実は東野ファン、『さまよう刃』でベテラン刑事役 伊東四朗さん(前編)
主役ではないが、この人が登場すると作品に厚みと重みが加わる。そんな雰囲気を持つ俳優が伊東四朗さんだ。伊東さんの最新出演作は、発表されるたびにテーマが話題になる人気作家、東野圭吾さん原作の『さまよう刃』。少年法が引き起こす矛盾と、娘をレイプ殺人で失った父の無念を受け止めながら、法に則り職務を遂行するベテラン刑事の真野を演じている。「この世の中、ちょっと変だ」と感じながら、伊東さんは真野刑事を演じたという。
原作を読み終えた翌日に、出演依頼が
――『さまよう刃』は、重い内容に反比例するように150万部のベストセラーとなりましたが、被害者家族の報復を描く衝撃的な内容ゆえに、映像化は困難といわれていました。
私も、主人公の長峰が知り合いだったら、彼を手助けしているでしょうね。もう、原作を読みながら、何とかしてやりたいと考えていましたから。
実は、私は東野さんの小説はほぼ読んでいまして、この仕事が来る前日にこの原作を読み終えていたんですよ。マネジャーから「『さまよう刃』という本を読んでもらいたい」と電話があって、「ちょうど、昨日読み終えたところだけど」「えっ!? 実はその映画化の話が来たんです」と。すごい偶然に興奮でした(笑)。
――伊東さんご自身が熱心な読者ということで、東野作品の魅力を教えてください。
ハッピーエンドじゃないのがいいんです。東野さんの書き方は、淡々とした描写が続くうちに怖くなる衝撃的なことを何気なく書くから困る(笑)。昔からの怪談話も、おどろおどろしく映像にすると怖くなくなっちゃう。それより出てこないお化けや幽霊の方が怖いものでしょ。それと同じ。『さまよう刃』はその上で、読者に「もしあなたなら、どうしますか?」と問いかけて、こりゃ困ったもんだと考えさせる。私だけではなく、『さまよう刃』を読んだ人も、映画を見た人も、少年法に関して「この世の中、ちょっと変だ」と思うはずなんです。時代に合わない少年法でいいのかと。だからといって、家族による報復、復讐は許されるのだろうかと。
読者の頭と心を揺さぶる傑作ではあるけれど、映画化しないだろうと思っていた。映画的な華がないからね(笑)。それが、映画になるってことにビックリ、私が真野刑事役だということで二度ビックリ。年齢的にも、ペンションのおやじさんかなと思ってましたから。
生活感のない刑事役が見せるものは
――原作では目立たない存在だった真野刑事が、映画では捜査に突っ走りがちな織部刑事を諫(いさ)める役として、かなり重要なポジションになっていますね。
そう。脚本のラスト近くを読んで、「え、私が?」と三度ビックリ(笑)。
真野刑事だって若い頃は、竹野内豊くんが演じた織部刑事のように、情に流されたり、正義を貫こうと熱意が先走ることがあったと思うんです。それが長年の間に、いろんな人間を見、しがらみに阻まれ、諦観に至ったんでしょう。真野刑事が真実を教えてほしいとすがる遺族にウソをついた後で、織部刑事に「遺族はどんなことでも知りたがる」と語る場面があるんですが、あのセリフは被害者側にしたら、なんて傲慢(ごうまん)なんだと思われるセリフですよね。でも、過去を振り返ると、結局それがベストの対応だったと、経験から発せられた言葉なんでしょう。
――伊東さんはこれまでに、『西村京太郎サスペンス十津川警部シリーズ』などで警官や刑事役を演じていらっしゃいましたが、真野刑事はかなりタイプの違う刑事ですよね。
刑事ドラマにおきまりの「バカ野郎!!」なんて怒鳴るシーンがないのがよかった(笑)。
原作でも映画でもそうだけど、真野刑事がどんなところに住んでいて、息子や娘がいるのか、普段どんなことをしているのか、まったく生活感がなかったのがよかった。真野刑事の年齢だと恐らく子供がいるはずで、中学生の女の子がレイプされて殺される事件を担当したら、親の情が仕事に影響しそうでしょう。真野刑事に生活感を持たせないことで、彼のストイックでぶれない面を見せているんです。
恐らく、彼は同じような事件を見てきて、その都度やりきれなくなるんじゃなくて、「まただ」と思うんでしょうね。何とかしたくてもできないし、定年退職を迎えても心残りばかりで……。自分で演じながら、「あの人はこの後、どうなっちゃうんだろう」と心配になりました。
(後編に続きます。)
伊東 四朗(いとう しろう)
1937年、東京都生まれ。58年、浅草演技場でデビュー。62年にてんぷくトリオを結成し、国民的人気を博す。TVドラマ、バラエティー番組、舞台に幅広く活躍。87年『マルサの女』、06年『THE 有頂天ホテル』、07年『しゃべれどもしゃべれども』、08年『築地魚河岸三代目』など多数の映画に出演。
(2009年10月09日 読売新聞)