末っ子が見た文人一家
戦前撮ったモノクロの家族写真が、書斎に立ててあった。背広姿は早世した長男の庄野鴎一(おういち)、学生服姿は次男で児童文学者の英二と『夕べの雲』などの小説で知られる作家の三男、潤三だ。そして、コートを着た坊主頭の少年は……。
「僕です。六人兄姉(きょうだい)の末っ子で、一番上の兄と19歳離れてる。甘えん坊でしたよ」
路面電車が今も行く大阪の住宅街、帝塚山(てづかやま)に暮らした一家の思い出をエッセー風に記した。母の得意料理だった野菜がごろごろ入ったカレーの味、旧制中学時代の潤三が不良グループに決闘を挑まれたこと。
次男の英二が戦地へ出征するとき、母はこう言った。
<弾がとんでくるようなときは、命令があっても真っ先に飛び出したりするのではないよ。気をつけるのよ>
静かな筆遣いに堅い芯を感じさせる庄野家の文才は、少年時代の父母の愛が育んだ。
戦後、文筆の道に進んだ兄たちと違い、大学時代から演劇に熱中し大阪の毎日放送に入社した。「書くのはゴメンなんて、昔は反発してたよ」。制作局長を務め退社後、ラジオ局時代の社を振り返る『屋上の小さな放送局』などを書き始めた。今作は「読めないかもしれないけど、療養中の潤三の励みになれば」と願いを込める。
帰り際に年を問うと、「精神年齢48歳。……石川達三の小説『四十八歳の抵抗』にちなみまして」。傘寿になっても末っ子らしい丸顔を、一層丸めて笑った。(編集工房ノア、1900円)(待田晋哉)
(2009年2月24日 読売新聞)
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