割り下使わない すき焼き
三重県立美術館で開かれている展覧会へ出かけた。ついでに松阪市まで足を延ばした目的は老舗料理店で松阪牛のすき焼きを食べること。
卓上に炭がおこされている。ロース肉はサシが細かく入った美しい色の見事な霜降り肉である。別皿のネギ、タマネギ、根ミツバ、シイタケ、ニンジン、木綿豆腐は肉を食べた後に焼くのだそうだ。
「こちらのすき焼きは割り下を使わず、焼くように調理しますから、覚えていって下さい」と仲居さんが言った。
炭の上にすき焼き鍋を置いて牛脂を入れる。鍋が冷たいうちに牛肉を広げ、白砂糖をはしでつまんでパラパラと振る。たまりしょうゆを少々、昆布だしを少したらすと、肉がプクプクと動き出し、下から湯気が立ち上った。鍋が熱くなってから肉を入れると縮んで硬くなってしまうため、このように調理するのだという。
卵に絡めて食べてみると、軟らかくてとてもジューシー。少し心配だった砂糖の甘みは肉のうまみに溶け込んでいる。上品でふんわりとした優しいおいしさ、絶品である。肉の後、鍋に野菜と豆腐を並べ、肉と同じように調理して卵に絡めて食べると、肉とは違う力強いおいしさが広がった。
あまりにもおいしかったので、家で作ってみることにした。松阪牛じゃなくてもおいしいのかな、と思いながら霜降り牛肉とたまりしょうゆを購入。タマネギを厚さ5ミリ、ニンジンを2ミリにスライス。ワケギと根ミツバを長さ5センチに切る。シイタケを半分に切る。昆布だしも準備する。
卓上のガスコンロに鉄鍋をのせ、あの店と同じやり方でやってみた。肉の味はさすがに落ちるとはいうものの、割り下で煮込む関東風すき焼きに比べ、格段にふんわりと軟らかく、肉のうまみも残っていると感じられた。
この調理法で作るすき焼きは「目から鱗」のおいしさ。これからはこの調理法で作ろう、と心に決めたのである。(イラストレーター、絵も)
(2009年11月7日 読売新聞)