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『囚われの山』中公文庫大好評発売中!|特設ページ|中央公論新社
圧倒的なリアリティで描く、傑作長篇ミステリー!

「囚われの山」

伊東潤
「囚われの山」

中公ちゅうこう文庫ぶんこ
だい好評こうひょう発売はつばいちゅう

荒れ狂う雪山と対峙する兵士たち!

120年前の白い闇に消えた謎を追うひとりの歴史雑誌記者!

「八甲田雪中行軍遭難事件」とは!?

はっこうだ
せっちゅうこうぐん
そうなんじけん

にち戦争せんそう前夜ぜんやの1902ねんきた、
世界せかい登山とざん史上しじょう最大さいだいきゅう遭難そうなん
日本にっぽん陸軍りくぐんだいはち師団しだん歩兵ほへいだい連隊れんたい
青森あおもり市街しがい屯営とんえいから、八甲田山はっこうださんへの行軍こうぐんちゅう遭難そうなん
199にんもの犠牲ぎせいしゃしたいたましきだい事件じけん
のち小説しょうせつ映画えいが題材だいざいにもげられている。

伊東潤

(いとう・じゅん)
1960ねん神奈川かながわけん横浜よこはままれ。早稲田大学わせだだいがく卒業そつぎょう。『くろ南風みなみかぜうみ――加藤かとう清正きよまさ文禄・慶長ぶんろくけいちょうえき異聞いぶん』で「だいかい本屋ほんやえら時代じだい小説しょうせつ大賞たいしょう」を、『くにったおとこ』で「だい34かい吉川よしかわ英治えいじ文学ぶんがく新人しんじんしょう」を、『きょくじらうみ』で「だいかい山田やまだかぜ太郎たろうしょう」と「だいかい高校生こうこうせい直木賞なおきしょう」を、『とうげえ』で「だい20かい中山なかやま義秀よしひで文学ぶんがくしょう」を、『義烈ぎれつ千秋せんしゅう 天狗てんぐとう西にしへ』で「だいかい歴史れきし時代じだい作家さっかクラブしょう作品さくひんしょう)」を受賞じゅしょう近刊きんかんに『ちゃきよし』がある。

単行たんこうほん刊行かんこう 著者ちょしゃインタビュー

120年前、猛吹雪の中に消えた、最後の兵士を捜せ

明治めいじさんじゅうねん(いちきゅう)いちがつじゅうさんにち青森あおもり歩兵ほへいだい聯隊れんたいだい大隊だいたいゆきちゅう行軍こうぐん演習えんしゅう実施じっしすべく、八甲田山はっこうださんちゅうにある田代たしろ目指めざして兵営へいえい出発しゅっぱつした。しかしおりからの天候てんこう悪化あっかにより暴風ぼうふうゆきれ、山中さんちゅうをさまよったすえひゃくきゅうじゅうきゅうにんもの犠牲ぎせいしゃした。

この「八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん遭難そうなん事件じけん」は世界せかい山岳さんがく史上しじょう最多さいた犠牲ぎせいしゃした事件じけんとしてられ、おおくの教訓きょうくん後世こうせいのこしてきた。なが年月としつきるうちに、この事件じけん歴史れきしなかうずもれつつあった。

それが昭和しょうわよんじゅうろくねん(いちきゅうなないち)、新田にった次郎じろうが『八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう』(新潮しんちょう文庫ぶんこ)を出版しゅっぱんし、その映画えいが八甲田山はっこうださん』がだいヒットしたことにより、わすられようとしていたこの事件じけん脚光きゃっこうびることになる。

それからちょうどじゅうねんふたたびこの事件じけんげた意義いぎを、著者ちょしゃ伊東いとうじゅんいてみた。

名作めいさくほまたか新田にった次郎じろうの『八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう』が出版しゅっぱんされてからじゅうねんという節目ふしめとなる今年ことしほんさく発表はっぴょうすることになりましたが、どのようなきっかけや経緯けいい執筆しっぴつすることになったのですか

 いちはちねんがつごろ、「中央公論ちゅうおうこうろんでの連載れんさい依頼いらいされ、「なにこうか」ということになり、当時とうじ編集へんしゅうちょうわたし編集へんしゅう担当たんとうさんにんわせをしました。そのときだれともなくこの事件じけん話題わだいになり、調しらべたところ、ねんがあの名作めいさく出版しゅっぱんされてじゅうねんにあたるとり、「それでこう」となったわけです(笑)かっこわらい

 『八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう』は大学だいがく時代じだい出会であって以来いらいなんかえしてきた大好だいすきな作品さくひんです。ドキュメンタリータッチでありながらとおった人間にんげんドラマとして、まだまだがれていってほしいとおもっています。ある意味いみ、『とらわれのやま』は、『八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう』にふたたびスポットライトをびてほしいというおもいからいた作品さくひんともえます。

 これで連載れんさい題材だいざいまったのですが、それからがたいへんでした。

どのようにたいへんだったのですか

 この事件じけん無理むり行軍こうぐん遭難そうなんにつながったという単純たんじゅんなものなので、当初とうしょおおきななぞなどないとおもっていました。となると新田にったの『八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう』を上回うわまわ強烈きょうれつ人間にんげんドラマにしなければならない。しかし人間にんげんドラマだけで勝負しょうぶするとなると、どうしてもたような傾向けいこう作品さくひんになってしまいます。

 かりゆきちゅう行軍こうぐんたい軌跡きせきっていくというくちだけでえがいたら、いわばおな登頂とうちょうルートで八甲田はっこうだのぼったら、かならず「なにちがうの?」という批判ひはんてくるとおもいました。つまりこの題材だいざいを「いまげる意義いぎうすまるのです。

なるほど、そのとおりかもしれませんね。それでどうしたのですか

 こういうとき史料しりょう関連かんれん書籍しょせきむと、斬新ざんしん発想はっそうてくるものです。それで図書館としょかんったり、古本ふるほんったりして、史料しりょう書籍しょせきみました。するとふたつのなぞたりました。ひとつは過去かこ研究けんきゅう指摘してきしていたほどおおきなものです。しかし軍部ぐんぶ文書ぶんしょ一節いっせつつけて、それを指摘してきしたほん管見かんけんながらなかった。つまり歴史れきしがくてきアプローチがなされていなかったんですね。

 つづいてちいさななぞつけました。こちらは遭難そうなん確実かくじつ情報じょうほうがない状態じょうたいでのことなので、るにらないものだとおもっていましたが、そのなぞ裏付うらづけるような記録きろくたったのです。ヒントをうと、文中ぶんちゅうてくるいぬかんする記録きろくですね(苦笑くしょう)。

 そのふたつのなぞつけましたが、それを「どうえがいていくか」というかべは、依然いぜんとしてえられていませんでした。

過去かこ名作めいさく現代げんだい作家さっかいどさいによくあるかべですね

 そうです。なぞ提示ていじはできても、行軍こうぐんたい視点してんだけでは作風さくふうてきてしまうので、「さてこまった」となったのです。それが連載れんさいだいいちかい週間しゅうかんほどまえだったのであせりました。こうしたときは、なんらかの外部がいぶ刺激しげき必要ひつようです。そんなとき、『やま 世界一せかいいち不気味ぶきみ遭難そうなん事故じこ<ディアトロフ事件じけん>の真相しんそう』(ドニー・アイカーちょ 河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ)のことをきつけ、「ここにヒントがある」と直感ちょっかんてきひらめいたのです。

それで『やま』のなかにヒントがかくされていたんですね

 はい。この作品さくひんすぐれたノンフィクションですが、その構成こうせい秀逸しゅういつです。みっつのドラマが構造こうぞうになり、並行へいこうしてすすんでいく構成こうせいになっています。ひと遭難そうなんしたイーゴリ・ディアトロフたちの足跡あしあとふた捜索そうさくたい状況じょうきょうみっがアイカー本人ほんにんのパート。これは作家さっか本人ほんにんがこの事件じけんなぞいどんでいく過程かていいたパートです。ふたつの過去かこパートにアイカー本人ほんにん現代げんだいパートがまれることで、この事件じけん重層じゅうそうてきていくことができるわけです。

 それでわたし現代げんだいパートをもうけることにしました。それが歴史れきし雑誌ざっし編集へんしゅうしゃたちの人間にんげん模様もようというわけです。仕事しごとがらその世界せかいにはつうじていますからね(笑)かっこわらい

それでタイトルの『とらわれのやま』が、過去かこ現代げんだい共鳴きょうめいしてくるわけですね

 そうなんです。当初とうしょは「てつく山嶺さんれい」というタイトルで、連載れんさいもそのタイトルでとおしました。ところが連載れんさい途中とちゅうで、主人公しゅじんこう菅原すがわらという編集へんしゅうしゃ人生じんせいという迷路めいろとらわれているとづいたのです。そこで『とらわれのやま』というタイトルをおもいつきました。

 八甲田山はっこうださんとらわれてしまった兵士へいしたちと、人生じんせい袋小路ふくろこうじからせない一人ひとりおとこというテーマがかびがってきたのです。

具体ぐたいてきには、どのようなおはなしなのですか

 現代げんだいきる歴史れきし雑誌ざっし編集へんしゅうしゃ視点してん人物じんぶつなのですが、歴史れきし雑誌ざっしがこの事件じけん特集とくしゅうむことになり、現地げんち取材しゅざいおもむいてなぞさぐっていくうちに、事件じけんにはまっていくという展開てんかいです。

 そしてもう一人ひとり視点してん人物じんぶつが、ゆきちゅう行軍こうぐんたい参加さんかした兵士へいしになります。

 構成こうせいとしては、編集へんしゅうしゃ視点してん現代げんだいパートと兵士へいし視点してん過去かこパートのふたつになりますが、構造こうぞう交互こうごてくるのではなく、おおきな「ぶつぎり」にしました。すべてではないですが、それぞれの視点してんひとつのしょうになっているかんじですね。

 ハリウッド映画えいがでは編集へんしゅう技術ぎじゅつすすんでおり、「どうせたら一番いちばん面白おもしろいか」をせんもん研究けんきゅうしているひとがいます。それとおなじように、「ぶつぎり」にしたパートをどの順番じゅんばん提示ていじしていけば一番いちばんかりやすく面白おもしろくなるかをじっくり吟味ぎんみしたうえで、この構成こうせいになりました。

たしかに主人公しゅじんこう菅原すがわら様々さまざま問題もんだいとらわれて、せなくなっていますね

 わたしうったえたかったのは、最初さいしょのボタンをひとつたがえると、ひらいた傷口きずぐち次第しだいおおきくなり、最後さいごにはリカバリーできなくなるということです。 それは、ゆきちゅう行軍こうぐんたいもわれわれの人生じんせいわりません。ただしい判断はんだんくだすべきときに、些細ささい理由りゆうから間違まちがった判断はんだんくだしてしまうことは多々たたあります。しかしそれが人生じんせい全体ぜんたい悪影響あくえいきょうおよぼし、かえしのつかないことになってしまうのです。

 これは実際じっさいれいですが、かぶそんりできずにすうせんまん損失そんしつかかえてしまったひととか、些細ささいなことで上司じょうし喧嘩けんかし、会社かいしゃめたはいいが、さい就職しゅうしょくさきまらず、離婚りこんしてしまったひととかです。

 この物語ものがたり主人公しゅじんこう菅原すがわら様々さまざまなことにとらわれて判断はんだんあやまり、人生じんせいのエアポケットにちてしまった人物じんぶつです。だからこそ八甲田はっこうだ迷路めいろとらわれた行軍こうぐんたい共感きょうかんし、この事件じけんにはまっていくのです。

当時とうじ軍人ぐんじんたちのかんがかたがよくえがかれているなと感心かんしんしたのですが、なに参考さんこうにしたのですか

 具体ぐたいてき参考さんこうとした史料しりょうはありませんが、『武士ぶしいしぶみ』『走狗そうく』『西郷さいごうくび』といった明治めいじぶつ執筆しっぴつしたさい明治めいじという時代じだい包括ほうかつてきまなぶことができたのがよかったのだとおもいます。明治めいじさんじゅうねんという時代じだい軍人ぐんじんたちのメンタリティは、ちょうど武士ぶし時代じだいのものをきずりつつも、一部いちぶ合理ごうりてきかんがえも浸透しんとうはじめているという微妙びみょう時期じきです。

 軍隊ぐんたい特有とくゆうの「なばもろとも」という価値かちかん神成かみなり大尉たいいと、「のこれるもの一人ひとりでもおおくするための選択せんたく」をする倉石くらいし大尉たいいは、まさにことなる価値かちかん交錯こうさくする時代じだい産物さんぶつです。

 なお当時とうじ軍隊ぐんたいについてのノウハウは、軍事ぐんじライターの樋口ひぐち隆晴たかはる綿密めんみつなアドバイスをいただいたので、きわめてリアリティがあるとおもいます。

作中さくちゅうはなえているのが編集へんしゅうちょう桐野きりのです。彼女かのじょすことで、はなやかさと同時どうじ都会とかいきる女性じょせい寂寥せきりょうかんが、うまくかもされているとおもいます

 そうっていただけるとうれしいです(笑)かっこわらい

 すこつかれてきているさんじゅうだいなかばの女性じょせい桐野きりのです。仕事しごともできるし、野心やしん人一倍ひといちばいあります。でも結婚けっこんにもあこがれている。プライドもたかいのですが、「自分じぶん人生じんせい、これでいいのか」というおもいもある。そんな複雑ふくざつ心境しんきょう女性じょせいえがきました。

 もちろんわたしのような武辺者ぶへんものにはえないので、官能かんのう小説しょうせつあお凜花にご指導しどういただき、丁寧ていねい人物じんぶつ造形ぞうけいしていきました。ときには、あおいさんから「この女性じょせいは、こんなこといません」とわれ、みました(笑)かっこわらい

そしてもう一人ひとりてくる女性じょせい菅原すがわらおくさんですね

 離婚りこんというと不倫ふりん原因げんいん大半たいはんだとおもわれがちですが、統計とうけいてきには「どちらかに浪費ろうひへきがある」という経済けいざい問題もんだいも、けないくらいおおいんです。わたし友人ゆうじんにもたようなケースがあり、離婚りこんにはいたらないまでも、あたまなやましていたことをおぼえています。

 この人物じんぶつ造形ぞうけいうご心理しんり状態じょうたいにも、あおいさんのアドバイスをいただきつつ、細心さいしん注意ちゅういはらいました。

この作品さくひんを、あえていま意義いぎはあるのですか

 この事件じけんこうとめたときのテーマは、「リーダーシップとはなにか」でした。刻々こくこくわる情勢じょうせい勘案かんあんし、的確てきかく判断はんだんくだしていくのは、だれにとってもむずかしいものです。しかしリーダーには、つねただしい判断はんだんもとめられます。

 たまたま連載れんさいわり、ちょうど単行本たんこうぼんけて仕上しあげをしているころ、コロナウイルスが世界せかい蔓延まんえんはじめました。各国かっこく対応たいおうはまちまちでしたが、為政者いせいしゃたちは専門せんもんはなしみみかたむけ、様々さまざま要素ようそ勘案かんあんしてっていきました。それがいかにむずかしいか。なかには初期しょき対応たいおうあやまりから、じゅうまんにん以上いじょう犠牲ぎせいしゃしてしまったくにもあります。

 まさに世界せかいのリーダーたちが、めまぐるしく天候てんこうわる八甲田山はっこうださんたされている状況じょうきょういまなのです。

 その渦中かちゅうにいると、なにただしくてなに間違まちがっているのかだれにもかりません。しかしリーダーや責任せきにんしゃは、結果けっかだけで評価ひょうかくだされるきびしい立場たちばかれています。

 極限きょくげん状態じょうたいでのリーダーの決断けつだんとはなにかをまなじょうでも、ほんさくんでいただきたいですね。

伊東いとうさんは歴史れきし小説しょうせつとして戦国せんごく時代じだい中心ちゅうしんいてきました。それがいちろくねんに『横浜よこはま1963』を上梓じょうしし、そのも『ライトマイファイア』『真実しんじつ航跡こうせき』と近代きんだい現代げんだいけた作品さくひん発表はっぴょうつづけています。ほんさく明治めいじさんじゅうねん現代げんだいする作品さくひんですが、こうした作品さくひんつづけている理由りゆうなにですか

 じつ少年しょうねん時代じだいからミステリーが大好だいすきで、作家さっかデビューして以来いらい、いつか現代げんだいぶつのミステリーをきたいとおもってきました。それを実現じつげんできたのが、日米にちべいにん捜査そうさかんがバディとなって殺人さつじん事件じけん捜査そうさする『横浜よこはま1963』でした。

 それにつづく『ライトマイファイア』では、「よどごう」ハイジャック事件じけんじく学生がくせい運動うんどうとその背後はいごにうごめく巨大きょだい陰謀いんぼうえがき、『真実しんじつ航跡こうせき』では大戦たいせん直後ちょくご香港ほんこん舞台ぶたいに、BCきゅう戦犯せんぱん裁判さいばんをミステリー仕立したてでえがくというむずかしい題材だいざいいどみました。

 『とらわれのやま』はわたしよんさくきん現代げんだいぶつになりますが、これまでの作品さくひんなかで、もっと現代げんだいパートがおおいのが特徴とくちょうです。まさか自分じぶん作品さくひんにスマホがてくるとはおもいませんでした(笑)かっこわらい

 わたしきん現代げんだいぶつ理由りゆうみっつあります。

 ひとつには、これも日本人にっぽんじんあゆんできた軌跡きせきだからです。それを後世こうせいつたえていくのも、われわれ作家さっか仕事しごとです。「それなら専門せんもんいた研究けんきゅうほんめばいいだろう」とおおもいのほうもいるかもしれません。しかし研究けんきゅうほんには、なかなかないのが現実げんじつです。それゆえ小説しょうせつ物語ものがたりたのしんでいただきながら、きん現代げんだいいち断面だんめんり、それで興味きょうみのあるほう参考さんこう文献ぶんけんばしていただければさいわいとおもっています。つまりブリッジの役割やくわりたしたいのです。

 ふたとしては、昨今さっこん出版しゅっぱん点数てんすう過多かたにより、戦国せんごく時代じだい舞台ぶたいにした小説しょうせつがレッドオーシャンしていることです。じつは、とおった作家さっか作品さくひんでも、戦国せんごく武将ぶしょうぶつはさほどれなくなってきました。それならみずかきん現代げんだいというブルーオーシャンにんでやろうとおもった次第しだいです。

 みっとしては、いまきる人々ひとびとえがいていきたいという直截ちょくせつおもいです。歴史れきしぶつは、当時とうじのメンタリティや価値かちかん反映はんえいさせた人物じんぶつぞうつくらねばなりません。しかしきん現代げんだいぶつは、自分じぶんきている時代じだい感情かんじょうをダイレクトにえがけます。それが力強ちからづよ人間にんげんドラマの推進すいしんりょくとなるのです。おそらく作家さっかとしての本能ほんのうてき欲求よっきゅうでしょうね。

最後さいごに、読者どくしゃへのメッセージはありますか

 ほんさく軍隊ぐんたい組織そしき暗部あんぶんだものです。こうしたものが自由じゆうけるのも、だい世界せかい大戦たいせん敗戦はいせんによって大日本帝国だいにっぽんていこく解体かいたいされ、日本にっぽん言論げんろん自由じゆう保障ほしょうされた民主みんしゅ主義しゅぎ国家こっかとなったからです。

 もしも独裁どくさい国家こっかまれていたら、『とらわれのやま』のような軍部ぐんぶ告発こくはつする作品さくひん発表はっぴょうすることはできなかったとおもいます。

 げんに『やま』は米国べいこくじんによってかれたもので、ロシアじんになるものではありません。それはディアトロフとうげ事件じけんが、きゅうソ連それん軍部ぐんぶ容疑ようぎ可能かのうせいにもれているからです。

 民主みんしゅ主義しゅぎはたした言論げんろん自由じゆう保障ほしょうされているからこそ、われわれ作家さっかは、かつての軍部ぐんぶ告発こくはつする作品さくひん発表はっぴょうできるのです。それはたりまえのようでいて、じつはとても貴重きちょうなことです。

 いま香港ほんこんでは民主みんしゅ主義しゅぎまもたたかいがひろげられています。いわば香港ほんこんは、きばを剝いた強権きょうけん主義しゅぎたいし、「ほう正義せいぎ」をたてにした民主みんしゅ主義しゅぎ角逐かくちくなのです。

 われわれ日本人にっぽんじんは、いまだ「平和へいわボケ」からだっせられていません。つまり最前線さいぜんせん危機ききかん共有きょうゆうできていないのです。だからこそこれからの時代じだい、われわれ一人ひとりひとりがこの問題もんだいけ、民主みんしゅ主義しゅぎまもっていかねばならない。そんなつよおもいが、ほんさくにはもっています。

とらわれのやま』がさらに面白おもしろくなるななのキーワード

八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん遭難そうなん事件じけん
1902ねん明治めいじ35ねん)1がつ陸軍りくぐんだい8師団しだん歩兵ほへいだい5連隊れんたいが、青森あおもり屯営とんえいから八甲田山はっこうださん田代たしろ新湯あらゆかうゆきちゅう行軍こうぐん訓練くんれんちゅう遭難そうなんした事件じけん訓練くんれん参加さんかしゃ210めいちゅう199めい死亡しぼう(6めい救出きゅうしゅつ死亡しぼう)するという、世界せかい最大さいだいきゅう山岳さんがく遭難そうなん事故じこ
八甲田山はっこうださん彷徨ほうこう
八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん遭難そうなん事件じけん題材だいざいとして新田にった次郎じろう執筆しっぴつした山岳さんがく小説しょうせつ。1971ねん昭和しょうわ46ねん)9がつ新潮社しんちょうしゃより刊行かんこうされた。1977ねん高倉たかくらけん緒形おがたけん北大路きたおおじ欣也きんや主演しゅえんで『八甲田山はっこうださん』のタイトルで映画えいがされ、よく78ねんにはテレビドラマされた。
にちしん戦争せんそう
1894ねん明治めいじ27ねん)から95ねん日本にっぽん清国きよくに朝鮮ちょうせん支配しはいけんをめぐってあらそった戦争せんそう日本にっぽん勝利しょうりして、下関しものせき講和こうわ条約じょうやくむすんだ。清国きよくに日本にっぽん多額たがく賠償金ばいしょうきん支払しはらい、台湾たいわん、澎湖諸島しょとう遼東りゃおとん半島はんとう割譲かつじょう。しかし、どくふつの、いわゆるさんこく干渉かんしょうにより、日本にっぽん遼東りゃおとん半島はんとう返還へんかんおうじた。
にち戦争せんそう
1904ねん明治めいじ37ねん)から05ねん日本にっぽんとロシアが満州まんしゅう朝鮮ちょうせん支配しはいけんをめぐってあらそった戦争せんそう旅順りょじゅん攻撃こうげき奉天ほうてん会戦かいせん日本海にほんかい海戦かいせんなどで日本にっぽん勝利しょうり。しかし、戦争せんそう継続けいぞく能力のうりょく限界げんかいたっし、革命かくめい勃発ぼっぱつなどでロシアも戦争せんそう終結しゅうけつのぞんだ。ルーズベルト米国べいこく大統領だいとうりょう斡旋あっせんで、ポーツマスで講和こうわ条約じょうやく締結ていけつした。八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん訓練くんれんは、このたるべきにち戦争せんそう想定そうていしていたとわれている。
ディアトロフとうげ事件じけん
1959ねん2がつ2にちよるソ連それん時代じだいのウラル山脈さんみゃく北部ほくぶ雪山ゆきやま登山とざんをしていた男女だんじょ9にん不可解ふかかいげた事件じけん。2018ねんにドニー・アイカーちょ安原やすはら和見かずみやくの『やま 世界一せかいいち不気味ぶきみ遭難そうなん事故じこ《ディアトロフとうげ事件じけん》の真相しんそう』(河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ)が刊行かんこうされ、日本にっぽんでも話題わだいになった。
矛盾むじゅん脱衣だつい
人間にんげんからだは、体温たいおん一定いってい以下いかになると、生命せいめい維持いじのため、さらなる体温たいおん低下ていか阻止そしするべく、体内たいないからあたためようとするはたらきがつよまる。だが、そのとき体内たいない温度おんど体感たいかん温度おんどとのあいだ温度おんどしょうじると、極寒ごっかん環境かんきょうでも、あたかもあつ場所ばしょにいるかのような錯覚さっかくおちいり、衣服いふくいでしまう現象げんしょう八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん遭難そうなん事件じけんでも報告ほうこくされている。
環状かんじょう彷徨ほうこう(リング・ワンダリング)
濃霧のうむ吹雪ふぶき暗闇くらやみなど視界しかいわるなかあるくうちに方向ほうこう見失みうしない、えがいておなしょかえあるいてしまうこと。遭難そうなん原因げんいんひとつとわれている。
囚われの山

囚われの山

伊東いとうじゅん ちょ

世界せかい登山とざん史上しじょう最大さいだいきゅう遭難そうなん――いちきゅうねん八甲田はっこうだせつちゅう行軍こうぐん遭難そうなん事件じけんいちきゅうきゅうにんもの犠牲ぎせいしゃをだしたいたましきこのだい事件じけんに、歴史れきし雑誌ざっし編集へんしゅうしゃおとこ疑問ぎもんいた。かぎにぎるのは、いちねんまえしろやみえてしまった、ひとりの兵士へいしおとこかれたように、八甲田はっこうだかうのだが......。ゆうだい惨事さんじ題材だいざいいどんだ長篇ちょうへんミステリー。〈解説かいせつ長南ちょうなん政義まさよし

初版しょはん刊行かんこう:2023/5/25 定価ていか本体ほんたい880えん税別ぜいべつ ISBN:978-412-207362-3
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