
では、このような構造自体に性能が不十分な一戸建てを高性能な新築並かそれ以上の耐震性能、断熱性能まで高めることはできるのでしょうか。結論から言えば、技術的には十分可能です。しかし、その性能はリフォーム施工例によってバラツキがあるのが現状です。
バラツキがある理由は後述しますが、そんな状況下で、明確な耐震性能、断熱性能の数値を掲げて2017年から取り組んできたのがYKK APによる「戸建性能向上リノベーション実証プロジェクト」です。同プロジェクトについては、以前「おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる」で取材したので、そちらも参考にしてください。
(写真撮影/桑田瑞穂)
このプロジェクトでは耐震性能は最高等級の耐震等級3(上部構造評点1.5以上)、断熱性能はHeat20のG2(断熱等級6相当)を目標に中古一戸建ての性能を向上させてきました。
耐震等級3とは、倒壊・崩落することなく災害復興の拠点として機能し続けられるだけの高い耐震性があることを示します。消防署や警察署等に義務づけられている耐震レベルです。
自治体が補助金制度によって耐震工事を促している1981年5月以前の旧耐震基準時代の一戸建てでも、しかるべき耐震工事を行えば、耐震等級3基準にまで高めることができます。
「先日の令和6年能登半島地震でもそうですが、やはり耐震性能が低い、特に築40年以上の旧耐震だと命の危険があります。そればかりか、倒れた建物が隣家を壊したり、道を塞いでしまって緊急車両が先に進めないことが多々あります」と、同プロジェクトを立ち上げたYKK AP 住宅本部リノベーション事業部の西宮さん。緊急車両が通れなければ、救える命も失われてしまう可能性があります。
■耐震等級の区分(2000年基準)
耐震等級 |
耐震性 |
対象 |
等級3 |
耐震等級1の1.5倍の耐震性 |
消防署や警察署など。長期優良住宅の対象 |
等級2 |
耐震等級1の1.25倍の耐震性 |
避難場所に指示されている学校や病院など。
長期優良住宅の対象 |
等級1 |
震度5程度で損壊せず、震度6強程度でも即時に倒壊・崩壊しない |
木造の場合、2000年の改正建築基準法以降に建てられた一戸建て(それ以前に建てられたものがすべて等級1を満たしていないわけではない) |
一方、断熱性能がHeat20のG2とは、断熱先進国であるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルということです。G2は断熱等級6に相当します。
■断熱等級の区分
断熱等級 |
|
等級7 |
Heat20のG3レベル |
等級6 |
Heat20のG2レベル |
等級5 |
ZEH水準。遅くとも2030年までには新築住宅に義務化予定 |
等級4 |
2016年の省エネ基準。2025年から新築住宅に義務化 |
等級3 |
平成4年(1992年)基準 |
等級2 |
昭和55年(1980年)基準。1980年の省エネ基準と同等 |
等級1 |
等級2未満 |
また「Heat20のG2(断熱等級6相当)」は、ZEH水準(断熱等級5)以上ですから、太陽光発電等を備えればエネルギー収支が実質ゼロ以下になります。
昨今の光熱費の高騰に頭が痛いという人も多いでしょう。しかしそれでも今は国が電気や都市ガスの小売事業者に対して補助金を交付することで、一般家庭や企業等の光熱費が値引きされているのです。
この「電気・ガス価格激変緩和対策事業」は、消費者が直接補助金を受けるわけではないので実感しにくいのですが、とはいえ私たちの光熱費が抑えられているのは確かです。ところが同事業は2024年4月末までに終了し、5月以降は激変緩和の幅が縮小される予定です。もしこの事業が終わったら……と思うとゾッとしませんか。しかし、G2レベルに高めて太陽光発電を備えれば光熱費の悩みをスッキリと解消できそうです。
戸建性能向上リノベーションの費用は約2000万円
では「耐震等級3」と「断熱等級6(Heat20のG2相当)」にリノベーションする費用は、一体どれくらいかかるのでしょうか。
一から計算して設計できる新築と違い、中古一戸建ては1棟ごとに立地や間取り等が異なります。さらに古い一戸建ては部屋が細かく分かれているなどするので、やはり現代の暮らしに合わせた間取りに変更しなければなりません。
三重の事例(写真提供/YKK AP)
三重の事例(写真提供/YKK AP)
だからといって、性能向上も間取り変更も、ある意味“思う存分に”やってしまうと費用がうなぎ上りに。いくら耐震や断熱性能が向上するからといって、費用があまりにもかかるのであれば誰もやりたいと思わないでしょう。
「性能を向上させつつ、いかに費用を抑えるかも、我々のプロジェクトでは重要な要素でした。プロジェクトを経た結論として、新築の基準を大きく超える性能に向上させて、かつ暮らしやすい間取り等に変えるための費用は、規模に大きく左右はされますが、概ね2000万円前後だとわかりました」と西宮さん。
「これなら同性能の新築一戸建てを、同じ場所に建てるよりは安く抑えられます。それに、今から新築一戸建てを建てる場合、駅から徒歩15分などの立地が多いのですが、中古一戸建てなら徒歩2~3分の空き家が見つかることも。これからは新築よりも立地条件が良くて、性能の高い一戸建てにリノベーションできる中古物件が増えてくると思います」
また、親族の残した一戸建ての性能を向上させた人は“愛着”がある分、2000万円以上の費用をかける傾向があるそうです。
さらに最近は、生活の中心になるゾーンだけ断熱を行う「ゾーン断熱」を選択する人も増えているのだとか。「住宅全体の耐震&断熱向上リノベーションを図る方々は、だいたい30代~50代です。対して70代以上は断熱のみ “ゾーン断熱”を選ぶ傾向があります」
■ゾーン断熱のイメージ
日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする
子育てを終えた二人暮らしの高齢者が、2階建ての住宅全体を断熱するよりも、生活の中心である1階部分のみなどを“ゾーン断熱” するというイメージです。これなら費用を抑えつつ、人生最後の時間のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めることができます。
まずは耐震性能や断熱性能についての知識を得ることから始めよう
ところで、先述のようにリフォームの施工例によってバラツキがあるのはなぜでしょうか。
理由の1つは、施主側が耐震や断熱についてあまり詳しくないことがあります。施主側から具体的な数値等を求めず、施工会社も、例えば断熱で言えば「冬は暖かく夏は涼しくなります」など方針に合意できればスムーズに商談が進んでいくことでしょう。施主の示した予算内で最大限の性能向上を図ればいいので施工する側も、あまり詳しくなくても商売になります。
(写真/PIXTA)
「あるいは、事業者としては性能向上の技術は知っていても、“そうなれば費用が膨らむが、どうやって施主に説明すればいいのかわからない”など、勧める際のさまざまな課題があります。そこで私たちは、事業者向けに2021年10月に“性能向上リノベの会”を立ち上げました」(西宮さん)
この会では性能向上リノベーションを行いたいと思う事業者に対して、次の4つの役割を果たします。
①技術サポート。対象となる住宅の築年数と目指す性能を入力することで、コストイメージと工事内容が一目でわかる早見表や、現場調査で漏れがないようにするチェックリストといったツールの提供です。
②業務サポート。耐震性能、断熱性能の計算、補助金申請、太陽光発電設置など、専門知識が必要になる業務のサポートです。施工会社が、必要に応じて専門企業とスムーズに業務提携できる仕組みを提供しています。
③営業サポート。施主側に対する同会の取り組みを周知することです。一例として、同会に参画している事業者が自慢の「性能向上リノベ物件」をエントリーする「性能向上リノベ デザインアワード」があります。評価された施工事例は性能を数値化して1冊の本にまとめられ、販売されています。
④ネットワーク。大学教授や専門家によるセミナーを通じて知識のアップデートを通じて会員の知識をアップデートしてもらうための取り組みです。また会員の手がけた施工事例を訪れて、質問できる見学会などもあります。
事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)
現在、この「性能向上リノベの会」に参画している事業者は約500社。“性能向上リノベ”に賛同したのは施工会社だけでなく、断熱材をつくっているメーカーや「いくら性能を高めても、白アリに喰われたらお終い、と防蟻会社も参画してくれました」
今後は高齢者の屋内事故を減らすための取り組みや、既存の賃貸物件の性能向上にも取り組みたい、と西宮さん。また「高性能な中古一戸建てを一般消費者に勧めるために、買取再販などを手がける不動産会社の参画を促していきたいですね」
このように、「性能向上リノベの会」の活動が進むほど、全国各地に「性能向上リノベ」された一戸建てが増えていくはずです。
確かに現状は、耐震性能や断熱性能が新築に劣る一戸建てで暮らしても、目に見える不具合は感じないかもしれません。しかし悲惨な地震の映像から目をそらして、光熱費の請求書を見てため息を漏らしているなら、まずは「性能向上リノベの会」などの施工事例を見たり、遅くとも2030年までに義務化が予定されている断熱等級5とは?を調べてみることから始めてみませんか。