- エスパーニャ通り
スペインのどこの町にも、個性豊かな商店街が並んでいます。このエスパーニャ通りは、バルセロナの中心街を念頭において作られています。バルセロナの市内でもひときわ目立つのは、町の中央に位置するカタルーニャ広場から港まで南東にのびているランブラス通りです。レストラン、バー、市場、各種の店が立ち並び、街頭のカフェにはたくさんの人が集い、大道芸人がいたるところで芸をくりひろげています。ここには、活気ある都会生活のにぎやかさと楽しさがいっぱいです。
- グラナダスの門
グラナダとは、スペイン語でザクロの意味です。ザクロはギリシャ時代に西南アジアからイベリア半島にもたらされました。ギリシャ神話で豊穣のシンボルであったザクロが、スペイン南部の歴史的都市の名となり、市の紋章ともなりました。グラナダ市内からゴメレスの坂を登って、イスラム時代のアルハンブラ宮殿に向かうと、三つのザクロの彫刻がある門に行きあたります。これが宮殿への入口のひとつで、”グラナダスの門”と呼ばれています。
- カンブロン劇場
トレドをかこむ防壁の東北角の門は、「カンブロンの門」と呼ばれています。カンブロンとはクロウメモドキを意味し、門の周囲にクロウメモドキの木が茂っていたのがその名の由来といわれています。トレドの防壁はイスラム時代に築かれ、その後度々修復されましたが、現在のカンブロンの門は1576年に建設されたもので、ルネッサンス様式の影響を受けています。この映像劇場は正面にこの門のイメージをとりいれて”カンブロン劇場”と名づけることにしました。
- グエル広場
カタルーニャの建築家アントニオ・ガウディー(1852-1926)が、実業家グエル侯爵の支持を得てバルセロナに建設した数々の作品は、それまでにない自由な形と色彩によって、近代建築史のなかで特異な地位を築いてきました。1914年に完成した「グエル公園」は、ガウディーの形と色彩が環境全体に展開された幻想的な庭園で、バルセロナの名物のひとつとなっています。”オバケハンター3D ~360°の大決戦~”の建物は、この公園のイメージを参考にしたものです。
- ローマの遺跡
今日のスペインの言語と文化の基礎は、紀元前3世紀から7世紀あまりにわたってイベリア半島を支配したローマ人の時代につくられました。半島全体はヒスパニアと呼ばれ、ローマの重要な属州のひとつでした。そのためスペインの各地には、古代ローマの遺跡が数多く残されています。この円形劇場は、三重県と姉妹提携しているバレンシア州のサグント(ローマ名サグントゥム)のものを、また、その西にひろがる遺構は、セビーリャの北西にあるローマ時代の大都市イタリカの遺跡の一部を、それぞれモデルとして構成しています。
- ハビエル城博物館
フランスとの国境に接する、スペイン北部ナバラ地方の首都パンプローナの南東にハビエルという村があります。その近くに立つハビエル城は、11世紀に作られた中世の典型的な城郭です。また、天正18年(1549年)鹿児島に上陸し、日本布教の道をひらいた聖フランシスコ・ザビエル(ハビエル)生誕の地としても有名です。この城は、11世紀の砦を中心に、16世紀に増築された居城と、三つの塔より成っています。当博物館は、城郭の左の礼拝堂をのぞいた、ザビエル生誕時の姿を復元したものです。館内にはアルタミラ洞窟壁画をはじめ、スペインの歴史、文化に関するものが展示されています。
- コロンブス像
バルセロナの「平和の港の広場」やマドリードの「コロン広場」をはじめとして、スペイン各地にコロンブスのアメリカ航路発見(1492年)を讃える記念碑が立っています。バルセロナは、コロンブスが第一回航海から帰国後、その成果をイサベル女王に報告するために訪れた地です。それを記念して、1888年の万国博覧会の際、高さ60メートルの記念碑と、その上の6メートルのコロンブス像が建てられました。パルケエスパーニャのコロンブス像はこれを参考に制作しました。
- コロンブス広場
この広場の周辺の家々は、スペイン南部地中海沿岸のマラガの町並みにならって作りました。マラガは、はじめフェニキア人の植民地として建設され、その後カルタゴ人、ローマ人、イスラム教徒などの支配を受けた長い歴史をもっています。現在では、国際的リゾートとして有名な「コスタ・デル・ソル」(太陽の海岸)の中心都市で、スペインが生んだ偉大な画家パブロ・ピカソが生まれ、幼少の時をすごした町として知られています。アンダルシア地方独特の城壁とスペイン瓦の家々がつづきます。
写真提供:スペイン政府観光局