渡辺わたなべ 久義ひさよし
世界せかい日報にっぽう2010. 1. 19

「西洋せいよう思想しそう史しとはプラトンに対たいする一連いちれんの脚注きゃくちゅうである」と言いったのは哲学てつがく者しゃのホワイトヘッドだが、過去かこ150年ねんに限かぎれば、それはダーウィンをめぐる攻防こうぼうの歴史れきしであったと言いえるだろう。「もし神かみがいなければ、我々われわれはこれを創造そうぞうする必要ひつようがある」と言いったのは18世紀せいきの啓蒙けいもう思想家しそうかヴォルテールとされるが、特とくに創造そうぞうしなくても神かみのデザインの痕跡こんせきは実証じっしょうできるという科学かがく理論りろんが説得せっとく力りょくを増ますにつれて、もろ人じんこぞってこれを喜よろこぶのかと思おもいきや、科学かがく者しゃの間あいだに激はげしい反発はんぱつと大だい恐慌きょうこうが起おこっているというのが現状げんじょうである。

ごく最近さいきん、米べいイラストラ・メディア社しゃから『ダーウィンのジレンマ』という学術がくじゅつ記録きろく映画えいがのＤＶＤが発売はつばいされた。これは生物せいぶつ学がく史上しじょうのビッグバンと呼よばれ「カンブリア爆発ばくはつ」として知しられる約やく５億おく3000万まん年ねん前まえの大量たいりょう の生物せいぶつ種しゅの突然とつぜんの出現しゅつげんについての、詳細しょうさいな調査ちょうさ記録きろくである。この不思議ふしぎな事実じじつを知しっていたダーウィンは、これが最大さいだいの悩なやみだったが、そのダーウィンから現在げんざいの発達はったつした古こ生物せいぶつ学がくの成果せいか までの歴史れきしを辿たどり、一ひとつの結論けつろんを出だしている。それは、百ひゃく年ねん以上いじょうにおよぶ徹底的てっていてきな調査ちょうさにもかかわらず、やはりダーウィン進化しんか論ろんの要求ようきゅうするそこに至いたる進化しんかの跡あとというものが全まったく見みつからないということである。詳くわしくはこの映画えいがを見みていただくよりほかないが（字幕じまく付つきでわかりやすい）、生物せいぶつは偶然ぐうぜんでなく、意図いとされ計画けいかくされて現あらわれてきたことの証拠しょうこが、古こ生物せいぶつ学がく（化石かせき）からも引ひき出だされるというのがこの映画えいがの結論けつろんである。

古ふるい地層ちそうで最もっとも保存ほぞん状態じょうたいのよいのは、比較的ひかくてき最近さいきん見みつかった中国ちゅうごく雲南うんなん省しょうの澄江すみえ（チェンジャン）のもので、あたかも生いきているかのような化石かせきが現あらわれるが、映画えいがで印象深いんしょうぶかいのは、ここに立たった古こ生物せいぶつ学者がくしゃが「人ひとには２種類しゅるいあって、ここに来くるのを喜よろこぶ人ひとと、ここに来くるのを避さける人ひとがある」と言いっていることである。創造そうぞう論ろん者しゃにとってこれは胸むねのすく事実じじつであり、ダーウィニストにとってこれは認みとめたくない「不都合ふつごうな真実しんじつ」だからである。しかし私わたしは、おそらくここに出演しゅつえんしているＩＤ科学かがく者しゃやそのシンパでさえ、彼かれらの仮説かせつの立証りっしょうを喜よろこぶと同時どうじに、当惑とうわくしているというのが本当ほんとうのところであろうと思おもう。

生物せいぶつは最初さいしょから目的もくてきをもって計画けいかくされ「トップダウン」式しきに（ダーウィニズムは「ボトムアップ」）突如とつじょとして現あらわれたと考かんがえざるをえない。しかしどのようにしてか？　これはいわゆる合理ごうり的てき説明せつめいの及およばぬ 問題もんだいである。しかも本当ほんとうに不思議ふしぎなのは「突如とつじょ」ということよりも、全まったく体からだの構造こうぞうのかけ離はなれた、つまり最もっとも「分化ぶんかした」生物せいぶつの40ほどの「門もん」が、複雑ふくざつな器官きかんを備そなえ完成かんせいされた形かたちで（ダーウィンの考かんがえた「最後さいごに」でなく）最初さいしょに現あらわれることである。誰だれしもしばらくは、この事実じじつを受うけ入いれるのに時間じかんがかかるであろう。

しかし生物せいぶつの神秘しんぴは化石かせきだけでなく、学者がくしゃの一人ひとりが胚はい発生はっせいの不思議ふしぎを説明せつめいしながら、「こんなことは信しんじられないが、しかし事実じじつなのだ」と言いっているのは象徴しょうちょう的てきである。ここで人ひとは「神秘しんぴ」というものを素直すなおに認みとめることが要求ようきゅうされるだろう。神秘しんぴあるいは自然しぜんの「叡智えいち」というものを認みとめなければ、科学かがくが正ただしい軌道きどうに乗のることはないだろう。傲慢ごうまんなダーウィニストのように、神秘しんぴを認みとめるのを科学かがくの敗北はいぼくのように考かんがえていては、科学かがくは遅滞ちたいするだけだろう。ダーウィニズムのような浅あさはかな唯物ゆいぶつ理論りろんで生命せいめいを割わり切きれば「神秘しんぴ」を葬ほうむることはできるが、代かわりに「怪奇かいき」を信しんじなければならない。この二ふたつは全まったく別べつ 物ぶつで、我々われわれの理性りせいは「神秘しんぴ」は受うけ入いれるようにできているが、「怪奇かいき」には反発はんぱつするようになっている。

しかし我々われわれの理性りせいが神秘しんぴを受うけ入いれるのは、それを合理ごうり的てきな神秘しんぴとして受うけ止とめるからである。我々われわれの体験たいけんしたここ数すう十じゅう年ねんは、合理ごうり主義しゅぎをめぐる思想しそう闘争とうそうの時代じだいであったと言いってもよいだろう。かつて合理ごうり主義しゅぎといえば、唯物ゆいぶつ論ろん的てき実証じっしょう主義しゅぎあるいは科学かがく主義しゅぎといったものを指さしていた。しかしこれが次第しだいに居心地いごこちの悪わるいものに変かわっていった。合理ごうり主義しゅぎはむしろ、人知じんちを超こえた叡智えいちを受うけ入いれる態度たいどに変かわっていきつつあるように思おもえる。これは中世ちゅうせい的てき蒙昧もうまいへの回帰かいきでなく進歩しんぽである。ここ数すう年ねん、「唯物ゆいぶつ論ろん的てき迷信めいしん」などという言葉ことばが散見さんけんされ、今いままでタブーであったGodという語かたりをタイトルに含ふくむ科学かがく者しゃの本ほんが続々ぞくぞく出でているのもそれを物語ものがたるだろう。

かつて日本人にっぽんじんの科学かがく者しゃが海外かいがいで「あなたの宗教しゅうきょうは何なにですか」と聞きかれると、ムッとして「私わたしは無む神かみ論ろん者しゃです」と答こたえたという話はなしを聞きいたことがある。実じつは私わたし自身じしんもそうであった。今いまでもそうだろうか？　おそらく今いまは、「あなたは科学かがく者しゃだから無む神かみ論ろん者しゃでしょう」と言いわれたら、ムッとして「私わたしはそんな考かんがえの浅あさい人間にんげんに見みえますか」と答こたえるであろう。これは私わたし自身じしんの変化へんかでもある。文化ぶんかとは人間にんげんの体質たいしつのようなもので、人間にんげんの体質たいしつ改善かいぜんがむつかしいように、文化ぶんかの体質たいしつがたやすく変化へんかするものでないことは認みとめなければならない。しかし我々われわれの文化ぶんかが徐々じょじょに変化へんかの兆きざしを見みせていることは、私わたし（1934年ねん生うまれ）の体験たいけんから感かんじ取とることができる。ともあれ上記じょうきのＤＶＤをご覧らんになることを勧すすめたい。