静寂しじまの中なか、清きよらかな神域しんいきを巡めぐってみませんか。
神宮じんぐうの朝あさ参まいりをご紹介しょうかいします。

たとえば季き節ぶしは新緑しんりょく、朝あさの6時半じはん。
爽さわやかな晴天せいてんに恵めぐまれた内宮ないくうの神域しんいきに、
歩あゆみを進すすめてまいりましょう。

薄うすぼんやりと明あかるくなり、目めをあける。
曖昧あいまいな意識いしきの中なか、昨日きのうから
伊勢いせに来きていることを思おもい出だす。

この時間じかんはまだ少すこし肌寒はだざむい。朝あさの空気くうきと
淡あわい光ひかりを味あじわいながら、内宮ないくうへと向むかう。

内宮ないくうの入口いりくち、正面しょうめんに立たつ大鳥居おおとりい。

凛りんとした厳おごそかな雰囲気ふんいきに息いきを呑のむ。
見慣みなれているはずの大鳥居おおとりいは、
その大おおきさがより一層いっそう強つよく感かんじられる。
緊張きんちょうした面持おももちで、深ふかく一礼いちれい。

日常にちじょうの世界せかいから神聖しんせいな世界せかいを結むすぶ、宇治橋うじばし。最初さいしょの一いち歩ほをゆっくりと踏ふみ出だす。

ようこそ、伊勢いせの神宮じんぐうへ

そんな温あたたかな響ひびきが、
迎むかえ入いれてくれた気きがする。

昨日きのうの雨あめの跡あとが残のこった宇治橋うじばしは、
朝日あさひがまばゆく輝かがやいて見みえる。

やわらかな曲線きょくせんを描えがく反そり橋はし。
一いち歩ほ、また一いち歩ほとあゆむにつれ
日常にちじょうを離はなれていく。

宇治橋うじばしのひのきの薫かおるかおりが、
すうっと心地ここちよい。

気きづけば緑みどり豊ゆたかな神路かんじ山さん、島しま路ろ山やまに
すっかり包つつまれている。その深ふかい懐ふところに
いだかれながら神聖しんせいな世界せかいへと入はいっていく。

やがて視界しかいが広ひろがり、青々あおあおとした芝生しばふと
手入ていれされた松まつが優美ゆうびに佇たたずむ神苑しんえんへ。

ザッザッという玉砂利たまじゃりの音おとが
一いち面めんに響ひびきわたる。ご神前しんぜんに立たつ前まえに、
その身みが整ととのえられていくかのように。

かつてここには伊勢参いせまいりを人々ひとびとに
取とり次ついで信仰しんこうを広ひろめた、御ご師しと呼よばれる
神職しんしょくの屋敷やしきが多おおく建たち並ならんでいたと聞きく。

当時とうじのにぎわいに思おもいを馳はせながら、
はるか先さきに繁しげる緑みどりへと吸すい込こまれていく。

五十鈴川いすずがわの音おとを聴きく

どこまでも澄すみきった流ながれ。
翡翠かわせみ色しょくに輝かがやき、若葉わかばは川面かわもをたゆたう。
手てを伸のばすと、ひんやりと冷つめたい。

指ゆびの先さきにある清流せいりゅうに目めを向むけると、
小ちいさな生いき物ものたちが現あらわれては消きえ、
また現あらわれては消きえて楽たのしませてくれる。

童心どうしんに帰かえり、探さがしているうちに
どのくらい経たっただろう。おもむろに
立たち上あがり、また御ご正せい宮みやを目指めざす。

五十鈴川いすずがわから右みぎに一本いっぽん入はいると、瀧たき祭神さいじんたきまつりのかみが
鎮座ちんざする。五十鈴川いすずがわの守まもり神がみとして、
古ふるくから大切たいせつに祀まつられているという。

今日きょうはこちらでご挨拶あいさつをしてから、
細ほそい小道こみちを辿たどっていこう。

鳥とりのさえずりを聴きく

背せの高たかい木々きぎが爽風にゆらめき、
参道さんどうに光ひかりと影かげを落おとす。

鳥とりたちも一いち日にちの始はじまりをよろこんで
歌うたを奏かなでているようで、実じつにたおやかな時とき。

小道こみちを抜ぬけて広ひろい参道さんどうへ出でると、
威風いふう堂々どうどうとした建物たてものに迎むかえられる。
緑青ろくしょう色しょくの重厚じゅうこうな屋根やねが麗うるわしい、内宮ないくう神楽かぐら殿どの。

ご祈祷きとうの開始かいしにはまだ早はやい。
雅楽ががくの音色ねいろがかすかに聴きこえたのは
気きのせいだろうか。

森もりの雄大ゆうだいさに心しん奪うばわれ、ふと木々きぎを
見上みあげる。その梢こずえはあまりにも高たかい。
樹齢じゅれいは数すう百ひゃく年ねんのものもあるという。

悠久ゆうきゅうの時ときが流ながれる神域しんいきの中なか、
今いまここに立たっている。日々ひびの煩わずらわしさから
解放かいほうされ、心しんが静しずかになっていく。

さあ、ようやく御ご正せい宮みやです。
天照大御神あまてらすおおみかみあまてらすおおみかみ様ようのおそばへ参まいりましょう。

いつもの石段いしだん。
その先さきにはいつも変かわらぬ風景ふうけい。
御ご正せい宮みやの正面しょうめんをおおう白しろい御ご幌ほろみとばりが
柔やわらかくなびいている。

長ながい石段いしだんを一段いちだん一いち段だん踏ふみしめる。
自分じぶんしか存在そんざいしないかのような静寂しじま。

いつもとは違ちがう、言葉ことばにしがたい何なにか。
畏敬いけいの念ねんが胸むねにこみあげ、
目めの前まえがうっすらと霞かすむ。

姿勢しせいをただし、深ふかいお辞儀じぎを2回かい。
胸むねの高たかさで両手りょうてを合あわせ、
右みぎ指先ゆびさきを少すこし下かにずらします。

つづいて両手りょうてを開ひらき、
拍手はくしゅを2回かい打うちます。

石段いしだんを降おりようとすると、遠とおくから
小気味こきみよい蹄の音おとが響ひびいてくる。

神馬しんめの歩あゆみを聴きく

白しろい装束しょうぞくの神職しんしょくとともに
木々きぎの間あいだから神馬しんめがその気高けだかい姿すがたを現あらわす。

ゆるりゆるりと近ちかづき、
石段いしだんの下したで止とまると神馬しんめも深々ふかぶかと一いち拝はい。
しばらくして参道さんどうへ頭あたまを向むけると、
力強ちからづよくあゆんで去さっていく。

その颯爽さっそうとした後うしろ姿すがたに見惚みほれながら、
同おなじ帰路きろを辿たどる。

圧倒あっとうされるほどの生命せいめい力りょくを放はなつ神宮じんぐう杉すぎ。
太ふとい幹みきを横目よこめに見みながら、
穏おだやかな坂さかをのぼる。

神明しんめい造づくりがうつくしい御ご稲いね御倉おぐらみしねのみくら、
外そと幣ぬさ殿どのげへいでんと続つづく。苔こけむした萱かや葺かやぶき屋根やねが
風格ふうかくを漂ただよわせている。

やや長ながい石段いしだんを下くだり顔がおを上あげると、
緑みどりに包つつまれた小高こだかい地ちに、
荒あら祭まつり宮みやあらまつりのみやが鎮座ちんざしている。

ふたたび両手りょうてを合あわせて
静しずかに祈いのりをこめる。

手てのひらの温あたたかさが感かんじられる。
自みずからの呼吸こきゅう音おんだけが聞きこえ、
時じが止とまったようだ。

ゆっくりと瞼まぶたまぶたをあけると、
朝あさの光ひかりがふりそそぐ小道こみちへ。
軽かろやかな足取あしどりで、広ひろい参道さんどうへと戻もどる。

神楽かぐら殿どのの授与じゅよ所しょを過すぎると、右みぎへ。
じわりと汗あせばんできたところに、
風ふうがすっと抜ぬけていく。

自然しぜんと呼吸こきゅうが深ふかくなる。
この先さきにある池いけのあたりで、
少すこし涼すずんでから帰かえろうか。

今朝けさ通とおった景色けしき。
日ひも昇のぼり、まるで違ちがって見みえる。家族かぞくや
友人ゆうじんと、にぎやかに参拝さんぱいへ向むかう人ひとたち。
宇治橋うじばしの上うえですれ違ちがう。

シラサギが川面かわもに時折ときおりくちばしを沈しずめた後のち、
優雅ゆうがに舞まい上あがっていく。

大鳥居おおとりいをくぐり、宇治橋うじばしを振ふり返かえる。
また深ふかく一礼いちれい。そこにはもう緊張きんちょうはなく、
ただ清々すがすがしさが満みちている。

皆みなさまの幸しあわせをお祈いのりしています

そんな温あたたかな余韻よいんが響ひびいていた。