ノンフィクションライターとして、作家として、多くの傑作を生み出してきた沢木耕太郎さん。「特集される日を待っていた」という多くの読者から、熱い投稿が届きました。
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読者からの投稿を募集している「HONライン倶楽部」のコーナーでも、「バイブル」と呼ばれるほど愛される本には、なかなかお目にかかることができません。そんな中、今回多くの方がこの言葉を使って絶賛したのが、『深夜特急』(新潮文庫、全6巻)でした。香港、シンガポールを経て、デリーからヨーロッパへの乗り合いバスを使った放浪の旅……。1986、92年に刊行されたこの本は、世代を問わず多くの読者に勇気を与え続けています。
「『深夜特急』との出会いがなければ、前向きな考えをもたなかったかも」と書くのは、兵庫県川西市の会社員武市裕美子さん(48)。武市さんは20代の頃、この本を読んだ感動から、ハワイへの海外留学にチャレンジした、といいます。また「『深夜特急』を読んでアジアに強くひかれ、進学する大学を決めた」というのは、栃木県佐野市、学校職員星めぐみさん(26)。本には人生を変えるほどの力がある、という言葉が事実であることを改めて考えさせられます。
一方、この本から沢木ファンになったという福島県中島村、会社員佐々木雅人さん(41)が選んだのは、『凍』(同)。ともに世界的なクライマーである山野井泰史、妙子夫妻が、ヒマラヤの高峰・ギャチュンカンの氷壁に挑む様子を克明に描いたノンフィクションです。佐々木さんは「夜更けまでページをめくる手が止まらず、本を閉じたあとも興奮して寝付けませんでした」。また、やはり『凍』を推した千葉県船橋市、主婦栗林扶二子さん(59)は「山野井ご夫妻の圧倒的なお互いの愛と信頼には、読んだあとため息が出るほどでした」とつづります。
また、佐賀県鳥栖市の主婦奥園淳恵さん(52)は中学生の頃に読んだ沢木さんの文章が印象に残っている、と懐かしそうに振り返ります。「負けてしまったものに対する独自の視線は温かく、私の視界を広げさせ、勇気を与えてくれた。その後、『敗れざる者たち』(文春文庫)を手にして、一話一話に深く感動しました」
『敗れざる――』に登場するボクシング・カシアス内藤選手のカムバックを追った『一瞬の夏』(新潮文庫)もまた、ノンフィクションの秀作でした。「内藤選手にかける思いが著者の青春とも重なって、読み終えるまで本を置くことができなかった」と横浜市磯子区、主婦寺本久江さん(76)はつづります。
人間の内面をえぐる鋭い観察眼は、ノンフィクションだけでなく、小説でも遺憾なく発揮されています。〈中学三年の冬、私は人を殺した〉という衝撃的な書き出しで始まる長編小説『血の味』(同)を推薦したのは東京都世田谷区、会社役員橋本千恵さん(55)です。「木の根の下でとぐろを巻く蛇のような不気味さ。後味のいい物語とはいえませんが、沢木さんはその不可解さこそが人間だと感じてきたのではないでしょうか」
「氏の書いた文章は一字も逃さず読んでやるぞ、という意気込みです」と、“追っかけ”を自称する大阪府和泉市、高校教諭加藤修さん(52)。『テロルの決算』(文春文庫)、『無名』(幻冬舎文庫)……。傑作はまだ多く、すべてを紙面で紹介しきれないのが残念でなりません。
徹底的に取材を重ね、新たな方法論に挑み続ける――。今回掲載しているエッセーにもみられるような作家の姿勢に、多くの人が勇気づけられていると感じます。(川村律文)
さわき・こうたろう 1947年、東京生まれ。横浜国大卒業後、就職した会社を1日で退職し、ルポルタージュの書き手となる。『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞、『凍』で講談社ノンフィクション賞。
(2009年10月27日 読売新聞)
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