舞台は東京・池袋のすぐ隣、雑司ヶ谷。巨大宗教団体の“女帝”大河内泰の死後(享年102歳)、主人公である孫の大河内太郎を中心に繰り広げられる血みどろの抗争(=現在)と、戦前から平成にいたる“女帝”の人生(=過去)が、映画『ゴッドファーザーPARTⅡ』のようにオーバーラップしていく本作。一昨年8月に発売され、斬新すぎる文体と内容で話題を呼んだデビュー作『さらば雑司ヶ谷』の続編だ。
9ページにわたる「小沢健二(オザケン)論」をはじめ、小説、映画、漫画、音楽などの名作へのオマージュをちりばめながら、マシンガンのように乱射された伏線が次々と回収されていく。ポップなハードボイルド? サブカルなサスペンス? ……もはや「いいから読んでみろや!」と言うしかない、ジャンル分け不能な“怪作”なのである。
著者の樋口毅宏氏に話を聞いた。
――『さらば雑司ヶ谷』の最後に本作のタイトルが書いてありましたが、その時点で構想はあったんですか?
「いやー、あれは新潮社から続編を出してもらえなくても、どこかの酔狂な編集者が声をかけてくれたらいいなと思って書いただけで(笑)。まったく考えていませんでした」
――それにしても、最初から最後まで裏切りの連続! 何度ダマされたか……。
「以前、テレビで作家の藤本義一さんが『小説を面白くするには、主人公を困らせればいい』とおっしゃっていたんです。それで、僕も太郎をこれでもか、これでもか、と(笑)。丈夫な橋がすぐそこにあるのに、わざとボロい橋を渡らせて、途中で落としてやったり」
――その主人公の冷徹な視点も読みどころですね。宗教、芸能、政治……などなど、身もフタもないい草。
「その視点を僕に教えてくれたのは『ロッキング・オン』と、あとはやっぱり(ビート)たけしイズムですね。『オールナイトニッポン』をずっと聴いてきた人間ですから」
――作中でもそういう元ネタが堂々と出てくるし、本の最後には影響を受けた人や作品を一覧掲載。あまりに潔いネタばらしです(笑)。
「僕、イヤだったんですよ。大人になって洋楽を聴いて、好きだった日本のミュージシャンの音楽が実は“まんま”だって気づいた瞬間のガッカリ感といったら! だったら最初から言ってよ!っていう。それに、自分が大好きなものを人にも読んでほしい、観てほしい、聴いてほしい。元ネタ露出狂ですね(笑)」
――そういうオマージュも、文体も展開も、まさに小説でしか成立しえない世界です。
「いや、本当にまだまだですよ。僕が大好きな、本当に小説でしかできないことをやってきた人たち――石原慎太郎しかり、開高健しかり、白石一文しかり――と比べたら……。なんて果てしない道なんだろうと思います」
(撮影/髙橋定敬)
■樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年生まれ、東京都豊島区雑司ヶ谷出身。出版社に勤務していた2002年、白石一文の小説と出会い衝撃を受ける。09年、『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。著書に『日本のセックス』(双葉社)、『民宿雪国』(祥伝社)がある。
『雑司ヶ谷R.I.P.』 樋口毅宏/著 新潮社 1680円
「500歳まで生きる」と豪語していた“雑司ヶ谷の妖怪”の死が巻き起こす、巨大教団の新教祖就任儀式と抗争。“妖怪”の受難の過去と現在が交錯するハイスピード・バイオレンス小説。