アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく憲法けんぽうの歴史れきしから考かんがえる「憲法けんぽう改正かいせい」〜阿川あがわ尚之なおゆき氏しに聞きく（前まえ篇へん）

７月がつの参院さんいん選せんで、連立れんりつ政権せいけんを組くむ「自民党じみんとうと公明党こうめいとう」が、憲法けんぽう改正かいせいの発議はつぎに必要ひつような３分ぶんの２を衆参しゅうさん両院りょういんで確保かくほした。今後こんご、憲法けんぽう改正かいせいについての議論ぎろんが活発かっぱつ化かするとみられている。

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく憲法けんぽうに詳くわしい阿川あがわ尚之なおゆき・同志社大学どうししゃだいがく特別とくべつ客員きゃくいん教授きょうじゅは、同国どうこくの改憲かいけん史しを辿たどった著書ちょしょ『憲法けんぽう改正かいせいとは何なにか: アメリカ改憲かいけん史しから考かんがえる』の中なかで、「アメリカ人じんは憲法けんぽうを大切たいせつにするが、神聖しんせい視しはしない。それに対たいし日本人にっぽんじんは憲法けんぽうを神聖しんせい視しするものの、それほど大切たいせつにはしない」と分析ぶんせきする。日本国にっぽんこく憲法けんぽうの在あり方かたを考かんがえる上うえでは、海外かいがいの憲法けんぽう史しを繙ひもとき、他国たこくの人々ひとびとの憲法けんぽう観かんを知しっておくことも必要ひつようとなるだろう。

そこで編集へんしゅう部ぶでは阿川あがわ氏しに、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく憲法けんぽうと、アメリカ国民こくみんの憲法けんぽう意識いしきについて話はなしを聞きいた。【編集へんしゅう部ぶ：大谷おおや広太ひろた】

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■アメリカの政治せいじ家かはすぐに憲法けんぽうを持もち出だす

—阿川あがわ先生せんせいは「アメリカ人じんは憲法けんぽうを非常ひじょうに大切たいせつにしているが、神聖しんせい視しはしていない」という印象いんしょう的てきな表現ひょうげんをなさっています。また、日本人にっぽんじんはその逆ぎゃくなのではないかと。

阿川あがわ：アメリカでは、あらゆる政治せいじ家かや運動うんどう家かが憲法けんぽうを持もち出だすわけです。有名ゆうめいな例れいを挙あげれば、オバマ政権せいけんに反対はんたいの立場たちばを取とるティーパーティー運動うんどうの人ひとたちは、憲法けんぽうをとても重視じゅうししています。集会しゅうかいに憲法けんぽう全文ぜんぶんを載のせた小しょう冊子さっしを抱かかえてきて、みんなで勉強べんきょうしているという話はなしを聞ききました。「政府せいふは“大おおきな政府せいふ”をつくり、行いき過すぎた福祉ふくしを実行じっこうし、憲法けんぽう制定せいてい者しゃの意図いとに反はんしている。本来ほんらいの憲法けんぽうに戻もどれ」というのが、彼かれらの主張しゅちょうです。

一方いっぽう、ティーパーティーとはまったく逆ぎゃくの立場たちばを取とる、進歩しんぽ派はの政治せいじ家かや運動うんどう家かたちも、妊娠にんしん中絶ちゅうぜつや同性どうせい婚こんの権利けんりなどの正統せいとう性せいを憲法けんぽうに求もとめます。憲法けんぽうを正ただしく解釈かいしゃくすれば、これらの権利けんりが存在そんざいするのは明あきらかだと言いうのです。

彼かれらはまったく主張しゅちょうが違ちがうのに、何なにが共通きょうつうしているかというと、「自分じぶんたちの主張しゅちょうこそ、憲法けんぽうの正ただしい解釈かいしゃくに基もとづいているのだ」と訴うったえるところでしょう。両者りょうしゃとも憲法けんぽうそれ自体じたいを神聖しんせいで侵おかすべからざる対象たいしょうと考かんがえてはおらず、むしろ主張しゅちょうの正ただしさを説得せっとくする手段しゅだんとして大切たいせつに使つかっているように思おもいます。なぜそうなのか、何人なんにんかアメリカの憲法けんぽう学者がくしゃに質問しつもんしたら、リベラルな学者がくしゃもコンサバティブな学者がくしゃも、「我々われわれアメリカ人じんは世界中せかいじゅうから来きていて、共通きょうつうの文化ぶんかや価値かち観かんがない。だから、議論ぎろんの共通きょうつうの基盤きばんが、憲法けんぽう以外いがいにないんだよ」と一様いちように答こたえたので、「なるほど」と思おもいました。

アメリカでは野球やきゅうの試合しあいで、みんな立たち上あがり、神妙しんみょうな顔かおをして国歌こっかを歌うたいますが、人種じんしゅ、肌はだの色いろ、そもそもの出身しゅっしん国こく、宗教しゅうきょう、価値かち観かんが千差万別せんさばんべつである彼かれらをひとつにまとめるのは、国旗こっきと国歌こっかと憲法けんぽうしかない。だからこんなに憲法けんぽうを大切たいせつにするのだろうなと感かんじます。その点てん、いくら「憲法けんぽうが最高さいこう法規ほうきだ」と教おしえられても、この国くにを一ひとつにまとめるのは憲法けんぽうだけではない、むしろ憲法けんぽう以外いがいに何なにかがある。一般いっぱんの日本人にっぽんじんは漠然ばくぜんとそう思おもっているのでは、と感かんじますね。

確たしかに、明治めいじ憲法けんぽうができて「国くにのかたち」が突然とつぜん決きまったわけでも、日本国にっぽんこく憲法けんぽうができて全すべてが変かわったわけでもない。日本にっぽんの「国くにのかたち」には、それ以前いぜんから続つづいてきたものが含ふくまれているはずです。例たとえば日本にっぽん史しの授業じゅぎょうで習ならう大政奉還たいせいほうかんだって、それまで続つづいてきた「国くにのかたち」が変かわったという意味いみで、日本にっぽんの憲法けんぽう史上しじょう、画期的かっきてきな事件じけんですよね。明治維新めいじいしんを経へてその変化へんかをさらに吟味ぎんみし、国内外こくないがいの情勢じょうせいを踏ふまえて最終さいしゅう的てきに文書ぶんしょにまとめたのが、大日本帝国だいにっぽんていこく憲法けんぽうだったわけですから。

■小学生しょうがくせいだって憲法けんぽうを学まなぶ

—アメリカ人じんは、日本人にっぽんじんに比くらべて憲法けんぽうについてはっきりとした考かんがえ方かたや認識にんしきを持もっていると言いってよいでしょうか。

阿川あがわ：日本にっぽんでは最近さいきんでこそ安保あんぽ法制ほうせい関連かんれんで一般いっぱん向むけの憲法けんぽうの本ほんがたくさん出でたけれども、それまではあまり読よみませんでしたよね。アメリカでは、最高裁さいこうさい判事はんじの伝記でんきが何なん冊さつも出版しゅっぱんされていますし、一流いちりゅうの憲法けんぽう学者がくしゃが、わかりやすい憲法けんぽう史しの本ほんを書かいています。

憲法けんぽう史しというのは、アメリカ史しそのものですから、小学校しょうがっこうでも憲法けんぽうについて学まなびます。独立どくりつ宣言せんげんと憲法けんぽうの起草きそうが行おこなわれたフィラデルフィアの「旧きゅうペンシルヴァニア州しゅう議事堂ぎじどう」は、アメリカでもっとも重要じゅうような史跡しせきの一ひとつになっていて、その近ちかくにある「米国べいこく憲法けんぽうセンター」とともに、毎日まいにち訪おとずれる人ひとが絶たえません。

そういう意味いみでは、アメリカの人々ひとびとは日本人にっぽんじんよりも憲法けんぽうをずっと身近みぢかに感かんじているかもしれません。

■天皇陛下てんのうへいかの「生前せいぜん退位たいい」も憲法けんぽう問題もんだい

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－やはり「国くにのかたち」があって、その中なかの一ひとつとして憲法けんぽうがあるわけですが、そこがどうしても、憲法けんぽうの条文じょうぶんのところだけ見みて議論ぎろんしてしまうところがありますね。

阿川あがわ：憲法けんぽうの制定せいていには、それぞれの国くにで異ことなった歴史れきし的てき文化ぶんか的てき、あるいは政治せいじ的てき背景はいけいがあり、合衆国がっしゅうこく憲法けんぽうも日本国にっぽんこく憲法けんぽうも例外れいがいではありません。既すでに述のべたとおり、それ以前いぜんの「国くにのかたち」が、憲法けんぽうの中身なかみに大おおきな影響えいきょうを与あたえます。

その点てんで大変たいへん興味深きょうみぶかいのは、天皇陛下てんのうへいかの「生前せいぜん退位たいい」をめぐる議論ぎろんでしょう。そもそも「天皇てんのうの在あり方かたを日本国にっぽんこく憲法けんぽうはどう規定きていしているのか」「皇室こうしつ典範てんぱんって何なにだ」などという、これまであまり考かんがえてこなかった疑問ぎもんが、改あらためてどっと出でてきている。

天皇てんのうの方ほうが憲法けんぽうよりも古ふるいわけですから、憲法けんぽうに書かいていないこと、あいまいなことがたくさんある。憲法けんぽうの条文じょうぶんに規定きていがない部分ぶぶんもまた、「国くにのかたち」にかかわりますよね。広ひろい意味いみで、これもまた憲法けんぽうの条文じょうぶんを越こえた憲法けんぽう問題もんだいだと思おもいます。