だが、こうした長足の進歩があるにもかかわらず、大手のスニーカーブランドが3Dプリンティングに移行する動機には、あまりなっていない。3Dプリンティングを使わなくても、信じられないほど安価に普通のスニーカーを大量に送り出せるからだ。
大手のスニーカーブランドは、「射出成形したスニーカー1足を、たいていは10ドル(約1,540円)もかからずに製造できるからです」と話すのは、全米靴流通販売業協会(FDRA)のアンディ・ポークだ。それが、平均130ドル(約20,000円)で売られている。Climamogは1足あたりの製造単価が28ドル(約4,300円)で、それでもアディダスにとっての利益は大きい。しかし、従来製法のスニーカーと比べると3倍近くとなるため、利益率が低くなり、したがって成長重視の企業にとっては魅力も下がるのだ。
有名人と提携したスニーカー、特に性能面の技術に巨額をかけていない製品は、驚くほど粗利率が高く、製造が容易で、しかもかなりの高値で売れる場合が多い。これこそ、スニーカーブランドが大きな利益をあげる伝統と実績に裏打ちされた手法だ。大手スニーカーブランドから見ると、アディティブ・マニュファクチャリングは依然として確実に儲けを出せる手段にはなっていないのである。
しかしナイキが後手に回り、アディダスが実験的な段階にとどまり、それ以外のスポーツシューズブランドも3Dプリンティングをまったく敬遠している一方で、ゼラーフェルド、Hilos、Elastium、Koobzといった革新的な企業は実際に製品を製造、販売している。中国のスニーカーメーカー、Peak Sportも同様で、複雑な3Dプリンター製のスニーカーを国内向けに出荷し始めてから少なくとも3年がたつ。
Peak Sportは、フィラメント溶解製法(FFF)を使っている。3Dプリンティングで製造するスニーカーに多色のパターンを施せる積層プロセスであり、同じことをFDM方式のプリンターで実現しようとするとかなりの時間とコストが必要になる。
従来の「型」を破る
3Dプリンター製スニーカーの近年の販売数は10万単位にのぼる可能性がある、とポークは『WIRED』に語った。実際には100万単位という可能性もあるが、大量生産といえば中国製と決まっているので、販売数の裏付けをとることはできない。
もちろん、100万単位だとしても微々たるものだ。米国は年間27億足の靴を輸入しており、そのうち従来製法のスニーカーが5億足近くを占めている。スポーツシューズは健全なビジネスでもある。全世界のスニーカー市場で、売り上げは年間890億ドル(約137兆円)に達する。
そのうちの一部を獲得できるだけでも、シュミットは舞い上がっている。Zellerfeldを「シューズ業界のYouTube」にするのが目標だと語るシュミットが、ノートPCのカメラを通じて、プリンターが並ぶ広さ30,000平方フィート(約2,800平方メートル)ほどの工場を見せてくれた。ハンブルクの工業団地にあるオフィスビルの5階だ。
大手スニーカーブランドのデザインは、数十年間ほとんど変わっていない、とシュミットは不満をこぼした。
「なーんにも変わってません。毎年同じです」。その言葉とは裏腹に、口調は真剣だ。
Zellerfeldの方向性はそれと正反対だ。新境地を開いたデザイナーたちによる斬新なスニーカーデザインをウェブサイトにアップロードし、その革新性を奨励しており、デザイナーにはプリントごとに著作料を支払っている。また、ルイ・ヴィトン、へロン・プレストン、モンクレールなどの高級ブランドに関しては販売数を限定する。ジャスティン・ビーバーやルイス・ハミルトンといった有名人がZellerfeldの靴を履いている写真も出回るようになった。